かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

ブラジル人のかけ算事例

 「ブラジル人」と「かけ算」について,関連情報を整理するとともに,当ブログおよびメインブログ(わさっき)の記事にリンクします。
 書籍・論文で読んだことがあるのは次の3つです。

坪田耕三の算数授業のつくり方 (プレミアム講座ライブ)

坪田耕三の算数授業のつくり方 (プレミアム講座ライブ)

子どもは数をどのように理解しているのか―数えることから分数まで (子どものこころ)

子どもは数をどのように理解しているのか―数えることから分数まで (子どものこころ)

 Web上の情報としては,次の2つがあります。

 前者は,takehikomのはてなIDで2011/09/28にブックマークしていました*1。後者は,2013/01/07です*2
 上記に言及した,ブログ記事です。『坪田耕三の算数授業のつくり方』に書かれたブラジルの件は,メインブログで10以上の記事で取り上げてきましたが,以下では代表的なもののみにしています。

*1:http://b.hatena.ne.jp/entry/www.tufs.ac.jp/common/mlmc/kyouzai/brazil/docs/kakezan_t/kakezan_t_shidou.pdf

*2:http://b.hatena.ne.jp/entry/www.tufs.ac.jp/common/mlmc/kyouzai/brazil/sansuu/kakezan.html

*3:記事中に「ブラジル」の語は出現しませんが,そこで取り上げている書籍と英語論文に記されているほか,「クルゼーロ」はブラジルのかつての通貨単位であることからも,ブラジルの子どもの話なのを知ることができます。

小学校の算数では,食塩水の濃度の問題が出てこない?

 「食塩水の濃度の問題が,中学入試などに出題されていますが,算数では教えていないのでは?」という問い合わせをもらいまして,少し調査しました。
 高学年の算数教科書が手元にないので,まずは啓林館の算数用語集にアクセスしました。学年別では5年上から6年下までの各項目を読み,また索引や検索も試みましたが,濃度も食塩水も,見つかりませんでした。
 Webで少し検索したところ,「質量パーセント濃度」という用語を見かけました。中学理科です。中学校学習指導要領の第2章 各教科 第4節 理科には,水溶液に関する内容の取扱いで,「(略)粒子のモデルと関連付けて扱うこと。また,質量パーセント濃度にも触れること。」とありました。
 「質量パーセント濃度」の記載は,平成29年3月告示の中学校学習指導要領 第4節 理科でも同様でした。両バージョンの解説(『中学校学習指導要領解説理科編』)も読みましたが,式など具体例は,載っていませんでした。
 小学校学習指導要領の理科を見ると,第5学年の「物の溶け方」と第6学年の「水溶液の性質」が最も関連します。『小学校学習指導要領解説理科編』では,第5学年のほうに定量的な取り扱いが見られますが,計算ではなく,物が水に溶ける量を,例えば物を水に入れていって溶けなくなるまで行い測定するといった活動が想定されています。
 以上が学習指導要領に基づいた調査結果です。簡潔に書くと,「質量パーセント濃度」は中学理科で学習し,「質量」も「濃度」も、小学算数には出てこない(したがって学習しない)と言えます。
 小中連携について,2つ,関連しそうな情報を挙げておきます。一つは銀林浩『量の世界』*1の本です。そこでは,食塩20gと水80gを混ぜて食塩水を作ったとき,その食塩水の量xgと,中に溶けている食塩の量ygについて,「0.2g/g×xg=yg」という式も,「xg×0.2=yg」という式も可能としています*2
 現行の学習指導要領に基づいた,中学1年の実践研究を,オープンアクセスの紀要論文として読むことができます。

 この文献の図2は「板書(小学校の算数の学習内容)」です。「割合=くらべる量÷もとにする量」という式を挙げ,くらべる量は「塩化ナトリウム(とけている物)」の重さに,もとにする量は「全体(とけている物+とかしている物)」の重さに,それぞれ関連づけています。
 さて,ここまで書いてきた状況と,中学入試やその受験勉強の「食塩水の問題」とで,どのように折り合いをつけるのがいいのでしょうか。実のところ,メインブログで,塾指導のベテランの方による本をもとに,「みはじ(はじき)」と同様の「しぜこ」を取り上げたことがあります*3
 再び,Webで調査してみると,Q&Aを2件,見つけました。

