かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

反比例や2乗に比例における係数を,比例定数と呼ぶことについて

 ラフに言うと,こうです.伴って変わる2つの量XとYの間に,\frac{Y}{X}=Aという式(ただしAはXにもYにも依存しない値でA≠0)が成り立つとき,Y=AXと書けますので,YはXに比例(正比例)し,その比例定数はAです.
 この比例の関係,そして比例定数という用語について,XやYは単純な独立変数に限定しません。「惑星の公転周期の2乗は,軌道長半径の3乗に比例する」という,ケプラーの第3法則(Kepler's Third Law)にも適用できます。公転周期をT,軌道長半径をdとし,X=d^3Y=T^2としたとき,\frac{Y}{X}すなわち\frac{T^2}{d^3}は一定ということですので,その定数値は,比例定数(the constant of proportionality)となります.
 そこまで複雑でなくても,Y=yとし,Xを,x分の1またはxの2乗と表したとき,y=\frac{a}{x}またはy=ax^2のaを,比例定数という(反比例定数や2乗比例定数などといわない)のは,正比例に帰着して考られるからです。さまざまな種類の比例を,統一的に取り扱うことができる,と言ってもいいでしょう。
 ここまで書いてから,批判サイドのまとめを読みました。

  • https://togetter.com/li/1274531(中学数学では、y=3/xの3や、y=4x^2の4を「比例定数という」と教えているらしい。 - Togetter,リンク切れ)

 上記Togetterまとめを知らずに,軽く調べていくつかツイートしていました。URLは2つだけですがそれぞれ複数のツイートがつながっています。ケプラーの第3法則の件も,取り上げています。

 ツイート状況を見るには,Yahoo!のリアルタイム検索です。「比例定数」の結果から,自分で調べたのと別で,良質の情報を得ることができました。一つだけ,リンクしておきます。

 さて,「ラフに言うと」には,いくつか補足をしておかないといけません。まず,比例の定義は\frac{Y}{X}=Aではありません。その定義を採用すると,Xが0のとき取り扱えないからです。小学校の算数の「商一定」と密接に関係のあるこの式は,「変数の値が0の場合を除いて」といった文言をつけて比例の性質の一つとするほか,比例であると判断する*1ための十分条件として活用されます。
 比例定数を決定する際には,2つの変数(変量)が区別されます。「XとYは比例の関係にある」と書くと,2量は対等という見方ですが,「YはXに比例する」と書いたとき,Xが独立変数(説明変数),Yが従属変数(従属変数)と解釈され,このもとで,Y=AXのAが比例定数となります.独立変数と従属変数が反対になると,比例定数も変わります*2ケプラーの第3法則のX=d^3や,球の体積が半径rの3乗に比例するといった場面では,dやrが独立変数(説明変数)なのではないのかと,言いたいところですが,比例関係においては,説明するサイドの変量と思えばいいでしょう。
 文字をおくことで,変域が変わり得る点にも注意が必要です。y=ax^2について,xの変域が実数全体であっても,X=x^2の変域は0以上となります(yの変域はaの符号に依存して,y≧0またはy≦0となります)。このことをきちんと理解しようとするなら,合成関数(合成写像)への理解も欠かせません。

*1:比例定数の具体的な値に関心のないときは,\frac{Y}{X}=\mbox{const.}などとも書かれます。wikipedia:定数に「const.」が出現し,英語版にはなかったのでこれは日本限定かもと思いながら他言語版を見ると,ロシア語版のwikipedia:ru:Постояннаяに「C = const.」がありました。

*2:数としては逆数になります。ただし物理量においては,単位を添えて比例定数を書くのが一般的ではないかと思います。

二元一次方程式について問う全国学力テストの問題

 学校の授業やテストでは,用語を答えさせて他の関連する語句との違いを確認するのに対し,通う学校の先生が出題者ではない学力調査や入学試験においては,用語を書かせるかわりに,選択式など多様な形式で,用語や概念を正確に理解しているかの把握を試みている,と思っておくのがよさそうです。

