かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

2018年・2019年の出版物に見る「1あたり」

 今月読んだ算数の出版物(電子書籍,雑誌を含む)に,「1あたり」または「1当たり」を見かけました。主要部を抜き出します。


[1] 石原清貴: 算数少女ミカ 割合なんて、こわくない!, 日本評論社 (2018).

算数少女ミカ 割合なんて、こわくない!

算数少女ミカ 割合なんて、こわくない!

 倍という用語は,教科書では2年生の掛け算から入っています。

「2cmの長さを3つ分の大きさにすることを3倍といい,
2cm × 3 = 6cm
と表します」

と書かれています。古い教育を受けた人には「何を当たり前なことを言っているのだ」と思われるかもしれません。しかし,いま教科書では掛け算は

「1当たりの数 × いくつ分の数 = 全体の数」

というふうに教えられており,「倍」は長さや液量に働きかける操作として少しだけしか登場しません(指導時間は2時間程度)。
(p.44)


[2] 田中義隆: こんなに違う! アジアの算数・数学教育―日本・ベトナムインドネシアミャンマー・ネパールの教科書を比較する, 明石書店 (2019).

■乗法の意味理解の徹底
 乗法の学習手順としては、まず箱に入った鉛筆キャップやたこ焼き、石鹸、缶ジュースなどのイラストを見ながら、全部でいくつあるかを求める際に乗法という演算方法を用いることができることを理解させることから始まる。次に乗法は「〈1当たりの量(ずつの数)〉×〈いくつ分〉」という式から成り立っており、それを計算することで合計が求められるという指導が続く。さらにはおはじきなどの半具体物を使って「3×2」や「5×2」、「6×3」などの式を表す状況を作り出す練習へと移行していくと同時に、身の回りを見渡して乗法の式で表せるものを見つけるという活動なども行われる。このような学習過程を通して乗法の意味とそれが使われる場面についての理解を十分に深めていくことが目指されているのである。
(p.92)

 メモ:日本の「九九の表」(p.94)に「かけられる数」「かける数」の区別,そして「〈1当たりの量(ずつの数)〉×〈いくつ分〉」が出現します。


[3] 樋口万太郎: そのひと言で授業・子供が変わる! 算数7つの決めゼリフ, 東洋館出版社 (2019).

そのひと言で授業・子供が変わる!  算数7つの決めゼリフ

そのひと言で授業・子供が変わる! 算数7つの決めゼリフ

期待する子供たちの姿>
 「1あたり量×いくつ分=全体量」というかけ算の意味につながるキーワードである「どれも□ずつというのがある」「○○分というのがある」といった子供たちの姿を引き出したいものです。
(p.47)


[4] 原啓司: 小学校算数教育で大切にしたいこと―「1あたり量」とかけわり紙芝居―, 数学教室2019年9月号, あけび書房, pp.20-25 (2019).

数学教室 2019年 09 月号 [雑誌]

数学教室 2019年 09 月号 [雑誌]

 「モデル」→「ビンヅメ」→「カンヅメ」という順で「かけわり図」へつなげ,〈1あたり量〉が〈いくつ分〉あり〈全体の量〉を求めるのがかけ算で,〈1あたり量〉を求めるのがわり算(等分除),〈1あたり量〉でわり,〈いくつ分〉を求めるのもわり算(包含除)と,この順に「かけわり図」を教えたのです。
(p.21)

 メモ:「かけわり紙芝居」は,「香川の石原清貴さん」([1]の著者)が講演で使用したものを見て感銘を受け改良したものだそうです(p.22).


[5] 小林道正: 外延量と内包量, 数学教室2019年9月号, あけび書房, pp.58-61 (2019).

 「1人にみかんを3個ずつ配る」という状況で,新しい量として,3個/人という量を考えるのである。これが「内包量」であるが,子供にはこの用語は難しく感じるので,「1当たり量」とでもいえばよい。
 「3個/人」×4「人」=12個
 ×4の方も,少し一般的に「いくつ分」とでも言い表せば,かけ算は一般に次のように表せる。
 「1当たり量」×「いくつ分」=「全体量」
 日本の教科書は,すべてこのようになっており,世界の中では抜群に優れている。これも長年の数学教育協議会の影響であろう。我々の努力のたまものであろうと思われる。
(略)
 ここで,かけ算の順序について一言触れておこう。かけ算の順序は上記のようにされるのが普通であるが,これを
 「いくつ分」×「1当たり量」=「全体量」
 としてもまったく問題ないのである。
 「1人にみかんを3個ずつ配るとします。4人に配るには何個のみかんが必要でしょうか?」という問いに対して,
 「4人」×「3個/人」=12個
 このような順序で計算しても何らの差し支えがない。(略)
 「4人」×「3個/人」=12個と計算するとバツとするという先生もいるという。困ったことである。「順序を,『1当たり量』×『いくつ分』とするように教えたでしょう。」と言うのであろうが,無理な順序を強要しておいて,バツはいただけない。できるだけ子供の自由を尊重してほしいものである。答えの導き方,表現はいろいろあってよいのである。
(p.60)