 前者は小学生からではなく中学生からの「教科書には方程式の単元で食塩水の文章問題は出ていないから勉強しなくてもいいのではないか」という質問を発端として,意見交換がなされています。後者では「10%の濃度の食塩水があります。全量の1/10を捨て、捨てた食塩水と同じ量の真水を継ぎ足し、十分に撹拌します。この作業を最低何回繰り返せば、食塩水の濃度は5%以下になるでしょう?」という出題のうち「全量の1/10」や「同じ量の真水」が,体積か重さかで話が変わってくることが読み取れます。
 量のとらえやすさ,また計算のしやすさ(小学生でも立式・計算できること)を考慮すると,重さのほうになります。ですので,何の何に対する割合なのかが,明確になっていれば,5~6年の算数で学習したり---「質量パーセント濃度」の先取りとも言えますが---,中学入試で解答したりするのも,差し支えなさそうと言えます。

2017/09/09に公開の動画

 https://twitter.com/MathmathSci/status/906421868151824385が,現在,@MathmathSciさんの固定されたツイートとなっています。
 10分たらずの動画を,勝手ながら要約すると,「5個ずつ3皿のりんごの個数を求めるとき,算数では5×3=15とするが,トランプ配りやアレイを使えば,3×5=15でもよいのではないか」といったところでしょうか。*1
 似た趣旨の文章が,一松信『数の世界』*2のpp.37-38に見られます。別の論拠を挙げ,トランプ配りを用いることで正解になり得るという記述は,『授業に役立つ算数教科書の数学的背景』*3のpp.9-10より読むことができます。
 この種の問題を扱った,以前の動画で,把握しているのは,次の2つです.それぞれのページによると,順に「2015年10月19日 22:10 投稿」「2011/12/29 に公開」とのことです。

 動画から離れると,今年公開された『小学校学習指導要領解説算数編』にも,トランプ配りが取り入れられています。http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/07/25/1387017_4_2.pdf#page=39です。「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」について,5+5+5+5のほか,「各々の皿から1個ずつ数えると,1回の操作で4個数えることができ,全てのみかんを数えるために5回の操作が必要であることから,4+4+4+4+4という表現も可能ではある。」と書かれています。しかしながら,この場面を表すかけ算の式は「5×4」のみで,「4×5」は出てきません。次のページの「ここで述べた被乗数と乗数の順序は,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである」や「被乗数と乗数の順序に関する約束が必要であることやそのよさを児童に気付かせたい」もまた,「かけ算の順序はどちらでもいい」という考えと,両立しそうにありません。
 冒頭の動画については,「赤いりんごが,おさらの上に,5つ乗っています.そのさらが,3つあります.りんごはぜんぶで何個ありますか?」という問題に,「3×5」という式を立てた---クラスの2年生の子でも,動画のえくぼさんでも---とき,「それだと,3つずつのりんごが5さらになるよ」と言う子どもを想定していないのが,残念なところです。授業例(書籍の紹介)についてはhttp://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2017/04/14/070422http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130219/1361220251#2に,より広範囲の情報源に基づく取りまとめとしてかけ算の順序論争についてわり算,包含除・等分除,トランプ配りに,リンクしておきます。

*1:2018年3月29日追記:ツイートをいただきました。「掛け算の順序を逆に書いた子に対して、それをバツにはできない」とのことです。https://twitter.com/MathmathSci/status/979112182959849472

*2:isbn:9784621088920

*3:isbn:9784491029641

段数×4=周りの長さ

 『小学校学習指導要領解説算数編』(平成29年6月)のPDFファイル*1には,単位正方形を階段状に配置したときの,段数と周りの長さの関係が,取り上げられています(pp.226-227)。第4学年の最後(数学的活動)です。

伴って変わる二つの数量の関係を表現し伝え合う活動
~段数と周りの長さの関係~
 この活動は,「C変化と関係」の(1)の指導における数学的活動であり,見いだした変化や対応のきまりを表現し伝え合うことで,伴って変わる二つの数量の関係に着目し,表や式を用いて変化や対応の特徴を考察できるようにすることをねらいとしている。
 例えば,段数と周りの長さの関係について,「段数を増やしていくと周りの長さがどのように変わるか」と問いをもったとする。
(略)
 児童は,変化や対応について,「段数が1ずつ増えると,周りの長さは4cmずつ増えていく」,「段数に4をかけると周りの長さになる」などの関係を見いだすであろう。見いだした関係は,表を用いて説明することができる。矢印などを用いると「+4」や「×4」の関係が捉えやすい。また,関係は表だけでなく,「4,4+4,4+4+4,…」,「段数×4=周りの長さ」などの言葉の式,○,△などを用いた式でも表される。
 さらに,「4cmずつ増える」,「4をかけると周りの長さになる」という関係には「+4」,「×4」といった不変な数量の関係がある。図を用いて,どこが「+4」,「×4」になっているかを表現することは,変化や対応についての新たな気付きを促し,関係についての理解を深めることにつながる。

