かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

かける数が1あたり

広く許容されている,かけ算の基本的な関係式は

  • a[d1/d2] × b[d2] = p[d1]    <1>

という形で表せます.
ここでa,b, pは具体的な数で,aは「かけられる数」または「被乗数」,bは「かける数」または「乗数」,pは「かけ算の答え」または「積」と呼ばれます.かけられる数とかける数を区別しないときは,aとbを「因数」と呼びます.
d1とd2は「単位」または「次元」です.“[”と“]”は,上のように文字式で表したときに文字を区別するために入れた記号であり,日常においては適宜省かれます.単位そのものを書かないことも,数多くみられます.また小学校の算数では,100cm=1mといった等価な量の関係を除いて,式の中に単位を書かないことが,学習指導要領,授業指導案,問題集,学力テスト問題などから読み取れます.
“[d1/d2]”は,d1とd2という2つの次元をもとに,“除法的に”得られる一つの次元です.“/”はパー(per)と呼ばれることから,「パー書きの単位」であり,a[d1/d2]は「パー書きの量」となります.数学教育協議会の人々の著書・活動から,「1あたりの数」「1あたり量」「内包量」とも呼ばれます.


さて,日常生活で,また小学校の算数の授業からも,

  • b[d2] × a[d1/d2] = p[d1]    <2>

と表すことができる関係式が見つかっています.

実際,エネルギー量の件で記した等式「10cm×7000kcal=70000kcal」は,「10[cm]×7000[kcal/cm]=70000[kcal]」の簡略化された表現とみることができます.
<2>は,次のように解釈できます.「×a[d1/d2]」が,b[d2]とp[d1]の間の乗法的関係*1を結びつける関数作用素となります.そして,aの次元は,bとpのそれらをもとに,次元解析によって定まります*2
このときaは,先ほど書いた「1あたりの数」「1あたり量」とは異なる経緯で得られた量です.それを区別するために,「単位あたり量」と呼ばれます.なお,学習指導要領では「単位量当たりの大きさ」と表記されています.
違いは次のとおりです.「1あたりの数」は,“除法的”構造が背景にありつつも,教育の場では乗法の構成要素すなわち因数の一つ(そして被除数に位置づけられる数または量)として導入されます.それに対し,「単位あたり量」は,既知の2つの量の商によって算出します.人口密度や速さが,その代表的なものです.
ただし,このように「単位あたり量」「内包量」を得たとしても,<1>の形で関係式を表し,<2>の形が見られない*3のが,『算数・数学科重要用語300の基礎知識』『量の世界―構造主義的分析 (1975年) (教育文庫〈8〉)』です.
テーブルの数のところで文献情報を書いた,Vergnaudでは,「a × b = x」という等式と,「×a」が見られますが,「a×」とは書いていません*4.これを「海外では,かける順序はどちらでもいい」と解釈することもできますが,かける数をa[d1/d2]にするかb[d2]にするかによって,異なる2種類のかけ算の作用(operation)そして意味を見出していると,理解するほうが,算数・数学その中でも比例に対するイメージを,より豊かにできると考えています.
このもとで,<1>と<2>はともに「意味のある式」と言えます.
なお,<2>を発端とする検討は,書籍を読めて数学の諸概念が利用できる,大人モードのもとで実施している点に,注意をしておきたいと思います.すなわち,小学校の算数への活用は,期待できません.仮にそれをするなら,集合や写像の話を避けて通ることができません.そうすると,「数学教育の現代化運動」への見直しも,必要になります.安易に<2>の形も認めろと主張すると,算数・数学教育の歴史を学んでから言えと返されるのです.


なのですが,集合や写像に立ち入らないようにして,<2>から次元を取り除いた式も,小学校の算数の中で,見ることができるのです.
比例関係にある2つの量を用意し,一方がどんな値だと他方はどんな値になるかについて,2行(列数は任意)からなる表を作ります.
そこで,同じ列の上下の値の関係を式にすると,たとえば□=△×30と表せるわけです.この式は,「△(上の数)を30倍したら,□(下の数)になる」と読むことができます.
このように,単位を考えないようにして,2つの数量の関係を式で表すことは,学習指導要領でも記載されています.4つの領域(数と計算,量と測定,図形,数量関係)のうち「数量関係」に属します.学年は4年と5年です.いくつか読んだ中から,違いをさぐるなら,4年は「□=△×4」のような単一の演算のみ,5年では「□=△×2−1」*5といったいわゆる一次関数の形を,対象としているようです.
ところで,□=△×30と表せる関係の場合,□=30×△と書くこともできます.理由としては2種類考えることができます.一つは演繹的な考え方で,まず□=30×△を決め,その△と□に値を代入していくと,常に等式が成り立つことを見ていきます.もう一つは,乗法の交換法則です.すなわち,△×○=○×△,□=△×30,○=30から,□=30×△を導出するわけです(これもまた,大人モードと言っていいでしょう).
結論は,次のようになります.

小学校の算数の出題において,「かけられる数とかける数を反対に書いてもよい(バツとされない)」のは,交換法則や,それに限らない数量の関係を○,△,□などで表すようになる時点,学年で言うと4年あたりからではないかということです.

2×30g

(最終更新日時:Wed Jun 6 18:58:12 2012ごろ)

*1:次元を別にすれば,「bをa倍すれば,pとなる」ということです.

*2:ただし数学的・論理的には,<2>におけるaの次元を[d1/d2]と定義し,加減乗除まで考慮することで,次元解析という手法に至る,とみるべきでしょう.

*3:<2>の式をバツにするかどうかは分かりません.2冊とも,授業などの指導書でも問題集でもないのです.

*4:誤植である,すなわち本当は「a×」と書きたかったけれど,「×a」になってしまった,という可能性はありません.「b→x」,そしてその矢印の上に「×a」が乗っている,そんな関係も,本文中に書かれているからです.

*5:改訂版「まるわかり!」小学校の算数 (わかる!できる!のびる!ドラゼミ・ドラネットブックス―日本一の教え方名人ナマ授業シリーズ)』p.155では,しずかちゃんが「奇数は偶数より1小さい数と考えれば、3=2×2−1、5=3×2−1…だから、□=2×△−1かしら?」と言っています.