かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

なぜこの程度の話に加群とか環とかを出す必要があるのか

 https://mechaag.tumblr.com/archiveの「今日の須賀原洋行」を含む各エントリでは,「かけ算の順序」批判を見ることができます。ところどころ,連想するものがあったので,簡単に記しておきます。

1) なぜこの程度の話に加群とか環とかを出す必要があるのか

 今日の須賀原洋行(2017-05-09) | MechaAGより:

まず前回も言ったがなぜこの程度の話に加群とか環とかを出す必要があるのか。実際以降を読んでも何も内容のあることは出てこないし。それこそ難しい言葉を出せば「~と憲法に書いてあります」というと「ほ~そうなのか」と分からない人がひれ伏すのと同じように、権威を借りてるだけなんじゃないですかね。

 「加群」や「環」は,wikipedia:かけ算の順序に出現します。引用されている文献は,以下のものです。

 はてなブックマークを見ると,2016年11月に盛り上がったことが分かります。また上記文献については,メインブログの算数を教えるのに必要な数学的素養・読み直し - わさっきにて所感を書いています。
 やりとりのなかで加群や環を出したのは,小学校の教師ではなく,数学を専門とする著者の一人となっています。なお個人的には,この文献の主張は,本日見ているtumblr主さんの考えに沿っているようにも思っています。

2) 4元数・8元数とかけ算の順序

 今日の須賀原洋行(2017-05-09) | MechaAGより:

ちなみに交換法則が成り立たない数に4元数というのがある。複素数をさらに拡張したもの。複素数は実数部と虚数部という2つのパラメータを持っている。4元数は4つのパラメータを持っている。ちなみに8元数は8つのパラメータをもっていて結合法則も成り立たない。だんだん不自由になっていくわけですな。つまり人間が最初に使い始めた自然数や実数は非常に便利な数だったというわけ。失ってはじめてわかる幸福(笑)。まあだから須賀原洋行のいい方は逆で、抽象数学になると掛け算に順序がでてくる。

 4元数・8元数とかけ算の順序というと,以下の本です。

算数教育指導用語辞典

算数教育指導用語辞典

 次の記述はいずれもp.19に見られます。

  • H.ハンケル(1839~1873)は,ピーコックの不完全さを見直したうえで,さらにこの原理が拡張された実数系や複素数系にまで及んで成立することを示した。さらに,原理に示された三つの計算法則は,高々複素数の範囲までに止まることを示し,さらにその拡張が多元数に及ぶときは,これらの三つの法則のどれかが不成立になることを示唆している。例えば,多元数のなかでW.ハミルトンの四元数については交換の法則は成り立たない。また,A.ケーリーが示した八元数の場合では,交換法則のほかに結合法則も不成立となるのである。
  • (略)同数累加や倍概念で操作する1次元的な乗法では,安易な交換は許されない。例えば,三つの皿にみかんが2個ずつあるとき,みかん全部の個数は2×3で求められる。しかし,皿の数三つにみかんの数2個をかけて3×2というのは意味がなく,このような具体的な場面で2×3が3×2に等しくなることを理解させるのは,かなり無理があると考えられる。

 算数教育に携わっている人は,この辞典を持っていると想像でき,書籍だけでなく普段の子どもたちや同僚とのやりとりを通じて,「どういうときに何が必要か?」を見極めているのではないかと思います。2年の授業例についてはhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130219/1361220251#2http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140215/1392414761,そして海外の交換法則の授業についてはhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150822/1440184614に,リンクしておきます。

3) 3x4の碁盤目状に並んでいる物体

 今日の須賀原洋行(2017-05-07) | MechaAGより:

もうひとつ。皿に乗った饅頭なんて複雑怪奇なものではなく、シンプルに3x4の碁盤目状に並んでいる物体があるとする。それを3個の組が4組あるととらえるか、4個の組が3組あるととらえるかは、人間の「主観」の問題。その人の過去の経験や何のために掛け算をしようとしているかという目的によって変わる。現実の世界をどう見るか?どうモデルかするか?それは一意には決まらない。

 「饅頭3個入り4箱の饅頭の総数」と「3x4の碁盤目状に並んでいる物体」とを同等視してよいのか,また後者のとらえ方が本当にシンプルなのかについて,根拠が不鮮明です。
 以前に作ったのは,以下のスライドです(https://www.slideshare.net/takehikom/2x3-3x2/64)。
f:id:takehikoMultiply:20170510031744j:plain
 他のスライドと合わせて述べると,「3x4の碁盤目状に並んでいる物体」は,かけ算で求める対象として活用され,かけ算のモデル(シェマ)としては淘汰されてきました。
 算数教育においては「饅頭」と「碁盤」に違いがあります。中島(1968)に書かれた「アレイの場合」を適用すると,「3x4の碁盤目状に並んでいる物体」も累加(3+3+3+3=12あるいは4+4+4=12)で求めることになります。「饅頭3個入り4箱の饅頭の総数」も累加で3+3+3+3=12と表せますが,子どもたちにとって4+4+4=12が敬遠されるのは,Vegnaud (1988)(かけ算と構造 - わさっき)で指摘されたとおりです。
 ただし今の算数では,累加は重要視されません。以下の画像のように,「○こずつ◎つ分」で表し,いろいろな数え方を見つけさせる授業が提案されています。