かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

立方体を斜めに切ると~『お母さんは勉強を教えないで』より

 文庫本はAmazonマーケットプレイスで1円から購入可能となっていましたが,Kindle版を購入して読み終えました。高校で国語教師を務めながら塾では数学を担当してきた経緯や,塾での英語指導の一端*1を,あとがきにて読むこととなりました。
 本文のわりとはじめのほう,数学の問題の一つで,立ち止まりました。

 高校生または中一の生徒に三次元の数学を教えていると、立体をイメージできない生徒がかならず出てくる。ある女子高生に、
「まずこれやってみて。小四の問題よ。立方体の斜線の切り口はどんな形でしょう? 頭で立体を想像してね」(図4)


 問題は,「立方体アイウエ-カキクケの4点アキクエを結んでできる図形の名称を答えなさい」と書くことができます。
 図4のあとに,著者と生徒とのやりとりがあります。

「平行四辺形です」
 高校生でもこう答える人がいる。答えは長方形。図を見てだまされるようではだめだ。三次元空間の立体を頭でイメージできる能力が必要となる。(略)

 この問答を目にして,真っ先に思い浮かんだのは,「正方形は長方形」です。小学2年の,図形の弁別では,長方形はどれですかという問題に正方形を選ぶと,不正解になるという話です。正方形は長方形・まとめ (2014.11+) - わさっきで整理しています。正方形と長方形・まとめ (2018.04) - わさっきでは本記事へのリンクとともに,その後に得た情報を取り上げました。

 今回の図形では,「長方形は平行四辺形」に読み替えます。実際,アキクエは平行四辺形の要件を満たしています。辺アキと辺エク,辺アエと辺キクはそれぞれ長さが等しいからです。向かい合った2組の辺の長さが等しい四角形が,平行四辺形であることは,小学校でも学習します。
 だからといって「平行四辺形」を正解とせず,「図を見てだまされるようではだめだ」と切り捨てているのは,興味深いところです*2。なお長方形である場合に,平行四辺形と言わないことについては,「一般の図形の集合から,条件が付加されて特殊な図形の集合が作られたとき,その特殊な図形の集合に名づけられた名称が,その図形の名称となるということである。例えば,長方形も正方形も平行四辺形の条件はもつが,平行四辺形とよばず,付加された条件でできた集合の名称を用いるのである。」(『算数教育指導用語辞典 第四版』p.45)という解説が知られています。
 四角形アキクエについて,向かい合った2組の辺の長さが等しく,したがって平行四辺形の要件を満たすことが分かったら,次に確認しておきたいのは,この四角形のどの角も,直角であることです。平行四辺形では1つの角が直角と示せれば,残りの角も直角と言えるので,図4の最も手前に見える角,∠キクエが直角となることを確かめます。
 直感的には直角であり,実際に立方体を用意して切断する(『お母さんは勉強を教えないで』では「キッチンで大根を切ってきて見せるしかない」とあります)のも,一つの手段ですが,なぜ直角なのかを言う(演繹的に推論する)には,中学1年で学ぶ空間図形の概念,その中でも「空間における直線と平面との位置関係」を,必要とします。
 現行の『中学校学習指導要領解説数学編』より,該当箇所を抜き出します。

 空間における直線と平面との位置関係には,直線が平面に含まれる場合,直線と平面とが交わる場合,直線と平面とが平行である場合がある。直線と平面とが交わる場合の中で,特に直線が平面に垂直な場合については,直線が平面に対してどの方向にも傾いていないこと,すなわち,直線が平面との交点を通るその平面上のすべての直線と垂直であることをいう必要がある。
 しかし「平面が交わる2直線によって決定される」ことを基にすれば,直線が2直線の交点において,その2直線に垂直であれば,その2直線によって決まる平面に垂直であることが分かる。つまり,直線が平面と垂直であるかどうかを調べるときには,平面上の交わる2直線に垂直であることを調べればよい。

