かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

「1あたり×幾つ分」とは,同数累加の乗法表記なのでしょうか?

 上記ツイートについて,回答を試みるなら,次の4点になります。

  • 学習指導要領と解説(新旧とも)から読める、乗法の意味づけの主軸は,2年の「一つ分の大きさ×幾つ分」と5年の「基準にする大きさ×割合」(乗法の意味の拡張)です。なぜ拡張を行うのかというと,累加では,かける数が「幾つ分」という分離量であり,そのままでは,小数の乗法の場面ではうまくいかないからです。
  • 「一つ分の大きさ×幾つ分」の派生が2つあって,一つは「累加の簡潔な表現」,もう一つは「倍」です。いずれも2年で学習しますが,累加は4年の小数×整数でも使用されますし,倍概念は3年のわり算や,(新しい学習指導要領の)4年の「簡単な場合についての割合」とも関わってきます。
  • 「1あたり×幾つ分」は乗法の式で表す方法(演算決定の根拠)で,「同数累加」は計算の方法だ,と区別することもできます。とはいえ,用語はともかくとして同数累加は1年で学習済みなので,5+5+5+5ではなくこれからは5×4と書こうね,という授業の仕方は可能だと思います。
  • 「1あたり」を「一つ分の大きさ」の言い換えとみることも一応できますが,「内包量」(パー書きの量,土台量なども)とすると,意味合いが変わってきます。


 新旧の『小学校学習指導要領解説算数編』のPDFファイルより,「一つ分の大きさ」「幾つ分」「累加」「倍」の出現する箇所を取り出します。現行の解説はhttp://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syokaisetsu/よりダウンロードでき,http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/16/1234931_004_2.pdf#page=27には以下のとおり書かれています。

 ア 乗法が用いられる場合とその意味
 乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める場合に用いられる。つまり,同じ数を何回も加える加法,すなわち累加の簡潔な表現として乗法による表現が用いられることになる。また,累加としての乗法の意味は,幾つ分といったのを何倍とみて,一つの大きさの何倍かに当たる大きさを求めることであるといえる。

 新しい解説の起点URLはhttp://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387014.htmです。http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/07/25/1387017_4_2.pdf#page=39には以下のとおり書かれています。

 ア 知識及び技能
  (ア)乗法が用いられる場合とその意味
 乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める場合に用いられる。
 例えば,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を求めることについて式で表現することを考える。
(図:省略)
 「5個のまとまり」の4皿分を加法で表現する場合,5+5+5+5と表現することができる。また,各々の皿から1個ずつ数えると,1回の操作で4個数えることができ,全てのみかんを数えるために5回の操作が必要であることから,4+4+4+4+4という表現も可能ではある。しかし,5個のまとまりをそのまま書き表す方が自然である。そこで,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を乗法を用いて表そうとして,一つ分の大きさである5を先に書く場合5×4と表す。このように乗法は,同じ数を何回も加える加法,すなわち累加の簡潔な表現とも捉えることができる。言い換えると,(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)と捉えることができる。
 また乗法は,幾つ分といったことを何倍とみて,一つ分の大きさの何倍かに当たる大きさを求めることであるという意味も,併せて指導する。このときも,一つ分に当たる大きさを先に,倍を表す数を後に表す場合,「2mのテープの3倍の長さ」であれば2×3と表す。

 新しい解説では,みかんやテープを用いた場面を取り入れていますが,それを無視して「一つ分の大きさ」「幾つ分」「累加」「倍」に着目すると,言っていることに変化はないと思われます.
 倍概念を2年で学習することや,割合を含め高学年へのつながりについては,啓林館のhttp://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/sansu/WebHelp/02/page2_16.htmlが最も分かりやすい記述となっています。
 「1あたり×幾つ分」を累加と分離することについては,数学教育協議会の意向もあると思います。遠山啓「6×4,4×6論争にひそむ意味」もその1つです。数教協から離れたところでも,http://www.globaledresources.com/resources/assets/042309_Multiplication_v2.pdfの11枚目上に「累加や,まとめて数えることは,総数(積)を求める方法である。」*1とあります.この項目が,「かけ算の式は,それと数の等しい,決まった状況を表す。」*2の下位となっていることからも,かけ算の式で表すことが主,計算で求めることが従となっているのが見て取れます。
 最後に「1あたり」を「内包量」に読み替えるとどうなるかですが,「1あたり×幾つ分」によって,その結果は被乗数・除数のいずれとも異なる種類の量となるので,これを「積」のかけ算と解釈することができます。数教協のスタンスを,その外の人が整理したものが,『数学教育学研究ハンドブック』*3より読めます*4.以下の2つはp.73からです。