 「段数×4=周りの長さ」というかけ算の式には要注意です。というのも,「一つ分の数×いくつ分=全部の数」の式と合わないからです。10段あるとき,4倍したら40段,ではなく,周りの長さは40cmになる,というのです。この種のかけ算は,Vergnaudが示した「関数関係」で説明がつきます*2。「×4」は,「だんの数」で構成される量空間から,「長さ」で構成される量空間への変換を行います。あるいは,「×4」が,「だんの数」と「(まわりの)長さ」という2つの異なる量空間の仲立ちをしている,と考えることもできます。
 さて,上記とほぼ同じ内容が,啓林館の算数教科書「わくわく算数 4下」(平成16年検定済)p.60にもあるのを知りました。穴埋めで関係式を書く欄が設けられています。「+4」「×4」はなかったものの,2段のときの周りの長さが,1辺の長さが2cmの正方形の周りの長さと同じになるという絵は,記載されていました。
 階段状の配置は見られませんが,啓林館のサイトで□や△を用いた式|算数用語集の後半に現れる表や式が,その事例となっています。
 4年の授業例を調査すると,『小学校算数 板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 4年〈下〉』*3のpp.170-171にも載っていました*4。該当箇所の板書例は以下の通りです。
f:id:takehikoMultiply:20170911215723j:plain
 1段,2段,3段の階段を見せた上で,一部隠れた10段については,周りの長さを計算で求めます。3段までを,計算でなく数えてみると,1段のとき周りの長さが4cm,2段だと8cm,3段では12cmと分かります。
 次に,段の数と周りの長さを表にします。「よこにみたときのきまり」として,1段増えると,周りの長さは4cm増えることを挙げています。また「たてにみたときのきまり」には,段の数に4をかけると周りの長さになるとしています。そこから,「だんの数×4=まわりの長さ」という言葉の式を導いています。
 ところで,10段のときの周りの長さを求める式は,4×10=40でも,10×4=40でも,いいのでしょうか。板書例では,「よこにみたときのきまり」から前者の式を,「たてにみたときのきまり」から後者の式を得ています。この授業を踏まえ,テストで「1辺が1cmのせいほうけいをならべて,かいだんの形をつくりました。10だんのとき,まわりの長さを求める式を答えなさい。」と出題すれれば,どちらでもかまわないはずです。
 しかし授業では「だんの数×4=まわりの長さ」と,言葉の式に表すことを重視しています。「4×だんの数=まわりの長さ」ではありませんし,冒頭の『小学校学習指導要領解説算数編』でも,その形の式は出現しません。
 ここまで見てきた情報源で,着目しておきたいことがあります。第4学年で学習する「伴って変わる二つの数量の関係」あるいは「変わり方」において,2つの変量がそれぞれ異なる種類の量を,値としてとることです。2つの変量とは,階段の周りの長さだと「段の数」と「周りの長さ」のことです。
 とはいえ,『小学校算数 板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 4年〈下〉』には,周りの長さが18cmの長方形の縦と横の長さなど,同種の量の関係を扱った授業例も見られます。なので,「異種の2量の関係を式で表すことを重視している」と考えることにしましょう。
 かけ算以外では,『小学校学習指導要領解説算数編』のpp.212-213に,正三角形を△▽△▽…のように並べて(隣り合う辺はくっつけて)図形をつくったとき,三角形の数と周りの長さを「(三角形の数)+2=(周りの長さ)」や「□+2=△」と表しています。これも,異種の2量の関係式となっています*5
 これまでの算数の授業,そして2020年度からの学習指導要領(に基づく算数教科書や授業)の第4学年で,期待される式のパターンは「独立変数 演算記号 定数=従属変数」*6であり,これに適合し,かつ独立変数と従属変数が異なる種類の量となるような事例が,採用もしくは継承されるように思っています。そこから,変数(を表す文字・記号)や等号を取り除けば「演算記号 定数」で,具体的には「+4」や「×4」などです。「定数 演算記号 独立変数」が好まれないのは,「4+」や「4×」といった表記が,(日本の)算数や日常生活で使われないことと関連付けられそうです。

