かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

割合モデルは淘汰されたのか~数直線モデルとの比較を通して考える

 吉田甫氏は2003年に出版した論文および著書において,「割合モデル」を提案しています。以下の図です([吉田・河野2003] p.113)。

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 しかし現在,このモデルが算数で活用されているようには見えません。論文・著書を現在の視点でとらえ直すと,このモデルは,淘汰されたとみなして差し支えなさそうです。割合モデルの利用の困難さを整理するとともに,小学5年の算数で学習する「割合」についての留意点を見ていくことにします。
 なお本記事は,先月27日にhttps://twitter.com/takehikom/status/989603261228302336より開始した一連のツイートを整理したものです。ツイートの内容から見解を変えたところもあります。


 吉田氏の著作として,読んだのは次の2つです。

  • [吉田2003] 吉田甫: 学力低下をどう克服するか―子どもの目線から考える, 新曜社 (2003).
  • [吉田・河野2003] 吉田甫, 河野康男: インフォーマルな知識を基にした教授介入:割合の概念の場合, 科学教育研究, Vol.27, No.2, pp.111-119 (2003). https://ci.nii.ac.jp/naid/110002705910

 一方の文献を指すときに「[吉田2003]」「[吉田・河野2003]」と表記します。なお,[吉田・河野2003]についてはJ-STAGEより論文PDFが無料でダウンロードできます。
 割合モデルの前に,「割合」と「公式」の語句が,算数教育で想定されているものと一部異なっていること,より踏み込んで言うと,学校での授業を通じて学ぶことから少し離れていることを,述べておきます。
 [吉田2003]のp.125で「割合の公式は(略)[割合=比べる量÷基にする量]」とし批判をしています。これを公式として,授業で活用してきたであろうことの判断は留保するとして,「公式」について,現在(そして当時も)の算数で,何を目指しているかは,明確に異なります。
 参照するのは,全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)です。算数は6年生の児童が4月に解答し,その出題内容は第5学年までの学習事項からとなっています。割合や,小数の乗法・除法の問題は,毎年出題されていますが,解説資料や報告書を読む限り,「割合=比べる量÷基にする量」などを「公式」としているわけではないのです。
 報告書に「公式」の文字があるのは,平成29年度の算数B大問1(3)のところです。そこでは学習指導要領に記載の「公式についての考え方を理解し,公式を用いること」を踏まえ,出題場面を「きまり」として説明することを出題しています*1
 [吉田2003]が出た当時の指導に関して,1999年発行の『小学校学習指導要領解説算数編』*2を見ると,第4学年の「公式」では以下のとおり書かれています。同じ趣旨の記述は、現行・次期の解説にも入っています。

 この学年では,具体的な数量の関係を公式の形にまとめるなど,数量の関係を式に表したり,その式をよんだり用いたりすることができるようにする。ここでの公式とは,ふつう公式と呼ばれるものに限らず,具体的な問題で,立式するときに自然に使っているような一般的な関係を言葉でまとめて式で表したものも指している。(以下略)

 ここまでについて,一つの見方はこうです。[吉田2003]が出されるより前から,「公式を覚えて適用すること」からの脱却が図られてきたのです。
 なお,[吉田2003] [吉田・河野2003]とも,対象とする「割合」が,百分率を用いた関係であり,例題の大部分が「部分と全体の関係」であることにも,注意が必要です。『小学校学習指導要領解説算数編』で読むことのできる事例や,全国学力テストの出題例では,しばしば,割合は百分率や「~倍」に限ることなく,「0.4m」をはじめ具体的な量(無次元量でないもの)に含まれています。


