かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

整除と類別,2の倍数と偶数

 「小学校の算数において,0は偶数だけれど,2の倍数には入れない」件を見直します。はじめにこれまでの情報の整理です。自分が手がけたものではないのですが,以下のページがもっとも分かりやすいと思います。

 当ブログでは2017年の7月から8月にかけて,いくつか記事を書きました。

 一連のツイートを行ったのは,2017年6月,新しい『小学校学習指導要領解説算数編』の最初のバージョンが出て数日後のことでした。

 2018年の出版物として,『算数教育指導用語辞典』の第五版は,第四版と同じ内容でした。算数教育指導用語辞典 第五版を読んだより,該当箇所を書いておきます。

 [2] 倍数・約数
 整数の集合を考察する立場としては,ある整数でわったあまりに着目して類別して考察する場合と,整除性に着目して考察するする場合との二つがある。整数を倍数,約数といった観点から考察するのは,後者の立場である。
 倍数・約数は,分数の約分や通分の際に用いられる大切な内容である。
 (1) 倍数
 ある整数の倍数は,次々に幾つでも作られるという性質がある。例えば,3の倍数は3,6,9,12,15,18,21……というように無限に続くことになる。
 なお,小学校では0を偶数としては扱うが,発達段階からみて指導上に困難点があるので,0をある整数の倍数として扱うことはしていない。0を整数nの倍数としてみるのは中学校である。

 倍数を考える際には0を対象としないと読み取れる情報が,昭和33年改訂の小学校学習指導要領に入っていました。http://www.nier.go.jp/guideline/s33e/chap2-3.htmの第5学年の指導上の留意事項,「倍数,約数の指導は,分数の計算に必要な程度にとどめること。」です。数学的に0は2の倍数かつ3の倍数だからといって,3分の2は,0分の0だとするわけにはいきません。
 なお,昭和43年改訂(昭和46年施行)の小学校学習指導要領では,http://www.nier.go.jp/guideline/s43e/chap2-3.htmによると,留意事項(いわば補足)ではなく内容(メインで指導すること)に入り,表現が「簡単な場合について,倍数,約数などについて知ること。」に変わっています。この「簡単な場合について」というのは,桁数の多い数に関する倍数や約数を学習する(公倍数・公約数を計算できる)のを除外すると解釈もできますが,昭和33年の内容と比較すると,表現を変えたとはいえそこでも,倍数・約数を考えるにあたって0を対象としないことを,暗に含んでいるように思えます。


 出版物やWebの情報発信から少し離れ,整除,偶数そして倍数に関して,2項演算および単項演算との関連性を考えてみます。
 2項演算と単項演算の違いは,たし算やかけ算にも現れます。かけ算なら,「5と3をかけると15(5×3=15)」のように,2つの因数について自由に(小学校算数の場合は0を含む整数の範囲で)値を変えることができます。これが2項演算です。それに対し,「1に3をかけると3(1×3=3),2に3をかけると6(2×3=6),…,5に3をかけると15(5×3=15)」という見方もできます。この場合,「に3をかける(×3)」が固定され,かけられる数を3倍して,かけ算の答えを得るということになります。かける数のほうは固定し,かけられる数だけが可変なので,単項演算となります。かけられる数のほうを固定し,かける数を変えることもできます。被乗数固定は,2年で何の段として学習する際に活用されます。
 かけ算を2項演算と見る場合,「5と3をかけると15(5×3=15)」と「3と5をかけると15(3×5=15)」とは同等となります。それに対し単項演算においては「5に3をかけると15(5×3=15)」と「3に5をかけると15(3×5=15)」とは概念的に異なる*1ものになります。
 わり算について,5÷3と3÷5を同一視するわけにはいきません。ですが「比」は,2項演算と単項演算を考えることができます。「酢とサラダ油の量は3:5」*2と書くのが,2項演算の見方です。2つの値を自由に変えられるほか,「サラダ油と酢の量は3:5」と書くこともできます。
 この酢とサラダ油の体積比に関して,サラダ油を基準として,酢はどのくらいの割合になるかを考えることもできます。3÷5=0.6と計算したとき,サラダ油1に対して,酢をその0.6倍の量にすれば,同じ配合になるというわけです。3÷5=0.6は3:5の比の値と呼ばれます。酢を基準としたときの,サラダ油の割合は,異なる数(逆数)になります。
 整除は,素朴には「aがbで割り切れる」と定義されます。これについて,2つの数をとりますが,加減乗除と異なり,整除の結果は「割り切れる」または「割り切れない」,ですので真偽値です.整除は2項演算というよりは2項関係と捉えるのが自然ですが,wikipedia:二項演算ではベクトルの内積を例に,「2変数の写像f:A×B→Cを形式にこだわらずに二項演算とか積などと呼ぶ場合もある」と述べられており,整除も同様に扱うことにします(AとBは整数全体の集合,Cは例えば{T, F})。「割り切れる」ための十分条件として,bが0のときにも扱えるよう,「a=kbを満たす整数kが存在する」と書くこともできます。小学校の算数なら,a,b,kには具体的な数を入れた上で,「a=b×kと表される」となります。
 整除をもとに偶数を定義するには,b=2に限定します。1は2で割り切れないので,偶数ではありません。2は2で割り切れるので,偶数です。3は2で割り切れないので,偶数ではありません。4は2で割り切れるので,偶数です…として,まずはすべての正整数について,偶数かそうでない(奇数)かを判別できます。0に関しても,0は2で割り切れるので,偶数とです。負の数も同様に奇偶判定ができます。一つの値を固定して,他方の値を任意に変えるというのは,単項演算の見方となるわけです。
 ところでbは,他の定数にもできます。実際,b=3とすると,整数全体を,3で割り切れるか,1余るか,2余るか,という3種類に分割することができます*3。このことに関連する用語は「剰余類」です。この語は,小学校の算数では学習しませんが,かわりに『算数教育指導用語辞典』や『小学校学習指導要領解説算数』に出現するのは「類別」です*4
 かけ算では,2項演算の一つの因数を固定することで,単項演算を考えました。整除から偶数(や剰余類)を考えるのも同様でした。それらは,2年で学習するかけ算や,5年で学習する偶数・奇数について,(数学的背景のもとで)定義する方法の一つであり,それに従う必要がない点にも注意したいところです。2+2+2=6というたし算(累加)の考え方は,かけ算にも,偶数かどうかの判定にも,活用できます。

*1:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140924/1411511070より:「手続きbとcの間には強い非対称性がある.それらは,乗法の交換法則によって数学的には等しいかもしれないが,概念的には同一ではない.」

*2:関連:http://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/sansu/WebHelp/06/page6_08.html

*3:関連:https://twitter.com/flute23432/status/1051811919080783872

*4:ただし「類別」は,「ある整数でわったあまりに着目」以外にも考えることができ,例えば(0以上の)整数を,「素数」と「合成数」と「素数でも合成数でもない数」に類別することもできます。数直線を使うと,奇数・偶数や剰余類は,規則正しく表現できますが,素数についてはそうはいきません。