 これを使うと,次のように説明できます。

  • 直線キクと,正方形ウクケエを含む平面(Pとする)との位置関係について,(イキクウが正方形であることより)キク⊥ウク,(カキクケが正方形であることより)キク⊥ケクである。「直線が2直線の交点において,その2直線に垂直であれば,その2直線によって決まる平面に垂直である」より,キク⊥Pである。
  • キク⊥Pであることと,「直線が平面との交点を通るその平面上のすべての直線と垂直である」より,キク⊥クエである。
  • したがって,∠キクエは直角であり,アキクエは長方形である。

 「直線が2直線の交点において,その2直線に垂直であれば,その2直線によって決まる平面に垂直である」の証明は,直線と平面の垂直・三垂線の定理より読むことができます.ただし,証明の中で「Hを通るα上の任意の直線n」のような「任意の」の使い方は,中学の論証の範囲を超えています.「図に示すような,Hを通るα上の直線n」に置き換えることで,h⊥nの証明は中学2年の範囲内となります。とはいうものの,「直線が2直線の交点において,その2直線に垂直であれば,その2直線によって決まる平面に垂直である」を中学1年で学ぶ段階では,「位置関係から分かること」や「角度を測れば,直角なのが分かる(帰納的な考え)」に限定されます。
 立方体の切り方を工夫すれば,長方形でない平行四辺形ができることについては,立方体の切断問題より見ることができます*3。立方体を{(x,y,z)|0≦x≦4, 0≦y≦4, 0≦z≦4}としたとき,(3,0,0),(4,4,0),(2,4,4),(1,0,4)の4点を結んでできる図形です。

*1:英語の指導法そのものは,本文でも書かれていたのですが,数学の問題例や,「空はどうして青いの?」「朝日や夕日はどうして赤いの?」に相当するような,英語の出題が,本文を読んでいて皆無だったのでした。

*2:岸本裕史『どの子も伸びる算数力』[isbn:4093874603]より読むことのできる,「小さな子が6人いました。どの子も三輪車に乗ってきています。車輪の数は,みんなでいくつあるでしょう」と尋ね,「6×3=18」の式を書いた子どもに「ひっかかったわね。落とし穴にはまったわ」とおどける件と,関連づけることもできます。

*3:このPDFファイルの最初の公開https://web.archive.org/web/20120308034424/http://www.suguru.jp/cut.pdfでは,平行四辺形はありませんでした。

乗除の素地指導,何人に同じ数ずつ

算数教育の論争に学ぶ (授業への挑戦)

算数教育の論争に学ぶ (授業への挑戦)

 あるところで,この本のことを知り,Amazonマーケットプレイスで購入しました。目次を見ると,順九九か総九九か(第二話,第三話),乗法の意味指導(第五話)の中に「論争」の語が見られます。
 順九九とは,九九において2×3は学習するが,3×2は(2×3で求められるので)学習しない,という学び方です。同書p.34には「被乗数が乗数より小さいか,または被乗数と乗数が等しい」とあります。総九九は,被乗数が乗数よりも大きい場合も含めて学習する,いまの九九です。
 乗法の意味指導に関して,第五話のタイトルは「水道方式との「対話と論争」」となっています。筑波大学附属小学校所属という著者の立場は,累加と拡張です。一方,水道方式では内包量×外延量に基づいており,「4こ/さら×3さら」という式もp.88に見かけます。
 全体を読んだ限り,アレイに対応するような,2年で学べる〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉は出現しません。最も近いのは,p.96ですが,「右ノ方ノボタンノカズハ,左ノ方ノナンバイデスカ」という問題文とともに,5行1列のボタンと,5行6列のボタンが左右に並んでいるもので,一つ分の大きさが明確化されています。長方形の面積に関しては,
「求積公式」という語句がp.93ほかに見られます。
 一つ分の大きさまたは内包量は,常に乗算記号の左にあり,逆の場合は検討されていません。九九の話があるものの,『かけ算には順序があるのか』の参考文献には見当たりません。
 先頭から読み直していくと,「何人にいくつずつ」の文章題が,枠で囲まれていました(p.22)。
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 大問1を打ち出しておきます。

