かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

1皿に5個ずつ入ったみかんの,9皿または4皿の個数

  • 齊藤一弥(編著): 平成29年版 小学校新学習指導要領の展開 算数編, 明治図書出版 (2017).

平成29年版 小学校新学習指導要領の展開 算数編

平成29年版 小学校新学習指導要領の展開 算数編

 みかんが皿に乗ったモノクロの絵が,p.139に出現します。前後の文章を書き出します。

 例えば,第2学年の乗法の指導場面を考える。乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める場合に用いられる。(一つ分の大きさ)が決まっていて,その(幾つ分)かに当たる大きさを求める場合に,
 (一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)
のように言葉の式のみを教えるのではなく,状況を表す具体的な図と関連付け,そう表すことのよさを感じられるようにしていくことが大切である。
 例えば,「1皿に5個ずつ入ったみかんの9皿分の個数」を求めることについて式で表現することを考える。
(図省略)
 「5個のまとまり」の9皿分を加法で表現する場合,
 5+5+5+5+5+5+5+5+5
と表現することができるが,これは面倒である。また,各々の皿から1個ずつ数えると,1回の操作で9個数えることができ,全てのみかんを数えるために5回の操作が必要であることから,
 9+9+9+9+9
という表現も可能ではある。しかし,5個のまとまりをそのまま書き表す5+5+5+5+5+5+5+5+5+5の方が自然である。そこで,同じ数を何回も加える加法,すなわち累加の簡潔な表現としてかけ算を教え,「1皿に5個ずつ入ったみかんの9皿分の個数」を乗法を用いて表すのである。そうして,一つ分の大きさである5を先に書く場合5×9と表すことを学習するのである。

 読んで,小さな違和感を2つ,持ちました。まずは省略とした図で,「1皿に5個ずつ入ったみかん」の絵が非現実的なのです。3個を下段(皿のすぐ上),2個を上段(皿とはくっつかない)に配置してあるように見え*1,かつ,下段中央のみかんが,不自然に前面に出ているのです。
 もう一つは,第2学年の乗法の指導場面であれば,言葉の式は「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」のほうが適切ではないかという点です。教科書に採用されているのに加えて,「大きさ」という言葉を,かけ算の言葉の式に取り入れることには違和感があります。
 もう少し説明を加えます。「●●●と●●●」と書き(あるいは図示し),この●の総数を,かけ算の式で求めるとなると,一つ分の大きさを,「●●●」ととらえることができます。では,(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)に基づき,「●●●×2=●●●●●●」という書き方を認めるのか…というと,そんな展開になる算数の授業例は,見たことも聞いたこともありません。式の簡潔さにも寄与しません。
 一つ分の大きさ,あるいは一つ分を,「●●●」と認識した上で,式に表す際には「1つ分の数」,ということで3に置き換えればよいのです。そして幾つ分あるかというと,2つ分ですので,「3×2」という式が立てられます。3cmのリボンが2つという場合も,一つ分の大きさは3cmですが,かけ算にする際の1つ分の数は,3です。
 次の話に進む前に,前提になるものを書いておきます。「各々のさらから1個ずつ数えると,1階の操作で9個数えることができ,全てのみかんを数えるために5回の操作が必要であることから,9+9+9+9+9という表現も可能ではある。」は,「かけ算の順序論争」の文脈ではトランプ配りと呼ばれます。以下で整理を試みました。

 上記引用では,トランプ配りも「可能ではある」けれども,「5個のまとまりをそのまま書き表す」「方が自然である」ので,以降はトランプ配りを対象としない,という展開を見ることができます。この流れは,今年公開された『小学校学習指導要領解説算数編』にも記載があります。http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/07/25/1387017_4_2.pdf#page=39から読むことのできる内容を,取り出します。

 乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める場合に用いられる。
(図省略)
 例えば,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を求めることについて式で表現することを考える。
 「5個のまとまり」の4皿分を加法で表現する場合,5+5+5+5と表現することができる。また,各々の皿から1個ずつ数えると,1回の操作で4個数えることができ,全てのみかんを数えるために5回の操作が必要であることから,4+4+4+4+4という表現も可能ではある。しかし,5個のまとまりをそのまま書き表す方が自然である。そこで,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を乗法を用いて表そうとして,一つ分の大きさである5を先に書く場合5×4と表す。このように乗法は,同じ数を何回も加える加法,すなわち累加の簡潔な表現とも捉えることができる。言い換えると,(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)と捉えることができる。

 『小学校新学習指導要領の展開』では「(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)のように言葉の式のみを教えるのではなく」となっていた箇所は,『小学校学習指導要領解説算数編』の上記引用では,「(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)と捉えることができる」となっています。「教える」も「捉える」も,教師が行います。『小学校学習指導要領解説算数編』では,(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)と教えよと言っているわけではない,ということです。
 2つの文章で使用されている数量を,比べてみます。『小学校新学習指導要領の展開』では,「1皿に5個ずつ入ったみかんの9皿分の個数」です。それに対し,『小学校学習指導要領解説算数編』は,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」です。
 それぞれの刊行年月から,作成の過程を次のように推測できます。『小学校学習指導要領解説算数編』の記述を見た,『小学校新学習指導要領の展開』の該当箇所の執筆者が,数を4皿分から9皿分に変更し,絵を作り直して「言葉の式のみを教えるのではなく」などをつけ加えたのです。執筆者は高橋丈夫氏で,この人物名に「 算数」を加えてGoogleで検索すると情報が出てくるほか,平成27年度からの東京書籍の算数教科書の編集者に名前が記載されています。
 4皿と9皿の違いで,授業が(あるいは教科書が)どう変わるかというと,以下の流れが想像できます。

  • 「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を,配る操作で数える場合,
    • 5個ずつ置いていくと,式は5+5+5+5。ちょっと字数が多い。
    • トランプ配りで4個ずつ置いていくと,式は4+4+4+4+4。「5+…」よりも字数が多い。
    • もっと簡単に表して,計算できるようになろう。「5×4=20」と書こう。それぞれの数は「1つ分の数」「いくつ分」「ぜんぶの数」だよ。
  • 「1皿に5個ずつ入ったみかんの9皿分の個数」を,配る操作で数える場合,
    • 5個ずつ置いていくと,式は5+5+5+5+5+5+5+5+5。ずいぶん字数が多い。
    • トランプ配りで9個ずつ置いていくと,式は9+9+9+9+9。「5+…」よりも字数が少ないけど,まだ多い。
    • もっと簡単に表して,計算できるようになろう。「5×9=45」と書こう。それぞれの数は「1つ分の数」「いくつ分」「ぜんぶの数」だよ。

 簡潔さの観点から言うと,「1皿に5個ずつ入ったみかんの9皿分の個数」について,5+5+5+5+5+5+5+5+5よりも9+9+9+9+9のほうが字数が短く,したがってそこに,トランプ配りの乗法への適用について,意義を見出すことになるのかな,とも思いました。
 なお,個人的な認識としては,『小学校学習指導要領解説算数編』にトランプ配り対応を記したのは,「かけ算の順序」に関する,ネットその他の批判への回答ととらえています。5+5+5+5+5+5+5+5+5か9+9+9+9+9か,5+5+5+5か4+4+4+4+4か,それともどちらでもよいのかは,もっと小さな数を使って,第1学年で学習するほうがよいでしょう。「するほうがよい」ではなく,実際になされていて,啓林館の1年の教科書には「子どもが 3人 います。みかんを 1人に 2こずつ あげます。みんなで なんこ いりますか。」とあります。トランプ配りについては,その配り方を認めた上で,「1個ずつ置くか,2個ずつ置くかという置き方ではなく,置いた結果に着目させる」*2とするのが明快です。『小学校学習指導要領解説算数編』の第1学年でも,2+2+2+2と4+4の対比がなされています。

*1:組体操の俵型3段ピラミッドで最上位の者がまだ乗っていない状態です。

*2:『活用力・思考力・表現力を育てる!365日の算数学習指導案 1・2年編』isbn:9784180808335 p.66