かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

かけ算の「順序」について(2017.12)

 刊行物やWebの情報より知ることのできる,かけ算の「順序」について,整理します。
 「順序」「順番」「order」という語句の出現に着目するとともに,本文の取得・閲覧が比較的容易で,かつ参考文献に書くことが可能な情報源を,積極的に取り入れました。氏名は存命の方・物故者を問わず敬称略としました。
 最新情報や現在進行中の議論については,Twitterハッシュタグ「#掛算」つきのツイートがおすすめです。https://twitter.com/hashtag/%E6%8E%9B%E7%AE%97?src=hashより読めます。

1. かけ算の「順序」は3種類

 小学校の算数に見られる,かけ算の指導や出題において,「順序」や「順番」には,大きく分けて3つのとらえ方があります。《計算の順序》《被乗数と乗数の順序》《順序論争》です。
 最初に見ておきたいのは,結合法則や交換法則といった,かけ算の式の《計算の順序》です。例えば7×25×4=(7×25)×4=175×4=700として求めるのでは,暗算にせよ筆算にせよ,間違えやすいものです。そこで7×25×4=7×(25×4)=7×100=700とすれば,7を含むかけ算は,筆算が不要になり,楽して答えが得られます。
 (a×b)×c=a×(b×c)は,結合法則を表した式です。交換法則はa×b=b×aです。
 2番目となる検討の要素は,かけ算の式を「かけられる数×かける数」で表すか,「かける数×かけられる数」で表すかです。これに由来する順序を,《被乗数と乗数の順序》と呼ぶことにします。
 この場合,かけ算の答えと同じ種類の量になるほうを「かけられる数(被乗数)」,他方を「かける数(乗数)」とします。なお,面積を含む「量の積」のほか,アレイや直積でモデル化されるような場面は,対象外となります。
 メールで「3コマ×5人=15コマ」と書いて送れば,「3(コマ)」がかけられる数,「5(人)」がかける数です。あるレシートに「17個 X 単105」と打たれていれば,「17(個)」はかける数,「単105」は単価が105円とみなし,これがかけられる数となります。
 3番目は,算数の出題において,1種類のかけ算の式のみを正解とすることの是非です。
 「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」という問題で,式に「5×3=15」を書いたら,不正解のバツ印がつけられる件です。《順序論争》と呼びましょう。
 この論争で批判する人々は,a×b(上のりんごの文章題なら,3×5=15)が正しい式であることは了解しており,その上で,b×a(同じく,5×3=15)も正解にすべきだと主張している,という点も,注意したいところです。

 ここまで,《計算の順序》《被乗数と乗数の順序》《順序論争》とラベリングしたものの,これらの3つは,ずいぶんと絡み合っています。
 一例を挙げると,《順序論争》でa×bもb×aも正解とせよとする根拠として最もポピュラーなのは,a×bもb×aも答えが等しいというものです。その根拠として,乗法の交換法則が持ち出されることが多く,したがって,《計算の順序》が関わってきます。
 それに対し,a×b=b×aは計算の性質であり,a×bとb×aは異なるとする立場もあります。以下の文献では,「4つずつキャンディを持っている3人の子どもたち」と「3つずつキャンディを持っている4人の子どもたち」の比較をとおして,総数は同じでも状況が異なることを例示しています。

  • Anghileri, J. and Johnson, D. C.: Arithmetic Operations on Whole Numbers: Multiplication and Division. In Post, T.R. (Ed.), Teaching Mathematics in Grades K-8, Longman Higher Education, Allyn and Bacon, pp.146-189 (1988). asin:0205110762

 《順序論争》については,1972年の朝日新聞の記事,そして同年の遠山啓による科学朝日がよく知られていますが,1960年代にも論争があったと指摘をするのは佐藤俊太郎です(『算数・数学教育つれづれ草』p.46)。

算数・数学教育つれづれ草

算数・数学教育つれづれ草

 昭和40年(1965年)ごろ,「5円の品3個の代金の立式は,3×5ではダメなのか」の論争が大阪や神戸から湧き起こった。それは海外で教育を受けた子どもが日本に帰国して授業に臨むと,上記問題の正答は,5×3のみで,3×5はダメという指導に遭遇した。そこで,帰国した子どもの親から担任教師に対する反発が起こり,問題化していった。