 このまとめに出ていない,用語の問題で,個人的によく覚えているのは,「範囲」です。具体的には平成29年度の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト,http://www.nier.go.jp/17chousa/17chousa.htm),数学Aの大問14 (1)です。「40 46 47 48 53 53 56」という,生徒7人の反復横跳びの記録に対し,記録の範囲を求めるのですが,統計の話ですので,最大値-最小値で計算し,答えは16です。範囲だからといって「40から56まで」と答えるのは,想定された誤答であり,同年8月に出された報告書には,「誤答については,「40から56*1」と解答した解答類型2の反応率が32.6%である。この中には,数学用語*2としての「範囲」を日常用語としての「範囲」と捉えている生徒がいると考えられる。」とあります。
 この数学A問題を読み直してみると,錯角を問う大問6 (1)も,興味深いものでした。「錯角は等しい」という認識は誤りであり,正確な理解は「平行な2直線に他の直線が交わったときにできる錯角は等しい」です。そして平行線のない状況でも,錯角を見つけることができるのです。
 まとめのやりとりや,コメントの最初に,「二元一次方程式」という用語の必要性を感じないという趣旨を見かけますが,上記の数学A問題には,二元一次方程式の意味を問う問題が入っています。大問3 (3)です。二元一次方程式x+y=2の解について,4つの選択肢の中から正しいものを1つ選ぶものとなっており,正解は「ウ x+y=2を成り立たせるx,yの値の組すべてが,x+y=2の解である」です。
 続く(4)では「連立方程式(式省略)を解きなさい。」という出題で,「二元」も「一次」も書いていません.(3)では「二元一次方程式」を明示することで,x+y=2はx(だけ)の方程式でもy(だけ)の方程式でもなく,2つの文字x,yの値の組を考えて,どんな値の組が等式を満たすかどうかを考えることが,期待されているわけです。
 連立でない二元一次方程式は,一次関数とも関連します。xとyの係数がともに0でなければ,2次元平面上にグラフを描くと,直線になります。ここまで参照してきた数学Aでは,大問13として,「二元一次方程式2x+y=6の解を座標とする点の全体を表すグラフ」を問題文に明記し,4つのグラフの中から該当するものを選ばせています。
 学習者ではなく大人向けの情報を書いておくと,現行および次期の学習指導要領の中学校数学に「連立二元一次方程式の必要性と意味及びその解の意味を理解すること」の項目が設けられており,『中学校学習指導要領解説数学編』では,連立をつけない二元一次方程式についての説明を読むことができます。
 出題事例の検索対象を,全国学力テストではなく,高校入試の数学に切り替えてみると,どうでしょうか。都道府県別 公立高校入試[問題・正答]で,近畿の2018年度の出題をざっと眺めてみると,兵庫*3には「中点連結定理」と「同位角」,奈良*4には「平行線と線分の比」が正解となるものがありました。いずれも名称を書かせるのではなく,選択式の出題です。

*1:解答用紙の該当箇所には右に「回」が印字されているので,「40から56回」という解答になります。

*2:個人的に「範囲」は統計の用語と認識していますが,中学の数学で学習するという意味で,「数学用語」となっていると思われます。なお,「40から56まで」と関連する数学用語は,「区間」です。

*3:https://resemom.jp/feature/public-highschool-exam/hyogo/2018/math/question04.html

*4:https://resemom.jp/feature/public-highschool-exam/nara/2018/math/question03.html

算数教育指導用語辞典 第五版を読んだ

算数教育指導用語辞典

算数教育指導用語辞典

 ざっと目を通してから,『算数教育指導用語辞典 第四版』*1と読み比べました。第四版で抜き書きしたいくつかの箇所は,そのまま第五版でも読むことができました。
 覚えているのは次の2つです。まず交換法則をはじめとする計算の性質と,かけ算の式についてです。第四版はpp.18-19,第五版だとpp.20-21に,同一の記載があります。

 H.ハンケル(1839~1873)は,ピーコックの不完全さを見直したうえで,さらにこの原理が拡張された実数系や複素数系にまで及んで成立することを示した。さらに,原理に示された三つの計算法則は,高々複素数の範囲までに止まることを示し,さらにその拡張が多元数に及ぶときは,これらの三つの法則どれかが不成立になることを示唆している。例えば,多元数のなかでW.ハミルトンの四元数については交換の法則は成り立たない。また,A.ケーリーが示した八元数の場合では,交換法則のほかに結合法則も不成立となるのである。