 それでは,吉田氏が提案してきた「割合モデル」の検討に入ります。「割合モデル」を再掲します。[吉田2003]ではp.162に載っています。

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 この図を単体で見たときに,戸惑いを感じました。「比べる量」が「基にする量」に,すっぽり収まっているのです。論文・著書のいずれにも,100%を超えてもよいことを書いていますが,それよりも気になるのは,左端が揃っていない点です。1年で学ぶ「長さの直接比較」,具体的には「一方の端を揃えることにより,反対側の端で長さの大小で比べることができる」と,適合しないのです。
 揃えていないと,例えば比べる量が,基にする量の「100%」という状態を描くときに少々難儀します。「比べる量」の網掛け部分を右に伸ばすとして,どこまででしょうか。基にする量と同じ長さにするよう,少しはみ出すのでしょうか。他の人がそれを見て,「100%」だと,思ってくれるでしょうか。
 上で「部分と全体の関係」と書きました。例えば[吉田2003]のp.127にある,「基にする量」「比べる量」「割合」を識別するための3つの文章題は,いずれも該当します。しかし,[吉田・河野2003]の事後テスト(p.114)に見られる,「さとる君の身長は,まさし君の身長の130%です」のような,一人の体にもう一人を入れるというのができない対象には、適用しにくいようにも見えます。
 他のモデルで,百分率を用いた割合の場面にも,そうでない小数のかけ算・わり算の場面にも,適用可能なものとして,「数直線モデル」があります。平成29年度の全国学力テスト出題例,および二重数直線の文章題への適用について,関心のある方は以下をご覧ください。

 その数直線は,「二重数直線」「比例数直線」「複線図」と呼ばれることもありますが(例えば,http://www.kyoiku-shuppan.co.jp/textbook/shou/sansu/files/1934/25/H27_suchokusen.pdf),全国学力テストや『小学校学習指導要領解説算数編』では単に「数直線」です。数直線モデル(の小数の乗除算や割合への適用)は事例が豊富で,『数学教育学研究ハンドブック』では第3章§2(演算の意味・手続き)で取り上げるとともに,数直線に関する1990年代後半の文献がいくつか,参考文献に記載されています。

数学教育学研究ハンドブック

数学教育学研究ハンドブック

 日本限定というわけではなく,以下の文献で,ある海外文献の図を取り上げています。

 そこには,二重数直線と同等のものも見られます。日本のスタイルでは,線を2本引きますが,その代わりに,1本の線の上下に,具体的な量と割合を記すというほか,「帯図」という名称で,帯グラフに基づく図にしています。いずれにおいても,「基にする量」と「比べる量」とで,左端を揃えています。一例として,p.166の図8を取り出しておきます。「40」「100%」などのコンピュータ生成の字体と,「24」「60%」「75%」などの手書きが混在していますが,数量の関係をとらえるのも,関係を式で表すのも,難しくありません。

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 日本に話を戻して,1本の線の上下に,具体的な量と割合を記すのは,中学受験のための算数や,小学校教師経験者が紹介する中にも見られます。2件にリンクしておきます。

 さて,[吉田・河野2003]は査読付きの論文となっているので,学術的な意義はあると言っていいのですが,追試する人が見当たらないのが残念なところです。
 実践に携わるところからの引用は,なされています。Webの検索により,以下の文献が見つかりました。[吉田・河野2003]を引用し,本文には「割合モデル」の図を見ることもできます。

 しかしいずれも「これまでに,割合モデルというのが提案されている」というとらえ方であり,そのモデルを用いて自分でも授業や評価を行ったわけではありません。例えば[山口2006]では,割合モデルの適用の難しさを述べたのち,それを修正したものとして「割合メーター」を提案し,授業で使用しています。

 割合を視覚から捉えさせ,イメージの手助けとするため,割合を図示化したものを用いることとする。
 その一つとして,吉田・河野(2003)の提案する割合モデル(図1)について述べたが,この割合モデルは,量としての割合を感覚的に捉えることはできるが,文章題において,問題文中の数量関係を割合として捉えることはできない。
 そこで,割合モデルに,もとにする量,比べられる量,割合の数値と,もとにする量に対応する1を書き加えた割合メーター(図2)を単元全体を通して使用することとする。
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 割合メーターもまた,二重数直線と同等と言わざるを得ません。
 上の引用のうち「文章題において,問題文中の数量関係を割合として捉えることはできない。」については,『数学教育学研究ハンドブック』第3章§2の記述とも関連します。この本のp.77では,数直線の教育的な役割を5項目挙げていますが,そのうち「③計算の仕方を導くことができる」は、割合モデルでは達成しにくいのです。数直線モデルなら,2つの量の間に矢印を入れて「×1.3」「÷0.6」などを書くことで,何は何の何倍かなどを図上で表現できます。
 淘汰の結果,数直線モデルが『小学校学習指導要領解説算数編』や,教科書や,全国学力テストに採用されてきたと,断言してよいのかは,分かりませんが,[吉田2003]および[吉田・河野2003]のいずれにおいても,数直線モデルと比較した跡が見られず,逆に『数学教育学研究ハンドブック』の第3章§2に加えて§4(量と測定・割合)にて,吉田氏の著書・論文が引用されていないのは,今回調べてみて気になったところです。
 数直線モデルとの比較に関して,[吉田2003]のp.126に描かれた絵を見ておきます。

