かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

等分包含の両意義が表はれてゐない

 等分除・包含除に関する指導法を見直していた際,引っかかるものがあったので,報告しておきます。文献情報は以下のとおり。

 第七章(算法教授の本領)第二節(小数加減乗除)の途中,p.136(コマ番号84)からです。

 除法算法の意義教授の方法の第一は逆算関係を基礎とするもの、第二は整数除法の算法観念を基礎とするものである。第一は除法は乗法の逆なりといふことに着眼して逆関係に除法の意義を説明せんとするものである。小学校に於ては確かに有力なる方法と認める。それに従へば除法の本質的の意義は一般に了解せられやう。即ち個々の問題に接し、問題の構成を了解しその解法を考案しその過程中に漸次算法の意義を了解せしめんするものである。例へば石油『一缶の七分の代金は一円七十五銭である、一缶の値幾何』の解法、七分の代金は一円七十五銭を〇・七にて除せばよいとしてその間に除法の算法の意義を了解せしめやうするものであるけれども、これでは算法の意義は応用的には了解せられない。何となれば等分、包含の両意義が表はれてゐないからである。これがためには、整数除法の観念を基礎とする第二の方法が来るべきである。この方法に於ては等分包含の整数除法の観念を、小数にも拡張せんとするものである例へば八にて割る場合に等分、包含の二種の意義があるならば、〇・五にて割る場合にも等分包含の二種の意義を認めさせやうとするのである。例へば砂糖『十貫目ありこれを二袋半に入るれば一袋には何程入るべきか』の問題に於て、十貫目を二・五等分するといふことは、小数としては奇異に感ぜられて一見不合理のはうであるけれども、思想上のこととしては敢て不合理ではない、唯整数に於ける等分観念を、小数まで拡張したるのみである。この等分の意義の合理的説明は二・五等分すれば一に相当するものの数量が現はれてくる、即ち一袋は一袋としての数値だけ配分され、〇・五袋は〇・五袋としての数値だけ配分されることであるから、実際上何等不合理を表す訳ではない林鶴一博士もこの意義を許してゐられる。この方法に従へば等分の意義は何等の困難なく徹底的に扱ひうるのである。乗数が帯小数でなく小数の場合にても合理的の説明が下せるものである。即ち小数にて序するときには一に対応するものの数量が現はれて来るものと合点させればよい。包含の意義は整数の除法観念を基礎として行ふことは論ずるまでもなく明瞭である。

 途中に2つ,文章題が出現します。『一缶の七分の代金は一円七十五銭である、一缶の値幾何』と『十貫目ありこれを二袋半に入るれば一袋には何程入るべきか』です。
 ですが,どちらも等分除になります。「一缶の値」「一袋には何程」とあるように,1つ分の大きさを求めるからです。
 小数で包含除の場面の例示は見当たらず,p.133(コマ番号82)に書かれた『一斤の七分だけ買ひたる茶の代金は二円十銭である。一斤の代金如何』も,等分除です。
 そうしたとき,「包含の意義は」から始まる最後の文は,包含除の例示を忘れていることに気づいて,つけ足したかのようにも見えます。
 なお,第七章第一節は,整数加減乗除で,p.127(コマ番号79)によると「加法は『多くの数を一つに寄せ集むる』」「減法は『二数の差を見る』」「乗法は『被乗数を乗数の示すだけ寄集むる』」なのに対して「除法としては『被除数を序数の指示する数に等分し或いは包含を見る』」と,2通りの意味があるように書かれています。次のページでは「算法は四則ではなく,五則であるといつた言は味ふべきである」としています。
 ともあれ現在の算数教育で,除法の意味に,等分除と包含除の2種類を置くのであれば,乗法は倍と積,減法は求残と求差,加法は増加と合併を,それぞれ考えることとなります。