[1] こどもが 4にん います。
(1) ひとりに,びすけっとを 2こずつくばります。みんなで なんこ いるでしょう。
(2) ひとりに 3こずつ くばると,みんなで なんこ いるでしょう。

 1年生の算数の問題です。かけ算をすることなく,(1)は2+2+2+2=8で,(2)は3+3+3+3=12で,それぞれ求められます。(2)には図がないものの,(1)の2をすべて3に置き換えて計算する*1か,別途ノートなどで図にすれば,「12こ」なのが分かるわけです。
 著者は,1年でこの種の問題に取り組ませることに否定的です。枠の上には,以下のように書かれています。

 一方,乗除の方はどうか。
 乗除の正式な取り扱いは,乗法が2年で,除法が3年である。
 けれども,乗除の素地指導として,下記のような内容が1年生の教科書等で取り扱われているのはどうしたことか。これは,明らかに先ほどの学習指導要領の(3)に呼応する内容である。

 「学習指導要領の(3)」については,前のページに書かれていました。昭和52年度版を「現行の指導要領」とし,1年の数と計算の(3)は「具体的な事物について,まとめて数えたり等分したり,それを整理して表すことができるようにする。」となっています。
 枠のすぐ下から,2ページ先のページまで,著者はこの種の問題や,乗除の素地指導を,1年で扱うことに対し,強く否定しています。「現に,私は1年生を担当する度に,この内容を削除してきている」(p.24)とまであります。戻って,pp.22-23では「乗除の素地指導」が削除の傾向であること,また「素地」「素地指導」がはっきりした概念を規定できないことを述べています。
 現行(平成20年公示)と次期(平成29年公示)の小学校指導要領を見ると,それらの語はありませんが,学習指導要領解説のPDF版を検索すると,低学年のところで「素地」をよく見かけます。http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387014.htmよりダウンロードできる算数(2)では,「まとめて数えたり等分したりすること」の項目の最後の文に,「このように数をみることは,数についての感覚を豊かにし,乗法や除法を考える際の素地となり,自ら計算の仕方を考えていくことにつながっていく。」として,出現しています。
 かけ算を学習するより前の学年で,その素地となる学習をするというのは,米国Core Standard(http://www.corestandards.org/Math/Content/2/OA/)の"Work with equal groups of objects to gain foundations for multiplication."も該当します。このうち"foundation"が「素地」に対応します。日本と違うのは,学年(米国ではこの学習が2年,乗除は3年)のほか,素地指導の段階でアレイも扱っている点です。
 個人的には,1年で2+2+2+2=8や3+3+3+3=12などとして式を立て答えを求める学習に賛成です。1+3+5+3+1=13のような,数が同じでないようなたし算も,学んでいいと考えています。計算結果を,ブロックを使ったりノートに描いたりした数とを比較することも,大事なところです。そして3+3+3+…は式が長くなって分かりにくいし間違えやすいけれども,2年でかけ算を習ったら,もっと簡単に書けるし,答えもすぐに求められる,といった形で,さらなる学習が期待できます。
 かけ算の順序との関連についても,簡単に記しておきます。上記の大問1の(1)を解こうとするとき,「4にん」が先に,「2こずつ」が後に出現していますが,期待される式は,たし算なら4+4=8ではなく2+2+2+2=8*2,かけ算も4×2=8ではなく2×4=8です。この種の文章題を,1年で使用しているのは,現在の教科書では啓林館のみです。『算数教育の論争に学ぶ』では教科書会社が明示されていませんが,1980年代からあったことには驚きを覚えました。2x3? 3x2? どっちでもいい?~配る問題,かけ算の順序~の改訂をする際には,この本のことも書いていかないといけません。

*1:和は10を超えますが,「3+3=6 6+3=9 9+3=12」または「3+3=6 3+3=6 6+6=12」のいずれの計算の仕方も,1年の範囲内です。

*2:関連:isbn:9784180808335 p.66

アンチはじき

 教材研究は,学校教師でなくても行えます。目の前の,教科書や書籍の一節だけを読んで,不満を言ったり賞賛したりするのは,研究(あるいは検討)ではありません。関連情報を把握するとともに,自分の周りで今後どうなるかについて,思いを致したいところです。

