かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

学習指導要領における「順序」

 文部科学省が公表している,『小学校学習指導要領解説算数編』では,「一つ分の大きさ」に当たる数が乗算記号「×」の左に,「いくつ分」または「割合」に当たる数が右に出現するものを多く見かけ,その逆はありません。


 現行の学習指導要領の小学校算数は,以下で公表されています。

 乗算記号は,第2学年の用語・記号の中に,画像で表現されています。
 「×」を使った式は,例示されていませんが,それでも,かけられる数(被乗数)とかける数(乗数)の区別は,第3学年の「2位数や3位数に1位数や2位数をかける乗法の計算の仕方」や,第4学年の「乗数や除数が整数である場合の小数の乗法及び除法の計算の仕方」などから見ることができます。
 なお,乗法の交換法則が,第2学年の内容の取扱いに出現しますが,これをもとに6×4は4×6と書いてもいいと解釈するのには,無理があります。実際,その解釈に基づく教科書・学習指導案・授業例は思い浮かびませんし*1,海外でも,かけ算の交換法則を学習する授業で,先生が「2つの式が違った場面を表すのに使えないって言うの?」と生徒に尋ねる場面があります*2
 「順序」の使われ方を,見ていくことにします。上記のページで「順序」を探すと,3か所に出現します。2つは「数の大小や順序」(第1学年,第2学年),あと1つは「起こり得る場合を順序よく整理して調べる」(第6学年)です。
 今年告示の新学習指導要領は今のところ小学校全教科で1つのPDFです。

 このPDFファイルでも,算数の節で「順序」を検索してみると,「数の大小や順序」は現行と同じです。「順序よく整理する」が第6学年に2回出現します。
 現行の『小学校学習指導要領解説算数編』(以下「解説」)も,PDFで読めます。

 「算数(1)第1章~第2章」と「算数(2)第3章~第4章」の2つのPDFファイルに分かれています。これらについての調査は,「順序」探し - わさっきにまとめてあります。
 以上より,「かけ算の順序」という意味合いの言葉は,学習指導要領および解説に出現しないと判断できます。
 もっとも近そうな記述は,第2学年の「加法,減法について成り立つ性質」のところです。解説では,「幾つかの数をまとめたり,順序を変えて計算したりする場合がある。例えば,25+19+1の計算を(略)16+8の結果と8+16の結果とを比べることで(略)」と記されています。
 これは,加法の結合法則・交換法則のことです。乗法の同様の性質は第2学年・第3学年・第4学年に出てきますが,それらの解説において,「順序」は見当たりません。
 「順序」の調査はこのくらいにして,中身を読んでいきましょう。「一つ分の数×いくつ分」に基づいた式が,解説のあちこちで出現しています。
 第2学年では「10×4は,10が4つあることから,40になると分かる」「式を読み取る指導に際しては,例えば,3×4の式から,「プリンが3個ずつ入ったパックが4パックあります。プリンは全部で幾つありますか。」というような問題をつくることができる」があります
 第3学年は,0のかけ算や,包含除と等分除のところで,「一つ分の数×いくつ分」に基づいた式が例示されています。0のかけ算について,的当ての例から,0×3と3×0とで求め方が異なっており,後者では累加が使用されていません。
 また解説の第3学年の中では,包含除と等分除,それと乗法との関連について,「包含除は3×□=12の□を求める場合であり,等分除は,□×3=12の□を求める場合である」と示しています。これも,「一つ分の数×いくつ分」が背景にあります。
 ところで,この関連を示した段落では「包含除も等分除と同じ仕方で分けることができる*3ことなどにも着目できるようにしていくことが大切である。そのようにして,どちらも同じ式で表すことができることが分かるようにする」とも書かれています。
 ここで「包含除や等分除なんて区別を考える必要ないじゃないか」と考えてみるのはどうでしょうか。実際その方針をとっているブログもあります。
 とはいえその区別は,算数教育で当然のものとなっています。国内に限った話ではなく,米国各州共通基礎スタンダード(Common Core State Standards)のMathematicsについて,かけ算・わり算の関係が,表になっています。

