Anghileri, J. and Johnson, D. C.: Arithmetic Operations on Whole Numbers: Multiplication and Division. In Post, T.R. (Ed.), Teaching Mathematics in Grades K-8, Longman Higher Education, Allyn and Bacon, pp.146-189 (1988). [asin:0205110762]
そこでは,"The sum of b numbers each of which is a is called the product of a by b"として積を定義し,表記には「a×b」「a・b」「ab」を載せています。ただし,現在の視点で見ると,aが被乗数,bが乗数ですが,multiplicand/multiplierといった,二者を区別する用語はこの本に見当たりません。
乗法の諸性質は,交換法則,結合法則,分配法則の順で,加法の性質を用いて別々に示しています。「多くの数をかけるとき」の話に,orderの語を見つけることができました(p.8)。
The commutative, associative, and distributive laws for sums of any number of terms and products of any number of factors follow immediately from I-V. Thus the product of the factors a, b, c, d, taken in any two orders, is the same, since the one order can be transformed into the other by successive interchanges of consecutive letters.
(私訳:任意個の項の和と任意個の因数の積に関して,交換,結合,分配の法則はI-Vから直接導かれる。ゆえにa,b,c,dという4つの因数の積はどのような順序をとっても答えは同じになる。なぜなら一つの順序は,隣り合う文字の交換を繰り返すことで,他の順序に変換できるからである。)
Greer, B.: Multiplication and Division as Models of Situations, Handbook of Research on Mathematics Teaching and Learning, National Council of Teachers of Mathematics (1992). [isbn:1593115989]かけ算・わり算でモデル化される場面 - わさっき
Chapin, S. H., O'Connor, C. and Anderson, N. C.: Classroom Discussions―Using Math Talk to Help Students Learn, Grades K-6, Second Edition, Math Solutions (2009). [isbn:1935099019]
その本のp.4には,先生が"Eddie says that order does matter"と言うシーンがあります。ただし乗法の交換法則の学習ということもあり,"the answer is the same no matter which number goes first."や"I don't think it matters what order the numbers are in."のように,否定語を含む文の中にも出現します。 https://books.google.co.jp/books?id=2NX4I6mekq8C&pg=PA3より,授業の状況をかいつまんで説明します。かけられる数・かける数の順序を変えても同じ答えになるのはなぜかを討論していく中で,2つの意見が出ました。Eddieの意見は,2×5は「5つの袋にリンゴが2つずつ」,5×2は「5つの袋にリンゴが2つずつ」を表し,順序に意味があるという主張になります。それに対しTiffanyは,それら2つの場面は別だけれど,答え(リンゴの総数)は同じであり,順序は重要ではないと主張します。
授業の背景として,乗法の交換法則について,児童らが理解を深めることを目的としていることのみならず,子どもたちのコミュニケーション(単に答えを出すだけでなく,考えを言ったり書いたりすること)を,NCTM(米国数学教師協議会)が教師らに要請している点が挙げられます。
授業としては,2×5=5×2や,a×b=b×aといった関係式よりも,「2×5=5×2であるのはなぜか(説明できるか)」を重視しているものと読めます。その説明の手段として,2×5と5×2とで意味(場面)が異なることを活用しています。
この授業から「かけ算の交換法則を学習したら,a×bでもb×aでもいいのだ」を引き出すわけにもいきません。実際,「どちらでもいい」と主張するTiffanyに対し,先生は"And Tiffany, are you saying that those two number sentences can't be used to describe two different situations?"(それでティファニーさん,2つの数式はそれぞれ,別の場面を表すのに使えないっていうの?)という質問を入れて確認しています。原文ではcan'tが斜体字になっています。「a×bでもb×aでもいい」は,先生の持つねらいでも,クラスで共有したい内容でもないことが伺えます。
「2つの数式はそれぞれ,別の場面を表すのに使えない」について,文献を離れて検討してみます。
「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 2こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」という問題を考えます。算数のこれまでの知見に基づくなら,正解となる式は2×5=10です。
ここで,式に「5×2=15」と書くのも正解とすることにしましょう。すると,以下の2つの命題を認めることになります。
「学習指導要領の(3)」については,前のページに書かれていました。昭和52年度版を「現行の指導要領」とし,1年の数と計算の(3)は「具体的な事物について,まとめて数えたり等分したり,それを整理して表すことができるようにする。」となっています。
枠のすぐ下から,2ページ先のページまで,著者はこの種の問題や,乗除の素地指導を,1年で扱うことに対し,強く否定しています。「現に,私は1年生を担当する度に,この内容を削除してきている」(p.24)とまであります。戻って,pp.22-23では「乗除の素地指導」が削除の傾向であること,また「素地」「素地指導」がはっきりした概念を規定できないことを述べています。
現行(平成20年公示)と次期(平成29年公示)の小学校指導要領を見ると,それらの語はありませんが,学習指導要領解説のPDF版を検索すると,低学年のところで「素地」をよく見かけます。http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387014.htmよりダウンロードできる算数(2)では,「まとめて数えたり等分したりすること」の項目の最後の文に,「このように数をみることは,数についての感覚を豊かにし,乗法や除法を考える際の素地となり,自ら計算の仕方を考えていくことにつながっていく。」として,出現しています。
かけ算を学習するより前の学年で,その素地となる学習をするというのは,米国Core Standard(http://www.corestandards.org/Math/Content/2/OA/)の"Work with equal groups of objects to gain foundations for multiplication."も該当します。このうち"foundation"が「素地」に対応します。日本と違うのは,学年(米国ではこの学習が2年,乗除は3年)のほか,素地指導の段階でアレイも扱っている点です。
個人的には,1年で2+2+2+2=8や3+3+3+3=12などとして式を立て答えを求める学習に賛成です。1+3+5+3+1=13のような,数が同じでないようなたし算も,学んでいいと考えています。計算結果を,ブロックを使ったりノートに描いたりした数とを比較することも,大事なところです。そして3+3+3+…は式が長くなって分かりにくいし間違えやすいけれども,2年でかけ算を習ったら,もっと簡単に書けるし,答えもすぐに求められる,といった形で,さらなる学習が期待できます。
かけ算の順序との関連についても,簡単に記しておきます。上記の大問1の(1)を解こうとするとき,「4にん」が先に,「2こずつ」が後に出現していますが,期待される式は,たし算なら4+4=8ではなく2+2+2+2=8*2,かけ算も4×2=8ではなく2×4=8です。この種の文章題を,1年で使用しているのは,現在の教科書では啓林館のみです。『算数教育の論争に学ぶ』では教科書会社が明示されていませんが,1980年代からあったことには驚きを覚えました。2x3? 3x2? どっちでもいい?~配る問題,かけ算の順序~の改訂をする際には,この本のことも書いていかないといけません。