かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

乗数ト被乗数トヲ入レ換ヘテモ積ハ変ハラヌト云フヿハ

読みました.明治33年(1900年)に出版されたという,『数学教授法講義筆記』のコマ番号161は,http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/811596/161よりアクセスできます.
交換法則は六ヶ敷いというのは,左側のページ(p.300)にありました.書き出してみます.

一体乗数と被乗数とを入れ換へても積は変わらぬと云ふことはこれは通俗を離れて居て六ヶ敷いことです,厳密に論ずれば数を二通りに区別するの必要があります,一つは「オルヂナルナンバー」で他の一つは「カルジナルナンバー」であります,此「オルヂナルナンバー」の方は第一,第二,第三と云ふ様に数ぞえて何度数ぞへたかの度数を表はすもので,「カルヂナルナンバー」の方は物を数ぞへて直ちに得たる数,即ち五とか八とかの様なものです,即ち乗数は「オルジナルナンバー」被乗数は「カルヂナルナンバー」であつて,既に数の観念より違って居りますから乗数と被乗数とを入れ換へると云ふことは余程六ヶ敷いことです,寄せ算などは双方共に同じものでありますが,掛け算では双方とも数の性質が違って居ります,故にこれを本当にやるとすると中中六ヶ敷いものです,併し此所では此本にある様にして行くのです,尤もこれは4と3とに限らず実際は幾つにやつても善いが

文中に,見慣れない表記が出てきました.“ヿ”と記されています.前後も見て,どうやら「こと」と読めばよいらしいと見当をつけてから,検索すると,合っていて,wikipedia:コトwikipedia:合略仮名を見つけました.なお,原文では「コト」も出現しています.
「六ヶ敷い」は「むつかしい」ですね.六借、難、六ヶ敷、すべて同じ読みです - 日本語おもしろ発見で整理されています.
オルヂナルナンバーはordinal numberで順序数または序数,カルヂナルナンバーはcardinal numberで集合数または基数と呼ばれるものです.
これらを踏まえて,書き出した内容についてですが,乗数を順序数,被乗数を集合数と解釈するかけ算のモデルで,最も適合しているのは,数直線です.例えば4×3であれば,0から4になるまで進めて矢印を描き,これを現在で言う「一つ分の大きさ」とし,「かけられる数」に対応させます.次に4から8へ,8から12へと,同じ長さの矢印を作れば,一,二,三と数えることができて(これが「いくつ分」「かける数」),4×3=12を得るという次第です.
「一,二,三と数える」のも集合数なのではないか,という疑問を持つ人に向けて,補足すると,数直線モデルで「一つ分の大きさ」に当たる,矢印の長さは,整数に限らず,小数や分数でもかまいません.それに対し,矢印が「いくつ分」のほうは,基本的に「0.3個」などとすることができず,「いち,にい,さん,…」と数えることになります.この数え方*1が,順序数に対応しているのです.
なのですが,現在に至るまで,さまざまなかけ算のモデルが考案され,授業で使われたり学術文献にまとめられたりしているのにも,思いを致したいところです.『数学教授法講義筆記』より前に書かれ,「1」をアレイのように並べて「凡て或る数に或る他の数を掛けたるものと、後の数に始の数を掛けたるものとは互に相等し」と解説しているものがあります(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826848/301888年のアレイと掛け算 - わさっき).なお,数直線のモデルは古くさいとも非実用的とも思っておらず,例えばAnghileri & Johnson (1988)(asin:0205110762, p.161)に,Number Lineとして,図とともにかけ算とわり算の関係などが説明されています.

*1:集合数・順序数を使用していませんが,例えば中島(1968a, 1968b)における「拡張」の前の「累加」の考え方や,Greer (1992)におけるEqual measuresも,同等と見ていいでしょう.