かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

深い学びを,「かけ算・わり算」と「跳び箱」から

 内容の中心となるのは,書名にもあるとおり「深い学び」なのですが,「どういう学びが深い学びではないのか」を記したpp.16-17のところに関心を持ちました。

 また,深い学びとは単に基礎・基本的な問題を解くための解法パターンを覚え,応用問題や難問が解けるようになることではない。(略)意味を理解できなくても,教師や仲間の支援を受けてとりあえず基本問題に正解できるようになり,類似の応用問題に正解できるようになっただけでも不十分である。例えば,算数や数学の問題で,意味は同じなのに問題文に出てくる数字の順番や言葉を変えると,正答率が大幅に落ちるという状況も,解法パターンの機械的な暗記によって得た知識の限界を示している。だからといって,いろいろなパターンの問題を解かせても,意味を問うことなしに,小グループなどでの協働学習によって問題が解けるようになっただけでは,一人になるとまったくわからないという状況も,意味を理解しないまま得た知識の限界を示している。(略)

 上の引用について,最後の「る」の上に「6)」の番号が付いています。巻末を見ると,pp.91-92に書かれていました。

6) 例えば,算数・数学なら,新算数教育研究会編,『講座 算数授業の新展開 算数の本質に迫る「アクティブ・ラーニング」』(東洋館出版社,2016年)や小寺隆幸編著,『主体的・対話的に深く学ぶ算数・数学教育 コンテンツとコンピテンシーを見すえて』(ミネルヴァ書房,2018年)等の書籍が参考になる。ただし,何が教科の本質なのかについては,多様な考えがあり,ひとつの考え方を鵜呑みにしてはいけない。例えば山野下とよ子は前掲書(小寺隆幸編著)の中で,算数における主体的・対話的で深い学びの事例として,割り算の意味を,仲間とともに学び合いながら「1あたり量を求めること」と捉える実践事例を紹介しており,著者自信*1はこのような割り算の意味を理解することは,理科の圧力等の1あたり量に関連する内容の深い理解を図る時に有用な割り算の意味の捉え方であると考えている。しかし,割り算の意味については,研究者や研究団体によって様々な捉え方があり,あくまでもひとつの考えとして読み,何が本質なのか,どう捉えることが深い学びなのか等について最後は各自で考えていく必要がある。他教科についても多くの主体的・対話的で深い学びを指向する多くの書籍が出版されており,実践事例や学習理論等は,必要に応じて,それらを参照していただきたい。

 紹介されている書籍は,次の2つです。

 「山野下とよ子」「問題文に出てくる数字の順番」については,かけ算の順序を問う問題 - わさっきhbで取り上げていました。

  • 山野下とよ子: 「わり算」を仲間とともに学び合う授業, 主体的・対話的に深く学ぶ算数・数学教育, ミネルヴァ書房, pp.121-140 (2018).

かけ算の意味については「同じ数を何回もたすとき」という累加としか考えていなかった。例えば「あめの入ったふくろが7つあって,1ふくろにあめが5こずつ入っています。あめはみんなでなんこあるでしょう」の問題では「みんなでどれだけだからたし算」なので「7+1+5」としたり,かけ算らしいと考えると「7×5」と出てきた順に書いたり,という実態だった。(略)「4人の子どもがいて1人に3こずつあめをあげるのに用意するあめは?」は《3こ/人×4こ=?こ》と立式するように教えた。
(p.127)

 なお,山野下氏の同書の内容は,3年のわり算の指導に主眼が置かれています。「1あたり量」「/(パー)」は,2年生のかけ算でも教えてきたとしています。わり算の指導にあたっては等分除先行で,出現する式は例えば「10dL÷5人=?dL/人」です。包含除は章のかなり後ろに出現し,そこではパー書きを含む式は見当たりません。
 ここまでの書籍,そして「1あたり量」を用いた教え方から離れて,わり算の意味(「演算の意味」「式の意味」の両方の観点で)として面白いと感じた出題が,『板書&イラストでよくわかる 365日の全授業 小学校算数 5年上』に載っていました。小数のわり算の第9時(pp.104-105)です。「1.4mの重さが3.5kgの鉄のぼうがあります。この後の問題をつくって解決しよう。」が,板書の左上に四角で囲まれています。
 さらに下には(子どもたちに問いながら),「・この鉄のぼう1mの重さは何kgですか。」と「・この鉄のぼう1kgの重さは何mですか。」が書かれ,それぞれについて二重数直線や4マス関係表を用いて,何を何で割ればよいのかを確認し,「3.5÷1.4=2.5 答え2.5kg」と「1.4÷3.5=0.4 答え0.4m」を得ています。
 上で「研究者や研究団体によって様々な捉え方があり」と書いたものを,この鉄のぼうの2件の演算決定を通して,検討することもできます。というのも,「1.4mの重さが3.5kgの鉄のぼう」の授業の板書(p.105)には,2×2で合わせて4つの図表が載っていまして,「1」の位置が異なっています。かけわり図やTOSSの面積図では,「1」が左下で固定であるのと対照的と言えます。面積図の縦と横は何を表すのかでは,水道方式のかけわり図の左下が「km/時」(パー書きの単位)になっているものを例示していますが,『主体的・対話的に深く学ぶ算数・数学教育』の山野下氏の章では,左下には「1皿」や「1人」が配置され,パー書きの数量は図の左に添えられています。
 「鉄のぼう」に関しては平成22年度 全国学力・学習状況調査 算数Aの「8mの重さが4kgの棒があります。この棒の1mの重さは何kgですか。求める式と答えを書きましょう。」が知られています。メインブログと当ブログでも紹介してきました。