 身勝手な主張では,最近,3つに分けて,ある書籍の「わり算」の指導を酷評しています。
 岐阜聖徳学園大学附属小学校の算数教育を検討する1 ~子どもに等分除・包含除の区別を押しつけようとする最低な授業と最低な解説2 - 身勝手な主張に書かれている,「わり算は乗法の逆演算であり,等分除・包含除の区別は無意味である」は,数学からの主張ならありかもしれませんが,区別をしないとしても,等分除・包含除と分類されてきたわり算の場面が消滅するわけではありませんので*1,「これはわり算で求められる」と子どもたちが判断できるようになること(演算決定)について,責任ある説明*2や,具体的な指導法を提示しないことには,賛同する人も限られるかなと思います。
 加えて,「「等分除」と「包含除」の区別は(略)算数教育主流派や数学教育協議会等が生みだした概念であるらしい」については,「らしい」をつけて許せるものでもありません。国内では上記のとおり,20世紀前半(数学教育協議会の結成は1950年代)から「等分」「包含」の区別が見られますし,日本に依存しないところでは,Klapper (1916)にも"Quotion and Partition."から始まる段落を見ることができます*3

*1:指導法ではなく,小数を対象とした乗法と除法(等分除・包含除)の文章題で適切な式を答えられるかを調査したものに,Fischbein et al. (1985) http://www.jstor.org/stable/748969があります。

*2:本日取り上げた水木(1923)には,「観念」「方法」「理由」が,よく出現します「観念」は「(演算などの)意味」であり,加減乗除が用いられる場面(の例)と結びつけられます。「方法」は,分数でわるときには分子と分母をひっくり返してかけるなど,計算の「手続き」と対応します。「理由」は,「原理」と言い換えることができ,9÷0.3を90÷3として計算してよい場合の「被除数除数の双方を同一の数にて乗除するとも結果に影響せず」(p.139,コマ番号85)が,一例となります。私見ですが,算数教育の批判はしばしば観念(意味)と方法(手続き)に対して向けられ,理由(原理)を批判したり,算数において有用となる(かつ現在の算数で教えられていないような)理由・原理を提示したりするといったことは,あまり見かけないなという認識を持っています。

*3:https://archive.org/details/teachingarithme00klapgoog

学習指導要領は自然数を定義していません

 追記で,以下の記事にリンクしています。

 両方のコメントに,ブログ記事の内容にツッコミを入れている方の名前があり,ブログ主さんの反応とともに,興味深く読みました。

 コメントの中で,「学習指導要領は、自然数を定義していません。決めつけているのは、自然数に0を含めると×にする国立教育政策研究所の所員です。」とあるのが気になりました。中学の数学のどの教科書にも,自然数に0を入れていないと推測できますが,手元で確認することはできません。そもそも,学習指導要領は,算数・数学の用語を定義しているわけではなく,どの学年で何を学習すべきとしているかを規定しているまでではと思いながら,中学校学習指導要領解説数学編のPDFファイルで「自然数」を検索してみると,自然数に0を含めていないことが読み取れる記述を見つけました(p.108)。第2学年です。

二元一次方程式とその解の意味
 二元一次方程式の学習では,二元一次方程式を成り立たせる二つの文字x,yの値の組が,二元一次方程式の解であることを理解できるようにする。つまり,方程式の解の意味は,第1学年で学習した一元一次方程式と本質的に変わっていない。二元一次方程式の中の二つの文字はいずれも変数であり,これらの二つの文字に,その変域内の数値を代入して等式が成り立つとき,その値の組が二元一次方程式の解である。例えば,2x+y=7の解については,変数x,yの変域が自然数全体の集合であれば,その解は有限個であり,(1,5),(2,3),(3,1)である。また,変域が整数全体であれば解は無数にある。このように,二元一次方程式の解は一つとは限らず,一元一次方程式の解が一つであったこととは異なる。

 もし,自然数に0を含めるのなら,(0,7)も解としないといけません。
 自然数に0が含まれるのではないか,と勘違いしそうになった記述もありました(p.135)。

(略)例えば,「連続する二つの偶数の積に1をたすと奇数の2乗になる」ことを説明する場合,その過程はおよそ次のようになる。
 ① 小さい方の偶数を自然数を表す文字nを用いて2nとすると,大きい方の偶数は2n+2と表すことができる。
 ② 「二つの偶数の積に1をたす」ことは,2n(2n+2)+1を計算することを意味する。
 ③ その計算結果が「奇数の2乗になる」ことを示したいのだから,2n(2n+2)+1を(奇数){}^2という形の式に変形することを目指す。

