かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

アメリカで7×3の絵を描かせると

 nctm.orgのサイトより注文したのが届きまして,目を通しました。目次の前には「Third printing 2018」と書かれており,「2018年 第3刷発行」となります。『学校に入り込むニセ科学』の「かけ算の意味」の意味でも書きましたが,https://www.nctm.org/Handlers/AttachmentHandler.ashx?attachmentID=b8y3Aq4tIwM%3Dより無料サンプル(pp.11-16)のPDFファイルを取得できます。
 無料サンプルから見ていきます。最初の章(Chapter 1)のタイトルは「The Meaning of Multiplication」です。定冠詞のtheを使用していることから,「本書の『かけ算の意味』はこうだ!」と主張しているように見えます。
 その次に,「Essential Understanding 1a」「Essential Understanding 1c」「Essential Understanding 1d」が太字となっており,それぞれの下に,何を理解すべきかが文になっています。1aの英文を取り出し,私訳を添えます.

In the multiplicative expression A × B, A can be defined as a scaling factor.
A×Bというかけ算の式において,Aを倍率として特徴づけることができる。

 注意することが2つ,あります。米国の本ですので,乗算記号の左が,日本でいう「かける数」,そして右が「かけられる数」です。もう一つは,助動詞「can」です。かけ算の意味付けには他に,因数×因数や,その視覚的表現としてアレイ,また「1あたり量」を用いた量どうしの積なども考えられるけれども,Aを倍率とみなし,同じページから読めるとおりBをmultiplicative unitに対応付けることを,本書の「Essential Understanding」の最初の事項とし,活用していこうという意図を知ることができます。
 Bすなわち乗算記号の右に書く数について,multiplicandの単語が出現するのは,p.13です。段落を抜き出し,訳してみました。

One key aspect of your students' understanding that you, as their teacher, need to encourage is the development of multiplicative reasoning that extends beyond a view of multiplication as repeated addition (Jacob and Willis 2001). Students should relate multiplicative reasoning to iterating—that is, to making multiple copies—and partitioning sets of objects as well as to the length, area, and volume of physical quantities. When students see the mathematical expression 3 × 5, for example, they should be able to view 5 as the multiplicative unit (also called the multiplicand) and 3 as the scaling factor (also called the multiplier) for that multiplicative unit. Such a perspective not only involves recognizing the multiplicative unit, but also being able to iterate it—make multiple copies of it. The expression 3 × 5, for example, means 3 copies of 5 or 3 groups of 5. This interpretation of 3 × 5 reflects a critical meaning of multiplication that students must establish.
あなた(読者)が先生として子どもたちに理解を促すにあたり,一つのキーポイントは,累加による見方にとどまることなく*1,かけ算で考え*2られるようになることである。児童らには,かけ算で考えることを,長さ,面積,物理量への適用*3と同じように,繰り返し(コピーをつくること)や対象物の分割と関連づけるようになるべきである。児童らが例えば3×5という式を見たとき,5をかけ算における「一つ分」(「かけられる数」とも呼ばれる),3をその一つ分に対する「何倍か」(「かける数」とも呼ばれる)と見ることができるようにすべきである。このような見方は,一つ分を認識することのみならず,一つ分の複製を作って繰り返しができることを含む。例えば3×5の式は,「5の3つ分」や「5が3個」を意味する。この3×5の解釈は,子どもたちが身につける必要のある,かけ算の重要な意味を示している。

 章題の「Meaning of Multiplication」が,段落の最後の文に出現しており,「『かけ算の意味』として,これを子どもに学ばせよう!」というのを,読みとることができました。
 無料サンプルの最後のページ(p.16)の最後の段落では,「7 group of 3」「7×3」そしてその積を,(米国でかけ算を学習する学年の)3年生に図示を含め解答してもらったと記しています。ここから本に切り替えまして,Fig 1.6 (p.17)には,次の3つの問題と,Aliciaの解答が載っています。

1. Draw a diagram of 7 groups of 3 circles.
2. Draw a diagram to represent 7 × 3 inside the box.
3. What is 7 × 3?
1. 「3つの○が7つ」を,図にしなさい。
2. 「7×3」があらわすものを,図にしなさい。
3. 答えをもとめましょう。7×3=