 メモ:『数とは何か?―1、2、3から無限まで、数を考える13章』と同じ趣旨。優しい本 - わさっきhb


 ここまで,

  • 1当たりの数 × いくつ分の数 = 全体の数
  • 〈1当たりの量(ずつの数)〉×〈いくつ分〉
  • 1あたり量×いくつ分=全体量
  • 「1当たり量」×「いくつ分」=「全体量」

という,かけ算の式を書き出しましたが,これらはいずれも,教科書に出現しません。
 教科書については,平成25年度検定済(平成27年度より使用),および平成30年度検定済(令和2年度より使用)の6社の算数2年の教科書について,教科書展示会で目を通しメモをとってきましたが,そこから読み取ることのできる,言葉の式は,

  • 1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数

です。より正確には,例えば「3×4=12」という式について,「3」「4」「12」のそれぞれに「1つ分の数」「いくつ分」「ぜんぶの数」の吹き出しを添えています。なお教育出版の教科書には,子どもの吹き出しに「1つ分の数×いくつ分」というのがありました。
 「1つ分の数」に関連する用語は「被乗数」「かけられる数」であり,「いくつ分」のほうは「乗数」「かける数」です。『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編』には,

  • (一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)

という言葉の式が記載されています。
 「1あたり量」を,3個/人のような「パー書きの量」と読み替えたとき,その応用として次の3種類が考えられますが,上記の出版物で検討のあとが見られず,算数における(パー書きの量の)適用には,期待できません。

  • 「段数×4=周りの長さ」「2時間×60=120分」のような,かける数を「1あたり」に対応づけられる事例(Vergnaudの「関数関係」)
  • 「90[円/こ]×3[こ/はこ]×2[はこ]=540[円]」に含まれる,「90[円/こ]×3[こ/はこ]=270[円/はこ]」のようなかけ算(Schwartzの「I×I'=I''」)
  • 「12個÷3個/人=4人」「3GB÷0.1GB/s=30s」のような,包含除における被除数・除数・商の単位の関係


 メインブログ(わさっきhb)より,記事を引用します。

 私は,乗法の意味づけとして,「累加」と「拡張」に基づくものが,最も望ましいと考えています.算数教育に携わってきた方々の出版物(論文,論説,書籍,学習指導案など)から,その考え方や指導法・活用法を知ることができます.高木貞治ら数学者の本からも,学ぶことができます.
 それに対し,「1あたり×いくつ分」や「内包量×外延量」といった形で表される,数学教育協議会主導の意味づけ(「数教協スタイル」と呼びます)は,算数教育を見ていく上でよく理解しておく必要があるものの,決して良いとは思っていません.
 4点,その理由を挙げます.まず,「1あたり量」または「1あたりの数」という概念を,かけ算の学習時(2年の児童ら)に身につけさせるのが,困難なように感じます.そして実際,指摘がなされています.
 次に,加法と乗法を切り離す方針のため,かけ算の指導が,「1あたり」の学習からとなっていることを,挙げたいと思います.数教協スタイルでない,学習指導要領ほかから読み取れる,かけ算の指導は,いわゆる3口のたし算(明らかに,累加の基礎です)のほか,「まとめて数える」「2ずつ,5ずつ,10ずつ」が素地となっています.いずれも1年で学習します.そのように,学習事項を分散させていることに,私は共感を覚えるのです.(略)
 3番目に,結合法則の学習で,1あたり量どうしのかけ算が発生します.例えば90円/個×3個/箱×2箱という式を立て,計算するとき,90円/個×3個/箱=270円/箱によって1個あたりの金額から1箱あたりの金額に変換できるのですが,被乗数・乗数・積がいずれもパー書きの量となるのは,3年向けではないように感じます.ここで結合法則は一例であり,より一般には,答えを得るのに複数の演算を使用する状況において(算数教育の用語を使うなら,分解式と総合式に関して),数の部分を維持したまま,内包量から外延量へ(またはその逆),明示的あるいは暗黙による変換が必要な状況があります.
 最後に,数教協スタイルの推進にあたり,累加だと乗数が小数・分数になったときに対処できないと指摘している点です.「累加」だけを見て「拡張」を無視している,と言ってもいいでしょう.(略)「累加だと乗数が小数・分数になったときに対処できない」のは十分承知の上で,それで小数・分数でも使える(立式・計算できる)ようにどのように学習内容を配列し,また授業で指導していけばよいかが,検討され実践され,そして確立されています.数教協スタイルは,そういった算数教育の継続性を,断ち切ろうとしているように見えるのです.

計算手段から切り離して,かけ算を意味づける - わさっきhb

 「1あたり」に関連する,当ブログとメインブログの記事には以下があります。