 なお,学術文献や,『小学校学習指導要領解説算数編』の記述を踏まえると,かけ算とわり算には相互関係があり,「B×p=A」のタイプと「A×B=P」のタイプに大別できます。前者についてBはBase(1つ分の大きさ),pはproportion(割合,何倍か),AはAmount(全体)に対応付けられ,BとAは同種の数量です。このかけ算の式を変形して得られる,「p=A÷B」と「B=A÷p」は,異なる意味のわり算となり,それぞれ「包含除*2」「等分除」と密接に関係します。ここにおいて「1つのかけ算と2つのわり算」を見出すことができます。後者は,AとBがそれぞれ因数,Pはその積で,それらの数量についてはさまざまです*3。また形式的に「A=P÷B」「B=P÷A」と書き分けても,「因数×因数=積 ⇒ 積÷(一つの)因数=(他の)因数」と考えれば同等と見なせます。「1つのかけ算と1つのわり算」です。国内外の初等教育の算数・数学で,時間をとって学習しているのは,「1つのかけ算と2つのわり算」に基づく場面です。


 算数から離れますが,「深い学び」について関係しそうなものをテレビで観ましたので紹介します。「おはよう朝日です」という,ABCテレビの関西ローカル番組で,2019年3月16日に放送されました。「ネット使った最新教育現場に密着!」と題したコーナー(けさのクローズアップ)の後半で,智辯学園和歌山小学校の3年生,体育の「跳び箱の授業」です。
 はじめは教室です。体育の先生がタブレット端末を使用して,先生自身による「成功の跳び方」と「失敗の跳び方(跳び箱の上で尻もち)」を横から撮った動画を見せ,その違いを子どもたちに発表させます。そして体育館に移動して,跳んでいくのですが,跳べない一人の児童に焦点が当たります。タブレット端末はグループにつき1台あり,横から撮影したら,少し離れた机に持って行って再生し,どうすればいいかをアドバイスします。最終的に,跳び箱の先にお尻が当たったけれど,ほぼほぼ跳べたとなりました。先生はガッツポーズし,子どもたちは抱き合って喜んでいました。
 その後の先生のコメントはおおよそ次のとおりです。
跳べない子が,恥ずかしいんではなしに,その子が,生きた教材になる…自分が跳んだのを,動きを見るっていう,このアクションが起こることによって,子どもがこう少し前向きになる,っていうのが,すごくいいなあと思いました」

 算数と体育の学びを結び付けるとすると,こうです。「失敗」や「間違い」を認識して受け入れることが,深い学びのための大事な要素となります。先生は,何が失敗・間違いなのかを事前に知っておいた上で授業をするのに対し,その場で失敗・間違いを認識し,成功・正解のためにどのような工夫をすればよいかを,ペアで,グループで,そして本人自身で考えて,行動する中に,深い学びが含まれています。「できてうれしかった」といった感想を持ち,言動で表したりノートに書いたりするのが子どもたちであり,一連の行動から深い学びを見出すのは,まずは学校の先生方,そしてテレビ番組や書籍を通じて知ることになる我々と言えます。

*1:原文ママ

*2:包含除に関連する,小数のわり算の文章題を,全国学力・学習状況調査から見ておくと,平成30年度算数Aの「ある会場に子どもたちが集まりました。集まった子どもたち200人のうち80人が小学生でした。小学生の人数は,集まった子どもたちの人数の何%ですか。」の4択問題があります。80÷200=0.4により割合(200人の0.4倍が80人)を算出し,「40%」の選択肢が正解となります。

*3:Greer (1992)のモデルをもとにすると,Cartesian productの場合はAもBも分離量(Pと合わせて同種か異種かは問わない),Rectangular areaだとAとBが同種の連続量(長さ)でPは面積,そしてProduct of measuresにおいてはAとBとPはそれぞれ異種の量です。