 図のあとの文章(p.21)を見ると,Fig 1.6は正解扱いと読むことができますが,個人的には納得がいきません。1も2も,小さな丸を3つ囲った大きな丸が7つという図だからです。
 次ページのFig 1.7は,1について3つの○が7グループ,2は画線法(wikipedia:画線法の「ヨーロッパ、オーストラリア、北アメリカでの画線法」)を用いて21を表した図となっており,この子の解答は,各ステップですべきことを理解していると言っていいでしょう。その次のFig 1.8は,1の答えは3つの○の中に短めの線が2本ずつ,2の答えは「I don't know」,そして最後,7×3?の右には「21」です。図は適切に描けないが,かけ算の答えは正しく求められているというパターンです。
 3年生による解答例の最後は,p.20の上段,Fig 1.9です。

 「7 groups of 3 circles(3つの○が7つ)」の絵を描くよう,指示しているのに,解答は「7本の短い線が3グループ」となっています。「3 circles」が描かれている一方で,「7 groups」を,この絵から読み取ることはできません。
 Fig 1.9への言及があるのは,p.21の第2段落,終わりのところです。

Kristen's work in figure 1.9 is the last sample from a third grader. By drawing 3 groups of 7 tally marks rather than 7 groups of 3, Kristen demonstrates a common confusion, shared by about 15 percent of the third graders surveyed.
図1.9のクリスティンの解答は,3年生による最後のサンプルである。「3が7グループ」ではなく,「7本の画線が3グループ」を描いており,クリスティンはよくある取り違えを示している。調査においてこのような解答をした3年生は約15%に及ぶ。

 正解であるとも不正解であるとも,明記していませんが,ここまでの記載内容を総合すると,不正解扱いと判断してよさそうです。そもそもこの問題はマルやバツをつけて本人に返すものではなく,かけ算の意味の理解に関する外在的評価となっています。
 読み進めると,「どっちでもいい」と読める解答例がpp.36-37に見られます。7×9で表される文章題を作りなさいという出題で,p.36の1人の解答は7×9なのに対し,p.37の2人の解答は,ともに9×7を表したものであるように見えるのです。本文に,その2人を間違いとしている記述はありませんが,p.37の上の解答に「it might indicate a superficial knowledge(表面的な知識を示している)」と評しているのは少々気になります。

(追記1)以下の「Lannin et al. (2013)」で,本記事で取り上げた書籍の別ページを紹介しています。

(追記2)取り違えが「15%」について,国内の調査問題にも事例があります。報告書は入手できていませんが,『子どものつまずきと授業づくり』で紹介されています。以下は算数教育に関わる各団体は,かけ算の順序についてどのような見解を出していますか? - わさっきhbからの転載です。

ある大学の先生が、小学校の先生と共同で、子どもたちのかけ算の理解について調べた調査結果があるんです。三年生から六年生を対象にして、どれくらい九九を覚えているかとかね。その調査問題の中に、次のような問題があるんです。
4×8の計算で答えを出す問題(お話)を作って下さいっていう問題です。普通の問題とは逆なわけですね。問題を作るのが『問題』なんです。(略)
(p.29)

プリントの表を見てください。正しく問題を作れたのは、三年生から六年生まででほぼ同じ割合ですね。だいたい50%弱……(略)
ただし、式を逆にして問題を作った子どもが、どの学年でも15%くらいいるでしょ。かたいことを言わなければ、これもまあ正解だよね。そこまで正解とすると、三年生から六年生までどの学年でも、65%くらい。まあ大ざっぱに言って全体の三分の二といったところですね
(p.31)

*1:前のページのFig 1.1には,「Phil ran 3/4 of a mile. Sally ran 2/3 of the distance that Phil ran. How many miles did Sally run?」といった問いを入れ,累加では不十分であることを示しています。

*2:reasoningには「考え」を割り当てました.本書から離れますが,proportional reasoningは「比例の考え」です。

*3:日本の算数でいう「任意単位による測定」「普遍単位による測定」を想定するとよいのではないかと思います。