かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

1.2は偶数?

 「1.2を偶数と言う子どもがいる」や「0は偶数だが,2の倍数ではない」について,子どもたちの理解と関連づけて書かれていました(pp.23-24,「(A)」「(B)」は原文では丸囲みのAとB).

 算数の学習場面では,「わかる」「できる」「知っている」という状態が混在しています。それは,「算数ができる子ども」「算数がわかっている子ども」「算数を知っている子ども」というふうに子どもに置き換えて表現してみると,それぞれ言葉が異なるように意味合いが違います。この中で,一番表面的で浅い理解を表したものは「算数を知っている子ども」です。
 例えば,低学年でも偶数や奇数という言葉を使う子どもがいます。多くの場合,このような子どもは偶数,奇数という言葉だけを知っている(知識)だけの状態です。だから,「1.2」という小数を見ても,「これは偶数だ」と言うのです。「偶数」という言葉に出会った子どもが自分なりにイメージしたことを結びつけただけの曖昧な状態なので,このような誤った反応が現れます。こういう傾向は,塾などに行って先取り知識を持っている子どもに多くみられます。特に質が悪いのは,その状態でその子ども自身は「自分はわかっている」と思い込んでいるという点です。このような曖昧な子どもの理解を正しい理解へと促すのが学校教育における算数授業の役割の一つだと言えます。
 「1.2」は小数です。偶数は整数を分類したものですから,当然「1.2」は偶数ではありません。小数第一位の「2」だけを見て偶数ととらえてしまっている子どもは,偶数を理解できていないということになります。一方,「1.2は小数だから偶数じゃないよ」と言える子どもは「算数がわかっている子ども」です。学校の算数授業では,このような「わかっている子ども」を育てています。
 余談ですが,{0,2,4,6,8,10…}という集合(A)と,{2,4,6,8,10…}という集合(B)の違いは「0」の有無です。偶数はどちらでしょうか。
 当然,集合(A)が偶数です。では集合(B)は何でしょうか。こちらは2の倍数です。5年生で倍数の学習をした子どもでも,偶数と2の倍数が同じだと思っている子どもはたくさんいます。このような正確な判断ができることが「算数がわかっている子ども」の姿であるということを改めて確認しておきましょう。

 「1.2」を偶数と判断するのは,「2で割り切れる」あるいは「最後の数が0,2,4,6,8のどれか」を根拠にしているのでしょうか。とはいえ前者だと,1.3も2で割り切れます。後者についても,1.3と等しい\frac{26}{20}は,分母分子とも最後の数が偶数だけど,偶数と見なすわけにはいきません*1
 上の引用は,子どもたちの発言の一端であるとともに算数教育はかくあるべしという著者の発露であるのを読み取ることができます。ただ,諸手を挙げて賛成というわけにはいかず,深読みしていくと,気になるところもあります。集合の表記は,「{0,2,4,6,8,10,…}」と,3点リーダの直前にカンマを打っておきたいです*2し,2箇所に出現する「当然」は,読者(想定読者となる小学校の先生ほか)がきちんと,どうして「当然」なのかを理解しておく必要もあります。「こういう傾向は,塾などに行って先取り知識を持っている子どもに多くみられます」と書くことで,塾などで先取り知識を持ち,かつ「算数ができる子ども」「算数がわかっている子ども」を,対象外とする効果もあります。
 とはいえ「先取り知識」という表現は,算数・数学の違いに気づくのにも有用かもしれません。例えば,「0は2で割り切れる」あるいは「0=2×0(2×整数)」を根拠にしたり,どこかの本やネット上の情報を根拠に,0も2の倍数だと言う子どもには,「0は0の倍数ですか? 約数ですか?」「0と0の公倍数は? 最小公倍数は?」「\frac14+\frac16を計算するとき,分母は0にしていいの?」などを尋ねることで,0を含めて約数・倍数を扱うにはいろいろな困難が見えてくること,そしてそのデメリットを受け入れてまで,0が2を含め任意の整数の倍数であるとしたとして,算数における意義や実用性はとくに大きくもないことには,注意したいところです。
 同書の「はじめに」では,新しい学習指導要領が告示されたことを踏まえて,不易流行の「不易」のところを整理した本であるとあります。脱稿された平成29年5月よりあとで,新しい『小学校学習指導要領解説算数編』に「このとき0は倍数に含めない」が盛り込まれて公開されたのですが,0は倍数に含めないことは,解説でない学習指導要領からも分かっていた,ということでしょうか。

*1:「偶数+偶数」「偶数-偶数」「偶数×偶数」はいずれも偶数ですが,「偶数÷偶数」は結果が整数となる場合に限っても,必ずしも偶数になるとは言えません。例えば260÷20=13により,確かめられます。

*2:偶数・奇数,約数・倍数(0は倍数に含めないことも)を学習したあとで,「偶数を小さいものから5個書きましょう」「2の倍数を小さいものから5個書きましょう」と問い,答えを比べて,0の有無の違いを学ぶという授業があってもよいように思いました。なお,プログラミングにおいて「0,2,4,6,8,…」と書くか,「2,4,6,8,10,…」と書くかは,wikipedia:オリジンと密接に関わるため,小学校のプログラミング学習(の教材研究)でも出現するかもしれません。