 上記は,《被乗数と乗数の順序》と《順序論争》を結びつけた文章となっています。それと,この解説では,昭和44年の『小学校指導書 算数編』以降,平成20年の『小学校学習指導要領解説 算数編』まで,5×3と3×5の両方を正答としています。

 《計算の順序》《被乗数と乗数の順序》《順序論争》のすべてが入った記述は,森毅「次元を異にする3種の乗法」で読むことができます。『数の現象学』(ちくま学芸文庫)pp.66-67より,引用します。

数の現象学 (ちくま学芸文庫)

数の現象学 (ちくま学芸文庫)

 小学校の先生が,次の問題を出した.
「子供が6人います.ミカンを4個ずつあげるには,いくついるでしょう」
 これに,
    6×4=24   答え 24個
と書いた子が,式は×に答は○にされた.
 それに親が抗議した.6×4も,4×6も,交換法則で同じというのは,いまは習わないまでも,そのうちに習う真理じゃないか.それに,1人に1個ずつ配れば,6人に配るのに6個いる,だから6×4でもエエじゃないか,この式の方も○にせえ.
(略)
 じつは,少しも「掛け算の意味」を教えていなかったところが学校側の問題なのだが,親の方もいくらかヘンなところはある.この,4×6とか6×4とかいった順序は,日本とヨーロッパでは違う.日本は「4の6倍」式に4×6と書くが,ヨーロッパでは「6倍の4」式に6×4と書く.これは左側通行か右側通行かみたいなもので,言語習慣から来ている.ただし,日本式の方が合理的というのが世界の相場だが,一方ではヨーロッパ式の方がすでに流通してしまっている.まあ,これはヤクソクには違いない.足すを+と書き,掛けるを×と書くようなのもヤクソクで,これを勝手に変えたら混乱してしまう.

 なお,「日本とヨーロッパでは違う」に限れば,中島健三が以下の文献で同様のことを示しています。

 「かけられる数×かける数」は日本のほか,韓国や台湾でも採用されており,それに基づく《順序論争》の事例も見ることができます。


 「中天新聞」とは台湾のメディアで,この動画は2013年11月16日の報道です。問題文は「一打鉛筆有12枝,毎枝賣8元,一共幾元要如何計算? ①8×12②12×8③8+12④12+8。」という4択で,日本語に訳すと「鉛筆1ダースは12本である.鉛筆が1本8元のとき,全部で何元になるかを,どの式で求めればよいか」です。動画の途中では,老師(先生)がホワイトボードを使って解説しており,「被乘數」「單位」をかけ算の記号の左に,「乘數」「數量」を右に書いています。
 タイの算数教育に関わった人は,以下の文献で「自然な語順が日本語式であるにもかかわらず、教科書は英語式の順番に従っている」と指摘しています。ちなみにこの報告書の中に「かけ算の順序」という表記が出現します。

 ところで,「交換法則はそのうちに習う真理」を別の観点でみるなら,「交換法則を学習しないうちは,a×bを正解としb×aを不正解とするような採点や指導があってもいいのではないか」という問題意識となります。
 その考えにほぼ沿った文章もあります。守屋誠司『小学校指導法 算数』のpp.91-92です。

小学校指導法 算数 (教科指導法シリーズ)

小学校指導法 算数 (教科指導法シリーズ)

乗法の場面、「1ふくろにミカンが3こずつ入っています。5ふくろでは、ミカンは何こでしょう。」は、3×5と立式される。立式は、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」とまとめられ、それぞれ被乗数、乗数という。(略)乗法では、数の位置ではなく、数が意味する内容に注目して、どの数が1つ分の数であるか、いくつ分はどの数かをしっかりと読み取ることが大切である。第2学年や第3学年では、読み取った数を、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」と表現できることが重要であり、逆に、この立式ができているかで、数の読み取りができているかを判断できる。しかし、高学年になり、乗法では交換法則が成り立つことや外国での立式を知り、数の意味をしっかり理解できていれば、必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい。

 とはいえ最後の文が,著者の伝えたかったことであると読むのは不自然です。その一つ前,「第2学年や」から始まる文を,メインの主張と見るべきでしょう。
 これは教員を目指す学生向けに書かれた本です。「子どもが7人います。1人に4個ずつアメをくばります。アメはみんなで何こいりますか」という問題に対して,小学校2年生の子が7×4=28と式を立てたら,どのような対応をしたらよいか,という課題も載っています。
 また別の本を見ます。1979年に刊行された本の,統計教育の解説の中に,批判的な記載がありました。

