かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

平成30年度全国学力・学習状況調査の【かけられる数】

 ツイッターのタイムラインを通じて,批判的な立場からの掲示板でのやりとりを,http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t21/2917-2919*1で知ることができました。
 3つの投稿のうち最も古い,2917では,小算B-14というページ数を示して,「九九の表の横に【かけられる数】とか書いてありますね。学習指導要領解説にすら出てこない言葉なんですが、生徒は知ってないといけないのですかね?」と疑問を投げかけています。ですがそこには,教科書をはじめ,既存の情報をチェックしようとする態度がうかがえません。
 Webで読めるところでは,啓林館の九九表|算数用語集に,今回の出題と同じく,「かけられる数」が表の左に,「かける数」が上に記された九九の表を見ることができます。また,Googleで検索し,画像をざっと見た限りでは,かけられる数・かける数を書く場合にはどれも同じで,「かけられる数」が左*2,「かける数」が上です。ただしそれらを書かない九九の表も,多くヒットします。
 さらに驚かされるのは「かけられる数が,学習指導要領解説にすら出てこない言葉」だという指摘です。
 パターンマッチングに,失敗しています。小学校学習指導要領や,小学校学習指導要領解説算数編を読む際には,かけられる数は「被乗数」,かける数は「乗数」に切り替えるだけの話です。
 現行の指導要領(解説のつかないほう)の算数を,見ていきます。http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/san.htmにアクセスし,ページ内を検索すると,「被乗数」は1回,「乗数」は(「被乗数」を含め)9回出現するのが分かります。
 第2学年の「内容の「A数と計算」の(3)のイについては,乗数が1ずつ増えるときの積の増え方や交換法則を取り扱うものとする。」では,「被乗数」が明記されていませんが,ここから「乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増える」と推論すること,2年生向けには「かける数が1ふえれば,かけ算の答えはかけられる数だけふえます」と表現することは,きわめて容易なことです。そしてこの性質は,九九で例えば「6×6=36」の次が「6×7=42」であるのはなぜなのかを,九九の表以外を根拠として答えることに使えますし,学年が上がって「乗数が1減れば積は被乗数分だけ減る」を学ぶことで,乗数が0のとき,積が0になるのがなぜかを説明するのにも活用できます。
 学習指導要領で,被乗数(かけられる数)が明示されていないものの考慮されている事項は,高学年にも見られます。第4学年の「乗数や除数が整数である場合の小数の乗法及び除法の計算の仕方を考え,それらの計算ができること。」です*3。被乗数を入れて同じ趣旨にするなら,「被乗数や被除数が小数であり,乗数や除数が整数である場合の乗法及び除法(以下略)」となります。これも累加で考えることができ*4,累加が利用できない,第5学年の「乗数が小数である場合の乗法」より前に,式で表したり計算したりできるわけです。
 掲示板の他の投稿にも,出題意図が読めているのか疑わしいものが見られます。2918の「二重数直線を書かせる問題」や「ナントカ図」について,児童らに書かせていませんし,その図の名称を知らなくても,図より前に文章で書かれた数量の関係を,きちんと認識していれば,正解を選択することができます。
 「式を答えさせるのが気になる」は,当方も気になったところで,過去の全国学力・学習状況調査の算数Aより,式を答えて,解答となる数量は不要という出題を,調査してみました。実施の初年度からあったわけではなく,調べた限り最も古いのは,平成24年度(2012年度)実施の大問3でした。「赤いテープの長さは120cmです。赤いテープの長さは,白いテープの長さの0.6倍です。」を箱で囲み,小問(1)で,赤いテープと白いテープの長さの関係を正しく表している図を,4つの中から選ばせてから,小問(2)で「白いテープの長さを求める式を書きましょう。ただし,計算の答えを書く必要はありません。」と指示しています。
 自分が小学生のときは,文章題といえば式を書いて,それから答えを単位付きで書くのが当たり前だったように思います。それに対し全国学力テストでは,図が用意され,解答欄には単位などが印刷済みで,子どもたちは記号・番号や数だけを書けばよいようになっていたりします。どちらがよいというのではなく,約百万人*5の6年生が解答する,この学力調査において,何を調査したいのかがそこに現れていると,個人的には理解しています。単位に関しては,テスト設計に際して子どもたちの反応を適切に分類・分析できるよう検討する段階で,「数は合っているが単位が間違っている」という類型を必要としていない,ということです。


 かけ算の「~の段」について,メインブログで2016年に記事を書き,いくつか文献を挙げていました。

*1:本記事投稿後も増えると思われます。http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t21/l50で,最新50件を読むことができます。

*2:「かけられる数」を,「基準量」に置き換えると,リーグ表(対戦表)はそれぞれの行を基準として,他のチーム(列)との勝敗を記載するのが一般的であることと関連します。

*3:第5学年では「小数」が「分数」に置き換わった項目もありますが,次期の指導要領ではこれは第6学年での学習となります。

*4:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20111205/1323022926より,ある海外文献の私訳を抜粋:3人の子どもが4.2リットルずつのオレンジジュースを持っているという場面にも適用できる.式は4.2+4.2+4.2と表せる.このモデル(累加モデル)に属する場面の,重要な特徴は,乗数が整数でなければならないことである.被乗数に制約はない.さらに,このモデルでは,結果が常に被乗数よりも大きくなることを含んでいる.

*5:平成29年度は,当日の児童数が1,012,581人,平成28年度は1,034,957人と報告されています。