  • http://insects.hateblo.jp/entry/2017/10/04/004834(僕らの名前を覚えてほしい「はじき」を知らない子供達さ - 小包中納言物語 - AS Loves Insects -,リンク切れ)
  • http://insects.hateblo.jp/entry/2017/09/17/001923(迫り来る「木の下のハゲじじい」に最大級の警戒を - 小包中納言物語 - AS Loves Insects -,リンク切れ)

 親視点のブログ記事です。「掛算の順序」の語も出てきて,算数教育に対するスタンスをうかがい知ることができます。
 ただ,2つの記事を読んだだけでも,算数を通してどんな出題がなされ,子どもたちが何を学んでいるかの認識には弱みがあるなと感じました。
 前者の記事で,「20km離れたところまで1時間に4kmずつの割合の速さで歩いていくと、何時間で着くかな?」に対し,小3の子どもでも暗算で「5時間」と答える事例を引いているところについて,対象とする数が「20」「4」と簡単すぎるため,当てずっぽうで(「割合」「速さ」の意味を理解しないまま)わり算をしたという可能性も否定できません*1
 後者の記事で,チャレンジタッチの画面例をもとに,「単位量あたり」を肯定的に捉えていますが,用語はさておきこの概念は小学校5年で学習します。また画面例には「きょり÷時間(秒)=1秒間に走ったきょり」という,言葉の式や,いわゆる二重数直線も出現していますが,これらは「いまの算数」のトレンドとも言えるもので,現行および次期の『小学校学習指導要領解説算数編』にも頻出しています。「はじき」に目を奪われ,これらの可否検討がなされていなかったのは,残念なところです。
 なお,次の学習指導要領に基づく小学校算数では,「速さ」を5年で学習します*2。『解説』の第6学年に書かれた,「ぼくは,5年生の時に学習した速さに関する式で,(長さ)=(速さ)×(時間)が比例するかどうかを調べました。〈略〉(長さ)と(速さ)が比例しているとも,(長さ)と(時間)が比例しているとも考えられます。」についても,何らかの形でこれから,教科書や授業に反映されることになります。
 上記ブログを離れ,「速さ」や「量」を伴う出題の例に,視点を移します。算数の「速さ」の学習を通じて,数量を適切に認識し,正解が導き出せるようになってほしいと期待されている問題の一つは,おそらく以下のものであると,個人的には認識しています。

 東京都算数教育研究会(都算研)が平成27年度に実施した学力実態調査で,6年生の6万人以上が解答しています。原文と解説はhttp://tosanken.main.jp/data/H28/gakuryokuzittaityousa/h27jittaityousa_kousatu_6nen.pdf#page=2より読めます。
 2つの小問のうち,(1)は「はじき」で求められます。しかし,「道のりのちがいは、何kmになりますか。」と問う(2)は,「はじき」だけでは困難と言っていいでしょう。
 B列車の速さについて,「はじき」を適用して,時速140kmを得るまではいいのですが,その次に,2つの列車の「速さのちがい」または「1時間後の道のりのちがい」を求めればよいと気づくのは,「はじき」の範囲外なわけです。
 解説では,「時速を出して、その差を5倍」のほか,「5時間後に進んだ道のりの差」を求め方として挙げています。いきなり,5時間後に進んだ道のりは出せず,1時間後の道のりを算出するのが,自然な流れですので,解説では,「どちらの方法も」と,2つの求め方を統合した上で,「単位量当たり」というキーワードを提示しています。
 正答率は(1)で91%,(2)で77%です。「調査人員 64,398人」のうち,四捨五入を考慮して76.5%としても,正答者数は49,000人を超える計算になります。これだけの子どもが,速さの応用題に対して正解を得られるというのは,学校の算数を通じて,「速さといえば,はじき」「速さ=距離/時間」にとどまらない見方ができている,ということにならないでしょうか。
 解答にあたり式は不要とし,「時速」や「km」も印字済みで数を答えに書くだけの問題となっているのは,解答者数の多さに配慮したと考えられます。とはいえこの調査の外から,出題や分析を読む者にとっては,複数の解き方(strategies)を想起しながらそれらを比較できるようにも,なっておきたいものです。