 東京工業大学教授の森村英典が,p.283にて以下の通り記しています。

小学校では,例えば乗算における被乗数と乗数の区別や順序をやかましく指導することすらあると聞く。交換法則を九九を通して教えたあとではその種の厳密さは有害とさえ思われるのであるが,とにかくそのような指導に馴れている教師・生徒の双方にとって,例えば,ヒストグラムを作るにも,階級幅を“適当に”定めるごとに異なった結果になり,そのいずれがよいとは断定しかねるという性格は全く数学らしからぬものと映るものも無理はない。

 2011年刊行の『かけ算には順序があるのか』の影響を受けてか,その後,数学者らが解説記事や著書の挿話などを通じて,批判を記しています。一松信,松本幸夫,黒木玄,志村五郎,野崎昭弘,小林道正,大栗博司,長岡亮介の著作を読んできました。出典や抜粋などは,以下よりご覧ください。

 《順序論争》で批判的,すなわちりんごの問題に5×3を正解とする人々のなかで,結合法則を考慮する人を,ほとんど見かけません。
 なのですが,教科書で計算の順序,かけ算の順序というと,結合法則の説明に使われています。その場合,「かけ算では,じゅんじょをかえてかけても,答えは同じになります。」(学校図書),「多くの数をかけるときには,計算するじゅんじょをかえても,答えは同じです。」(啓林館),「3つの数をかけるときは,計算するじゅんじょをかえてかけても,答えは同じになります。」(日本文教出版)といった表現になります。交換法則のまとめ方では,どうやら「じゅんじょ」は出現しません。
 乗法の結合法則は,「計算のきまり」の一つとなります。同様の他のきまりには,加法の結合法則や,乗除先行があります。乗除先行は,例えば3+2×3を求めるときに活用します。この場合,2×3を先に計算し,3+2×3=3+6=9としないといけません。3+2を先に計算して,3+2×3=5×3=15と書いたら,バツにされます。
 乗法の結合法則はかけ算ばかりのとき,乗除先行は加減と乗除が混在しているとき,と適用の場面は異なりますが,因数や項の入れ替えや展開をすることなく,どこから計算すればよいかのヒントを与えるという点で共通しています。
 交換法則と結合法則について,2つの文献を紹介します。一つは1904年に刊行された高木貞治『新式算術講義』です。

新式算術講義 (ちくま学芸文庫)

新式算術講義 (ちくま学芸文庫)

 そこでは,自然数を対象とする加法の諸性質を確認したあと,a×1=aとa×b=a+a+a+…+aにより乗法を定義し,「加法に対する分配の法則」「組み合はせの法則」「交換の法則」を証明しています。現在では順に「分配法則」「結合法則」「交換法則」と呼ばれている性質です。後二者では以下のとおり,どちらにも「順序」という言葉を使用して,説明しています。

a,b,nなる三個の数に順次乗法を施こすとき因数の順序は積に影響することなきこと加法の場合に於けると同趣なり,之を組み合はせの法則といふ.此法則はnが1なる場合にも成立すべきこと明なり.
交換の法則も亦乗法に適用すべし.a,bなる二数の積は因数の順序に関係せず,(略)

 これと同時期に刊行された本で,かけ算の定義のあと,交換法則を先に取り上げているものもあります。

 そこでは,"The sum of b numbers each of which is a is called the product of a by b"として積を定義し,表記には「a×b」「a・b」「ab」を載せています。ただし,現在の視点で見ると,aが被乗数,bが乗数ですが,multiplicand/multiplierといった,二者を区別する用語はこの本に見当たりません。
 乗法の諸性質は,交換法則,結合法則,分配法則の順で,加法の性質を用いて別々に示しています。「多くの数をかけるとき」の話に,orderの語を見つけることができました(p.8)。

The commutative, associative, and distributive laws for sums of any number of terms and products of any number of factors follow immediately from I-V. Thus the product of the factors a, b, c, d, taken in any two orders, is the same, since the one order can be transformed into the other by successive interchanges of consecutive letters.
(私訳:任意個の項の和と任意個の因数の積に関して,交換,結合,分配の法則はI-Vから直接導かれる。ゆえにa,b,c,dという4つの因数の積はどのような順序をとっても答えは同じになる。なぜなら一つの順序は,隣り合う文字の交換を繰り返すことで,他の順序に変換できるからである。)