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 「比べる量」「基にする量」「割合」を吹き出しにして困っている子どもと,帯図が描かれています。この帯図も,二重数直線と見なしてほぼよいのですが,算数で使われてきた二重数直線と1点,違いがあります。「1」(百分率については「100%」)がどこになるかが,明示されていないのです。
 「1」の欠落は,[吉田2003]および[吉田・河野2003]より前に検討され実践されてきた数直線モデルについて,関心が払われていなかった状況証拠であると,見なすことができます。そして「比べる量」「基にする量」「割合」の3つで関係をとらえるのは,[Nesher 1992](http://books.google.co.jp/books?id=Vyl42R9JV1oC&pg=PA189)で述べられている"three-place relation"であると,解釈することもできます。そこに「1」を入れれば,"four-place relation"であり,二重数直線はこちらに属します。昨年,速さに関して取り上げました。

 査読付き論文になったモデルを批判するのが,楽しいわけではありません。提案されたモデルはどのような対象に適用できる(できない)だろうか,そのモデルは何に基づいているのか,その後どのように活用されているのか(いないのか)に関心があり,まずはツイートを行い,さらに得た情報をもとに,この記事にしてきました。


 割合と別に(ただし密接に関係するのですが),[吉田2003]のp.69で「一般には等分除より包含除のほうがかなり困難な課題である」と書かれているのを見て驚きました。この文に関しては,出典が見当たらず,この本以外で個人的に読んできた見解と逆でした。参照可能なものを,箇条書きにしておきます。

  • 高橋裕樹: 比の三用法を伴う小数の乗法及び除法における子どもの知識の構成過程について, 上越数学教育研究, No.18, pp.101-110 (2003). http://www.juen.ac.jp/math/journal/files/vol18/takahashi-y2003.pdf
    • 「Takahashi et al. (1993)は,整数の除法の理解についての調査を実施し,包含除よりも等分除の理解が困難であることを統計的に示した。整数の等分除の難しさは,分けるための単位がその場面に示されていないところにある(熊谷, 1998)。」
  • 佐藤俊太郎: 子どもにおける除法概念の発達について, 福島大学教育実践研究紀要, No.4, pp.101-110 (1983). http://hdl.handle.net/10270/1758
    • 「包含除の方が等分除よりも易しい」
  • Anghileri, J. and Johnson, D. C.: "Arithmetic Operations on Whole Numbers: Multiplication and Division", Teaching Mathematics in Grades K-8, Longman Higher Education, Allyn and Bacon, pp.146-189 (1988). asin:0205110762
    • 「Zweng (1964) found that children can understand the "measurement" (repeated subtraction) concept of division more readily than the "partition" (sharing) concept.」
  • Zweng, M. J.: "Division problems and the concept of rate: A study of the performance of second-grade children on four kinds of division problems", The Arithmetic Teacher, Vol.11, No.8, pp.547-556 (1964).
    • 「measurement problems were found to be easier for children than partitive problems」

 吉田氏の等分除・包含除の解説,ひいては[吉田2003]そのものを,否定したいというわけではないのですが,1冊の記載内容を鵜呑みにするわけにはいかないなというのを、「一般には等分除より包含除のほうがかなり困難な課題である」の文から感じたのでした。

*1:正答例は「カードの差に9をかけると,2けたのひき算の答えになります」であり,式ではありません。これは「このきまりを,言葉と数を使って書きましょう」という出題だからで,式にするなら「カードの差×9=2けたのひき算の答え」と表せます。「2」から始まる言葉の式は都合が悪いので,避けたのでしょうか。

*2:isbn:4491015503