 ここに自然数が出現しますが,偶数に0が含まれることは,小学校ですでに習っていますので,「自然数を表す文字n」も,0をとり得るのでは,と考えることができます。
 なのですが,論証として見たとき,「自然数」は間違いで「整数」に置き換えるべきところです*1。実際,連続する二つの偶数として,「0と2」や「-2と0」や「-4と-2」などを考えることができ,積はそれぞれ0,0,8であり,1をたすと1,1,9ですから,0や負の数を入れても,「連続する二つの偶数の積に1をたすと奇数の2乗になる」は成立しています。
 「連続する二つの正の偶数の積に1をたすと奇数の2乗になる」であれば,「小さい方の偶数を自然数を表す文字nを用いて2nとすると」とでき,「正の偶数の積」は長方形の面積として,「奇数の2乗」のほうは正方形の面積として,図で表せます。自然数に0を含む場合でも,0×2+1=1を面積に基づく図にできますが,やや面白みに欠けます.負の場合まで考慮して「連続する二つの偶数の積に1をたすと奇数の2乗になる」を示すには,図では不適切であり,式を立てて展開と因数分解をすればよい,となります。
 中学校を離れて,数学で数の概念や自然数をどのように扱っているかを調べたいと考え,『新式算術講義』を読み直しました。

新式算術講義 (ちくま学芸文庫)

新式算術講義 (ちくま学芸文庫)

 第一章は「自然数の起源」です(pp.13-20)。0は出現せず,「1,2,3,…を自然数(整数)といふ」が章の最後のページに書かれています。第二章に進み,加減乗除の定義にも0は見当たらず,p.30の途中で,「数学の所謂数は零を包括す.」から始まり,0を含む四則算法のことが述べられています。
 第一章に戻って,「個々の順序数を個々の物と見做すときは,順序数の数を数ふることを得。1よりnに至るすべての順序数の数は即ちnなり。」(p.19)は,自然数に0を入れる定義では都合が悪いことにも気づきました。「ぜ~ろ,い~ち,に~い」と,「0よりnに至るすべての数」を数えてみると,n+1個となります。
 今のネット社会では,とりあえずwikipedia:自然数に目を通すべきではないかと思います。数学教育に関心があるのなら,中学数学・高校数学の「自然数」の定義や使われ方を把握しておくべきですが,個人的にそこまで手は回りません。0から始まる自然数を「非負整数」,1から始まる自然数を「正整数」と呼び分けるのも,方便としてよく用います。

*1:私は教授ではありませんが,今回見てきた記事に「中教審答申や学習指導要領(もしくはその解説)を疑わうことを知らない人だと思いました」と書いてあるのが,気にはなります。学習指導要領やその解説を精読することなく,教科書や学力テストの個別の出題に噛みついているんだな,生産性が低そうだなという印象を,読者に与えかねません。

3÷1.5は1×2

 https://twitter.com/takehikom/status/857369826242605056から始まる一連のツイートを参照され,記事に修正がなされています。修正前の内容は,魚拓より読むことができます。
 選ぶ図と式を正しいものに変更しているほか,「演算決定論」のうち「演算決定」にカギカッコをつけています。また「この問題に対して,教科書は二重数直線を書かせて」だったところは,「大日本図書の教科書は二重数直線の形から」に変わっています。
 とはいえ以下のツイートについて,教師経験者・指導者としての知見やアドバイスが見当たらないのは,残念なところです。