*1:http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387014.htmから入手できます。算数(2)のほうです。

*2:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140924/1411511070のSCHEMA 5.3です。

*3:isbn:9784491027340

*4:この本の監修者・執筆者のうち,所属が「筑波大学附属小学校」なのは,中田寿幸,夏坂哲志,田中博史の3氏ですが,いずれも平成27年度以降の算数教科書では,啓林館ではなく学校図書の編集関係者として,名前が記載されています。

*5:三角形の数と周りの長さについて,p.212で表になっています。縦方向に見てたし算の等式をつくっています。そこから帰納的に考えると、言葉の式や記号を用いた式が導き出せます。なお,「異種のものの数量を含む加法」は,(新しい)『小学校学習指導要領解説算数編』では,第1学年の「加法が用いられる場合」の5番目として書かれています。

*6:「独立変数」の語は,今回貼り付けた板書画像のすぐ左の解説で用いられています。また今年の全国学力テストの中学校数学の解説にも「誤答については,「① 縦の長さ,② 面積」と解答した解答類型4の反応率が21.2%である。この中には,独立変数と従属変数の違いを区別できていない生徒がいると考えられる。」という記載があります。

「盗難事件に関する問題」の整理

 「盗難事件に関する問題」は,批判的な考察が行えるかどうかの例題として,よく参照されます。これは,PISA2003の数学的リテラシーの調査問題のうち,日本の正答率が,公開された中で最も低かったものです。正答率の算出には,完全正答率+部分正答率×0.5という,全国学力テストを含め国内の学力調査では見られない方法が採用されています。


 本記事作成のきっかけは,今月発売の雑誌に連続して掲載されている,以下の解説記事を目にしたことです。

  • [清水2017] 清水美憲: 事象を多面的に捉えて批判的に考えるための算数のメガネ, 算数授業研究, Vol.112, pp.12-15, 東洋館出版社 (2017).
  • [青山2017] 青山和裕: 統計的な問題解決と批判的な考察, 算数授業研究, Vol.112, pp.16-19, 東洋館出版社 (2017).

算数授業研究 Vol. 112 論究 XI

算数授業研究 Vol. 112 論究 XI

 雑誌には「論究XI」というナンバーが振られ,「「統計」を究める」と題して特集が組まれています。上記2つの記事で別々に,PISA調査の「盗難事件に関する問題」を取り上げています。
 この問題は,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/sonota/071205/002.pdf#page=23より読めます*1

 あるTVレポーターがこのグラフを示して、「1999年は1998年に比べて、盗難事件が激増しています」と言いました。
f:id:takehikoMultiply:20170831230526j:plain
 このレポーターの発言は、このグラフの説明として適切ですか。適切である、または適切でない理由を説明してください。

 この問題に対し,[清水2017]では以下のように解説しています(p.15).盗難事件数のグラフを含め,問題文そのものは,掲載されていません。

 過去に話題になった代表例には,OECDによるPISA2003年調査の「盗難事件」の問題がある(略)。これは,一部が省略されたグラフから,盗難事件の発生数の増加の傾向を把握する問題であった。日本の生徒の平均正答率は29.1%で,OECD加盟国平均の29.5%よりも低かった。データを注意深く読み取って,その妥当性について批判的に考察するには中学校修了時でも課題があるのだ。

 この段落だけを読むと,正答率の「日本…29.1%」「OECD加盟国平均…29.5%」は,「低かった」というよりも,「ほぼ同じ」と思わずにはいられません。またトップの国は何%だったのかなど,国ごとの状況なども書かれていません。
 Googleで検索してみたところ,同じ著者による2007年の文章がヒットしました。

(1)表やグラフから適切に情報をよみとること
 PISA2003年調査の「盗難事件」(Figure1)は,一部が省略されたグラフから,盗難事件の発生数の増加の傾向を把握する問題であった。日本の生徒の平均正答率は29.1%で,OECD加盟国平均の29.5%よりも低かった。また,フィンランドの生徒の平均正答率は45.8%であった。
(Figure1:省略)
 同様な問題には,「輸出」(日本の平均正答率64.6%; OECD平均正答率78.7%),PISA2003予備調査問題「二酸化炭素排出量の減少」,PISA2003枠組みの例示問題「犯罪の増加」などがある。
 これらの問題は,与えられた表やグラフから適切に情報を読み取ることを求める問題である。このような力の育成が,日本の数学教育における課題となっている。

