かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

6メートルのテープは12メートルの何倍か

  • 三田村宏, 技術者にとって必要な技術力とその育成, 電子情報通信学会誌, Vol.100, No. 5, pp.387-393 (2017).

 学会誌の中の「オピニオン」です。著者の下の名前は「ひろし」ではなく「こう」と読み,プロフィールには「昭24金沢高専卒(略)昭39三田村技術士事務所」とあります。
 プロフィールと同じページ(p.393)に,算数への批判が入っていました。

5. 情報伝達を正しくするために必要な技術力

 技術者がせっかく技術力を高めても,受け取った情報を誤解したり作成した情報が相手に正しく伝わらないと問題である.情報は両者が間違いなく理解できる用語で作成されていることが重要である.ところが現実では,同一の用語を違った意味で使用しているのを見掛ける.
 例えば,前記したリスクや継続教育,サービスという用語も,両者の解釈の仕方で伝達の結果が異なり,下手をすると情報が誤解される危険性もある.
 入力情報は権威者が作成したにしても,真偽を確認する必要がある.連絡用の書類や指令書,説明書などでも,自分はふだん使っているからと,油断して用語や表現を使用すると,相手の主観で誤解されるおそれがある.
 文章で作られた情報を正しく理解し,また誤解を招かないように,必要な場合は説明を付けてでんたつするのも技術者にとって必要な技術力の一つと言えるかもしれない.権威者が陥った例を記しておく.
 何年か前の全国学力・学習状況調査における小学生に出された算数の問題に「6メートルのテープは12メートルの何倍か」という趣旨の設問があった.
これは,出題者をはじめ,全ての?先生方が,“×”を“倍”と読んでいる習慣から,疑問に感じていないのかもしれないが,日本語の定義を一方的に変えてしまっていて気づかない現状が危険である.

 次の段落では「サービス」という言葉の注意点を挙げ,その次には「日本語は“倫理”,“倍”のように漢字はそれぞれ本来の意味を持っているから,使用する漢字にも注意が必要である。」としていますが,「日本語の定義」「本来の意味」が何なのかは明記されていません。考えられる可能性は,wikipedia:倍に書かれている,「倍」や「一倍」を,算数その他でいう「2倍」に対応づけるものです。とはいえwikipedia:倍では,「近代以後に西洋数字が用いられるようになるとその意味合いも変化して、今日のように乗法を指すようになった」とも記されています。
 「6メートルのテープは12メートルの何倍か」を探してみると,平成20年(2008年)の全国学力テストでした.http://www.nier.go.jp/08tyousa/08tyousa.htmより問題や解説を入手できます.算数Aの大問4は,以下のとおりです.
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 そのほか,「面積は,0.5倍になる。」「面積は,1.5倍になる。」などの選択肢から1つを選ぶ問題が2010年の算数A大問8に,「赤いテープの長さは120cmです。赤いテープの長さは,白いテープの長さの0.6倍です。」をもとに2つのテープの長さの関係を,4つの図から選ぶ問題が,2012年の算数A大問3に,それぞれ出現しました。「リボンを0.4m買います」の2行下に「買う長さの0.4」と,「倍」をつけていない表記は,2017年の算数A大問1にありました。
 以前の書き物を見てみようと思いまして,「青空文庫」で「倍」を検索すると,上位には「二千倍」「一・五倍」を目にします。中でも寺田寅彦「学位について」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/42696_18077.html)では,「研究者の総数がN倍になれば博士の数もN倍になる」や「しかし比率を半分に切り下げても,研究の数が四倍になれば,博士及第者の数は二倍になるのは明白な勘定であろう」といった,量としての「○倍」のほか,終盤には「これより幾層倍悪い事があるまじき処に行われている世の中である」と,量で表すものとは異なる「倍」の使われ方も,載っていました。