 上で紹介した学力実態調査で,正解率が最低だったのは,大問5の「縦50cm、横60cm、高さ20cmの直方体の水槽があります。この水槽いっぱいに水を入れると、水は何L入るでしょうか。」です。これも式は不要で「L」は印字済みですが,「60」と書いた正答の割合は,48%です。過去問でさらに低かった出題には,「スーパーの買い物かごにぴったり入るものの体積」を,「380立方cm」「3800立方cm」「38000立方cm」から選ぶというのがあり(http://tosanken.main.jp/data/H21/H21jittaityousa.pdf#page=13),3択ですが正答率は14%です。
 自分が小学生だったときに,これらの問題を出されたら,リットルの換算は解けただろうけど,量の感覚*3を伴う買い物かごの問題は,間違えていただろうなとも思います。

もう一つ追記:http://insects.hateblo.jp/entry/2017/10/04/004834(僕らの名前を覚えてほしい「はじき」を知らない子供達さ - 小包中納言物語 - AS Loves Insects -,リンク切れ)では,ご自身の考えの「速さ=距離/時間」と,ツイートにある「a秒でbmなら、c秒でdm」とを対比させていますが,それらのとらえ方には先例があります。http://books.google.co.jp/books?id=Vyl42R9JV1oC&pg=PA189より読める中に,Schwartzをthree-place relation,Vergnaudをfour-place relationと対応づけています。それぞれ,「速さ=距離/時間」,「a秒でbmなら、c秒でdm」(の一つの文字を1にすること)が関連します。

*1:当てずっぽうではなく,きちんと数量を認識しながら,答えを求められるかを問うなら,「22km離れたところまで1時間に4kmの速さで歩くと,何時間で着くかな?」とするのが一案です。22は4で割り切れませんが,あまりの2kmを,時速4kmで歩くと考えれば,30分と分かり,「答え 5時間30分」が得られます。

*2:適用は2020年度からですが,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387780.htmより読むことのできる移行措置によると,2019年度にも,「速さ」を5年で学習し,かわりに「分数×整数」は学習しない(2020年度の6年生で学ぶ)ものとなっています。

*3:買い物かごの縦・横・高さは問題文に書かれておらず,日常生活をもとにおおよそのサイズを設定し,概算することが想定されています。概算を含む出題例は,メインブログのhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140529/1401313148で紹介してきました。

「5+4」とは,+5と+4

  • 齋田雅彦: 教え方のコツがわかる! “なぜ"に答える 小学校6年分の算数, ナツメ社 (2017).

教え方のコツがわかる! “なぜ

教え方のコツがわかる! “なぜ"に答える 小学校6年分の算数

 奥付によると,著者は「齋田算数理科教室」塾長とのこと。http://sansu-rika.com/が見つかりました。算数と理科に加えて「工作」があること,飲食自由・ノート非推奨で撮影推奨といった授業ルール,そして小4~小6は中学受験をしない子の方が多いなど,小学生向けの「塾」の既成概念を破っているように感じました。
 本の内容ですが,「3+2×4は、どうして20にならないの?」の項目(pp.36-38)に違和感を覚えました。この質問への答え(理由)については,p.36に赤字で,「かけ算やわり算の方が、たし算やひき算よりも強いので、先に計算しないといけない」とあり,42ページでは,「バラ売りの桃を3個と、2個パックの桃を4パック」を使って,3+2×4=5×4=20と計算することのおかしさを解説しています。これらは納得できます。
 違和感というのはp.37です。最初の段落を書き出します。

「5+4」とは、より正しく言うと、+5と+4のことを示しています。そして、+5と+4につながりはありません。同じように、「5-4」は、正しくは+5と-4のことを示しています。つまり、+5と-4につながりはありません。それぞれを入れ替えると、こうなります。

