啓林館算数教科書『わくわく算数4下』(isbn:9784402055165),「小数×整数,小数÷整数」の単元の最後の文章題(p.55)です。問題文を文字にしておきます。
- 7.5mのロープがあります。
- (ア) 2等分すると,1本分の長さは何mになりますか。
- (イ) 2mずつに切ると,2mのロープは何本できて,何mあまりますか。
式を立てて求めるとなると,(ア)も(イ)も,「7.5÷2」です。
しかしその後は異なります。(ア)では「7.5÷2=3.75」となって,「答え 3.75m」です。一方,(イ)は,「7.5÷2=3あまり1.5」で,「答え 3本できて1.5mあまる」となります。
これと同様の問題は,メインブログで検討済みです。
その記事で作成した表を,今回の(ア)と(イ)に当てはめてみます。編集の都合上,(イ)であまりの長さは答えの対象外としています。
(ア) | (イ) | |
---|---|---|
問題文 | 7.5mのロープがあります。2等分すると,1本分の長さは何mになりますか。 | 7.5mのロープがあります。2mずつに切ると,2mのロープは何本できますか。 |
式 | 7.5÷2=3.75 | 7.5÷2=3あまり1.5 |
答え | 3.75m | 3本 |
わられる数 | 7.5m…連続量 | 7.5m…連続量 |
わる数 | 2つ…分離量 | 2m…連続量 |
商 | 3.75m…連続量 | 3本…分離量 |
あまり | (生じない) | 1.5m…連続量 |
連続量 | わられる数,商 | わられる数,わる数,あまり |
分離量 | わる数 | 商 |
除法の意味 | 等分除 | 包含除 |
ただし(ア)は,7.2÷3の対応する問題よりも,少しだけ複雑になっています。7.2÷3=2.4というのは,の位で計算が終わります。それに対し,7.5÷2=3.75を求めるとなると,わられる数はの位の数を持ち,わる数は整数ですが,商はの位で収まらず,の位を必要とします。このような,小数での「わり進み」*1は,冒頭の画像の右上でヒントとして示されている,p.51に,15.6÷8を求める出題がありました*2。
(ア)と(イ)はそれぞれ明らかに異なる操作であり,答えも異なる数量となっています。以下,これらを統一的に取り扱うための,数学的な枠組みを記しておきます。活用するのは,1970年代に出版された以下の2つの「量と数」の理論です。
- Nagumo, M.: Quantities and real numbers, Osaka Journal of Mathematics, Vol.14, No.1, pp.1-10 (1977). https://projecteuclid.org/euclid.ojm/1200770204
- 田村二郎: 量と数の理論, 日本評論社 (1978). asin:B000J8KINM
後者は前者を引用しています。関連文献は,以下よりご覧ください。
では,「7.5mのロープ」の件の形式化を試みます。Nagumo (1977)で与えられた,正の量の公理を満たす集合Q*3を考えます。「正の」は,いわゆる「ゼロ量」がQの要素ではないことを意味し,これにより,アルキメデス性(Qの要素となる量aより,量bのほうが大きくても,aを何回か足したらbより大きくなること)が保証されます。
ロープの文章題に対応させるため,Qを,あらゆる長さの集合とします。「1m」も「2m」も「3.75m」も「7.5m」も属します。平たく言うと「“正の実数”メートル」*4は,すべて,Qの要素となります。
次に,Qを対象とした演算として,加法,大小比較,それと正整数倍が利用できるものとします。a∈Q,そしてnを正整数としたとき,aのn倍をnaと表記します(「an」「n×a」「a×n」とはしません)。結局のところ,この「量と数」の理論に基づいて考えることで,被乗数と乗数の区別が,当然のものとなります。
(ア)について,「7.5m」と「2」の数量を変数に置き換えて,(無限の個別問題を含む)問題として記述すると,「a∈Qと正整数nが与えられたとき,nb=aを満たすb∈Qを求めよ」と表現できます。このときa=7.5m,n=2を割り当てると,1つの個別問題となり,その場合にはb=3.75mが,求めるべきものとなります。
ここでもし,「a∈Qと正整数nが与えられたとき,na=bを満たすb∈Qを求めよ」だったら,単純なかけ算(量の正整数倍)です。しかし(ア)の定式化とは,aとbが反対になっています。算数では,「倍(2倍,3倍,…)」と「等分除(2等分,3等分,…)」がちょうど反対の操作となることと,関連付けることができます。
次に,上の表で包含除に対応付けた(イ)について,同様に問題として表現するなら,「a,b∈Qが与えられたとき,na≦bを満たす最大の正整数nを求めよ」*5となります。a=2m,b=7.5mを割り当てると,n=3が得られます。またそのようなnが定まったら,na=bであれば余りはなく,そうでなければna+c=bを満たすc∈Qが余りとなります。a=2m,b=7.5mなら,c=1.5mです。なお「na≦bを満たす最大の正整数n」は,累減*6を表したものとなります。
「“正の実数”メートル」に関して,例えば出題する側がmのロープ(7mよりも,少し長くなります)を用意して,「2等分せよ」または「2mずつに切れ」と指示しても,分けることができます。「7本のバット*7を2等分せよ」とするとあまりが出てしまうのと対比すると,冒頭の問題は「連続量の自然数倍」でモデル化できる話となります。
*1:現行および次期の学習指導要領では,第4学年の小数の乗法・除法に関連して,「整数を整数で割って商が小数になる場合も含めるものとする」が入っており,解説で「割り進む」という表記を見つけることができます。小数÷整数でのわり進みは,学習指導要領の範囲外と見なすこともできます。
*2:このページの上段には「わり進む筆算」とあります。筆算にしなければ,p.46に「0.2÷5」の計算問題も,位取りとしては同様です.そこでは,20÷5=4をもとに,わる数をにしたら商もになる,ということで0.2÷5=0.04とする流れになっています。
*3:有理数全体の集合として慣例的に用いられているQとは異なります。
*4:小学校算数の範囲で,計算で答えを求めるというのであれば,「“正の有理数”メートル」としても差し支えありません。
*5:a>bのとき,今回の枠組みでは「ゼロ倍」を考えないので,解なしとなりますが,この場合には「n=0」とすれば,a=2m,b=1.5mを割り当てた「1.5mのロープがあります。2mずつに切ると,2mのロープは何本できますか。」を考えてみたときに,辻褄が合います。
*6:https://takehikom.hateblo.jp/entry/20160522/1463842800で紹介したとおり,昭和初期の書籍に「包含除の本質は累減にあると見ることが出来る.」が書かれています。
*7:1つだけになると,さらに分けることができないのであれば,他の物でもかまいません。