かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

「盗難事件に関する問題」の整理

 「盗難事件に関する問題」は,批判的な考察が行えるかどうかの例題として,よく参照されます。これは,PISA2003の数学的リテラシーの調査問題のうち,日本の正答率が,公開された中で最も低かったものです。正答率の算出には,完全正答率+部分正答率×0.5という,全国学力テストを含め国内の学力調査では見られない方法が採用されています。


 本記事作成のきっかけは,今月発売の雑誌に連続して掲載されている,以下の解説記事を目にしたことです。

  • [清水2017] 清水美憲: 事象を多面的に捉えて批判的に考えるための算数のメガネ, 算数授業研究, Vol.112, pp.12-15, 東洋館出版社 (2017).
  • [青山2017] 青山和裕: 統計的な問題解決と批判的な考察, 算数授業研究, Vol.112, pp.16-19, 東洋館出版社 (2017).

算数授業研究 Vol. 112 論究 XI

算数授業研究 Vol. 112 論究 XI

 雑誌には「論究XI」というナンバーが振られ,「「統計」を究める」と題して特集が組まれています。上記2つの記事で別々に,PISA調査の「盗難事件に関する問題」を取り上げています。
 この問題は,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/sonota/071205/002.pdf#page=23より読めます*1

 あるTVレポーターがこのグラフを示して、「1999年は1998年に比べて、盗難事件が激増しています」と言いました。
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 このレポーターの発言は、このグラフの説明として適切ですか。適切である、または適切でない理由を説明してください。

 この問題に対し,[清水2017]では以下のように解説しています(p.15).盗難事件数のグラフを含め,問題文そのものは,掲載されていません。

 過去に話題になった代表例には,OECDによるPISA2003年調査の「盗難事件」の問題がある(略)。これは,一部が省略されたグラフから,盗難事件の発生数の増加の傾向を把握する問題であった。日本の生徒の平均正答率は29.1%で,OECD加盟国平均の29.5%よりも低かった。データを注意深く読み取って,その妥当性について批判的に考察するには中学校修了時でも課題があるのだ。

 この段落だけを読むと,正答率の「日本…29.1%」「OECD加盟国平均…29.5%」は,「低かった」というよりも,「ほぼ同じ」と思わずにはいられません。またトップの国は何%だったのかなど,国ごとの状況なども書かれていません。
 Googleで検索してみたところ,同じ著者による2007年の文章がヒットしました。

(1)表やグラフから適切に情報をよみとること
 PISA2003年調査の「盗難事件」(Figure1)は,一部が省略されたグラフから,盗難事件の発生数の増加の傾向を把握する問題であった。日本の生徒の平均正答率は29.1%で,OECD加盟国平均の29.5%よりも低かった。また,フィンランドの生徒の平均正答率は45.8%であった。
(Figure1:省略)
 同様な問題には,「輸出」(日本の平均正答率64.6%; OECD平均正答率78.7%),PISA2003予備調査問題「二酸化炭素排出量の減少」,PISA2003枠組みの例示問題「犯罪の増加」などがある。
 これらの問題は,与えられた表やグラフから適切に情報を読み取ることを求める問題である。このような力の育成が,日本の数学教育における課題となっている。

 [青山2017]に視点を移しますと,p.19に,盗難事件数のグラフとともに問題文が囲まれています。同じ著者による,「研究動向からみた統計リテラシー」と題する2ページの解説*2でも言及されており,正答率については「この問題での日本の生徒の正答率は,全体で29.1%となっている。オーストラリア,カナダなど40%超の国が3ヶ国,30%超の国は6ヶ国,OECD平均が29.5%と日本の正答率はかなり低いものとなっている。」と記されています。
 「盗難事件に関する問題」が注目されている理由として,PISA2003の数学的リテラシーの調査問題のうち,公開された中で最も低かったというのがあります。以下のページで,表を見ることができます。

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 国ごとの違いのほか,解答類型や採点方法は,http://www.ocec.ne.jp/linksyu/pisatimss/sugakuriterasi.pdfより知ることができます。「盗難事件に関する問題」はp.19からです。完全正答(2点),部分正答(1点),誤答/無答(0点)の類型が書かれたのち,国ごとの表が掲載されています(p.22)。

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 「正答率は,完全正答の生徒の割合に,部分正答の生徒の割合を0.5倍して加えたものである。」という注も,興味深いところです。全国学力テストなど,国内の学力調査で,この方式で正答率を算出するものは見かけません。
 また次のページには,2000年と2003年との各国およびOECD平均の,正答率の変化が表になっています。

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 まず表2.5.26を見て驚くのは,日本が「完全正答」の反応率は,表に記載の中で最も低いのに,全体の正答率となると,OECD平均よりも少し低いくらいになっていることです。これは,先ほど「0.5倍して加えた」と書いた,部分正答の反応率の高さによると言えます。完全正答の割合が高ければその分,部分正答の割合は低くなるため,部分正答の反応率に関して順位をつけるのは不適切ですが,日本は35.4%で,OECD平均の28.1%よりも高く,正答率の高い各国と同程度にあると,見ることができます。
 経年変化の表2.5.27の中で,目につくのは,最下段のイタリアの「25.0」という,正答率の向上のところです。これこそ「激増」です。2000年で,記載された中では最下位のイタリアが,2003年にはトップクラスにまで上がっています。
 ですがこの2回のPISA調査の間に,イタリアが教育面においてめざましく向上したというわけでもなさそうです。
 それよりも「盗難事件に関する問題」については,採点基準に依存するところがあります。具体的には,誤答/無答のコード01と,部分正答のコード11,完全正答のコード21,23について,境界があいまいであり,採点者泣かせの答案が出てきそうに思えます。とくにコード21および23によると,グラフからの数の読み取りや,増加率の計算といった,数的処理のない解答でも完全正答扱いとなり得えます。2000年は厳しめに採点したが,国ごとの比較がなされるのであれば,2003年には甘く採点しよう,という心がわき上がらないとも限りません。
 とはいえ本記事の意図は,算出された正答率を,無視しようというものではありません。正答率に着目して読んでいくと,「100%に近づける努力」は学校の先生方だけでなく,学力調査の採点の段階においても,生じることを知ったのが,最大の収穫でしょうか。
 この種のグラフに対して,児童・生徒らが批判的に考察できるようになる方法として,類似問題を解かせるのと別に,自分で作ったグラフには,そこから読み取るべき事項を,数値を含めて簡潔な文として添える習慣をつけることを提案します。「盗難事件に関する問題」のグラフであれば,「1年で8件増加した。」がその文例となります。


 上記には入れられませんでしたが,「盗難事件に関する問題」「省略棒グラフ」と関連する情報にリンクします。

 それと,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387014.htmよりダウンロードできる『小学校学習指導要領解説算数編』*3によると,棒グラフは第3学年で,折れ線グラフは第4学年で学習しますが,縦軸を一部省略したグラフの実例は,「盗難事件に関する問題」を挙げたp.306以外にはなく,その種のグラフを作ることの指導は見当たりません。

*1:書籍だと,isbn:4324075719を,多くの情報源が挙げています。

*2:http://estat.sci.kagoshima-u.ac.jp/SESJSS/data/edu2004/06_aoyama.pdf

*3:[清水2017],[青山2017]とも,今年公表の『小学校学習指導要領解説算数編』への言及が見当たりませんが,算数授業研究 Vol.112に掲載の他の記事では参照されています。