 [青山2017]に視点を移しますと,p.19に,盗難事件数のグラフとともに問題文が囲まれています。同じ著者による,「研究動向からみた統計リテラシー」と題する2ページの解説*2でも言及されており,正答率については「この問題での日本の生徒の正答率は,全体で29.1%となっている。オーストラリア,カナダなど40%超の国が3ヶ国,30%超の国は6ヶ国,OECD平均が29.5%と日本の正答率はかなり低いものとなっている。」と記されています。
 「盗難事件に関する問題」が注目されている理由として,PISA2003の数学的リテラシーの調査問題のうち,公開された中で最も低かったというのがあります。以下のページで,表を見ることができます。

f:id:takehikoMultiply:20170831230546j:plain

 国ごとの違いのほか,解答類型や採点方法は,http://www.ocec.ne.jp/linksyu/pisatimss/sugakuriterasi.pdfより知ることができます。「盗難事件に関する問題」はp.19からです。完全正答(2点),部分正答(1点),誤答/無答(0点)の類型が書かれたのち,国ごとの表が掲載されています(p.22)。

f:id:takehikoMultiply:20170831230559j:plain

 「正答率は,完全正答の生徒の割合に,部分正答の生徒の割合を0.5倍して加えたものである。」という注も,興味深いところです。全国学力テストなど,国内の学力調査で,この方式で正答率を算出するものは見かけません。
 また次のページには,2000年と2003年との各国およびOECD平均の,正答率の変化が表になっています。

f:id:takehikoMultiply:20170831230615j:plain

 まず表2.5.26を見て驚くのは,日本が「完全正答」の反応率は,表に記載の中で最も低いのに,全体の正答率となると,OECD平均よりも少し低いくらいになっていることです。これは,先ほど「0.5倍して加えた」と書いた,部分正答の反応率の高さによると言えます。完全正答の割合が高ければその分,部分正答の割合は低くなるため,部分正答の反応率に関して順位をつけるのは不適切ですが,日本は35.4%で,OECD平均の28.1%よりも高く,正答率の高い各国と同程度にあると,見ることができます。
 経年変化の表2.5.27の中で,目につくのは,最下段のイタリアの「25.0」という,正答率の向上のところです。これこそ「激増」です。2000年で,記載された中では最下位のイタリアが,2003年にはトップクラスにまで上がっています。
 ですがこの2回のPISA調査の間に,イタリアが教育面においてめざましく向上したというわけでもなさそうです。
 それよりも「盗難事件に関する問題」については,採点基準に依存するところがあります。具体的には,誤答/無答のコード01と,部分正答のコード11,完全正答のコード21,23について,境界があいまいであり,採点者泣かせの答案が出てきそうに思えます。とくにコード21および23によると,グラフからの数の読み取りや,増加率の計算といった,数的処理のない解答でも完全正答扱いとなり得えます。2000年は厳しめに採点したが,国ごとの比較がなされるのであれば,2003年には甘く採点しよう,という心がわき上がらないとも限りません。
 とはいえ本記事の意図は,算出された正答率を,無視しようというものではありません。正答率に着目して読んでいくと,「100%に近づける努力」は学校の先生方だけでなく,学力調査の採点の段階においても,生じることを知ったのが,最大の収穫でしょうか。
 この種のグラフに対して,児童・生徒らが批判的に考察できるようになる方法として,類似問題を解かせるのと別に,自分で作ったグラフには,そこから読み取るべき事項を,数値を含めて簡潔な文として添える習慣をつけることを提案します。「盗難事件に関する問題」のグラフであれば,「1年で8件増加した。」がその文例となります。


 上記には入れられませんでしたが,「盗難事件に関する問題」「省略棒グラフ」と関連する情報にリンクします。

 それと,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387014.htmよりダウンロードできる『小学校学習指導要領解説算数編』*3によると,棒グラフは第3学年で,折れ線グラフは第4学年で学習しますが,縦軸を一部省略したグラフの実例は,「盗難事件に関する問題」を挙げたp.306以外にはなく,その種のグラフを作ることの指導は見当たりません。