 パターンは「a x b = ?」「a x ? = p and p ÷ a = ?」「? x b = p, and p ÷ b = ?」の3種類です。
 ただし米国ということもあり,「いくつ分×一つ分の大きさ」で解釈します。「a x ? = p and p ÷ a = ?」は一つ分の大きさを求めるほうなので等分除,「? x b = p, and p ÷ b = ?」はいくつ分を求めるので包含除に,対応づけられます。
 もう少し古いものだと,Greerの分類表が知られています(かけ算・わり算でモデル化される場面 - わさっき)。
 包含除や等分除の区別に関しては,「除法が用いられる場面」として,その2種類が代表的なものだ,と言って差し支えないでしょう。そして教科書や学校の指導では,配る操作を通して,場面に合う分け方ができ,わり算の式や,かけ算との関連,また配らないわり算(6mは3mの何倍かなど)への適用と,展開していきます。
 啓林館と教育出版の3年上の教科書を見ると,数図ブロックを用いた2種類の分け方が図になっています。啓林館は等分除が先で,教育出版は包含除が先です。1つのわり算の式から,包含除・等分除の場面が作れることは,どちらの教科書にも載っています。
 「かけ算の順序」と包含除・等分除の件で,分量をとりすぎてしまいました。上の学年を見ていきます。wikipedia:かけ算の順序問題の改訂にあたり,解説より抜き出して記載したのは,以下のとおりです。

高学年では小数の乗法を学習するが,第4学年では乗数が整数である場合に限られる。0.1 × 3ならば,0.1 + 0.1 + 0.1の意味である。

第5学年では乗数が小数となる乗法を学習し,「1mの長さが80円の布を2.5m買ったときの代金」は,80 × 2.5で表される。言葉の式についても,「1mの重さ × 棒の長さ = 棒の重さ」「(単価)×(個数)=(代金)」と一貫している。

なお中学校学習指導要領解説数学編では,いくつかの言葉の式と並んで「(値段)=(単価)×(個数)」が記されている。

 上記は「×」を用いた数の式または言葉の式の例ですが,「×」がなくても,被乗数と乗数の意味の違いが考慮されています。現行では,「小数×整数」のタイプのかけ算を第4学年で,「整数×小数」「小数×小数」を第5学年で学習します(その際,かける数は「いくつ分」という分離量から,「割合」という連続量に拡張されます)。分数についても,「分数×整数」は第5学年,「分数×分数」は第6学年です*4


 今年告示の学習指導要領について,解説はまだ出ていませんが,各学年の「数と計算」の学習内容には現行と大きな差がないことから,変更されないと思われます。昨年,日本学術会議数学教育分科会が出した提言については,メインブログのhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20161122/1479743916で紹介しています。
 最後に,現行の解説には,「例えば「ひもを4等分した一つ分を測ったら9cmあった。はじめのひもの長さは何cmか。」のような場合にも,乗法が用いられることを理解できるようにする」も収録されています*5。第3学年です。具体的に紐を用意するのでも,この場面を図示するのでもいいのですが,これについては一つ分の大きさが9cmで,4つあるので,式は9×4=36が期待されます。「6人に4個ずつミカンを配ると,ミカンは何個必要ですか」(『かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)』まえがきより)と同様に,出現する2つの数をひっくり返して,かけ算の式にすることが想定されており,算数の3年の教科書や問題集にも,この種の文章題が見られるのは,留意しておきたいところです。

*1:6行4列のアレイに対して,6×4と4×6の式を立てることは可能です。その場合にも,交換法則を根拠としているのではなく,それぞれのかけ算の式は,「一つ分の数×いくつ分」に基づいています。

*2:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150822/1440184614

*3:個人的にはこの記述に違和感があります。第1学年の「具体物をまとめて数えたり等分したりし,それを整理して表す活動」が関連し,解説では「具体物を等分することについては,全体を同じ数ずつ幾つかに分けたり,全体を幾つかに同じ数ずつ分けたりする活動を扱う。例えば,8本の鉛筆を,2本ずつや4本ずつなど,同じ数ずつ分けると何人に分けられるかを操作や図で説明したり,分けられた結果を式に整理して表したりする」と具体化されているのですが,それらから,「包含除も等分除と同じ仕方で分けることができる」の素地となるものを見出せないのです。「等分除も包含除と同じ…」であれば,累減を用いて操作(そして説明)ができます。なお,トランプ配りに限らない,子どもたちの配り方については,http://ci.nii.ac.jp/naid/110001898376よりダウンロードできる論文で詳しく書かれています。

*4:新しい学習指導要領では,「乗数や除数が整数や分数である場合も含めて,分数の乗法及び除法の意味について理解すること。」の記載により,「分数×整数」も第6学年での学習となります。

*5:文部省が「小学校指導書」として公開してきたものにも,見られます。http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140131/1391118525