 ところで,https://twitter.com/takehikom/status/857370189939097600とその次のツイートの「1.5×2」は間違いでした。もとの記事にもあるとおり,「1×2=2」であり,その考え方は「3kgは1.5kgの2倍」です。そのことが分かるよう,図にかき加えると,次のようになります。
f:id:takehikoMultiply:20170429070922j:plain
 二重数直線を使わせてもらいましたが,これらの数の関係は,2行2列の表であらわすこともできます。関係表に「何倍」「何でわる」といった関係を添え,複数の式の立て方が可能となるのは,『田中博史の算数授業のつくり方』やVerguand (1983, 1988)でも見ることができます。
 二重数直線に関して,以前に作ったまとめは,「×」から学んだこと 14.02 - わさっきです。そこでもリンクしている,二重数直線といえば必読の白井ら(1997)を読み直したところ,「ある種のかけ算が,わり算に置き換えられる」事例を見つけました。
f:id:takehikoMultiply:20170429070933j:plain
 二重数直線があり,上の数直線には「(kg)」,下の数直線には「(倍)」が,右方に書かれています。「倍を表す数直線が□倍になると重さも□倍になるという関係を見いだす。」という文から,30×□=90という式にし,そこから,□=90÷30としています。ここでは,両辺を30でわったのではなく,3年で学習する,乗法と除法の相互関係をもとにしたと考えられます。
 なお,⑧の番号が見られますが,該当のページは全体が1つの表になっていて,丸囲みの番号は1から12まであります。二重数直線は②から⑧までに使用されており,⑥の式は「20×5=□」でいわゆる第2用法*1,⑦は「□×4=24」と「□=24÷4」で第3用法(等分除),⑧は上記のとおりで第1用法(包含除,割合を求める演算)です。
 大日本図書の丸たの図から,見いだすことのできる「×2」も,割合に対応します。
 2017年になんだかんだ言っていることは,20年前にきちんと考慮されていた,というわけです*2
 ところで,二重数直線は現行の小学校学習指導要領解説算数編(2008年)に掲載されており,前のものにはありません*3。近年の教科書で採用されているのも,その記述が反映されたと考えることができます。良性か悪性かは分かりませんが,腫瘍と診断されて取り除かれるべきなのは,教科書よりも,信頼性に欠けたブログの記述ではないか,とも思います。

*1:「『3用法』は時代遅れ」と思った方は,教育工学の分野ですが今年論文になったhttp://search.ieice.org/bin/summary.php?id=j100-d_1_60&category=-D&year=2017&lang=J&abst=をご覧ください。http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20170105/1483561059にて紹介しています。

*2:二重数直線の背景にあるのは「比例関係」です。これについて白井らは,演算決定の根拠として,(a)から(f)までを挙げてからそのいくつかに課題を指摘したのち,「しかし,(f)の数直線をもとにする方法は,数が拡張されても,問題文が複雑になっても,数量関係を明確にとらえることが容易である上に,比例的な関係をもとに,演算決定も簡単にできる.」と述べています。

*3:新しい学習指導要領に基づく「解説」では,「二次元表」が掲載されるかが,気になっています。全国学力テストの今年の出題や,日本学術会議の分科会による昨年の提言とともに,主要なところをhttp://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2017/04/21/062705に書きましたのでご覧ください。

展開と因数分解が,平方根よりも先なのはどうして?

 記憶でいうと,自分も,中3の数学の教科書は,展開・因数分解が先で,平方根二次方程式へと進んでいました。きちんと検証するには,教科書の読み比べが必要となりそうです。
 なのですがそもそも,学習指導要領は何を学習すべきかを記述したものであり,とくに同学年において,どのような順序で学習すべきかまでは規定していないはずです。一例として,小学校学習指導要領の算数の第2学年では,「一つの数をほかの数の積としてみるなど,ほかの数と関係付けてみること。」が,「乗法の意味について理解し,それを用いることができるようにする。」より先に出現します。ですが,積の概念やアレイのような並べ方を,かけ算の導入に先立って取り上げている教科書は,思い浮かびません。
 中学校学習指導要領の数学,そして中学校学習指導要領数学編のPDFにアクセスしてみると,PDF文書の中に,気になる記述を見つけました(p.135)。

