かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

附属入試のかけ算〜110円×8m^3=880円

中学入試で,かけ算の式というと,2年前,当ブログの初期のころに取り上げたものがあります*1.以下の本を再び開き,詳しく書いてみることにします.
新版 学び合いで育つ未来への学力―中高一貫教育のチャレンジ―
東京大学教育学部附属中等教育学校東大附属)という学校や,そこでの活動が,幅広い観点で紹介されています.想定読者は,東大附属への受験を考えている子どもの保護者ですが,第5章が双生児研究のことであるほか,刈谷剛彦による追跡調査も載っているなど,一貫校を含めた中学・高校の教育に関心のある人にもおすすめの内容となっています.
入試に関して,一つ章が設けられています(第7章 特色ある入学選抜).ですがページ数は多くありません.本を後ろからめくると,平成20・21・22年度の入学検査問題が掲載されています.その後ろから見たp.14は,【平成21年度 推薦選抜 問題用紙】で,問2は下水道料金の計算問題です.

問2 ある街の下水道の料金は、右の表のようになっています。たとえば下水を16㎥出した場合は、下のように、料金を計算します。
下水を36㎥出した場合の料金はいくらになりますか?*2

「右の表」は以下のとおり.

下水道料金表(1か月分)

出した下水の量(㎥) 料金(円)
8㎥以下の分 560円
8㎥を超え 20㎥以下の分 1㎥につき110円
20㎥を超え 30㎥以下の分 1㎥につき140円
30㎥を超え 50㎥以下の分 1㎥につき170円
50㎥を超え 100㎥以下の分 1㎥につき200円

「下のように」は,写真を撮りました.

文字にしておきます.16㎥出した場合の計算には,表のうち「8㎥以下の分」と「8㎥を超え 20㎥以下の分」の行を使用します.前者は560円です.後者は,16㎥から「8㎥以下の分」を取り除いた分,したがって16−8=8で8㎥を対象とし,これを1㎥あたりの110円にかけ,「110円×8㎥=880円」によって880円を得ます.2つを合わせて,16㎥出した場合の料金は,1440円となります.
計算の手続きは問題なさそう*3だし,36㎥出した場合の料金も,同様に,表とかけ算・たし算を使って求められます.
式として興味深かったのは,「110円×8㎥=880円」のところです.この形の式は,小学校の算数にはまず見られません.
そこで素朴に思い浮かぶ疑問は,「100円と8立方メートルをかけたら,何になるの?(右辺の単位は円でいいの? ㎥はどうして消えるの?)」です.
疑問を解消するような,この式の解釈には,(1)単位をすべて無視して計算し(110×8=880),数量の関係をもとに該当金額を880円とする,(2)スカラー関係とみなして110円×8=880円,(3)関数関係とみなして110円/㎥×8㎥=880円,が思いつきます.小学校では(1)になりそうだとも思います.
なお,同種の式の検討は1.5kg×4箱 - わさっきにあります.「スカラー関係」「関数関係」といった用語は,『算数・数学科重要用語300の基礎知識』p.187によります.また,「×」の左右両方に数量が書かれている日常事例の収集は,http://www.educ.juen.ac.jp/educ/wp-content/uploads/200725.pdf#page=5(2007年の報告)に見ることができます.
推薦選抜の問題に戻ります.ここまで,「問2」を見てきたのですが,問1〜問3で構成され,水の循環や,下水処理についての出題となっています.関連する教科は多岐にわたります.問1は,水の循環に関する説明文の穴埋め(2箇所)で,教科としては理科が深く関わります.問2は基本的には算数ですが,社会科の要素も多分に含まれています.問3は絵を見て600字で説明するものなので,主には国語ですが,社会見学で見たことをとりまとめる経験をした子は答えやすかったかもしれません.
試験時間や,他にも出題*4があるのかどうかは,読み取れませんでした.解答用紙も載っておらず,問2は求め方不要で,答えのみ書けばよいように見えます.
ですので,今回の内容は,冒頭のツイートに関する答えにも証拠にも,なっていませんが,もう少し,思い出したこと,現在思っていることを,書いておきます.
思い出したといっても,不確かな記憶です.今回取り上げた,かけ算の式は,かけ算の順序に批判的な文脈の中で昨年,言及され,別の市の料金計算では,水の量×1㎥あたりの式になっていると,指摘がありました.
本人にとっては事例紹介のつもりだったかもしれませんが,それを見たとき,受験生や出題者の心理・意向から遠のいた,非現実的な情報提供だなと感じました.上にも(以前にも)書いたのですが,小学校の算数では「110×8=880」と書くところ,「110円×8㎥=880円」という式を例示しているのは,作為的と思われます.その式を,受験生が算数を通じて獲得した知識と照らし合わせて,式の意味を読み取ってほしい,というのが出題の意図であることは,想像に難くありません.
あるいは,どこの中学入試や適性問題には,問題文中に「8㎥×110円」の形の式が入っているよという発見がもしあれば,そっちのほうが「かけ算の順序」に関して,ニュースとなるのかもしれません.
それは冗談にしても,算数や数学,日常生活のかけ算の式を見ていると,主にWeb上で,それを批判したがっている人々が目につくのも悲しいところです.自分は自分のできる範囲で,一つ一つ見直し,過去の資産と照らし合わせて,「それは何を意図するのか?」「自分だったら,かわりにどう書くか?」などを,考えていくことにします.

追記(東大附属について):

*1:http://d.hatena.ne.jp/takehikoMultiply/20120319/1332099598

*2:クエスチョンマークなのは原文ママです.他のページを見ると,会話などの中にはところどころ,見かけますが,設問文が「?」で終わるのは,ここだけです.

*3:細かいことを言うと,写真内の「9〜16㎥」は,「8〜16㎥」のほうがより良いようにも思います.もしも,その町の下水道の料金計算では,1㎥単位で切り捨て/切り上げ/四捨五入をするのなら,原文のままでもいいのですが.

*4:掲載ページは異なりますが,「円周率は3.1とする」の注意書きには,時代を感じました.当時の学習指導要領のもとでは,たしか,小数の乗除算は小数第1位までだったはずです.