かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

もしも,カッコがあったら...

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 教育出版『小学算数 4上』(isbn:9784316202846),平成27年度採用の算数教科書のp.89からです。左から右へ見ていく,四コマ漫画となっています。最も左のコマでは,クッキーの数を表す式を「4+2×3」とし,その次では乗除先行(「×や÷は先に計算するね。」の吹き出し)により,計算結果は10としています。3番目は起承転結の転にあたり,「もしも,( )があったら...」として「(4+2)×3」という式を考え,最後のコマでその計算結果は18,そしてクッキーの状況は6個ずつ3パックの絵から,「式の意味が変わるね。」「クッキーもふえるといいな」というオチになっています。
 教科書の外に,この話の流れの典拠を探すなら,まずは(解説のつかない)小学校学習指導要領の算数のところでしょう。現行であれば,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/san.htmより読むことができます。第4学年のD 数量関係,「(2)数量の関係を表す式について理解し,式を用いることができるようにする。」と,直後の「ア 四則の混合した式や( )を用いた式について理解し,正しく計算すること。」が最も関連します。
 しかしこの記述では,4+2×3や(4+2)×3という式について,クッキーの個数の状況が異なることについては,関心が向けられていません。
 次期の(解説のつかない)小学校学習指導要領の算数では,記述が変わっていました。「問題場面の数量の関係に着目し,数量の関係を簡潔に,また一般的に表現したり,式の意味を読み取ったりすること。」となっています。平成29・30年改訂 学習指導要領、解説等:文部科学省よりPDFファイルがダウンロードできます*1
 次期算数から,「式に表す」「式を読み取る」を含む項目を,抜き出してみました。Aは「数と計算」という領域を表します。

  • 第1学年 A (2) ア (イ) 加法及び減法が用いられる場面を式に表したり,式を読み取ったりすること。
  • 第2学年 A (3) ア (イ) 乗法が用いられる場面を式に表したり,式を読み取ったりすること。
  • 第3学年 A (4) ア (イ) 除法が用いられる場面を式に表したり,式を読み取ったりすること。
  • 第4学年 A (6) イ (ア) 問題場面の数量の関係に着目し,数量の関係を簡潔に,また一般的に表現したり,式の意味を読み取ったりすること。
  • 第6学年 A (2) イ (ア) 問題場面の数量の関係に着目し,数量の関係を簡潔かつ一般的に表現したり,式の意味を読み取ったりすること。

 上記の箇条書きに対応する,現行の記述も,抜き出してみました。Dは「数量関係」の領域で,次期では消滅しました*2

  • 第1学年 D (1) 加法及び減法が用いられる場面を式に表したり,式を読み取ったりすることができるようにする。
  • 第2学年 D (2) 乗法が用いられる場面を式に表したり,式を読み取ったりすることができるようにする。
  • 第3学年 D (1) 除法が用いられる場面を式に表したり,式を読み取ったりすることができるようにする。
  • 第6学年 D (2) 数量の関係を表す式について理解し,式を用いることができるようにする。
  • 第6学年 D (3) 数量の関係を表す式についての理解を深め,式を用いることができるようにする。

 さらに前,平成10年度告示の小学校学習指導要領の算数も,http://www.nier.go.jp/guideline/h10e/chap2-3.htmより抽出しました。「読み取ったりすること」ではなく「よんだりすること」となっているほか,文字を用いた式を算数で扱わなかったこともあり第6学年には関連する記述が見られません。

  • 第1学年 A (2) ア 加法及び減法が用いられる場合について知り,それらを式で表したり,その式をよんだりすること。
  • 第2学年 A (3) ア 乗法が用いられる場合について知り,それを式で表したり,その式をよんだりすること。
  • 第3学年 A (4) ア 除法が用いられる場合について知り,それを式で表したり,その式をよんだりすること。また,余りの意味について理解すること。
  • 第4学年 D (2) 数量の関係を式で簡潔に表したり,それをよんだりすることができるようにする。

 こうして並べてみると,現行の要領の高学年では「式に表す」「式を読む」の観点が弱くなっているように見えます。次期では,「式の意味を読み取ったりすること。」で低学年も高学年も統一させています。低学年では「式に表したり」,高学年では「数量の関係を...一般的に表現したり」となっているのは,本質的な違いではないように思います*3
 「読み取ったりすること」は,現行の小学校学習指導要領解説算数にも出現します*4。「四則の混合した式や( )を用いた式は,前学年までにも指導してきているが,一つの数量を表すのに( )を用いることや乗法,除法を用いて表された式が一つの数量を表したりすることを確実に理解できるようにすることが主なねらいである。このことについて,いろいろな場面や問題で式に表したり,式から場面や一般的な関係を読み取ったりすることを通して,理解できるようにしていく。」のところです。次期解説にも,同一の記述があります。
 何度か「一つの数量」という表記が出現します。冒頭の4コマ漫画に当てはめると,クッキーの総数の式として「4+2×3」と書いた場合,2×3は,1皿に2個ずつ乗ったクッキーが3皿あることに対応します。転のコマの「(4+2)×3」において,4+2は,4個のクッキーと2個のクッキーを合わせた数で,これを一つ分と見なして,「×3」により3つ分あると解釈できます。
 転・結のコマを表す式として,もし,「4+2×3」と書いたら,2×3が先に計算されるし,意味(クッキーの数量の関係)も変わることになります。一方,起・承のコマの式を「4+(2×3)」と書いたとき,意味は変わりませんが,こういうときはカッコはいちいち書かないという,算数・数学の慣例をここで学習し,取り除くのが自然だと言えます。
 このまとめを含む「式と計算」の単元に関して,教育出版『小学算数 4上』で,かける順序を逆にする文章題が入っていました。それはp.86で,「5まいのふうとうに90円切手と20円切手を1まいずつはりました。切手代は全部で何円になるでしょうか。」です。けんじさんとゆみさんが,式をそれぞれ吹き出しにしていて,順に「(90+20)×5」と「90×5+20×5」です。「5×」ではありません。
 それらの式の中で,「90+20」「90×5」「20×5」という部分式*5が,どんな数量を表しているかを読み取ることもできます。教科書では「2人の考え方を説明しましょう。」という出題だけにしています。

*1:「問題場面の(略)読み取ったりすること。」はhttp://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/09/05/1384661_4_3_2.pdf#page=79より見ることができます。

*2:ただし,そこで書かれていた大部分がAの領域に移動し,内容面での減少というのはほとんど見られません。

*3:「問題場面の」は不可解です。算数以外を含む小学校学習指導要領のPDFファイルで機械検索を試みても,出現するのは今回書き出した2箇所だけです。

*4:http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/16/1234931_004_2.pdf#page=98

*5:プログラミングである文字列から部分文字列(文字列の一部)を取り出すことや,項書換え系において項の一部(部分項,subterm)に着目することとも,関連します。