  +5+4  +5-4
  +4+5  -4+5

 原文では,本文中,入れ替えを行う式のいずれも,「+5」は緑で,「-4」は赤で,丸囲みされています。すぐ下には,男の子らしき顔の絵と,「中学生になってから習う項という考え方です。」と発言する,吹き出しがついています。
 中学以降に学んだことと,合いません。正負の数を意識するなら,「5+4」は「(+5)+(+4)」と書きます。この「(+5)」や「(+4)」が,項です。
 そして,5と4の前につけた+記号は,符号なのに対して,真ん中の+は,加法(たし算)を表す記号です。プログラミング*1ではそれぞれ,単項演算子・2項演算子として区別されます。
 このように表記することで,負の数を含めた交換法則により,(+5)+(+4)=(+4)+(+5)が成立します。交換して計算を行うまでの流れは,5+4=(+5)+(+4)=(+4)+(+5)=4+5=9と表せます。
 ひき算は,5-4=(+5)+(-4)=(-4)+(+5)=-4+5=1となります。最後の-4+5=1については,計算ではなく,例えば「数直線で-4のところから正の向きに5だけ進むと1に着く」ことにより求められます。
 かけ算とわり算からなる式についても同様です。同書のp.38では,12÷3÷4について「+12÷3÷4=+12÷4÷3」という式変形を行っていますが,かけ算(そして逆数と,乗法の単位元である1)を用いて,12÷3÷4=1×12×\frac13×\frac14と表すことにします。
 そうすると,乗法の交換法則より1×12×\frac13×\frac14=1×12×\frac14×\frac13が成立し,この右辺は12÷4÷3のことです。1×\frac13×12×\frac14や1×\frac14×\frac13×12といった式も得られ,それぞれ1÷3×12÷4,1÷4÷3÷12に対応づけられます。
 上記で「1×」が出現するのは,+5は「プラス5」という数を表すことにも,「5を加える」というオペレータとしても使用できるのに対し,「×12」はオペレータ(12をかける,または,12倍する)に限定されるためです。+数または-数を,常にオペレータと見なすなら,加法の単位元0を入れて,0+(+5)+(+4)や0+(-4)+(+5)と書くことにすれば,統一的に扱えます。


 「「0」も3の倍数に入るって本当?」(pp.49-50)のところで「「0」も、立派な3の倍数なんです。」「なるほど~。「0」も3の倍数に入るんだね。」と吹き出しにした直後,p.51では6と8の公倍数を求めるにあたり,6の倍数と8の倍数を小さい数から書き出すとなると,0が出現しないのには,しばらく唖然としました。ゼロ除算に関する,「正しくは、次のようになります。」(p.220)の2番目の式として書かれた,「5÷0=∞(無限大)」(同)のところもです。

*1:同書のp.221は「ちなみに、コンピュータプログラミングの世界でも、「0 Devide」(0でわるという意味)は、プログラムが異常終了してしまうので禁止されています。」で締めくくられています。えっと,「禁止」ではなく,ランタイムエラーとするなど,いまのプログラミング環境ではそれなりに対処がなされています。

6キラキラを作るときには,6×1は考えない

 実践報告です。やや短めで,キラキラと光るテープを,黒板に貼り付け,横に「1キラキラル」を書き添えています。次に「あ」「い」「う」と書き,異なる長さの3つのテープを貼り付け,「6キラキラルはどれでしょう」と子どもたちに問います。「あ」と「う」は,1キラキラルの6倍よりも明らかに短く,「い」は,6倍を超えています。そうして,「6キラキラル」を作ろうという活動に移ります。
 子どもたちの解決によると,「1キラキラルの6倍(1×6)」が最も多かったけれど,「2キラキラルの3倍(2×3)」や「3キラキラルの2倍(3×2)」というアイデアも出てきます。それぞれの方法で,6キラキラルの長さのテープを作り,「2×3も3×2も1×6も全部6」「基にする量が違うだけ」とまとめています。
 小学校学習指導要領の「一つの数をほかの数の積としてみる」と関連する授業内容でした。
 ところで,「数」そして「(2年で学ぶ)かけ算」として見直したとき,6になるかけ算の式が,あと一つあります。6×1です。
 ですがこの授業では出てきません。6キラキラルという「量」を作る活動において,「6キラキラルの1つ分」とするわけには,いかないからです。
 メインブログで,アレイを対象として,「全部の数×1」の式を立てていたことがありました。アレイ図 - わさっきに,「一つ分の大きさを12個とし,それが1つある状態,式だと12×1=12」と書いていました。そこでは,できるだけたくさん,かけ算や累加の式を作っていたのですが,今回見てきた授業事例のように,「全部の数×1」を抑制することが可能となるのは,一つの収穫でした。