計算法則に関する注意事項
 数の拡張では,三つの計算法則の確かめが必要であったが,これはあくまでも形式であって,これと離れた具体的な場面では注意すべきことがある。
 例えば,交換法則に関しては,同じ加法でも合併なら交換が可能であるが,追加(増加)の場合では交換は不可能である。例えば,ミカンが5個あっても3個もらうと8個になるということから,3個もらって5個あってというのは意味が曖昧になってしまう。不用意に交換すると時間差を無視したりすることになる。
 また,乗法で,被乗数と乗数を交換しているのは,2次元的な面積の場合が,縦横同じ種類のものが並んでいる人間とかおはじきなどの数を求める場合はわかりよい。
 ただし,この場合でも,被乗数と乗数を交換したとき,その基準量をどうとらえたか,操作の観点をどこに置いたかをよく考え,その違いをはっきりとつかんでおかねばならない。同数累加や倍概念で操作する1次元的な乗法では,安易な交換は許されない。
 例えば,三つの皿にみかんが2個ずつあるとき,みかん全部の個数は2×3で求められる。しかし,皿の数三つにみかんの数2個をかけて3×2というのは意味がなく,このような具体的な場面で2×3が3×2に等しくなることを理解させるのは,かなり無理があると考えられる。

 もう一つは,「長方形は正方形」に関連する,図形の包摂関係の扱いです。第四版ではp.45,第五版からはp.47です。

図形の名称
 各図形の名称については,次のように決められている。
 すなわち,一般の図形の集合から,条件が付加されて特殊な図形の集合が作られたとき,その特殊な図形の集合に名づけられた名称が,その図形の名称となるということである。例えば,長方形も正方形も平行四辺形の条件はもつが,平行四辺形とよばず,付加された条件でできた集合の名称を用いるのである。

 新たに一つ,取り出します。0は偶数だけれど,2(や他の整数)の倍数ではないという話です。第四版のp.195で,第五版はp.203になります。

 [2] 倍数・約数
 整数の集合を考察する立場としては,ある整数でわったあまりに着目して類別して考察する場合と,整除性に着目して考察するする場合との二つがある。整数を倍数,約数といった観点から考察するのは,後者の立場である。
 倍数・約数は,分数の約分や通分の際に用いられる大切な内容である。
 (1) 倍数
 ある整数の倍数は,次々に幾つでも作られるという性質がある。例えば,3の倍数は3,6,9,12,15,18,21……というように無限に続くことになる。
 なお,小学校では0を偶数としては扱うが,発達段階からみて指導上に困難点があるので,0をある整数の倍数として扱うことはしていない。0を整数nの倍数としてみるのは中学校である。

 第四版と第五版とで,違いもあります。目次を合わせ見て,すぐに気づくのは,第五版には「ICT機器の活用」「プログラミング教育」という項目があるのに対し,第四版には見当たらない点です。
 「全国学力・学習状況調査」「TIMMS」「PISA」はどちらの版にもありますが,それぞれの本文を見ると,全国学力・学習状況調査では脚注の問題例が差し替えられていました。TIMMSとPISAのそれぞれで,調査結果の表は第五版には2015年の調査結果(第四版刊行よりあとに得られた情報)が入っています。
 「速さ」の解説はほぼ同じですが,本文の見出しの右にある,学年・領域のところは,第四版は第6学年B,第五版は第5学年Cになっていました。
 今後は第五版を活用していくことにします。

6この何倍

中学校数学科 つまずき指導事典

中学校数学科 つまずき指導事典

 タイトルから想像できるように,想定する読者は中学校数学科の教師ですが,内容面ではずいぶんと,小学校算数科の話が入っています。数学の間違えやすい箇所(「はじめに」によると,「62の典型的なつまずき」)を,算数の既習事項を取り入れながら,解説しています。
 基本的には見開きが1つの項目で,右側(奇数ページ)の上部に「関連する既習事項」と題して枠で囲まれ,どんな事項をどの学年で学習するかとともに,踏み込んだ説明がなされています。「かけ算の順序」に密接に関連する文章が,p.17にありました*1

*2 乗法と累加の関係(小2)
 ことばの学習でもある小学校低学年では,四則演算は問題場面に対して定義されます。乗法は「~のいくつ分」で表せる問題場面で定義され,「4×3の答えは,4+4+4の答えと同じ」(累加)も導入されます。その定義から,「4×3は4の3つ分」,「3×4は3の4つ分」というようにその区別を学びます。「答えは同じ」という意味で4×3=3×4とできます。それ以上計算できない「値としての式」は未習であるため,「~のいくつ分」の意味では,両辺は同じ式といえません。