 「隣り合う文字の交換を繰り返すことで,他の順序に変換できる」について,例えばabcd=bacd=bcad=bcda=cbda=cdba=dcbaを考えることができます。それぞれの等号が成立するのは,乗法の交換法則と結合法則によります。
 「面積を含む「量の積」のほか,アレイや直積でモデル化されるような場面は,対象外となります」と書きましたが,対象外としたモデルも,学術的に検討がなされています。メインブログで取り上げたことのある,文献およびブログ記事を列挙します。

 小原の文献では,〈乗数と被乗数が区別される文脈〉と〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉の存在が前提となっています。かけ算の導入時に学習するタイプの場面について,GreerとVergnaudの文献には,ともに,asymmetryという単語が出現します。

2. 現行および次期の学習指導要領から見た「順序」

 教科書検定や教育課程の基準となる,学習指導要領で,「順序」はどうなっているのかを見ておきます。
 現行の解説(平成20年6月)は,以下のページに小学校各科目のPDFファイルへのリンクがあります。

 「算数(1)」「算数(2)」をダウンロードして開き,検索したところ,「大小や順序」「順序数」「順序よく」といった,本記事の内容に関係ない言葉も多い中,当たらずとも遠からずな記述として,次の2点が見つかります。一つは,第2学年では加法の交換法則・結合法則を挙げる中での「幾つかの数をまとめたり,順序を変えて計算したりする場合がある」という文です。もう一つは,第4学年にある「計算の順序についてのきまり」です。
 したがって,《計算の順序》については一応の配慮がなされていると見ることができます。
 《被乗数と乗数の順序》《順序論争》については言及がありませんが,ざっと読むと,2年の導入でも,3年の除法と乗法と関係でも,高学年の小数や分数を含むかけ算でも,「かけられる数×かける数」で統一されていることが見てとれます。
 ただし,図形の面積や,アレイなど直積については,a×bとb×aが併記されているところがあります。また,第6学年に入っている,いわゆる順列・組み合わせについては,この解説にはかけ算の式がなく,かわりに「指導に当たっては,結果として何通りの場合があるかを明らかにすることよりも,整理して考える過程に重点をおき」とありまして,かけ算の対象外と思っておくのがよさそうです。
 学習指導要領をもとにした《順序論争》については,wikipedia:かけ算の順序問題で次のように記載しました。最後の文献[15]は,上で取り上げた『小学校指導法 算数』のことです。

学習指導要領は「教育課程の標準」「各教科で教える内容」を定めたものであり、例示として片方の順序を示しているところはあっても、その片方の順序でのみ式を書くことを要請する文は存在せず、他方の順序を不正解とすることもない。学習指導要領・学習指導要領解説に基づき教材や授業、テストとして具体化されていく中で、特定の順序が選択される。そのとき、逆の順序に書かれた式を正解とするか不正解とするかは様々である[15]。

 小学校では2020年より実施となる,新しい学習指導要領が今年3月に公示されました。そして6月21日に,以下より総則および各教科の解説のPDFファイルがダウンロードできるようになりました。

 ここでも,算数は(1)と(2)に分かれています。各リンクのURLには年月日が含まれており,頻繁に改訂されています。本記事執筆時点では,算数のPDFのURLには「2017/07/25」が含まれており,以下「2017/07/25版」と書きます。
 最初に公開されたバージョンでは,算数(1)は全体像を記した第1章・第2章のほか,各学年の解説にあたる第3章の第1学年と第2学年の記載もありました。第2学年,「乗法が用いられる場合とその意味」の解説は,以下の通りでした。