文字を用いた式でとらえ説明すること
 乗法公式や因数分解の公式は,数や図形の性質などが成り立つことを,文字式を用いて説明したり,二次方程式を解いたりする場合にしばしば活用される。したがって,これらの公式を能率的に活用し,目的に応じて式を変形したり式の意味を読み取ったりできるようになることは重要である。第2学年における指導を踏まえ,文字を用いた式で数量及び数量の関係をとらえ説明することができるようにし,文字式を用いることのよさや必要性についての理解を一層深める。例えば,「連続する二つの偶数の積に1をたすと奇数の2乗になる」ことを説明する場合,その過程はおよそ次のようになる。
① 小さい方の偶数を自然数を表す文字nを用いて2nとすると,大きい方の偶数は2n+2と表すことができる。
② 「二つの偶数の積に1をたす」ことは,2n(2n+2)+1を計算することを意味する。
③ その計算結果が「奇数の2乗になる」ことを示したいのだから,2n(2n+2)+1を(奇数){}^2という形の式に変形することを目指す。
 こうした方針を明らかにした上で具体的な式変形の過程を示し説明することで,「連続する二つの偶数の積に1をたすと奇数の2乗になる」ことが伝わりやすくなる。ここで説明とは,単に説明が書けることだけを意味するものではなく,その内容を,相手に分かりやすく伝えることも意味する。

 また,この学習では,[tex:2n(2n+2)+1]=[tex:(2n+1)^2] という式の変形を振り返り,2n+1が,連続する偶数2nと2n+2の間の奇数であることから,「連続する二つの偶数の積に1をたすと二つの偶数の間にある奇数の2乗になる」とその意味を読み取ることもできる。これは,第2学年の「B図形」の領域における「証明を読んで新たな性質を見いだすこと」とかかわる内容である。

 2n(2n+2)+1をもとに(2n+1)^2を得る(因数分解する)のは,2n(2n+2)+14n^2+4n+1としてから,a=2n,b=1とおいて,a^2+2ab+b(a+b)^2を適用するのが一つの手です。
 面積を用いた説明も可能です。
f:id:takehikoMultiply:20170425061859p:plain
 縦が2n,横が2n+2の長方形について,その中の右端にあたる,縦が2n,横が1の部分長方形を切り出し,90°回転させて,この図形の下に貼り付けると,縦が2n+1,横も2n+1の正方形から,右下隅の1×1だけがない形状ができます。そこで「+1」をすることで,正方形が出来上がるのです。
 さかのぼって平方根について,中学校学習指導要領解説数学編では次のように書かれています(p.130)。

平方根の必要性と意味
 第1学年では,数の範囲を拡張し,正の数と負の数の必要性と意味を理解できるようにしている。数の範囲を拡張することは,新しい数が導入され,これまで数で表すことができなかったものが思考の対象になることを意味する。日常生活には,例えば,1辺の長さが1mである正方形の対角線の長さのように,これまでの有理数では表すことのできない量が存在している。このような量を表すためには新しい数が必要になる。また,数を2乗することの逆演算を考える場面で,有理数では表すことのできない数が存在することの理解が必要となる。このような学習を通して,正の数の平方根の必要性を理解できるようにする。

 そうしたとき(そして学習指導要領の記載順に学習する必要はないのを前提に加え),正方形・長方形の面積や,2乗の概念をしっかり復習しておき,次に2乗の反対となる操作として,平方根を,上記のとおり「1辺の長さが1mである正方形の対角線の長さ」を一例として導入することには,合理性があるようにも思えます。
 「展開と因数分解が,平方根よりも先なのはどうして?」の答えとしては,展開・因数分解と,平方根を学習する間に,図形による解釈が入れられるからでは,となります。
 あとは余談です。「因数」の用語は中学3年で学習するのを,本記事を作りながら知って軽く驚きました。また自分が学んだときは,自然数素因数分解は中学1年でしたが,現在では3年に入っています。学習指導要領データベースインデックスより,昭和52年度の「小学校学習指導要領(昭和55年4月施行)」と「中学校学習指導要領(昭和56年4月施行)」を読み比べると,当時は「公約数」「公倍数」は小学校,「最大公約数」「最小公倍数」は中学校だったのですか。