 「関連する既習事項」の囲みがp.27から3ページにわたる中で,さらに箱で囲まれた,2つの設問(p.28)が,目を引きました。

①7人にえんぴつをあげます。1人に3本ずつあげるには,ぜんぶで何本いるでしょう。
②おかしが,はこに6こずつ入っています。ぜんぶの数は,6この何倍でしょう。

 問いのみで,何が正解・不正解かは明記されていませんが,①についてはその直後の「乗法は(1つ分の大きさ)×(いくつ分)=(全体の大きさ)という状況を表す文章(関係式,等式)で導入されます」から,期待される式は,3×7=21で,答えは21本です。
 一方,②は,(1つ分の大きさ)×(いくつ分)=(全体の大きさ)で考えればよいとはいえ,①とは異なる難しさを含んでいます。1つ分の大きさは6(こ)ですが,いくつ分にあたる,具体的な数が,提示されていないのです。言葉の式にするなら,「6×はこの数」ですが,「何倍」と問われています。「はこの数倍」も「はこ倍」も,書いてみると違和感があります。
 具体的な数が分かれば,小学生でも(中学生による算数の復習でも)妥当な難易度となります。お菓子が6個ずつ入った箱の絵が添えられていると,その箱の数をもとに,5箱なら「5倍」と言えるわけです。


 かけ算とは別で,気になったのを2点,挙げておきます。まず,いくつかのページで,比例数直線を見かけます。これについてp.23の指導のポイントには「教科書には比例数直線はありませんが」とあり,算数偏重の中学数学解説書と感じました。同じページの図の中で「被乗数」はおかしく(被乗数にあたるのは-2だけなので),算数の用語を使うならそこは「もとにする量,比べる量」*3で,「乗数」も「割合」に読み替えたいところです。
 「1組の対辺が平行で長さが等しい四角形は,平行四辺形」に関して,pp.98-99に2箇所出現する「△ADC≡△ABC」は,「△ADC≡△CBA」と思われます。

*1:個人的には,「それ以上計算できない「値としての式」は未習であるため,」はない方がよく,「「答えは同じ」という意味で4×3=3×4とできます。「~のいくつ分」の意味では,両辺は同じ式といえません。」とすれば明快になると,認識しています。「定義」の多用も,良いものとは思えません。

*2:原文では網掛けの角丸正方形の中に「2」

*3:ただしマイナスの量を認めるべきかという難点はあります。

みはじ (2018.09)

小学校の算数の話です.速さに関する式について,次の3つを学び,文章題などに適用していきます.

  • 速さ=道のり÷時間
  • 道のり=速さ×時間
  • 時間=道のり÷速さ

(略)図を使って,この3つの式を手早く求めるための方法があります.
基本となる図は次のとおりです.

頭文字が「み」「は」「じ」ですので,くっつけて「みはじ」と呼ばれます.