*1:書籍だと,isbn:4324075719を,多くの情報源が挙げています。

*2:http://estat.sci.kagoshima-u.ac.jp/SESJSS/data/edu2004/06_aoyama.pdf

*3:[清水2017],[青山2017]とも,今年公表の『小学校学習指導要領解説算数編』への言及が見当たりませんが,算数授業研究 Vol.112に掲載の他の記事では参照されています。

かけ算・わり算のフラッシュカード

Guiding Children's Learning of Mathematics With Infotrac

Guiding Children's Learning of Mathematics With Infotrac

 1桁×1桁のかけ算と,わり算について,瞬時に答えられるようにするためのフラッシュカードが紹介されていました(p.324)。
f:id:takehikoMultiply:20170824054155j:plain

 左側の(a)のカードには,赤で「63」,緑で「7」と「9」が書かれています。先生の側は,「63」を隠して子どもたちに見せると,子どもたちは「(7×9=)63」と答えます。「7」を隠して見せると,答えは「(63÷7=)9」となり,「9」を隠せば,「(63÷9=)7」です。
 右側の(b)ですが,1枚の紙の表面(Front)に,外周には0から9までがランダムで並んで赤で書かれ,中心には緑で「×8」とあります。裏面(Back)は,外周には0および8の倍数が青で,中心は「÷8」が緑で書かれています.
 ただし表裏の外周の数は,互いにランダムではなく,規則性があります.表面の赤色の数に,8をかけて得られる積は,裏面では左右で見てちょうど反対の場所に配置されます。
 こうすることで,例えば先生が,表面を子どもたちに向け「6」を指でさして,子どもたちが「(6×8=)48」と答えたとき,指さしている箇所の裏面の数とが同じになることから,正解なのが確認できるようになっています。間違った数を言ったら,指さす位置をそのままにして,このカードを左か右に180度,回転させれば,子どもたちには正解の数が見えることになります。わり算の問題も同様です。
 一つの数に,外周の数を一つずつかけて答えを言う,というのは,日本でも見かけます。以前に事例整理をしていました。

 今回の(b)のフラッシュカードは,かけ算とわり算を同時に練習する際に有用そうに見えました。「8×」ではなく「×8」となっているのは,米国のかけ算の「8の段」だからと考えられますし,「8をかける」と「8でわる」という操作の対称性と解釈することもできます。

