かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

展開と因数分解が,平方根よりも先なのはどうして?

 記憶でいうと,自分も,中3の数学の教科書は,展開・因数分解が先で,平方根二次方程式へと進んでいました。きちんと検証するには,教科書の読み比べが必要となりそうです。
 なのですがそもそも,学習指導要領は何を学習すべきかを記述したものであり,とくに同学年において,どのような順序で学習すべきかまでは規定していないはずです。一例として,小学校学習指導要領の算数の第2学年では,「一つの数をほかの数の積としてみるなど,ほかの数と関係付けてみること。」が,「乗法の意味について理解し,それを用いることができるようにする。」より先に出現します。ですが,積の概念やアレイのような並べ方を,かけ算の導入に先立って取り上げている教科書は,思い浮かびません。
 中学校学習指導要領の数学,そして中学校学習指導要領数学編のPDFにアクセスしてみると,PDF文書の中に,気になる記述を見つけました(p.135)。

文字を用いた式でとらえ説明すること
 乗法公式や因数分解の公式は,数や図形の性質などが成り立つことを,文字式を用いて説明したり,二次方程式を解いたりする場合にしばしば活用される。したがって,これらの公式を能率的に活用し,目的に応じて式を変形したり式の意味を読み取ったりできるようになることは重要である。第2学年における指導を踏まえ,文字を用いた式で数量及び数量の関係をとらえ説明することができるようにし,文字式を用いることのよさや必要性についての理解を一層深める。例えば,「連続する二つの偶数の積に1をたすと奇数の2乗になる」ことを説明する場合,その過程はおよそ次のようになる。
① 小さい方の偶数を自然数を表す文字nを用いて2nとすると,大きい方の偶数は2n+2と表すことができる。
② 「二つの偶数の積に1をたす」ことは,2n(2n+2)+1を計算することを意味する。
③ その計算結果が「奇数の2乗になる」ことを示したいのだから,2n(2n+2)+1を(奇数){}^2という形の式に変形することを目指す。
 こうした方針を明らかにした上で具体的な式変形の過程を示し説明することで,「連続する二つの偶数の積に1をたすと奇数の2乗になる」ことが伝わりやすくなる。ここで説明とは,単に説明が書けることだけを意味するものではなく,その内容を,相手に分かりやすく伝えることも意味する。

 また,この学習では,[tex:2n(2n+2)+1]=[tex:(2n+1)^2] という式の変形を振り返り,2n+1が,連続する偶数2nと2n+2の間の奇数であることから,「連続する二つの偶数の積に1をたすと二つの偶数の間にある奇数の2乗になる」とその意味を読み取ることもできる。これは,第2学年の「B図形」の領域における「証明を読んで新たな性質を見いだすこと」とかかわる内容である。

 2n(2n+2)+1をもとに(2n+1)^2を得る(因数分解する)のは,2n(2n+2)+14n^2+4n+1としてから,a=2n,b=1とおいて,a^2+2ab+b(a+b)^2を適用するのが一つの手です。
 面積を用いた説明も可能です。
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 縦が2n,横が2n+2の長方形について,その中の右端にあたる,縦が2n,横が1の部分長方形を切り出し,90°回転させて,この図形の下に貼り付けると,縦が2n+1,横も2n+1の正方形から,右下隅の1×1だけがない形状ができます。そこで「+1」をすることで,正方形が出来上がるのです。
 さかのぼって平方根について,中学校学習指導要領解説数学編では次のように書かれています(p.130)。

平方根の必要性と意味
 第1学年では,数の範囲を拡張し,正の数と負の数の必要性と意味を理解できるようにしている。数の範囲を拡張することは,新しい数が導入され,これまで数で表すことができなかったものが思考の対象になることを意味する。日常生活には,例えば,1辺の長さが1mである正方形の対角線の長さのように,これまでの有理数では表すことのできない量が存在している。このような量を表すためには新しい数が必要になる。また,数を2乗することの逆演算を考える場面で,有理数では表すことのできない数が存在することの理解が必要となる。このような学習を通して,正の数の平方根の必要性を理解できるようにする。

 そうしたとき(そして学習指導要領の記載順に学習する必要はないのを前提に加え),正方形・長方形の面積や,2乗の概念をしっかり復習しておき,次に2乗の反対となる操作として,平方根を,上記のとおり「1辺の長さが1mである正方形の対角線の長さ」を一例として導入することには,合理性があるようにも思えます。
 「展開と因数分解が,平方根よりも先なのはどうして?」の答えとしては,展開・因数分解と,平方根を学習する間に,図形による解釈が入れられるからでは,となります。
 あとは余談です。「因数」の用語は中学3年で学習するのを,本記事を作りながら知って軽く驚きました。また自分が学んだときは,自然数素因数分解は中学1年でしたが,現在では3年に入っています。学習指導要領データベースインデックスより,昭和52年度の「小学校学習指導要領(昭和55年4月施行)」と「中学校学習指導要領(昭和56年4月施行)」を読み比べると,当時は「公約数」「公倍数」は小学校,「最大公約数」「最小公倍数」は中学校だったのですか。