みはじ・くもわ(2015.08) - わさっき

 「みはじ(はじき)」の背景となる数式を,掘り下げてみます。「速さ=道のり÷時間」による定義(公式)を前提としたとき,この式は「道のり÷(速さ×時間)=1」に変形できます。「みはじ」は,この左辺を図にしたものと言えます。
 みはじの図で,速さを隠すというのは,「道のり÷(速さ×時間)=1」の両辺に速さをかけ,整理して得られる等式「速さ=道のり÷時間」に対応します。
 速さではなく時間を隠すのは,時間を両辺にかけて整理することで,「時間=道のり÷速さ」が得られます。
 道のりを隠す場合には,少しだけ手間を要します。両辺に(速さ×時間)をかけましょう.これで,「道のり=速さ×時間」を導くことができます。ここまでの式変形について,中学1年で学習する「等式の性質」を使用していることもあり,小学校では扱われません。
 「速さ=道のり÷時間」から,「道のり÷(時間×速さ)=1」としても,代数的には,差し支えありませんが,このことに基づく「みじは(じはき)」の図は,見かけません。その理由として,一定の速さで進む(時間と道のりが比例の関係にある)とき,「速さ=道のり÷時間」で得られる「速さ」というのは,「単位量当たりの大きさ(単位時間に進む距離)」であり,比例定数(y=k×xのk)に対応づけられる*1のが指摘できます。
 また「速さ=道のり÷時間」について,かわりに「速さ=時間÷道のり」と定義することも可能ですが,そうすると,かけ算・わり算の立式(演算決定)が異なってきます。「単位時間当たりに移動する長さ」と「一定の長さを移動するのにかかる時間」とを比較すると,小学校の算数では前者が広く使われているわけです*2
 ここまでについて「速さ」に限らず,「a=b÷c」でaが定義でき,aとbとcが異なる種類の数量である場合に,同様に適用できます。たとえば「単価=価格÷個数」「密度=質量÷体積」*3について,それぞれ「価格÷(単価×個数)=1」「質量÷(密度×体積)=1」と表せます。Greerの分類表ではRate(比率割合)が該当します*4。別のアプローチとして,「量」に着目し,所要時間と移動距離から速さを定式化している書籍に『量と数の理論』があり,「速さ」の周辺 - わさっきで取り上げてきました。
 みはじと同等の図解は,海外文献から見ることもできます。なお,それらの図が海外でも,具体的な問題を解くのに活用されているかどうかは分かっていません。ここで確認しておきたいのは,「みはじ」の3要素は異なる役割を担っており,全体として意味をなすこと,そして類似した他の用途に活用できること,ですので「みはじ」も一つの「構造」だということです。
f:id:takehikoMultiply:20180918061929j:plain*5
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*7
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 国内に話を戻して,算数教育における「速さ」や「みはじ(はじき)」の動向をいくつか紹介します。まず,先月発行された「算数授業研究」Vol.118*9で,田中博史氏が4マス対応表との対比として「単に公式を覚えるだけの「はじき」の図とは大きく異なる」と述べています(p.13)。同じ趣旨が『田中博史の算数授業のつくり方』*10に書かれているのですが,今年4月に東京新聞で「はじき」「くもわ」の図が掲載され,算数教育への批判がなされた記事への見解であるようにも思われます。
 「はじき」を取り入れた授業・板書の事例として,次のブログ記事があります。

 本文には「半数以上が「はじき」を知っていたことから、前時に「速さの公式」を扱った際に、「はじき」はその覚え方ということを教えました。そこで、本時では、「はじき」も認めながら、それが違う求め方でも一致するのか検討するように指導しています。」とありますが,板書の画像には,よく見かける図が出現しません。かわりに「は」「じ」「25」「x」を用いた,関係表があります。はじきを,5つの立式の根拠のうちの1つとしていますが,小さな扱いです。
 小学生が解答した,「みはじ(はじき)」では解けない,速さの問題というのも知られています。昨年書いたブログ記事より抜き出します。

 上記ブログを離れ,「速さ」や「量」を伴う出題の例に,視点を移します。算数の「速さ」の学習を通じて,数量を適切に認識し,正解が導き出せるようになってほしいと期待されている問題の一つは,おそらく以下のものであると,個人的には認識しています。
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 東京都算数教育研究会(都算研)が平成27年度に実施した学力実態調査で,6年生の6万人以上が解答しています。原文と解説はhttp://tosanken.main.jp/data/H28/gakuryokuzittaityousa/h27jittaityousa_kousatu_6nen.pdf#page=2より読めます。
 2つの小問のうち,(1)は「はじき」で求められます。しかし,「道のりのちがいは、何kmになりますか。」と問う(2)は,「はじき」だけでは困難と言っていいでしょう。
 B列車の速さについて,「はじき」を適用して,時速140kmを得るまではいいのですが,その次に,2つの列車の「速さのちがい」または「1時間後の道のりのちがい」を求めればよいと気づくのは,「はじき」の範囲外なわけです。
 解説では,「時速を出して、その差を5倍」のほか,「5時間後に進んだ道のりの差」を求め方として挙げています。いきなり,5時間後に進んだ道のりは出せず,1時間後の道のりを算出するのが,自然な流れですので,解説では,「どちらの方法も」と,2つの求め方を統合した上で,「単位量当たり」というキーワードを提示しています。
 正答率は(1)で91%,(2)で77%です。「調査人員 64,398人」のうち,四捨五入を考慮して76.5%としても,正答者数は49,000人を超える計算になります。これだけの子どもが,速さの応用題に対して正解を得られるというのは,学校の算数を通じて,「速さといえば,はじき」「速さ=距離/時間」にとどまらない見方ができている,ということにならないでしょうか。

