かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

掛算順序固定指導について

 「掛算順序固定指導」の条件を挙げています。具体的には「小学校において」「掛算の書き方に指示がないテストで」「式の掛算順序が特定の順序と逆という理由で間違いだと指導する」です。
 ぱっと見て,学術的にも実践的にも,算数教育に寄与しそうにない主張だなと感じました。
 用語を確認しておくと,小学校を対象とするのなら,「掛算」ではなく「乗法」とすべきでしょう。「式の掛算順序」もまた,見慣れない語です。小学校のかけ算で「じゅんじょをかえても,答えは同じ」は,交換法則*1と関連する,a×b=b×aといった形ではなく,結合法則,例えば3×25×4=3×(25×4)=3×100=300のような計算で活用されています。
 「テストで」と「指導する」の組み合わせも,引っかかりを覚えます。診断的評価・形成的評価・総括的評価のいずれを対象としているのかが気になりましたが,明記されていないのであれば,いずれも対象と見るべきでしょうか。そういえば「指導」とあり「評価」はどうなるのだろうかと思いながら,ツイートを読んでいくと,https://twitter.com/croce1/status/847685211659698183を見る限り「指導」は「評価」の同義語と思ってよさそうです。
 例えば,『教育評価 (岩波テキストブックス)』で読むことのできる作問法(算式法)の課題,「4×8=32となるようなお話をつくってください.そして,そのお話を絵で描いてみましょう.」について,同じページに書かれた「乗数と被乗数の意味が区別されているか」(とくに正比例型では「4」は「一あたり量」,「8」は「いくつ分」と区別されているか)という採点基準も,「掛算順序固定指導」に当てはまると考えられます。
 この本や,背景にある教育評価の実践,また学力調査などの成果に対し,いわば挑戦的な定義づけをしているのだなと理解しました。
 「指導はしない」場合が,あるのでしょうか。3×5でも5×3でも正解にする,という採点方法と別に,思い浮かぶのは,3×5と5×3(あるいはa×bとb×a)の違いを学び,先生は褒め,クラスで共有することです。
 授業例として,http://www.n-ishida.ac.jp/main-office/tyuto/kenkyukiyou/09/P3.pdfを見ていきます。イランの授業では,ある子どもからの「先生! そこの、16かける3と3かける16は違うの?」という質問を,先生が受け止め,何人かの子どもの発言のあと,「もし私たちが16を3でかけるなら、これは、私たち16人の集まりが3つあるということになります。でももし3を16でかけるなら、3が16あるということになります。だから意味が違っているけど、答えはどちらも同じです。」に対し拍手を促し,褒めています。
 もっと端的に,a×bで表される文章題と,b×aで表される文章題を,それぞれ作りなさいという課題を,洋書で1つ,和書(問題集)で1つ,見たことがあります。ただしいずれにも正解例は書かれておらず,1つの場面を,両方の式の答え(文章題)として書くのを認めるのかについて,それが読み取れる表記はありませんでした。
 a×bとb×aの違いについて,かけられる数とかける数の意味を大事にする立場*2では,式の意味が異なる(変わってくる)ことを重視し,授業やドリルなどで活用されています。違いを学べば,ある文章題に対して3×5が正解,5×3は間違いとなるわけで,バツにされたときでも本人が「あっそうか」と判断できることにも,つながります。
 念のため,「自学のスキルを身につける」ために,かけられる数とかける数の区別を設けて指導しているのか,という考えに至る,当ブログの読者はいないと思いますが,かけ算で表される状況において,「かけられる数とかける数の区別」がある場面と,そのような区別のない場面があるのは,『筆算訓蒙』や明治以降の「算術」の解説書,また現代ではVergnaud (1988)やGreer (1992),米国Common Core State StandardのMathematics Standardsでhttp://www.corestandards.org/Math/Content/mathematics-glossary/Table-2/より読める分類表からも,確認ができます。
 それに対し「掛算順序固定指導」といったラベリングをしたり,その種の指導を敵視する人々にとっては,「そんなことをする意味がない(That does not matter.)」に集約される,と認識しておけばよいのでしょうか。
 定義に立ち返りまして,「掛算の書き方に指示がないテストで」も,気になりました。「掛算の書き方に指示があるテスト」(特に総括的評価や外在的評価に関するもの)の事例が思い浮かばなかったからです。教科書や問題集を何冊か読み直し,×の左と右に何を書くかの指示は,導入段階だけだよな*3と思ってから,ツイートを見直すと,本人からのhttps://twitter.com/croce1/status/847720494728060928https://twitter.com/croce1/status/847722941483634688,また一連のツイートに批判的な立場からのhttps://twitter.com/tetragon1/status/847630241312854018https://twitter.com/flute23432/status/847681592428331008を見かけまして,「こなれていない定義」と認識しました。
 「掛算順序固定指導」でない指導事例(個別の出題ではなく,少なくとも単元指導まで,できれば1年から6年までの算数指導系統を)も,あるといいのですが。

*1:たとえば日文の3年上だと,「かけ算では,かけられる数とかける数を入れかえて計算しても,答えは同じになります。」

*2:学術文献からだと,http://ci.nii.ac.jp/naid/110007994852…ですがCiNiiから本文が取得できなくなっています。

*3:教育出版の小学算数2下だと,p.5で「コーヒーカップにいる人数を,式にあらわしましょう。」の下の式が□×□=□の穴埋めで,それぞれの□の上に,左から「1つ分の数」「いくつ分」「ぜんぶの数」が書かれています。問題集では,isbn:9784774318028を見ていくと,かけざんはp.61からです。最初の問題は「みかんが 1さらに 2こずつ のって います。みかんの のった さらは 4さら あります。みかんは ぜんぶで なんこ ありますか。」で,ミカンの絵の下の式は,2×4=8。「2」「4」「8」をなぞり書きするようになっています。それぞれの数の囲みの上には,「1さらの みかんの 数」「さらの 数」「ぜんぶの みかんの 数」です。またp.66には「ボートが 5そう あります。1そうに 6人ずる のれます。ぜんぶで なん人 のれますか。」に対し,□×□=□の穴埋めで,添え書きはありません。続く「子どもが 6人 います。ひとりに 7こずつ あめを くばります。あめは ぜんぶで なんこ あれば よいでしょうか。」の「しき」の欄は下線のみです。