かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

かけ算の構造その2:構造とは何か,そして文献整理

 「かけ算の構造」または「乗法構造」とは何かを,自分の言葉で説明してみると,次のようになります。小学校で学習する,a×b=cという形のかけ算の式において,a,b,cにはそれぞれどのような役割があるのか,ということです.
 ここでaをかけられる数,bをかける数としなかったのは,小学校の算数の範囲でも,そうでない種類のかけ算が想定できるからです。具体的には,長方形の「縦×横」をはじめとする面積や,柱体の体積の公式である「底面積×高さ」が該当します。
 2つの因数および積の役割に加えて,その関係性が,「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」にとどまることなく,他のどんな場面・出題にも適用できるかというのも,無視できない要素となります。
 上記に関して,「構造」の語を使用している,知る限り最も古い情報源は,1965年の座談会が活字になったものです。量,比の3用法―1965年の座談会より - わさっきから,取り出しますと,中島健三が「比の用法は複雑だというご意見ですが,乗法・除法の適用の場を構造として捉えると,あのような形にまとめられるということです。」と発言している箇所です。かけ算の式は出ておらず,発言者は,構造とは何かを明示していませんが,「比の用法」は,「割合の3用法」*1といった呼び名に変わり,現在も活用されています*2
 「乗法・除法の適用の場を構造として捉える」に関しては,Greerによる分類表が知られています。Greerによる,乗法・除法が用いられる場合 - わさっきで和訳を試み,かけ算・わり算でモデル化される場面では画像にしました。特徴としては,「3用法」に対応づけられる,かけられる数とかける数の区別のあるかけ算と,そういった区別のないかけ算が,念頭に置かれていることです。「さらが 5まい」から始まる,りんごの文章題は,Equal groups(同等のグループ)に分類されます。「縦×横」はRectangular area(長方形の面積)なのに対し,「底面積×高さ」は,2つの因数と積がいずれも異なる種類の量である点に注意すると,Product of measures(量の積)の事例と考えるべきでしょう。なお,https://books.google.co.jp/books?id=oVlHAAAAQBAJ&pg=PA934#v=onepage&q&f=falseより読めるBrian Greerのプロフィールの中に,second phase(1983-1996年)の活動の最初の項目としてmultiplicative structureが挙げられています。
 その1で記したVergnaudの「Multiplicative Structures」について,かけ算と構造 - わさっきにて「かけ算の順序」に焦点を当て,取り上げていました。そこで参考文献として挙げた[柏木2011]は,現在はデッドリンクですが,http://repository.lib.tottori-u.ac.jp/3498より論文を無料でダウンロードでき,乗法構造や概念領域(conceptual field)について,詳しく解説されています。
 他に「構造」と明記された,関連しそうな記載を,簡潔に並べておきます。

  • 『授業に役立つ算数教科書の数学的背景』*3 p.10(執筆者は小原豊):算数・数学の問題解決を乗法構造という立場から特徴づけて捉えるベルニョの見解によれば...
  • 「比の学習における小学生による説明と式の利用」*4 p.1:乗法構造は重要な学習内容であるにも関わらず、学習者の理解が十分ではないという状況は近年においてもあまり改善されてきていないように見受けられる...
  • 「かけ算の導入」*5 p.50:これは,一つ分が明示的でない場合に,自分で一つ分を設定し,場面を(一つ分の大きさ)×(幾つ分)として構造化し,表現することを経験するもので...

 また,現行と次期の『小学校学習指導要領解説算数編』を読み比べると,「かけ算の構造」と関連する「構造」の使われ方があるのに気づきました。それぞれの解説は,以下よりPDFファイルが入手できます。

 PDFのビューアで検索した限り,現行の解説での「構造」の出現は,「「算数的活動を通して」...が目標の全体にかかっているという基本的な構造」と「十進構造」の2箇所のみです。次期解説では「算数的活動」がなくなった(数学的活動に取ってかわった)一方で,改定の経緯の最初の段落に「社会構造や雇用関係は大きく,また急速に変化しており」とあります。また学年の目標および内容の中に「十進構造」を見ることができます。これらについては同等と言えます。
 新たな「構造」の使われ方は,次の2つです。まず第2学年,加法と減法の相互関係で,「...数量の関係がつかめないときや,解決の仕方が分からないときには,問題場面に沿って図に表すことで問題の構造がつかみやすくなったり,正しい計算を見いだしたりすることなどを確認し,図という数学的な表現のよさに気付かせることが大切である。」とあります。もう一つは第3学年の目標で「身の回りの数や数量の関係への関心を高め,数についての感覚を一層豊かにするとともに数の大きさや構造に着目して表し方を考え,日常生活に生かせるようにする。」という文です。
 いずれも直接的に,「かけ算の構造」を指すものではありませんが,Vergnaudは「Multiplicative Structure」に先立ち,additive structure(たし算の構造)に関する解説をフランス語で作成していますし,第3学年では例えば「20×4」を,累加とは別の方法で計算できる*6ことを学んでから,23×45などの計算に活用することになります。


 日本科学未来館で開催の,「デザインあ展 in TOKYO」で,Structureと書かれた看板が,吊り下げられていました。
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 とはいえその展示の英語の解説には,structureの語を見かけず,代わりに使用されていたのは「parts」でした。
 部分と全体の関係,そして「構造(しくみ)」を意識しながら,モノづくりではなくヒトづくりとなる教育について,今後も動向を見守ることにします。

*1:http://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/sansu/WebHelp/05/page5_23.htmlで見ることのできる式は「p=A÷B」「A=B×p」「B=A÷p」で,このときAとBは同じ種類の数量となるのに対し,割合のpは無次元量として扱われます。

*2:https://ci.nii.ac.jp/naid/120006466709の「機関リポジトリ」ようり入手可能な論文では,小学校学習指導要領解説算数編(前半)を引用の上,「この三つの関係性は,割合の三用法として知られている」と記しています。ただし引用した文献(PDF)で「用法」を検索しても見当たりません。

*3:isbn:9784491029641

*4:http://hdl.handle.net/10513/2146

*5:http://ci.nii.ac.jp/naid/110007994852

*6:累加だと,20×4=20+20+20+20=80です。他の方法というのは,20を,10が2つとみていったん10を除外し,2×4を計算したあと,10倍します。あえて式で表すと,20×4=10×2×4=10×8=80ですが,このような式変形を小学校で学習するわけではありません。