省略棒グラフの使いどころ

 先に結論を書いておくと,算数教育における省略棒グラフの使いどころとして,「批判的に吟味する対象」と「仮の平均の視覚化」が挙げられます。今年出た2つの情報から,そのことを見ていきますが,まずはネットの情報からです。
 棒グラフで縦軸を省略するものについて,検索すると,途中を波線で省略したグラフを作成 - 棒グラフ - Excelグラフの使い方が上位に出てきました。作るのに手間がかかるなあ,と感じました。
 ただしこの例は,縦軸になる値が複数の範囲に分かれる状況で,範囲の間に波形オブジェクトを入れ,1つの棒グラフにしようとしています。そうではなく,値の範囲が比較的近い(例えば,7.2mから7.6mまでの範囲に収まっているような)とき,棒グラフ上のすべて棒に適用するのも,よく見かけます。Excelでも,軸の最小値を変更することで,容易に実現できます。
 その種のグラフへの批判について,探してみると,https://oku.edu.mie-u.ac.jp/~okumura/blog/node/2304を見つけました。この中で,「まだまだある省略棒グラフ」と題して,平成19年度全国学力・学習状況調査の予備調査の問題例の算数問題の棒グラフが二つとも省略線入りだったと指摘しています。またPISA国際学力調査の問題例については,「省略棒グラフに騙されないようにという問題」と書いています。
 全国学力・学習状況調査の予備調査もまた,「騙されないように」だったのではと思いながら,方向を変えて探していくと,平成19年度の調査実施:文部科学省平成19年度全国学力・学習状況調査の予備調査について(※国会図書館アーカイブページへリンク)があり,その別添資料1より,具体的な問題を見ることができました。
 「騙されないように」が入っていました。該当箇所を抜き出します。

f:id:takehikoMultiply:20170423071239j:plain

f:id:takehikoMultiply:20170423071250j:plain

 ただし,他の小問では,別の省略棒グラフが「どの表やグラフを使えばよいか」の正解になっているところもあり,省略棒グラフそのものについて否定的ではなさそうです。
 2017年の本にも,算数教育における省略棒グラフの使われ方が書かれていました。

平成29年版 学習指導要領改訂のポイント 小学校 算数 (『授業力&学級経営力』PLUS)

平成29年版 学習指導要領改訂のポイント 小学校 算数 (『授業力&学級経営力』PLUS)

 以下の箇所です(p.23)。

❶ある目的に応じて示されたグラフを多面的・批判的に吟味する活動を取り入れる
 これは,他者が作成したグラフの妥当性を多面的じゃつ批判的に検討する活動である。棒グラフや折れ線グラフでは,波線を用いて縦軸を省略すると数量の違いや変化が誇張される場合がある。例えば,教師の方から誇張して表されたグラフとそこから導いた結論を提示し,子供がグラフや結論の妥当性について個人で考えたり,クラスで話し合ったりすることを通して,よりよいグラフにつくり替え,結論を再び導く活動などが考えられる。(略)

 これも,「騙されないように」を培う活動と言ってよく,前述の予備調査に見られる「金曜日におにぎりを買った人の数は,火曜日におにぎりを買った人の数の4倍だね」に対しては,そうではないと言えるようになることを目指しています。なお,❷は「目的に応じてグラフをつくり替えていく活動を取り入れる」,❸は「集団を比較する活動を取り入れる」となっていました。
 今年の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の解説に,「仮の平均の解説で棒グラフの一部省略が使われていること」は,4月21日付けの当ブログで書いていましたが,詳しく見ていきます。算数B大問3です。ゴムの力で動く車を作り,輪ゴムを伸ばして離して,車が進んだ距離を5回調べて表にし,平均を求めます。小問の(2)は,「7m20cmをこえた部分に着目した平均の求め方を,言葉や式を使って書きましょう」となっています。
 解説資料のp.70には以下のとおり,先に省略なしの棒グラフ,そして矢印を置いて次に省略棒グラフが,提示されています。

f:id:takehikoMultiply:20170423071304j:plain

 いずれの棒グラフも,そこからそれぞれの値を読み取ったり,割合を求めたりするのではありません。仮の平均を使いながら効率良く実際の平均を算出した上で,なぜ7m20cmを仮の平均にしたかを,可視化したものとなっています。出題意図としてはそのほか,小問(1)では平均を求める際に,除外値はわる数に入れない(4でわる)のに対し,小問(2)の実測値7m20cm,仮の平均のもとでは0cmになった値も,勘定に入れる必要がある(5でわる)点も,指摘することができます。
 ここまで,省略棒グラフの使いどころとして,「批判的に吟味する対象」と「仮の平均の視覚化」を見てきました。「量の違いの視覚化」として,省略棒グラフの使おうとするのは,算数教育では否定的と理解してよさそうです。またいずれの省略棒グラフも,先生や,テスト出題の側が用意しています。算数では,子どもたちによる作成は不要と見ることもできますが,社会や,総合(総合的な学習の時間)では,どうでしょうか。