2の倍数は,偶数

 https://twitter.com/flute23432/status/896650436266008576から始まるツイートに触発されて,「倍数」の学習や出題に関する事例調査を試みました。
 調査結果の前に,改めて問題意識を言葉にしておきます。数学において2の倍数と言えば「0,±2,±4,…」です.なのですが,小学校では負の数を扱わないから「0,2,4,…」となるのか,というとそうではなく,0も除外し「2,4,6,…」と書くのがどうやら一般的です。算数と数学のギャップについてどのように理解し,またこれまで指導・評価されてきたのか,するとよいのかを,Webで読める情報を通じて探ろうと考えたのでした。
 小学校での学習やテストにおいて,倍数を考える範囲を明示するというのは,容易に思い浮かぶ対応策です。
 例えば,平成29年度 大妻中野中学校 シンガポール会場入学試験*1では,「1から200までの整数を考えます。」から始まって,3の倍数や5の倍数などの個数を出題しています。こう書いてあれば,0のことを考える必要はないわけです。
 範囲の明示は,米国Common Core State StandardsのMathemaicsにおいて,約数(factor)・倍数(multiple)の学習事項でも,取り入れられています。Grade 4のGain familiarity with factors and multiples.には,"whole number in the range 1-100"が3回,出現します。"whole number"だけであれば,(日本の)小学校算数の「整数」に対応し,0,1,2,3,…のことです。"in the range 1-100"により,その段階での約数・倍数の学習では値が限定されるけれど,後にはその限定を解除して考えることも可能となります。
 なお,whole numberの定義はwhole number=整数は、正しい?|特許翻訳 A to Zで整理されています。その中で,"zero or any positive multiple of 1"という定義もありますが,このmultipleは,倍数というよりは,整数倍(positiveとあるので正整数倍)と解釈するのがよさそうです。
 倍数の出題例をWebで検索して,よく目にするのは,倍数や公倍数を,小さな数から順に,指定した個数だけ答えさせるものです*2。その際に0を含めないのが,暗黙の了解事項となっています。
 例えば,学ぶ 教える.COMの倍数と約数では,問題5・問題7が該当します。
 教材出版 学林舎のhttp://gakurin.co.jp/topnewimage/toppdf/tikara/tikarakkauninsei.pdf(現在はデッドリンク)において,「倍数の求め方」「公倍数の求め方」に出現します。倍数・公倍数は「小さいものから順に5つ」なのに対し,約数・公約数は「すべて」です。
 株式会社 認知工学が提供しているhttp://ninchi.sch.jp/sample/s35sample.pdfの例題1には「2の倍数を小さいものから5個書き出してみましょう」とあり,答えは「2」「4」「6」「8」「10」です。そして直後の「2の倍数は、偶数とも言います。」を見て,2の倍数と偶数との違いを,さらっと記してあるように感じました。
 「2の倍数は、偶数とも言います」を「xが2の倍数であれば,xは偶数である」に置き換ることができます。しかし,小学校算数の範囲で「偶数は、2の倍数とも言います」や「xが偶数であれば,xは2の倍数である」は言えないのです。0は偶数だけれど,2の倍数に入れないからです。
 『トップクラス問題集』では小学4年に倍数が出てきます。https://books.google.co.jp/books?id=LXy7iCAV8z8C&pg=PA8には「12と30と50の公倍数で3番目に小さい数を求めなさい。」とあります。公倍数に0を含むか否かで答えが変わりますが,残念ながら解答は参照できません。
 「小さい数から順に」のほか,数直線上で倍数を○で囲むのが教育開発出版株式会社によるhttp://www2.kyo-kai.co.jp/img/material/shou/2990/2015pira_5s_sample.pdf(現在はデッドリンク)に見られます。数直線の「0」が薄くなっています。その一方で,「ただし,0は倍数に入れない。」には網掛けが施されています
 今年出版された本に,気になる出題がありました。『すいすい解ける! 中学数学の文章題 驚異のサザンクロス方式』*3です。Googleブックスで一部を読むことができ,https://books.google.co.jp/books?id=v9NTDgAAQBAJ&pg=PA99 の⑧は「自然数nを用いて、4の倍数を表せ。」となっています。答えは「4n」です。この場合,0や-4などは,4の倍数に入らないことになってしまいます。
 学習指導要領・解説からいくつか取り出します。新しい小学校学習指導要領解説の算数(1)のPDF文書内に,「例えば,「整数」,「比例」という用語は小学校で初めて学習するが,中学校では負の数を学習する際に,これらの用語の意味を捉え直す必要がある。」という文があります。
 算数の「整数」は数学の「整数」と異なり,例えば前者はwhole number,後者はintegerと書き分けられます。
 whole numberをnatural number(1,2,3,…)に置き換えて0を除外するという,解釈あるいは書き方がしばしば見られ,倍数・約数や「整除」においても該当する,というのが,当ブログでの基本的なスタンスとなっています。
 昭和33年の小学校学習指導要領 算数*4では,「約数」「倍数」は第5学年の用語に入っています。指導上の留意事項に「(5) 倍数,約数の指導は,分数の計算に必要な程度にとどめること。」とあり,ここでも0は除外と言っていいでしょう。
 高校の(現行の)学習指導要領解説には,「約数と倍数」の中で,「二つの整数a,b(a>0)について,b=aq+r(r=0,1,2,…,a-1)という表現や割り算の余りによる分類を利用して整数の性質を考察させることも考えられる。」と記されています。bは0であってもよいので,この段階では0は2の倍数に含まれると読めます。
 先月出た中学校学習指導要領解説数学編には,「連続する三つの整数の和は3の倍数になる」が2回,出現します。意図としては文字式で表し証明することなのですが,「連続する三つの整数」として,-1,0,1を考えてみますと,(-1)+0+1=0となり,和は0です。この段階で,0を3の倍数から除外するのは都合が悪い,0を3(や他の正整数)の倍数に入れよう,と指導をするのはどうでしょうか。

*1:http://www.otsumanakano.ac.jp/admission/pdf/2017_singapore_sansu.pdf

*2:ざっと見た限りでは,0を含むいくつかの整数が並んであり,その中から2の倍数などを選ぶような出題は,見当たりませんでした。

*3:isbn:9784408456263

*4:http://www.nier.go.jp/guideline/s33e/chap2-3.htm