(ア)乗法が用いられる場合とその意味
 乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める場合に用いられる。
 例えば,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を求めることについて式で表現することを考える。
(図:省略)
 「5個のまとまり」の4皿分を加法で表現する場合,5+5+5+5と表現することができる。また,各々の皿から1個ずつ数えると,1回の操作で4個数えることができ,全てのみかんを数えるために5回の操作が必要であることから,4+4+4+4+4という表現も可能ではある。しかし,5個のまとまりをそのまま書き表す方が自然である。そこで,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を表す場合,一つ分の大きさである5を先に書き5×4と記す。このように乗法は,同じ数を何回も加える加法,すなわち累加の簡潔な表現とも捉えることができる。言い換えると,(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)と捉えることができる。
 また乗法は,幾つ分といったのを何倍とみて,一つ分の大きさの何倍かに当たる大きさを求めることであるという意味も,併せて指導する。このときも,一つ分に当たる大きさを先に,倍を表す数を後に記す。例えば,「2mのテープの3倍の長さ」を表す場合,2×3と記すことにする。
 なお,「4×100mリレー」と表すように英語圏などでは順序が日本と逆になっている場合があることに注意して,外国籍の児童の指導に当たるようにする。
 ここで述べた被乗数と乗数の順序は,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである。一方,乗法の計算の結果を求める場合には,交換法則を必要に応じて活用し,被乗数と乗数を逆にして計算してもよい。
 乗法による表現は,単に表現として簡潔性があるばかりでなく,我が国で古くから伝統的に受け継がれている乗法九九の唱え方を記憶することによって,その結果を容易に求めることができるという特徴がある。

 このうち「「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を表す場合,一つ分の大きさである5を先に書き5×4と記す」は,現行の解説にない,踏み込んだ記述であり,《被乗数と乗数の順序》についての見解を示したようにも読めます。ツイッターなどで見かける言葉で言い直すと,「順序強制」です。
 ただし,「5個のまとまり」から始まる段落とその次について,2017/07/25版では以下の通り,記載が変わっています。

 「5個のまとまり」の4皿分を加法で表現する場合,5+5+5+5と表現することができる。また,各々の皿から1個ずつ数えると,1回の操作で4個数えることができ,全てのみかんを数えるために5回の操作が必要であることから,4+4+4+4+4という表現も可能ではある。しかし,5個のまとまりをそのまま書き表す方が自然である。そこで,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を乗法を用いて表そうとして,一つ分の大きさである5を先に書く場合5×4と表す。このように乗法は,同じ数を何回も加える加法,すなわち累加の簡潔な表現とも捉えることができる。言い換えると,(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)と捉えることができる。
 また乗法は,幾つ分といったことを何倍とみて,一つ分の大きさの何倍かに当たる大きさを求めることであるという意味も,併せて指導する。このときも,一つ分に当たる大きさを先に,倍を表す数を後に表す場合,「2mのテープの3倍の長さ」であれば2×3と表す。

 「一つ分の大きさである5を先に書く場合5×4と表す」と「一つ分に当たる大きさを先に,倍を表す数を後に表す場合」により,この(バージョンの)解説では,「かけられる数×かける数」はかけ算の式の一つの書き方であり,他の書き方を拒絶するものではない,と解釈することができます。この改訂には,7月10日に東京新聞で,同月13日に中日新聞で掲載された「掛け算の順序論争再燃」が背景にあると思われます。以下より前文のみ読めていましたが現在はデッドリンクです。

  • http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2017071002000116.html

 これについて,東京新聞の記事の複製を得ることができました。「5×3、3×5のどちらの順序が正しいとも言えない」や「三つの角が違う二等辺三角形がある」は算数・数学の表記として不適切なのに加えて,批判の立場にある人々が実名である一方で肯定派の氏名が見当たらないのは,残念に思いました。
 とはいえ『小学校学習指導要領解説算数編』の記述の変更は,この掲載が直接の原因であったとは考えにくいです。記事になるより前,記者からの取材に応じる中で,「順序固定強制」を示唆する文章を変えておくべきではないか,と推測しています。
 他は基本的に変わっていません。「4×100mリレー」を含む段落は,2017/07/25版では以下のようになっていますが,《被乗数と乗数の順序》に関連する話で,趣旨の変更には見えません。

 なお、海外在住経験の長い児童などへの指導に当たっては,「4×100mリレー」のように,表す順序を日本と逆にする言語圏があることに留意する。

 さらに続く以下の段落は,立式と交換法則との切り離しが意図された記述となっており,《被乗数と乗数の順序》および《順序論争》に関連します。

 ここで述べた被乗数と乗数の順序は,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである。一方,乗法の計算の結果を求める場合には,交換法則を必要に応じて活用し,被乗数と乗数を逆にして計算してもよい。