 長さの単位(任意単位)について,原文では「キラキラ」です。思うことあって本記事では,タイトルを除き「キラキラル」と書いています。そのうち修正します。

UDデジタル教科書体で,「倍」と「積」のかけ算

 これについて,24=2×10+4の記事でも,「もとの数・10倍した数」と「1万がいくつ・数は」の表の中で,このフォントを使用していたのですが,もう少し長い文章で,試してみました。
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f:id:takehikoMultiply:20171029091345p:plain
 オリジナルはかけ算の順序論争について(日本語版) - わさっき,3.3 「倍」と「積」のかけ算です。この文章を選んだのは,書き直したいと長年,思っていたのに加えて,「4」の字形があります。算数の教科書で見かける「4」の字は,1画目の左下へ進む線と,2画目のまっすぐ降りる線が,上部でくっついていません。そしてUDデジタル教科書体は,このことがしっかり反映されているのです。
 上で貼り付けた2つの画像について,前者はWordで,後者はTeXでそれぞれ作成し,PDFにしてから,スクリーンショットを撮り,文章の部分のみを抜き出して緑色の枠で囲みました。使用したフォントは,「UDデジタル教科書体 NP-R」です。文書ファイルなどの公開は,都合により差し控えます。
 作成にあたり,少し困ったのは,10円玉の3行4列の並びのところです。このフォントに,丸囲みの10が入っているので,Wordではそのまま入れましたが,縦横均等に並べるのに手間を要しました。TeXではpicture環境を使うことで,縦横の配置は支障ありませんが,丸囲みの10の文字は,「○」のみの表示となってしまいました。丸囲み数字は取り除いて,かわりに\textcircledで丸を描き,その中に\scriptsizeで10と書きました.

24=2×10+4

 「二十」は2×10か,それとも10×2かを,小学校の算数での学習と照合しながら検討していくと,そこにVergnaudの「スカラー関係」と「関数関係」が含まれていることに気づきました。

 2人の数学者による全18回のコラムの,第17回です。4歳のお子さんが,23の次が「24」か「42」か迷っている状況に対し,執筆者・谷口隆氏が,「説明することの難しさに気づいた」というのです。
 そして以下のとおり,大人モードで,検討しています。

 24にせよ42にせよ,2と4のある意味での“合併”であることは間違いない.子供もそれは感覚として掴んでいる.しかし,“合わせる”ならどっちが先でも同じではないだろうか.たし算の2+4と4+2は同じ答えになる.
 我々大人は,この“合併”が2と4の単なる和ではないことを知っている.24と書いた場合,ここの2は20を表していて,24とは20+4のことである.位取りの記法と呼ばれるものだ.24と42の違いは,次のように書けばはっきりするだろう.
24=2×10+4=10+10+1+1+1+1
42=4×10+2=10+10+10+10+1+1

