かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

ロールパンとメロンパンの連立方程式の授業

次代の学びを創る知恵とワザ

次代の学びを創る知恵とワザ

  • 作者:正裕, 奈須
  • 発売日: 2020/02/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 はじめに(p.i)は「この本は、二〇一七年版学習指導要領における学力論、そして新しく整えられた学力をすべての子どもたちに実現する授業やカリキュラム、はたまたそれを生み出し支える教師や学校の在り方について、『新教育課程ライブラリ』と『リーダーズ・ライブラリ』の連載記事を中心に、ここ数年、僕があちらこちらに書いたものをまとめている。」という文で始まっています。当ブログでこれまで,「次期」と書いてきた学習指導要領について,本書では「二〇一七年版学習指導要領」と表記しており,その意図も同じページに記されています。縦書きの本で,p.iiには「二〇一九年一二月二二日」の日付があるのに対し,横書きの奥付では「令和2年2月5日 第1刷発行」となっています。
 第4章の「2 小学校の学びの何がどう問題なのか」(p.198)を詳しく見ていくことにします。「中学二年生数学科、連立方程式の授業」のうち,単元の終盤に近い授業に出題されたというのが,「次のような問題」です。

問題A:あるパン屋で、1個70円のロールパンと1個120円のメロンパンをそれぞれいくつか買った。ロールパンをメロンパンより2個多くなるように買ったところ、代金の合計は900円であった。このとき、ロールパンとメロンパンをそれぞれいくつ買ったかを求めなさい。

 直後に著者は「この問題に対し、子どもたちの多くが手も足も出ない。ロールパンをx個、メロンパンをy個と置いたところから一歩も進むことができない生徒が大多数だったんだ」と述べています。より簡単で,「次のような問題は十分に解ける状態になっていた」という問題Bのあと,「いや、より正確には、70x+120y=900という式だけは書けている子もいた。興味深いのは、むしろ立式結果としてはシンプルなもう一方の式、つまり、ロールパンとメロンパンの個数について、x=y+2でも、y=x-2でも、x-y=2でもいいから、そのいずれかの式表現によって、両者の数量関係を表すことができないことだった。」で,p.199を終えています。
 問題Bも,連立二元一次方程式を立てて解くことのできる問題ですが,ロールパンとメロンパンを「合わせて10個買った」とあり,より容易な問題です。ページをめくってpp.200-201に書かれた問題B2,問題C,問題A2は,方程式を使用することなく,答えを求められます。「これって、中学校の指導内容じゃなくて、小学校の、それも一年生の指導内容に関するつまずきじゃないか」という著者の意識のもと,その3問は,小学1年でも答えられる問題となっています。
 さらにpp.201-202では,「足し算と引き算における数量関係」の図のほか,引き算で扱う数量関係として「求補」「求残」「求差」をカギカッコ付きで紹介してそれらの違いを説明しています。「概念的で統合的な理解」の小見出しのあとに,「僕がいいたいのは、問題Aや問題A2のような「求差」の場合にだけ、着目する数量関係が違うということなんだ。」と指摘し,問題Aで連立方程式が立てられなかった状況を分析しています。
 この節(p.208まで)をじっくり読んだ上で,授業の分析として違和感を持ちました。その授業で多くの生徒が,「ロールパンをメロンパンより2個多くなるように買った」に対応する式を立てられなかったという,「つまずきの分析」のところではありません。その授業を行うまでに何を学習してきた(すべき)か,そしてその授業で何を学びクラスで共有することが期待されるかについて,この著書に書かれていない,2つの事項が,気になったのです。
 一つは,ロールパンをx個,メロンパンをy個と置いた上で,「ロールパンをメロンパンより2個多くなるように買った」というのを式で表すことを,いつ学習するかです。4個や6個といった1位数を用いるのであれば,小学1年なのかもしれませんが,2つの文字x,yを用いて,場面を式で表すのは,基本的には中学1年の「文字を用いた式」となります。このとき,式は,x=y+2でも,y=x-2でも,x-y=2でもよいと言えます。等式の性質*1から,3つのうち1つが書ければ残りの2つを得ることができ,3つは等価な式です。関連して,「x=y-2」や「y=x+2」は間違いであることも,その式に対応する数量の関係や,等式の性質から「y-x=2」になることを通じて,立式の段階で(教室内で)確認しておく必要もあります。
 もう一つ,気になったのは,「70x+120y=900」と,「x=y+2」「y=x-2」「x-y=2」のどれを連立させるかで,解く方法が異なってくることです。実際のところ,「x=y+2」を用いる場合には,代入法で70(y+2)+120y=900からy=4を求め,次にx=6を得ることになります。「y=x-2」を用いるのなら,これも代入法ですが今度はxが求まるのが先です。
 「70x+120y=900」と「x-y=2」を連立させるのなら,加減法で解きたくなります*2。後者の式の両辺を70倍してから,前者の式と引き算をすれば,y,xの順に求めることとなり,かわりに120倍して足し算なら,x,yの順です。
 どの方法でも,正しく計算すれば,xとyの値の組は同じになります。これが「単元の終盤に近い」ところで授業にしている意図と考えられ,『次代の学びを創る知恵とワザ』において,無視されているように思えたのです。
 なお,いろいろな求め方があるといっても,「x=y+2」「y=x-2」「x-y=2」のどれかが書けなければ,元も子もないではないかというツッコミに対しては,「授業」である点が欠落しています。自力でそれを見つけ出せなかった場合には,周囲の生徒または先生のアドバイスにより,その3つが「ロールパンをメロンパンより2個多くなるように買った」に対応する式であることを知り,そのあと,それまでに学習してきた方法で解を求めて,「ロールパン6個,メロンパン4個」と答えにすればいいのです。「x=y+2」と「y=x-2」を連立させても解が得られない点にも,注意が必要です。


 本書に出現する図のうち,図1-1(2007年度全国学力・学習状況調査の,平行四辺形の面積を求めるA問題とB問題, p.32),図2-4(現実の世界と数理的処理の関係, p.94)は,https://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/111601/files/2015061900068/h27_2shiryo_3.pdfでも見ることができ,著者の「持ちネタ」なのかもしれません。
 それに対し図4-1(二桁の引き算のフローチャート*3, p.193)は,関連しそうな図が検索しても見つからなかった上に,よく見ると,(1)二桁の引き算の手続きは反復が不要なのに,反復が入っている,(2)中段でAを添えた横線が,左の上向きの線とくっついてしまっている,(3)繰り下がりのない場合にも「(m-1)はpより大きいか」の条件判定を行う,といった不具合が目につきます。

*1:小学6年の「文字を用いた式」の範囲でも,正解となりますが,なぜ,3つとも正解なのかを確認するには,等式の性質は使えず,式それぞれに対して,図などを用いて場面に合っていることを見る必要があります。

*2:方程式の一つについて,未知数となる文字の係数が±1のときは,乗除をすることなく「文字=」の式を得ることができます。今回の例では,「x-y=2」を用いても,xまたはyについて解いてから,代入法により,分数が出現することなく,求められます。

*3:mnという形の2桁の数から,pqという形の2桁の数を筆算で引くときの手順です。