 図にしてみました。「4皿に3個ずつみかんが乗っている」も,『小学校学習指導要領解説算数編』の第2学年のところに記載されています。

 なお,式と法則との関わりについては,先に挙げたAnghileri & Johnson (1988)より類似した見解を読むことができます。交換法則として,a×b=b×aや3×4=4×3の式を挙げたのち,それは数の性質であって,3×4が4×3と等しいのは事実だが,日常生活においてそれらが同じであるというわけではないことを注意しています。『小学校学習指導要領解説算数編』の記述は,その文献を根拠にしたというわけではなく,「a×bとb×a,答えは同じでも意味は違うことがある」は,国内外における算数教育の知見として確立しているものと考えられます。
 「被乗数と乗数の順序」という語句そのものが,盛り込まれたのは,今年の『小学校学習指導要領解説算数編』の大きな特徴となっています。次のような記載もあります。

 式を読み取る指導に際しては,例えば,3×5の式から,「プリンが3個ずつ入ったパックが5パックあります。プリンは全部で何個ありますか。」という問題をつくることができる。このとき,上で述べた被乗数と乗数の順序が,この場面の表現において本質的な役割を果たしていることに注意が必要である。「プリンが5個ずつ入ったパックが3パックあります。プリンは全部で幾つありますか。」という場面との対置によって,被乗数と乗数の順序に関する約束が必要であることやそのよさを児童に気付かせたい。

 2011年に出版された中に,「被乗数と乗数の順序」を明記しているものがありました。中原忠男(編著)『新しい学びを拓く算数科授業の理論と実践』です。

 出現するのはp.113です。執筆者は清水紀宏で,日本文教出版平成27年度版『小学算数』の著作者に名前が載っています。

 乗法の数学的定義についても,集合の要素の数という観点からの定義と,順序という観点からの定義がある。
 算数科では,整数の乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かにあたる当たる大きさを求めるという場面で導入される。整数の世界では,その値を求めるためには,同数累加を行うことになる。つまり,乗法は同数累加の簡潔な表現として用いられることになる。この定義では,3×4=3+3+3+3,4×3=4+4+4となる。つまり,被乗数と乗数の順序に意味がある。また,交換法則(a×b=b×a)やa×(b+1)=a×b+aが成り立つことにも気づかせたい。例えば3×5の場合,3を5個足す代わりに,3を4個足したもの(3×4)に3を1個加えればよい。つまり,3×5=3×4+3となる。この性質を活用して1位数同士の乗法を考えていく(乗法九九の構成)。なお,平成20年改訂の学習指導要領においては,これらの乗法九九の構成の延長として,被乗数や乗数が12程度までの乗法を扱うこととなっている。

 「算数科では」から始まる段落は,新しい学習指導要領および解説の記述にも適合します。時系列としては,2008年(平成20年)に現行の『小学校学習指導要領解説算数編』が公開され,それをもとに『新しい学びを拓く算数科授業の理論と実践』で解説が入り,「意味がある」が「本質的な役割を果たしている」や「約束が必要である」に置き換えられて,2017年6月,新しい学習指導要領に基づく『小学校学習指導要領解説算数編』に記載された,という流れを見ることができます。
 ここの「被乗数と乗数の順序に意味がある」について,2種類の解釈ができます。一つは,「3×4=3+3+3+3であり,4×3=4+4+4なのだ」と,被乗数と乗数の順序に,意味が定められている,というものです。
 もう一つの解釈では,「に意味がある」を「は重要だ」と置き換えます。英語でぴったりの単語があり,自動詞のmatterです。授業事例が英文になっています。

  • Chapin, S. H., O'Connor, C. and Anderson, N. C.: Classroom Discussions―Using Math Talk to Help Students Learn, Grades K-6, Second Edition, Math Solutions (2009). isbn:1935099019