 演算の意味(演算決定)についての議論は,様々な立場から提案がされている。
 特に,乗法の意味には,「同数累加」,「量×量」,「基準量×割合」の3つの立場がある。

 中原(1961)は,分数の乗除は,量×量,量÷量とて,量の関係として扱うべきであると主張し,乗法を累加で定義して,後に倍概念に拡張する立場を批判している。加法と乗法は本来性質の違う演算として導入すべきであると主張する。乗法は2つの量の「積(product)」として捉え,「倍(multiple)」ではないとしている。この立場から乗法を次の3つの概念で分類している。
(1) 2m×3=6m
(2) 2m×3m=6m^2
(3) 2m/秒×3秒=6m
 (1)は「倍」で,2つの量の比較する場合に生まれる概念であり,拡張によって小数倍,分数倍へと発展する。(2)と(3)は「積」であり,(2)は「外延量×外延量」で面積のような二元的な量,(3)は「内包量×外延量」で速さなどである。この「積」の概念が乗法演算の本質であるとしている。

 今の算数では,式に単位を付けないのが慣例ですので,上記(1)~(3)の表記は,2×3という式の解釈の仕方と見ることができます。連続量を用いていますが,分離量でも考えることができ,新しい解説のみかんの場面について,「5個×4(=5個+5個+5個+5個)=20個」が「1つ分の数×いくつ分」に,「5個/皿×4皿=20個」が「1あたり×幾つ分」に,それぞれ関連づけられます。この分類では,新しい解説で例示されたみかんの場面もテープの場面も,「倍」となりますし,「1あたり×幾つ分」は累加で解釈できないことになります(それを踏まえた上での「積」と言えます)。
 ただし,『数学教育学研究ハンドブック』では,以下の内容が,乗法の意味に関する結論となっています(pp.74-75)。

 これらの研究成果から,乗法・除法の意味づけにおいては,数学的な考え方の育成を目指す立場からは,割合による意味づけに教育的な価値がある。これは,整数は同数累加で導入し,乗数が小数になった段階で同数累加では意味づけられなくなる。そこで,被乗数,乗数の意味を(基準量)×(割合)と拡張し,これまでの整数の場合と同様に用いることができるようにすることである。数学的な考え方を育成するためには,意味の拡張は重要な指導の場となってくる。
 この意味づけにおける課題は,児童の実態として,割合を捉えることの難しさが挙げられる。整数の乗法・除法を扱う中で割合の見方をどの学習でどのような方法で導入するかを明確にする必要がある。また,整数÷整数の包含除の場面で整数倍,小数倍を扱う指導と割合との関連を,より一層カリキュラムの上で明らかにする必要がある。
 一方,意味の拡張を意図しない立場では,乗法の意味づけは,(内包量)×(外延量)になる。乗数を外延量とすることで,整数でも小数でも意味づけは変わらないことになる。
 この意味づけの課題は,乗法の導入段階で内包量の見方を児童ができるかということである。例えば,みかんが3こある場面で,これを3こ/皿という内包量として見るのは児童にとって難しいことである。また,数学的な考え方と関わった意味の拡張などの見方をどのように扱うかを明らかにする必要がある。

 とはいうものの,「1あたり」も「内包量」も,パー書きの単位も,小学校算数の学習指導要領および解説には出現しません。「1あたり」に近いのは,「単位量当たりの大きさ」ですが,その学習は5年です*5
 2年で学習する,かけ算の言葉の式としては,「多くの教科書で採用している」と断った上で「1つ分の数×いくつ分」と書くのが無難ではないか,とも思います。
 なお,冒頭のツイートの1つ前*6について,学習指導要領やその解説の作成・改訂のプロセスよりも,東京新聞中日新聞)に出された記事の経緯の方が気になっています。とくにその発端に関して,ネットの議論を記者が読んだというよりは,誰かが,記事にするよう持ちかけたのではないかと思わずにいられないのです。

*1:原文は"Repeated addition and skip counting are ways to find the total (product)."

*2:原文は"Multiplication sentences describe equal set situations."

*3:isbn:9784491026268

*4:執筆者は中村享史。関連:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20161122/1479743916

*5:人口密度や速さなど,単位量当たりの大きさは,わり算によって求めるのに対し,「3こ/皿」などの「1あたり」は,かけ算の導入で(わり算を陽に出さずに)使用する,という違いもあります。

*6:https://twitter.com/metameta007/status/892750423680929793