かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

1985年の論文の,かけ算とわり算の文章題

  • Fischbein, E., Deri, M., Nello, M. S. and Marino, M. S.: "The Role of Implicit Models in Solving Verbal Problems in Multiplication and Division", Journal for Research in Mathematics Education, Vol.16, No.1, pp.3-17 (1985). http://www.jstor.org/stable/748969

 小数のかけ算・わり算の文章題を26問用意し,A・Bの2セットに分けてイタリアの第5学年・第7学年・第9学年の生徒に解いてもらい,どのような誤答が生じやすいかを報告しています。なお,小数のわり算には,「整数を整数で割って商が小数になる場合」も含まれます。
 今回,この文献のTable 1の26問について,日本語訳と,日本の算数ならどのような式と答えが正解になるかを,作成してみました。

Multiplication problems(かけ算の問題)
1. (A) On the highway a car travels 2 km in 1 minute. If the speed of the car is constant, how far does it travel in 15 minutes?〔高速道路で,車が2kmを1分で進んでいる。速さが変わらないならば,15分でどれだけ進むか。2×15=30 答え30km〕
2. (B) 1 kilo of oranges costs 1500 lire. What is the cost of 3 kilos?〔1kgのオレンジは1500リラする。3kgだといくらか。1500×3=4500 答え4500リラ〕
3. (A) From 1 quintal of wheat you get 0.75 quintal of flour. How much flour do you get from 15 quintals of wheat?〔1キンタルの小麦から0.75キンタルの小麦粉ができる。15キンタルの小麦からどれだけの小麦粉ができるか。0.75×15=11.25 答え11.25キンタル〕
4. (A) The volume of 1 quintal of gypsum is 15 cm3. What is the volume of 0.75 quintal?〔1キンタルの石こうの体積は15立方cmである。0.75キンタルだと体積はどれだけか。15×0.75=11.25 答え11.25立方cm〕
5. (B) 1 kilo of a detergent is used in making 15 kilos of soap. How much soap can be made from 0.75 kilo of detergent?〔1kgの洗剤を使って15kgの石けんを作る。0.75kgの洗剤から,どれだけの石けんができるか。15×0.75=11.25 答え11.25kg〕
6. (A) 1 m of suit fabric costs 15 000 lire. How much does 0.75 m cost?〔1mのスーツの生地が15000リラする。0.75mだといくらか。15000×0.75=11250 答え11250リラ〕
7. (B) The price of 1 m of suit fabric is 15 000 lire. What is the price of 0.65 m?〔1mのスーツの生地の価格が15000リラである。0.65mの価格はどれだけか。15000×0.65=9750 答え9750リラ〕
8. (A) For 1 cake you need 1.25 hg of sugar. How much sugar do you need for 15 cakes?〔1個のケーキに1.25ヘクトグラムの砂糖が必要である。15個のケーキにはどれだけの砂糖が必要か。1.25×15=18.75 答え18.75ヘクトグラム〕
9. (B) For 1 kilo of cake you use 15 g of yeast. How much do you use for 1.25 kilos of cake?〔1kgのケーキに15gの酵母菌を使う。1.25kgのケーキだったらどれだけ使うか。15×1.25=18.75 答え18.75g〕
10. (B) 1 piece of chocolate weighs 3.25 hg. How much do 15 pieces weigh?〔1個のチョコレートの重さが3.25ヘクトグラムである。15個だと重さはどれだけか。3.25×15=48.75 答え48.75ヘクトグラム〕
11. (A) A car goes 15 km on 1 L of fuel. How many km will it go on 3.25 L of fuel?〔ある車は15km進むのに1Lの燃料を消費する。3.25Lの燃料だと何km進むか。15×3.25=48.75L〕
