かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

9年ぶりに改訂された本での,かけ算の順序問題

入門算数学 第3版

入門算数学 第3版

 奥付を見ると,「2003年7月10日 第1版第1刷発行」「2009年2月25日 第2版第1刷発行」「2018年3月30日 第1版第1刷発行」となっていました。
 算数の実情と今後を把握するには,p.209からはじまる§7.2(現在の算数教育)以降がおすすめです。2017年の学習指導要領より,小学校算数科・中学校数学科で学ぶべきことが抜粋されている*1ほか,§7.4(数学的リテラシー)では,PISA全国学力・学習状況調査のB問題を何問か取り上げながら,望まれる数学的リテラシーについて記してあります。
 とはいえ本書のそれまでのところ,特に第2章(四則演算について)と第3章(量について)は,数学教育協議会のスタイルを採用しています。かけ算は§2.4で,p.40から始まりますが,2×0や3×0.7を持ち出して累加を批判し,「かけ算はたし算と異なった新しい演算(積)であることを認識しておくことが必要である.」の文で最初の段落を終えています。
 加法および乗法の交換法則・結合法則・分配法則について記載した§2.6(四則演算の性質)で,「順序」の文字と,かけ算の順序問題を見かけました(pp.53-54)。

(略)つまり,結合法則によって,どんな順序で計算しても同じ答えになることが保証されているのである.
 また,かけ算で3×5の答えを忘れても,5×3の答えを知っていれば,交換法則を用いて求めることができる.
 しかし,ここで注意しなければならないのは,これらの法則はあくまでも数という抽象的なことに対して成り立つということである.数の計算としては
  3×5=5×3
が成り立ったとしても,
  3(個/人)×5(人)  と  5(個/人)×3(人)
では意味が違ってくるのである.
 あめを1人に3個ずつ5人に配ったときのあめの個数を「5×3」とテストで書いたら不正解になった.かけ算は乗数と被乗数を入れ替えても成立するので,これも正解ではないか,ということがテレビで話題になった.
 大人からすれば,確かに3×5と5×3の答えが15で同じことはわかっている.しかし,子どもは単なる計算の技術を学んでいるわけではなく,文章から意味を理解して,計算に持ち込むという算数的なプロセスを学習しているところである.この場合は,問題文からどれが「1あたり量」になるかが大切なことである.このことは単位を書かずに計算式だけを書くということから起きてくることである.計算式を書く前に,単位をつけた言葉の式を書くように指導すれば,3×5と5×3を子どもたちがどのように理解して書いたのかがわかり,先ほどの疑問は起きてこないのではないか.

 「あめ」の件には,違和感があります。「あめを1人に3個ずつ5人に配ったときのあめの個数は?」(2~3年生向けに言葉や漢字を変更することとして)を問えば,学校でかけ算をきちんと学んで理解している子どもたちも,とりあえず教わったという子どもたちも,「3×5」という式を立てることが予想できます。
 2種類の理解度を区別するには,例えば「あめを5人に3個ずつ配ったときのあめの個数は?」と問うべきです。きちんと学んで理解している子どもたちは(そして上記引用から読み取れる著者の期待としては)「3×5」,とりあえず教わったという子どもたちは「5×3」と立てることになるだろう,というわけです。
 この本の外で,関連する情報をいくつか挙げておきます。「5人に3個ずつ」の出題事例については,かけ算の順序を問う問題 - わさっきで整理を試みています。2017年にPDFで公開された『小学校学習指導要領解説算数編』にも,「4皿に3個ずつみかんが乗っている」の形で記載があります。
 「1人に3個ずつ5人に」の形と「5人に3個ずつ」の形の文章題の両方に答えさせ,分析を試みている研究は,https://ci.nii.ac.jp/naid/40016569351より公表されています(本文の電子版はありませんが)。2008年のことです。
 「かけ算の順序」を批判する立場の人々が,文章題を例示したのはいいけれど後に訂正することになった,というのを2例,把握しています。メインブログと当ブログで1つずつ,記事にしています。

 「かけ算の順序」やそれに類する語を使用することなく,小学校の教育の状況や,望ましい理解のあり方を語る中で,文章題の例示が適切でないのを見たのは,今回が初めてでした。「テレビで話題になった」の裏取り*2を著者・編集者がしていればと思うと残念な気持ちです。

*1:是認するだけでなく,p.214では「ただし,小学校算数の区分で量というのが見えなくなってしまったのは,算数科のなかで数学化する以前の重要な段階であり懸念される.」として批判も入れています。

*2:とはいっても,放映された番組や放送局,日付を本に記載せよ,と要求するわけにもいきません。書かれても検証が困難ですので。