 その本のp.4には,先生が"Eddie says that order does matter"と言うシーンがあります。ただし乗法の交換法則の学習ということもあり,"the answer is the same no matter which number goes first."や"I don't think it matters what order the numbers are in."のように,否定語を含む文の中にも出現します。
 http://books.google.co.jp/books?id=2NX4I6mekq8C&pg=PA3より,授業の状況をかいつまんで説明します。かけられる数・かける数の順序を変えても同じ答えになるのはなぜかを討論していく中で,2つの意見が出ました。Eddieの意見は,2×5は「5つの袋にリンゴが2つずつ」,5×2は「5つの袋にリンゴが2つずつ」を表し,順序に意味があるという主張になります。それに対しTiffanyは,それら2つの場面は別だけれど,答え(リンゴの総数)は同じであり,順序は重要ではないと主張します。
 授業の背景として,乗法の交換法則について,児童らが理解を深めることを目的としていることのみならず,子どもたちのコミュニケーション(単に答えを出すだけでなく,考えを言ったり書いたりすること)を,NCTM(米国数学教師協議会)が教師らに要請している点が挙げられます。
 授業としては,2×5=5×2や,a×b=b×aといった関係式よりも,「2×5=5×2であるのはなぜか(説明できるか)」を重視しているものと読めます。その説明の手段として,2×5と5×2とで意味(場面)が異なることを活用しています。
 この授業から「かけ算の交換法則を学習したら,a×bでもb×aでもいいのだ」を引き出すわけにもいきません。実際,「どちらでもいい」と主張するTiffanyに対し,先生は"And Tiffany, are you saying that those two number sentences can't be used to describe two different situations?"(それでティファニーさん,2つの数式はそれぞれ,別の場面を表すのに使えないっていうの?)という質問を入れて確認しています。原文ではcan'tが斜体字になっています。「a×bでもb×aでもいい」は,先生の持つねらいでも,クラスで共有したい内容でもないことが伺えます。
 「2つの数式はそれぞれ,別の場面を表すのに使えない」について,文献を離れて検討してみます。
 「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 2こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」という問題を考えます。算数のこれまでの知見に基づくなら,正解となる式は2×5=10です。
 ここで,式に「5×2=15」と書くのも正解とすることにしましょう。すると,以下の2つの命題を認めることになります。

  • 5枚の皿に2個ずつりんごがあるときの総数は,2×5で表される
  • 5枚の皿に2個ずつりんごがあるときの総数は,5×2で表される

 次に,「どの さらにも りんごが 5こずつ のって います。そのような さらが 2まい あります。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」という問題を考えます。そうすると,次の2つの命題を真とすることになります。

  • 5個ずつ2枚の皿にりんごがあるときの総数は,5×2で表される
  • 5個ずつ2枚の皿にりんごがあるときの総数は,2×5で表される

 ここで「5×2」の式を含む命題に着目し,りんごや皿を取り払って整理すると,次の2つが得られます。

  • 5×2という式は,「5つずつが2つ」を表す
  • 5×2という式は,「2つずつが5つ」を表す

 さらに5や2といった具体的な値も,文字に置き換えて記述できますが,比較・検討にあたってはこの2つの命題で十分です。ここから言えるのは,《順序論争》の批判に賛成するなら,5×2という式が,「5つずつが2つ」と「2つずつが5つ」の両方の意味になってしまうことを,受け入れないといけないということです。
 それに対し私は,小学校の算数において,認める(真の)命題と認めない(偽の)命題は次のとおりとする立場に賛同します。

  • 「5×2という式は,「5つずつが2つ」を表す」は,認める
  • 「5×2という式は,「2つずつが5つ」を表す」は,認めない
  • 「2×5という式は,「2つずつが5つ」を表す」は,認める
  • 「2×5という式は,「5つずつが2つ」を表す」は,認めない

 これらは,次期の『小学校学習指導要領解説算数編』に記載された,「(略)という場面との対置によって,被乗数と乗数の順序に関する約束が必要であることやそのよさを児童に気付かせたい」「乗法による表現は(略)表現として簡潔性がある」と適合します。
 「対置」について,「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 2こずつ のって います」と「どの さらにも りんごが 5こずつ のって います。そのような さらが 2まい あります」のように,かけ算で表すための2つの数の出現順序は「5」「2」だけれど,期待される式は異なるという形で,東京書籍の算数教科書に先例があります。https://ten.tokyo-shoseki.co.jp/text/shou/sansu/files/web_s_sansu_gakuryoku1.pdfより読めるのは,「えんぴつを 1人に 2本ずつ,5人に くばります」と「えんぴつを 2人に 5本ずつ くばります」です。

 上で,「数の意味をしっかり理解できていれば、必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい」と引用した文と,関わりのある記述が,新しい『小学校学習指導要領解説算数編』に入っています。段数×4=周りの長さではその具体的な記述と,平成16年検定済み教科書,そして比較的最近の算数指導例を取り上げました。
 「段数×4=周りの長さ」という,言葉を含む式では,かけられる数の「段数」と,かけ算の答えとなる「周りの長さ」は,異なる種類(次元,単位)の数量となります。そういった数量でも式に表す活動が,今後,「C変化と関係」という領域のもと,取り入れられるわけです。