かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

比例の表から2πrへ

 「数学の公式では円周の長さは2πrである。賢い子供なら、すでに公式を知っていて、それに従い「2×3.14×3」と書いてもおかしくない」(円の円周を,円周率を使った式で表す)から,話を始めます。小学5年の算数で,「半径3cmの円の円周の長さを求めなさい」という問題に対し,「2×3.14×3=18.84 答え18.84cm」と,式と答えを書く子がいたとします。どうしてその式になるのと先生が尋ねたときに,l=2πrだからと言う説明で,先生が,またはクラスの子どもたちが,納得してくれるのかは,分かりません。
 なぜ2πrであるのか,言い換えると,なぜ2πrと表せるのかというと,中学1年で学習する,「文字を用いた式」を使うことになります。現行の『中学校学習指導要領解説数学編』では「文字を用いて数量の関係や法則などを式に表現するとき,乗法の記号×は,文字と文字の間や,数と文字の間では普通は省略し,除法の記号÷は,特に必要な場合のほかは*1,それを用いないで分数の形で表すことを学習する。」と書かれています。このルールにより,円周=半径×2×円周率という言葉の式(小学校で期待される式)について,円周をl,半径をr,円周率をπの文字で表したとき,l=2πr(中学校で期待される式)が得られるという次第です。なお,かけ算の式の小中連携に関しては,4a+3bの3例で事例を紹介しています。
 「円周=半径×2×円周率」を直接用いることなく,l=2πr,または「円周=2×円周率×半径」を得ることも可能です。対応表を作ります*2。2行で構成し,上の行は半径,下の行は円周です。具体的に半径1cm,2cm,…,の円を描いて,それぞれの周の長さを測定し,次の表を得たとします。

半径(cm) 1 2 3 4 10
円周(cm) 6.28 12.57 18.85 25.13 62.83

 どの列も,円周÷半径が6.28に近い値となります。商一定ならば,これらの量は比例の関係にあることを意味し,この商が比例定数となって,円周=6.28×半径となります。半径をx,円周をyとすれば,y=6.28×xです。
 もちろんこの6.28は,円周率の2倍のことです。ともあれ,関係を表す式としては「y=6.28×x」にとどめておき,この6.28は中学校では2πと書くんだ,かけ算の記号も書かないんだとまで言えば,最終的に「y=2πx」という等式に至ります。
 小学校の算数の考え方で*3,2πrと同等の式を導けるわけですが,実際に小学校でこのような学習をしているわけではありません。学習に使用されているのは,「半径と円周」ではなく「直径と円周」の関係です。その場合でも2行の表にすれば,商一定なのが分かりますが,これは「円周の直径に対する割合(がどの円でも同じ値になること)」を意味し,「円周率」の導入へとつながるわけです。
 また別の観点で,小学校ではなぜ「円周=半径×2×円周率」であって「円周=2×円周率×半径」は採用されないのかを,書いておきます。上に示した,2行の対応表について,上下どちらも単位がcmで,同種の量となっています。この場合,「もとにする量×割合=比べる量」の関係式で表現できます*4。円周÷半径=(円周率の2倍)であり,(円周率の2倍)が割合に対応します。半径を「もとにする量」,円周を「比べる量」にそれぞれ,対応づければ,「半径×(円周率の2倍)=円周」になるという次第です。
 それに対し,「円周=2×円周率×半径」と書いてみたとき,「×半径」が何をするかけ算なのか,(比例の式を学習していない)小学生向けの解釈は思いつきません。
 これは8×3を,表から見つけるで紹介した事例と,対比をなしています。図3は以下の通りでした。

はんの数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
人数 3 6 9 12 15 18 21 24 27 30

 この場合,「3×はんの数=人数」という式が期待されます。3は,1つの班の人数を表します。5年の「乗法の意味の拡張」(子どもたちがこの用語を学習するかどうかはさておき)にもとづくと,「×はんの数」は,人数そのものをかけるのではなく,3人の班が1つだけなら3人,n班なら3人のn倍,と解釈することになります。
 この「はんの数」と「人数」の関係では,「はんの数×3=人数」と表現することに難点があります。2年では指導されておらず,4年の「伴って変わる二つの数量」が必要となります。2つの量が異なる種類の量であり,半径または直径と円周との対応表との相違点となっています。

*1:次期の解説では,「のほかは」は「を除き」に変更されています。

*2:現行の『中学校学習指導要領解説数学編』のPDFで「π」を検索すると,「例えば,比例に関して,半径がrで周の長さがlの円について,「半径を2倍,3倍,…にすると,周の長さはどのように変化するか」を考えるためには,具体的な数で計算して調べることをしなくても,l=2πrという式の意味を読み取って簡単に説明すことができる。」が見つかります。次期の解説にも同趣旨の文があります。

*3:ただし「比例」は6年で学習します。円周率や円周は5年です。

*4:「もとにする量」「比べる量」の用語はhttp://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/sansu/WebHelp/05/page5_23.htmlによります。『小学校学習指導要領解説算数編』ではそれぞれ「基準にする大きさ」「割合に当たる大きさ」と書かれています。B×p=Aと表した場合には,Bはbase,pはproportion,Aはamountの頭文字となります。