全国学力テストの算数ABに二次元表

 4月18日に全国学力・学習状況調査が実施され,調査問題や解説資料が公表されています。

 算数A・算数Bをざっと読みまして,その両方で,二次元の表が出題されているのに,驚きました。
 算数A大問9(最後の大問)は,家でイヌやネコを飼っているかどうかを聞き,出席番号・イヌ・ネコの3列からなる表にしています。次のページで,次の表に対し,2つの小問を与えています。

f:id:takehikoMultiply:20170421062507j:plain

 算数B大問4では,5年生のハンカチとティッシュペーパーを持ってきた人数に関して,一部数値が書かれている表があります。
 解説ではこれらの表は「二次元表」と表記しています。また平成21年度【小学校】算数A大問8で出題されているとあるので,アクセスしてみると,http://www.nier.go.jp/09chousa/09kaisetsu_shou_sansuu.pdf#page=44に表記されていました。この1つ前のページで問題文を読むことができ,聞いた人数も,飼っているかどうか(○×)も,今年のと同一でした。
 小学校学習指導要領解説算数編には「二次元表」の名称はありません。ただ,この種の表をつくることについては,第4学年D(数量関係)で記されていました。PDF版ではpp.160-161です。

(4) 目的に応じて資料を集めて分類整理し,表やグラフを用いて分かりやすく表したり,特徴を調べたりすることができるようにする。
ア 資料を二つの観点から分類整理して特徴を調べること。
イ (略)

(略)
 ア 二つの観点から分類整理すること
 第4学年では,資料を二つの観点から分類整理して表を用いて表すことができるようにする。
 資料を集めて分類整理するに当たって,目的に応じ,ある観点から起こり得る場合を分類して,項目を決めることが必要である。例えば,A,Bの二つの観点から資料を調べるとき,Aから見て資料は「性質aをもっている」と「性質aをもっていない」の場合が考えられ,またBから見て資料は「性質bをもっている」と「性質bをもっていない」の場合が考えられる。そのとき,これらを組み合わせると,資料についてA,B二つの観点から見て,四つの場合が考えられる。
 このように,二つの観点から,物事を分類整理したり,論理的に起こり得る場合を調べたり,落ちや重なりがないように考えたりすることが大切である。

 この表は,昨年,日本学術会議数理科学委員会数学教育分科会が出した「初等中等教育における算数・数学教育の改善についての提言」でも見かけました。http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-t228-4.pdf#page=14に載っており,本文は「例えば,第1学年の「資料の活用」領域に,二次元表の行比率や列比率に関する学習14を位置づけることが考えられる。」で,14について,同じページに脚注が記されています。

f:id:takehikoMultiply:20170421062518j:plain

 この提言を受けて,全国学力テストでの二次元表を出題した,という推測もできます。とはいえ「二次元表」の用語は以前からあったわけですし,今年3月に告示された新しい学習指導要領には用語としては見当たらず,また「二次元表の行比率や列比率に関する学習」は小中いずれの指導要領にも,また今回の出題にも,見当たりませんでした。方向性はよく分からない,といったところです。
 他の出題で気になったこととして,最小公倍数を答える問題の解説で,倍数を小さい数から列挙する際に0が入っていないこと,仮の平均の解説で棒グラフの一部省略が使われていること,問題文の月のイメージについて,国立教育政策研究所公開のものは画像なし,毎日新聞https://mainichi.jp/scholartest2017/)では画像ありとなっていること,をあげておきます。

アレイだとa×b=b×a,を超えて

 先日Amazonより取り寄せた,B5判の2冊の本で,「アレイ図」が活用されていました。

平成29年版 学習指導要領改訂のポイント 小学校 算数 (『授業力&学級経営力』PLUS)

平成29年版 学習指導要領改訂のポイント 小学校 算数 (『授業力&学級経営力』PLUS)