 最後の2つの式と,タイトルの「算数」とのマッチングに,違和感を覚えました。「2×10+4=10+10+1+1+1+1」とありますが,乗法を累加で解釈するとなると,2×10=10+10ではなく,2×10=2+2+2+2+2+2+2+2+2+2としたいところです。それと別に,「24=2×10+4」や「42=4×10+2」のような式で表すことを,算数で教えているのか,子どもたちは(執筆者のお子さんも小学校に入ったら)学習していくのかが,気になってきました。
 現行および次期の『小学校学習指導要領解説算数編』,そして手元にある算数の教科書に目を通した限り,この種の式の表示は見つかりません。2×10+4や4×10+2といった計算であれば,2~3年の児童にさせてもいいのですが,百の位まで入れて,3×100+2×10+4の計算となると,4年で,いわゆる乗除先行を学んでからとなります。
 さらに,気になるのは,「ニジュー」をかけ算で表すとなると,2×10なのか,10×2なのか,それともどちらでもいいのか,です。
 かけ算を学習しない,1年では,「十を単位とした数の見方」に基づき,「40は,10の4個分」と理解します。2年では,6000を「10が600個集まった数」や「100が60個集まった数」などとします。「一つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」に基づいて,かけ算の式にするなら,順に,40=10×4,6000=10×600=100×60と表せます(ただし,そのような式は見かけません)。なお,2×10や10×2といった計算は,2年のかけ算の範囲内です。
 3年では,万を超える数を学習します。啓林館・教育出版のいずれの教科書も,「10000を2こあつめた数を二万といいます。」がその導入となっています。そして,何千何百何十何万…の漢数字表記もあり,数を認識し,きちんと読み書きしたり,大小の判定をしたりするという流れです。そこでも,かけ算は出てきません。
 なのですが,万を超える数と同じ章の中で「10倍の数」も学習します。「20円の10倍は何円でしょうか。」から始まり,10円を2行10列に並べた図が続きます。1行分は,10円が10枚で100円となり,2行あるから,200円です。10円の並びは「アレイ」であり,縦方向に見れば,20円が10列,横方向に見れば,100円が2行となることを,活用しています。
 かけられる数が,ずいぶんと小さくなっています。
 これについては,「ある数を10倍すると位が1上がり,もとの数の右はしに0を1つつけた数になります。」といった形でまとめられ,これを万を超える数にも適用して,十進位取り記数法についての理解を深めていくことになります。
 教育出版の教科書*1では,p.104に,以下の4コママンガがありました。
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 起承転結の「承」のあたるコマでは,「10のまとまりができると,位が1つ上がるね。」と言っています。ここで「10のまとまり」は,「いくつ分」のほうに対応します。その右のコマで「同じしくみだよ」として例示されたことばの式を,かけ算で表すと,次のようになります。

  • 100が10こで千 ⇒ 100×10=1000
  • 1000が10こで一万 ⇒ 1000×10=10000
  • 1万が10こで十万 ⇒ 10000×10=100000
  • 10万が10こで百万 ⇒ 100000×10=1000000
  • 100万が10こで千万 ⇒ 1000000×10=10000000

 これらの式も,「ある数を10倍すると位が1上がり,もとの数の右はしに0を1つつけた数になります。」のルールがあてはまります。表にするとこうです。
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 4コママンガに出現する数だけでなく,20を10倍したら200というのも,この表に入れることができます。「10倍」そして「×10」は,同じ列の上下の数の関係となります。
 それに対し,「10000を2こあつめた数を二万といいます。」をはじめとする「何万」は,「1個で10000」あるいは「万を単位とした見方」に基づきます。表は,こうです。
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 10000が「一つ分の数」であり,かけ算の関係は,「10000のいくつ分」として,見出すこととなります。
 上の表の見方は,Vergnaud (1983)が示したうちの「関数関係」に,下の表は「スカラー関係」に,それぞれ関連づけることができます。
 さて,24を,十円玉が2枚と1円玉が4枚に対応づけるのであれば,式は,24=10×2+1×4,または24=10×2+4としたいところです。
 24=2×10+4とするのであれば,「2を10倍して20,そこに4を足して,24」となります。冒頭のブログに書かれた「2×10+4=10+10+1+1+1+1」の等式は,累加と別の根拠で導かれたもの,と言うこともできます。
 桁数を増やした場合のことも,確認しておきます。
 324を,百円玉が3枚と10円玉が2枚と1円玉が4枚に対応付けると,式は100×3+10×2+1×4または100×3+10×2+4です。
 「10倍」を使う場合,324={(3×10)+2}×10+4により実現できます。「3を10倍して,2を足して,また10倍して,4を足す」という手続きです。
 30024のような数なら,30024={(3×10×10×10)+2}×10+4とします。10倍と加法の組み合わせで,整数を式で表せることが分かります。