かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

立方体を斜めに切ると~『お母さんは勉強を教えないで』より

 文庫本はAmazonマーケットプレイスで1円から購入可能となっていましたが,Kindle版を購入して読み終えました。高校で国語教師を務めながら塾では数学を担当してきた経緯や,塾での英語指導の一端*1を,あとがきにて読むこととなりました。
 本文のわりとはじめのほう,数学の問題の一つで,立ち止まりました。

 高校生または中一の生徒に三次元の数学を教えていると、立体をイメージできない生徒がかならず出てくる。ある女子高生に、
「まずこれやってみて。小四の問題よ。立方体の斜線の切り口はどんな形でしょう? 頭で立体を想像してね」(図4)


 問題は,「立方体アイウエ-カキクケの4点アキクエを結んでできる図形の名称を答えなさい」と書くことができます。
 図4のあとに,著者と生徒とのやりとりがあります。

「平行四辺形です」
 高校生でもこう答える人がいる。答えは長方形。図を見てだまされるようではだめだ。三次元空間の立体を頭でイメージできる能力が必要となる。(略)

 この問答を目にして,真っ先に思い浮かんだのは,「正方形は長方形」です。小学2年の,図形の弁別では,長方形はどれですかという問題に正方形を選ぶと,不正解になるという話です。正方形は長方形・まとめ (2014.11+) - わさっきで整理しています。正方形と長方形・まとめ (2018.04) - わさっきでは本記事へのリンクとともに,その後に得た情報を取り上げました。

 今回の図形では,「長方形は平行四辺形」に読み替えます。実際,アキクエは平行四辺形の要件を満たしています。辺アキと辺エク,辺アエと辺キクはそれぞれ長さが等しいからです。向かい合った2組の辺の長さが等しい四角形が,平行四辺形であることは,小学校でも学習します。
 だからといって「平行四辺形」を正解とせず,「図を見てだまされるようではだめだ」と切り捨てているのは,興味深いところです*2。なお長方形である場合に,平行四辺形と言わないことについては,「一般の図形の集合から,条件が付加されて特殊な図形の集合が作られたとき,その特殊な図形の集合に名づけられた名称が,その図形の名称となるということである。例えば,長方形も正方形も平行四辺形の条件はもつが,平行四辺形とよばず,付加された条件でできた集合の名称を用いるのである。」(『算数教育指導用語辞典 第四版』p.45)という解説が知られています。
 四角形アキクエについて,向かい合った2組の辺の長さが等しく,したがって平行四辺形の要件を満たすことが分かったら,次に確認しておきたいのは,この四角形のどの角も,直角であることです。平行四辺形では1つの角が直角と示せれば,残りの角も直角と言えるので,図4の最も手前に見える角,∠キクエが直角となることを確かめます。
 直感的には直角であり,実際に立方体を用意して切断する(『お母さんは勉強を教えないで』では「キッチンで大根を切ってきて見せるしかない」とあります)のも,一つの手段ですが,なぜ直角なのかを言う(演繹的に推論する)には,中学1年で学ぶ空間図形の概念,その中でも「空間における直線と平面との位置関係」を,必要とします。
 現行の『中学校学習指導要領解説数学編』より,該当箇所を抜き出します。

 空間における直線と平面との位置関係には,直線が平面に含まれる場合,直線と平面とが交わる場合,直線と平面とが平行である場合がある。直線と平面とが交わる場合の中で,特に直線が平面に垂直な場合については,直線が平面に対してどの方向にも傾いていないこと,すなわち,直線が平面との交点を通るその平面上のすべての直線と垂直であることをいう必要がある。
 しかし「平面が交わる2直線によって決定される」ことを基にすれば,直線が2直線の交点において,その2直線に垂直であれば,その2直線によって決まる平面に垂直であることが分かる。つまり,直線が平面と垂直であるかどうかを調べるときには,平面上の交わる2直線に垂直であることを調べればよい。

 これを使うと,次のように説明できます。

  • 直線キクと,正方形ウクケエを含む平面(Pとする)との位置関係について,(イキクウが正方形であることより)キク⊥ウク,(カキクケが正方形であることより)キク⊥ケクである。「直線が2直線の交点において,その2直線に垂直であれば,その2直線によって決まる平面に垂直である」より,キク⊥Pである。
  • キク⊥Pであることと,「直線が平面との交点を通るその平面上のすべての直線と垂直である」より,キク⊥クエである。
  • したがって,∠キクエは直角であり,アキクエは長方形である。

 「直線が2直線の交点において,その2直線に垂直であれば,その2直線によって決まる平面に垂直である」の証明は,直線と平面の垂直・三垂線の定理より読むことができます.ただし,証明の中で「Hを通るα上の任意の直線n」のような「任意の」の使い方は,中学の論証の範囲を超えています.「図に示すような,Hを通るα上の直線n」に置き換えることで,h⊥nの証明は中学2年の範囲内となります。とはいうものの,「直線が2直線の交点において,その2直線に垂直であれば,その2直線によって決まる平面に垂直である」を中学1年で学ぶ段階では,「位置関係から分かること」や「角度を測れば,直角なのが分かる(帰納的な考え)」に限定されます。
 立方体の切り方を工夫すれば,長方形でない平行四辺形ができることについては,立方体の切断問題より見ることができます*3。立方体を{(x,y,z)|0≦x≦4, 0≦y≦4, 0≦z≦4}としたとき,(3,0,0),(4,4,0),(2,4,4),(1,0,4)の4点を結んでできる図形です。

*1:英語の指導法そのものは,本文でも書かれていたのですが,数学の問題例や,「空はどうして青いの?」「朝日や夕日はどうして赤いの?」に相当するような,英語の出題が,本文を読んでいて皆無だったのでした。

*2:岸本裕史『どの子も伸びる算数力』[isbn:4093874603]より読むことのできる,「小さな子が6人いました。どの子も三輪車に乗ってきています。車輪の数は,みんなでいくつあるでしょう」と尋ね,「6×3=18」の式を書いた子どもに「ひっかかったわね。落とし穴にはまったわ」とおどける件と,関連づけることもできます。

*3:このPDFファイルの最初の公開https://web.archive.org/web/20120308034424/http://www.suguru.jp/cut.pdfでは,平行四辺形はありませんでした。