 第2章(事例で見る学習指導要領改訂のポイント)の中のp.54に,「24個のおだんごがあります。そのおだんごを並べます。ひと目でいくつあるかがパッと分かるように,並べてみよう。」という問題文が,角丸四角形で囲まれています。
 このページには4つのアレイ図が見られます。上から順に,次のとおりです。

○○○
○○○
○○○
○○○
○○○
○○○
○○○
○○○
○○○○○○○○
○○○○○○○○
○○○○○○○○
 ○○○○
○○○○○
○○○○○
○○○○○
○○○○○
○○ ○○ ○○
○○ ○○ ○○
○○ ○○ ○○
○○ ○○ ○○

 本文では,それぞれの図に対して「8×3」「3×8」「5×5=2,25-1=24」「4×2×3」という式を対応付けています。前二者については「8×3=3×8とまとめていく展開が通常よく見られる」ともあります。
 明示されていませんが,最後の式*1の2番目の乗算記号を除き,かけ算の式は「縦の個数×横の個数」で共通しているのは,興味深いところです。
 もう一つの本に移ります。

知的にたくましい子を育てる算数の授業づくり (算数授業研究特別号19)

知的にたくましい子を育てる算数の授業づくり (算数授業研究特別号19)

 この本では,2年生の研究授業の3番目(p.45)に,スイカのアレイを黒板に貼り付けた写真が載っています。
f:id:takehikoMultiply:20170419064851j:plain
 「スイカはいくつ?」の問題文と,「しきとこたえ」「6×5=30」も,書かれています。おおそらくいずれも先生が書いたのでしょう。そして子どもが指をさし,マイク*2を持って,なぜ6×5の式になるかを説明しているような構図です。
 ここのかけ算の式は,「横の個数×縦の個数」です。
 写真の前後では,5×6の式も出現します。そして「5×横の個数」のほうが計算しやすいこと,もっと言うと,a×5と5×aとで,意味が異なることを示しています。

 子どもたちはかけ算の式に表す学習をしており、九九の暗唱はまだしていない状態での授業である。
(上の写真)
 そんな子どもたちに教師から「スイカ畑にスイカがいくつあるのか」が問題として提示された。スイカの並びは6×5にも5×6にも見える。
 まだかけ算九九の暗唱はしていないので、6×5よりも5のまとまりで数えていく5×6の方が数の確認がしやすい。
 このスイカ畑にはさらに奥にもスイカが並んでいた。8×5と5×8のかけ算を考えることになった。
 8×5は8+8+8+8+8
 5×8は5+5+5+5+5+5+5+5
(写真:省略)
 5×8は5とび、あるいは2つの5で10とびにして数えていった。
(写真:省略)
 さらにスイカ畑は14列まで伸びていった。かけ算の式に表せば5×14である。ただし、5とびの数なのでかける数が12を超えても、10のまとまりをつくって答えを出すことができた。

 「5とび」「10とび」について,『小学校学習指導要領解説算数編』では「5ずつ,10ずつ」という表記で,第1学年および第2学年に出現します。すでに授業で学習した上で,かけ算の式の表し方,そして累加による計算をしているのが,上の引用から読み取れます。
 そうしたとき,5行6列に並んだスイカの並びを6×5と表現でき,累加で計算が可能だけれど,実はこの場面では,手間を要するのであって,5×6と表すほうが,計算しやすく,「5とび(5ずつ)」から「10とび(10ずつ)」に移行することもできてより良い,ということにもなります。
 黒板で先生が書いたと思われる「6×5=30」の式も,そこへの誘導のためだった,というわけです。
 本日取り上げた2つの事例について,ゴールは異なっていますが,「1つのアレイでa×bにもb×aにも表せる」ことを超えた学習を目指している,という共通点があります。当ブログでは引き続き,こういった知見を得ることを目指し,文章にしていきたいと考えています。

*1:考え方としては「4×2が3つ」でしょう。本文中には「結合法則に発展させることもできる」とあります。乗法の結合法則といえば3年ですが,p.54の上部には,「「数学的な見方・考え方」を働かせる学習課題の工夫例 3年」の見出しがつけられています。

*2:「2015年7月19日 オール筑波算数サマーフェスティバル」ともあるので,公開授業のワンシーンと思われます。