アンチはじき

 最後に,次期学習指導要領では,「速さ」は現行の第6学年から,第5学年での学習となります。次期学習指導要領の適用は2020年度からですが,移行措置により2019年度から,5年生の算数で速さを学習することになります。
 その際,「速さ」を,三用法の応用(速さ=道のり÷時間,道のり=速さ×時間,時間=道のり÷速さ)として扱うのか,人口密度などと同じく「単位量当たりの大きさ」の枠内とするのかが,気になるところです。『小学校学習指導要領解説(平成29年告示)算数編』では,単位量当たりの大きさの枠内にとどまっています。
 速さを,三用法ではなく単位量当たりの大きさの中で考える(教科書や授業を通じて学習する)ことは,いまの教科書でも意図されています。それはたとえば,速さ|算数用語集で画像になっている文章題より,知ることができます。「50m走の世界記録は5.56秒です。」に続く,「1秒間に約何m走ったことになりますか。」と「また,1m進むのに約何秒かかったことになりますか。」の設問は,それぞれ,「単位時間当たりに移動する長さ」「一定の長さを移動するのにかかる時間」を求めるのに対応します。
 先月出されたワークの編集 - 授業がんばりMATH - Yahoo!ブログの「どこにどう位置づけられるのか,教科書の採択が終わらなければ分からない,という苦労もあります」の箇所は,教科書の編集には携わっていないけれども地域の算数教育を主導している教師による,心情の吐露と見ることができます。


 「速さ」「みはじ(はじき)」について書いた記事を,当ブログとメインブログ(わさっき)に分けてリンクしておきます。上で引用元として挙げた記事も,再掲しています。

(タイトルを,公開当初の「かけ算の構造番外編:みはじ」から変更しました。)

*1:一定の速さで進む物体について,時間と進む道のりのペアをいくつか計測し,表にすると,時間と道のりは比例の関係にあり,道のり÷時間は決まった値をとることから,その値を速さと定義するわけです。

*2:『小学校学習指導要領解説(平成29年告示)算数編』には,「一般に速さについては速いほど大きな数値を対応させた方が都合がよいため」と書かれています。「単位時間当たりに移動する長さ」「一定の長さを移動するのにかかる時間」は,この解説と現行の解説で使用されている語句です。

*3:ただし,https://mathwords.net/mitudoのページの図では,単位量当たりの大きさに該当する密度が,右下に配置されています。

*4:量の積も一般に,「a=b÷c」の関係においてaとbとcが異なる種類の数量となりますが,速さを含むRateにおいては,aになるものを別々に求め,それらを合併(たし算)できるとは限らないという点で異なります。時速40kmと時速100kmの電車を連結して,時速140kmで走れるわけではないのです。