12. (B) On 1 L of fuel a car goes 14 km. How many km will it go on 3.70 L of fuel?〔1Lの燃料で,ある車は14km進む。3.70Lの燃料だと何km進むか。14×3.7=51.8 答え51.8km〕
Division problems(わり算の問題)
13. (A) With 75 pinks you can make 5 equal bouquets. How many pinks will be in each bouquet?〔75輪のナデシコの花で,5つのブーケを作ることができる。1つのブーケにナデシコの花はいくつあるか。75÷5=15 答え15輪〕
14. (B) In 8 boxes there are 96 bottles of mineral water. How many bottles are in each box?〔8個の箱に,ミネラルウォーターが96本ある。1つの箱には何本あるか。96÷8=12 答え12本〕
15. (B) I spent 1500 lire for 3 hg of nuts. What is the price of 1 hg?〔1500リラを使って3ヘクトグラムのナッツを購入した。1ヘクトグラムの価格はいくらか。1500÷3=500 答え500リラ〕
16. (A) 15 friends together bought 5 kg of cookies. How much did each one get?〔15人の友達が共同で,5kgのクッキーを買った。1人につきどれだけもらえるか。5÷15=0.33... 答え0.33kg〕
17. (B) 12 friends together bought 5 kg of cookies. How much did each one get?〔12人の友達が共同で,5kgのクッキーを買った。1人につきどれだけもらえるか。5÷12=0.41... 答え0.41kg〕
18. (A) To buy a dollar you need 1400 lire. How many dollars can you buy for 35 000 lire?〔1ドルを買うには1400リラが必要である。35000リラがあれば,何ドル買えるか。35000÷1400=25 答え25ドル〕
19. (B) The walls of a bathroom are 280 cm high. How many rows of tile are needed to cover the walls of each row is 20 cm wide?〔ある浴室の壁は280cmの高さである。一辺20cmの正方形のタイルを張ると,何段になるか。280÷20=14 答え14段〕
20. (A) To wrap 5 equal packages requires 3.25 m of string. How much string is needed for each package?〔5つの容器を包装するのに3.25mの紐を必要とする。1つの容器だとどれだけ必要か。3.25÷5=0.65 答え0.65m〕
21. (A) 5 friends together bought 0.75 kg of chocolate. How much does each one get?〔5人の友達が共同で,0.75kgのクッキーを買った。1人につきどれだけもらえるか。0.75÷5=0.15 答え0.15kg〕
22. (B) 5 bottles contain 1.25 L of beer. How much beer is in each bottle?〔ビール5本で1.25Lになる。1本だとどれだけか。1.25÷5=0.25 答え0.25L〕
23. (B) I spent 900 lire for 0.75 hg of cocoa. What is the price of 1 hg?〔900リラを使って0.75ヘクトグラムのココア粉末を購入した。1ヘクトグラムの価格はいくらか。900÷0.75=1200 答え1200リラ〕
24. (A) The walls of a bathroom are 3 m high. How many rows of tile are needed to cover the walls if the width of each row is 0.15 m?〔ある浴室の壁は3mの高さである。一辺0.15mの正方形のタイルを張ると,何段になるか。3÷0.15=20 答え20段〕
25. (B) To trim 1 handkerchief you need 1.25 m of lace. How many handkerchiefs can you trim with 10 m of lace?〔1つのハンカチに飾りつけをすると1.25mのレースが必要となる。10mのレースがあれば、何個のハンカチに飾りつけができるか。10÷1.25=8 答え8個〕
26. (A) A tailor has 15 m of suit fabric. If 1 suit requires 3.25 m, how many suits can he make from the whole piece of fabric?〔ある仕立て屋は15mの生地を持っている。1着のスーツに3.25mを必要とするならば,何着のスーツを作ることができるか。15÷3.25=4.61... 答え4着〕

