かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

りんごの問題,同数累加,ペアノの公理

これだけは知っておきたい 小学校教師のための算数と数学15講

これだけは知っておきたい 小学校教師のための算数と数学15講

 「大学の小学校教員養成課程における算数科の教科専門科目の講義を想定して,全15講構成としている」(はしがき p.ii)とのこと。そして第2講は,「乗法と除法」で,最初のページ(p.11)の下半分に,図2-1として,論争でよく見かける話と,皿にりんごが乗った状態の図が,箱で囲まれていました。*1

「皿が全部で4まいあります。1まいの皿にりんごが3個ずつのっています。全部でりんごはいくつあるでしょう。かけ算の式を用いて答えなさい。」
このかけ算の問題に対して,次のように児童が解答した。
  さらが4枚あり,それぞれに3個ずつリンゴがのっているから
  4×3=12
  答え:りんごは全部で12個ある

 次のページの解説から,主要なところを抜き出します。「4枚に3個ずつ」に対し「4×3」の式は間違いであり指導すべき,といった立場をとっているわけではないものの,その指導に理解を示している書き方です。

 このように問題文に出てくる値の順にかけ算の式をつくる児童が少なくない。また,日本の小学校教師は,この児童の解答を正しくないと通常判断するようである。なぜなら(1つ分)の数が決まっていて,その(いくつ分)かにあたる大きさを求める場合に,かけ算として(1つ分)×(いくつ分)を用いることが,かけ算の意味とされているからである。それゆえ,このように解答した児童は,かけ算の意味がわかっていないと判断される。4×3=12は,4+4+4=12の簡潔な表現であるから,図で表された状況と合致していない。ところが,ヨーロッパやアメリカといった英語圏の西洋諸国では,4×3=12が正解となり,3×4=12では間違いとされると,かつてインターネット上で論争になったことがある。(略)
(p.12)

 日本では,かけ算は小学校第2学年において同数累加として意味づけられる。3×4=12は,3+3+3+3=12の簡略化した表現であるという考え方を「同数累加」という。(略)つまり同数累加の意味にもとづけば,このかけ算の式において,被乗数3と乗数8にはそれぞれ異なる意味づけがなされることになる。被乗数と乗数のそれぞれ異なる意味指導に注意を払うのは,小学校算数科では具体的な場面での意味をひろげていく中で,かけ算の具体的な意味が拡張されていくからである。また,「式」を指導するにあたって,単に計算の結果だけではなく,状況を表現する優れた数学的な表現である式のよさを,低学年から伝えたいからという意図もある。
 したがって,図2-1の解答に対する評価は,数量に対して,かけ算の式を考える場面では,被乗数と乗数の意味を理解しているかを評価することが求められるが,結果を求める式や,その数がどんな数を表すかをみる場面では,3×4でも4×3でも同じ結果を表しているから,よいことになる。
(pp.12-13)

 とはいうものの,りんごの文章題で「4×3」を正解と主張する根拠の一つに「トランプ配り」があり,これは同数累加で説明がつきます。かけ算の順序論争について(日本語版) - わさっきhbのA-2が該当します。
 文章はその後,第1講で取り上げられたペアノの公理に基づいて,a×1=1×a=aおよびa×b'=a×b+aにより定義し話を進めていますが,この定義は(解説のつかない小学校学習指導要領の算数に書かれた)「乗数が1ずつ増えるときの積の増え方」と密接に関係していることへの言及はなく,「りんごの場面→同数累加→数学的背景」という,著者らの想定する流れで話が進んでいきます。
 6×4のアレイ図(図2-3, p.15)について,「2×4+4×4」「3×4+3×4」では乗除先行に注意しないといけない(それらの式は2年では非推奨)し,後者の式は「3×4×2」を推したいところです。-12を5でわるときの商とあまり(p.21)に関して,「a÷b=qあまりr,0≦r<|b|」を「わり算の定理」と書くのには違和感があります。
 あとは他のページをざっと見たところでの印象を書いておきます。数学寄りの内容と思いつつも,比例数直線(2本の数直線)は第2講のみならず,あちこちに出現します。「はじき」「きはじ」「みはじ」の図が第8講(単位量あたりの大きさ)の最初にありますが,読んでいくとその利用には批判的な内容でした。「中島」を本文中にときどき見かけ,ある講では中島健三『算数・数学教育と数学的な考え方』の1981年出たほうを参考文献に挙げていました。第8講 参考文献の「中島健三(1997)『算数教育50年―進展の奇跡』東洋館出版社.」について,Amazonで検索しても該当なしでした*2

*1:「りんご」と「リンゴ」が両方出現するのは原文ママです。関連:『江戸しぐさの正体』p.197; 『算数教育指導用語辞典 第五版』pp.20-21。

*2:CiNii 図書やGoogle ブックスにはありました。https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA71638831 https://books.google.co.jp/books/about/%E7%AE%97%E6%95%B0%E6%95%99%E8%82%B250%E5%B9%B4.html?id=k0uwAQAACAAJ&redir_esc=y