*5:isbn:1593115989, p.292

*6:asin:0791417646, p.66

*7:isbn:1405322462, p.29

*8:同上

*9:isbn:9784491035642

*10:isbn:9784491023984

かけ算の構造その3:関数関係・変わり方とその周辺にあるもの

 「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」に対して5×3=15の式を正解とする根拠は,かけ算の順序論争について(日本語版) - わさっきのA-1からA-6でリストアップしてきたとおりですが,そこでA-4として挙げた「皿の枚数をかけられる数,1皿あたりのりんごの数をかける数と見なせばよい」について,以下の図のように表せます。
f:id:takehikoMultiply:20180913224058j:plain
 かけ算と構造 - わさっきで示した解釈を,この問題に読み替えると,次のようになります。「×3」は,数だけ見れば3倍ですが,実際には,「さらの枚数」という量空間から「りんごの個数」という量空間へ,変換しています。あるいは,「×3」が,それら2つの異なる量空間の仲立ちをしている,と考えることもできます。
 単位を付けて書くなら,「5まい×3こ/まい=15こ」です。しかしながら,パー書きの量を積極的に採用する,数学教育協議会の人々が手がける(小学校の算数を対象とした)著書や指導例を読み直しても,パー書きの量がかける数のほうに出現する式は,ちょっと見当たりません。
 単位や団体とは別に,日本の本で上の図のような解釈を支持するものがあります。その2で紹介した,『授業に役立つ算数教科書の数学的背景』です(2013年はトランプ配り,1988年はアレイ - わさっき)。そこの記載を,今回の問題に置き換えると,「皿1枚とりんご3個の間,皿5枚とりんご15個の間に,同じ関係を認める」となります。
 ところでこの関係は,「変わり方」といった単元で,現在,4年の算数の教科書でも見ることもでき,『小学校学習指導要領解説(平成29年告示)算数編』に取り入れられています。詳細は段数×4=周りの長さをご覧ください。https://kids.gakken.co.jp/box/sansu/04/pdf/B034407070.pdfhttps://happylilac.net/kawari-02.pdfでも,考え方・求め方を知ることができます。
 そのほか,「時間に60をかけると分になる」や「分に60をかけると秒になる」についても,この関係をもとに説明ができます(単位の換算 - わさっき)。円周にも活用できます。具体的には,直径の長さを上の行,対応する円周の長さを下の行とする,2行(列数は任意)の表をもとに,円周=直径×3.14という関係を確認する*1ことができます。
 この記事で述べてきた数量の関係のとらえ方は,その1で述べたのとは異なる「かけ算の構造」と言えます。『算数・数学科重要用語300の基礎知識』*2のp.187では,「関数関係に基づく乗法」と名づけています。その1で取り上げたものは,「スカラー関係に基づく乗法」です。
 それでは,4年でこの表のつくり方を学習して以降,「かけ算の順番はどちらでもいい」と,理解をしていいのでしょうか。残念ながら,「そうです」とは言えません。5年で小数のかけ算を通じて,「乗法の意味の拡張」を学んだり,6年で(かける数が)分数のかけ算を習得したりする際にも,かけられる数とかける数との違いが重視されています。

*1:ただし直径と円周はどちらも同じ単位の量であるほか,円周率は「直径が円周の何倍になるか(円周の直径に対する割合)」として定義されているため,三用法に割り当てると(第2用法では割合はかける数となるので),「円周=直径×円周率」と表すことになる点にも,注意をしないといけません。

*2:isbn:4185007183

かけ算の構造その2:構造とは何か,そして文献整理

 「かけ算の構造」または「乗法構造」とは何かを,自分の言葉で説明してみると,次のようになります。小学校で学習する,a×b=cという形のかけ算の式において,a,b,cにはそれぞれどのような役割があるのか,ということです.
 ここでaをかけられる数,bをかける数としなかったのは,小学校の算数の範囲でも,そうでない種類のかけ算が想定できるからです。具体的には,長方形の「縦×横」をはじめとする面積や,柱体の体積の公式である「底面積×高さ」が該当します。
 2つの因数および積の役割に加えて,その関係性が,「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」にとどまることなく,他のどんな場面・出題にも適用できるかというのも,無視できない要素となります。
 上記に関して,「構造」の語を使用している,知る限り最も古い情報源は,1965年の座談会が活字になったものです。量,比の3用法―1965年の座談会より - わさっきから,取り出しますと,中島健三が「比の用法は複雑だというご意見ですが,乗法・除法の適用の場を構造として捉えると,あのような形にまとめられるということです。」と発言している箇所です。かけ算の式は出ておらず,発言者は,構造とは何かを明示していませんが,「比の用法」は,「割合の3用法」*1といった呼び名に変わり,現在も活用されています*2
 「乗法・除法の適用の場を構造として捉える」に関しては,Greerによる分類表が知られています。Greerによる,乗法・除法が用いられる場合 - わさっきで和訳を試み,かけ算・わり算でモデル化される場面では画像にしました。特徴としては,「3用法」に対応づけられる,かけられる数とかける数の区別のあるかけ算と,そういった区別のないかけ算が,念頭に置かれていることです。「さらが 5まい」から始まる,りんごの文章題は,Equal groups(同等のグループ)に分類されます。「縦×横」はRectangular area(長方形の面積)なのに対し,「底面積×高さ」は,2つの因数と積がいずれも異なる種類の量である点に注意すると,Product of measures(量の積)の事例と考えるべきでしょう。なお,https://books.google.co.jp/books?id=oVlHAAAAQBAJ&pg=PA934#v=onepage&q&f=falseより読めるBrian Greerのプロフィールの中に,second phase(1983-1996年)の活動の最初の項目としてmultiplicative structureが挙げられています。
 その1で記したVergnaudの「Multiplicative Structures」について,かけ算と構造 - わさっきにて「かけ算の順序」に焦点を当て,取り上げていました。そこで参考文献として挙げた[柏木2011]は,現在はデッドリンクですが,http://repository.lib.tottori-u.ac.jp/3498より論文を無料でダウンロードでき,乗法構造や概念領域(conceptual field)について,詳しく解説されています。
 他に「構造」と明記された,関連しそうな記載を,簡潔に並べておきます。