 日本語訳にあたり考慮したことをいくつか,書いておきます。

  • キンタル(quintal):https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english-italian/quintal によると100kgのことです。wikipedia:キンタルを見ると「50kg前後(国により異なる)」と「100kg」が書かれています。
  • ヘクトグラム(hg):100gのことです。
  • タイルを「張る」か「貼る」か:糊付けと考えれば「貼る」で,検索して用例も見つかるのですが,https://kokugoryokuup.com/haru-difference/にあるとおり建築に関する話なのと、対応する英単語がcoverであることから,「張る」を採用しました。
  • 原文のTable 1では第25問に問題番号が振られていませんが,あとのTable 3にはこの番号があるので,「25」を書きました。
  • 訳す際,数の出現順は原文(英文)に合わせました。「a」や「one」のいくつかを「1」に置き換え,「each」は訳出していません。
  • かけ算の結果は切り上げ・切り捨て・四捨五入せずそのまま答えに使用しました(小数は\frac1{100}の位まででした)。割り切れない場合には\frac1{100}の位までとし\frac1{1000}の位以降は切り捨てました。

 かけ算の式はすべて,B×p=Aの形です。この式は,『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編』にあるもので,Bは「基準にする大きさ」,pは「割合」,Aは「割合に当たる大きさ」ですが,BとAが同種の量(二重数直線の同じ直線上にある値)となっています。わり算の式も,B×p=Aに変形できます。例えば第25問は,1.25×8=10です。
 かけ算の問題はいずれも,かけられる数が文章題において先に,かける数が後に出現します。それに対してわり算の文章題では,第14問,第16問,第17問,第18問,第20問,第21問,第22問,第25問,ですので14問のうち半数を超える8問は,わる数が先,わられる数が後となっています。
 これに関する誤答率の比較(Table 3)としては,第13問と第14問が明瞭です。第13問の誤答率は(第5学年・第7学年・第9学年の順でパーセントは)11・7・1となっているのに対し,第14問のほうは22・10・11と,高くなっています。誤答の多くは,かけ算を選んでいるというものです。
 誤答率が最も高いのは,第17問,その次が第16問で,いずれもわる数が先,わられる数が後ですが,2つの数は整数で,「大きい数÷小さい数」とやってしまいがちな問題です。
 Table 3には,第13問,第14問,第16問,第17問のいずれにも「(partitive)」が添えられており,日本語にすると「等分除」です。加えて第23問も等分除の問題ですが,わり算の問題の中で最も無解答率が高くなっています。「(quotative)」すなわち「包含除」が添えられた中で,誤答率が最も高かったのは第25問で,誤答の状況には「1.25×10」「1.25÷10」という,簡単に計算できてしまう式が例示されていました。
 ところでFischbein et al. (1985)を取り上げるのは,今回が初めてではありません。本記事に関連する「順序」や「誤答」について,メインブログと当ブログより1つずつ,書いてきたことを貼り付けておきます。

ここまで見てきた通り,かける数が先に,かけられる数を後に置いた文章題で「かけられる数×かける数」の式のみを正答とする出題は,少なくとも半世紀以上の歴史があり,現在まで継承されている.もちろん,正解不正解を得るに留まらず,その結果は指導にフィードバックされてきた.ところで,その種の出題は低学年までであり,高学年では,わり算が用いられる.2010年度の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)で小学6年生は「8mの重さが4kgの棒があります。この棒の1mの重さは何kgですか」という問題を解いた.正解となる式は,8÷4ではなく4÷8である.

 大きい数÷小さい数,ではなく,わって得られる値が何を意味するのか,文章題で問われていることと合致するかが,国内外で検証されてきたと言えます。そして,昭和26年の小学校学習指導要領算数科編で指摘された,「こどもは問題に出てくる数を,その数の意味を深く考えもしないで,出てくる順に書き並べ,その間に,かけ算記号を書き入れることがわかった」が,わり算でも通用することを示唆します。

(最終更新:2019-11-19。当初「16問のうちちょうど半数の8問は,わる数が先,わられる数が後」と書いていたのを,「14問のうち半数を超える8問は,わる数が先,わられる数が後」に修正しました)