  • 『授業に役立つ算数教科書の数学的背景』*3 p.10(執筆者は小原豊):算数・数学の問題解決を乗法構造という立場から特徴づけて捉えるベルニョの見解によれば...
  • 「比の学習における小学生による説明と式の利用」*4 p.1:乗法構造は重要な学習内容であるにも関わらず、学習者の理解が十分ではないという状況は近年においてもあまり改善されてきていないように見受けられる...
  • 「かけ算の導入」*5 p.50:これは,一つ分が明示的でない場合に,自分で一つ分を設定し,場面を(一つ分の大きさ)×(幾つ分)として構造化し,表現することを経験するもので...

 また,現行と次期の『小学校学習指導要領解説算数編』を読み比べると,「かけ算の構造」と関連する「構造」の使われ方があるのに気づきました。それぞれの解説は,以下よりPDFファイルが入手できます。

 PDFのビューアで検索した限り,現行の解説での「構造」の出現は,「「算数的活動を通して」...が目標の全体にかかっているという基本的な構造」と「十進構造」の2箇所のみです。次期解説では「算数的活動」がなくなった(数学的活動に取ってかわった)一方で,改定の経緯の最初の段落に「社会構造や雇用関係は大きく,また急速に変化しており」とあります。また学年の目標および内容の中に「十進構造」を見ることができます。これらについては同等と言えます。
 新たな「構造」の使われ方は,次の2つです。まず第2学年,加法と減法の相互関係で,「...数量の関係がつかめないときや,解決の仕方が分からないときには,問題場面に沿って図に表すことで問題の構造がつかみやすくなったり,正しい計算を見いだしたりすることなどを確認し,図という数学的な表現のよさに気付かせることが大切である。」とあります。もう一つは第3学年の目標で「身の回りの数や数量の関係への関心を高め,数についての感覚を一層豊かにするとともに数の大きさや構造に着目して表し方を考え,日常生活に生かせるようにする。」という文です。
 いずれも直接的に,「かけ算の構造」を指すものではありませんが,Vergnaudは「Multiplicative Structure」に先立ち,additive structure(たし算の構造)に関する解説をフランス語で作成していますし,第3学年では例えば「20×4」を,累加とは別の方法で計算できる*6ことを学んでから,23×45などの計算に活用することになります。


 日本科学未来館で開催の,「デザインあ展 in TOKYO」で,Structureと書かれた看板が,吊り下げられていました。
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 とはいえその展示の英語の解説には,structureの語を見かけず,代わりに使用されていたのは「parts」でした。
 部分と全体の関係,そして「構造(しくみ)」を意識しながら,モノづくりではなくヒトづくりとなる教育について,今後も動向を見守ることにします。

*1:http://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/sansu/WebHelp/05/page5_23.htmlで見ることのできる式は「p=A÷B」「A=B×p」「B=A÷p」で,このときAとBは同じ種類の数量となるのに対し,割合のpは無次元量として扱われます。

*2:https://ci.nii.ac.jp/naid/120006466709の「機関リポジトリ」ようり入手可能な論文では,小学校学習指導要領解説算数編(前半)を引用の上,「この三つの関係性は,割合の三用法として知られている」と記しています。ただし引用した文献(PDF)で「用法」を検索しても見当たりません。

*3:isbn:9784491029641

*4:http://hdl.handle.net/10513/2146

*5:http://ci.nii.ac.jp/naid/110007994852

*6:累加だと,20×4=20+20+20+20=80です。他の方法というのは,20を,10が2つとみていったん10を除外し,2×4を計算したあと,10倍します。あえて式で表すと,20×4=10×2×4=10×8=80ですが,このような式変形を小学校で学習するわけではありません。