かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

速さは割合,でもかけられる数?

 東京新聞が4月6日付けで,算数・数学教育に一石を投じる記事を掲載しています。以下ではリード文と,「はじき」「くもわ」の絵を見ることができます。

 まだ当該記事は取得できていません。https://twitter.com/flute23432/status/982244902556741632から始まるツイートで,算数教科書にはその種の図が載っていない点とともに,記事に対する批判が書かれています。
 ところで,「はじき」の図では,速さの「は」は,左下に配置されます。その一方,「はじき」の図によることなく,速さを「単位時間あたりに移動する距離」ととらえたとき,速さ=距離÷時間と表すことができ,算数においては「異種の二つの量の割合」となります。
 単純化すると,「速さ」は「割合」です。しかし「はじき」の図にせよ,速さ×時間=距離という,言葉の式にせ,乗算記号の左側,「かけられる数」として書くことになります*1
 「くもわ」の図では,割合は右側,「かける数」のほうに配置されます。
 なぜ「速さ」は「割合」なのに,「かける数」とならないのかを考えてみると,単純化した中で切り捨てた「異種の二つの量の」が,重要な役割を果たしているように思えてなりません。
 すなわちこうです。同種の二つの量の割合,例えば白いテープの長さの3倍が赤いテープの長さになる,全体の人数のうち70%が女子である,といった場面においては,「3」や「0.7」が割合として,「くらべる量」「もとにする量」「割合」の3つで構成される「くもわ」の図の中では「わ」となります。
 それに対し,異種の二つの量の割合である速さを含め,パー書きの量は,「はじき」の図式の「は」に該当し,かけられる数に来ます*2。距離÷時間で求められる(平均の)速さや,金額÷分量で求められる単価などが,比例の関係における比例定数となるためです。
 単価の扱いについて,Vergnaud (1983)をもとに具体化を試みます*3。「1個15セントのケーキを4個買います。いくらになりますか」を出発点としたとき,日本の算数*4では,「15×4=60」と式を書き,「答え 60セント」とすることが期待されます。
 ここから小学校の算数を離れた議論となります。「15×4=60」に単位を添えて,「15セント×4個=60セント」と書いてみたとき,数量の扱いとして適切だろうかと考えてみます。次元解析の観点で,合っていません。左辺に合う,右辺の単位は,「セント・個」です(がこんな単位は日常見かけません)。
 そこで,かける数の単位の「個」を取り除いて,「15セント×4=60セント」とすれば,両辺の次元は合います。形式的に取り除いたのではなく,「1個だと15セント。4個買うのなら,金額は15セントの4倍必要だ。だから『×4』と書く」と考えます。かける数の数量を「~倍」と解釈することは,「7個15円の駄菓子を28個買います。いくらになりますか」のような,「1つ分の大きさ」が明示されていない場面のほか,5年でかける数が小数となる場合の「乗法の意味の拡張」でも活用できます。
 「15セント×4個=60セント」に対する,もう一つの修正の仕方は,「15セント/個×4個=60セント」です。これについて,左辺の次元を調整したという見方もできますが,算数教育に歩み寄ってみるなら,「個数と支払額との関係」となります。個数と支払額との関係を表にし,支払額÷個数*5を求めてみると,いずれにおいても一定です。その値は,個数が1のときの支払額であることから,「単価」と見なすことができ,小学2年で学習する「一つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」に割り当てると*6,単価が「一つ分の数」に,個数が「いくつ分」に対応する,という次第です。
 式を整理すると,次のようになります。

  • 「15セント×4個=60セント」は,おかしい(両辺の次元が合っていない)。
  • 「15セント×4=60セント」は,OK。
  • 「15セント/個×4個=60セント」も,OK。

 速さも同様です。「1時間で15km走ります。4時間走ったら,何kmですか」という問題について,単位を添えた式を並べると,次のようになります。

  • 「15km×4h=60km」は,おかしい(両辺の次元が合っていない)。
  • 「15km×4=60km」は,OK。
  • 「15km/h×4h=60km」も,OK。

 2番目の式では,「はじき」も,速さの式(速さ=距離÷時間,または,速さ×時間=距離)も使用しません。場面の関係をもとにします。例えばテープ図を使用して,15kmに対応するテープを4つ,つなげます。そうすれば2~3年生でも数量の関係が理解・表現でき,「15×4」の式を立てることができます。

(最終更新:2018-04-09 朝)

*1:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20160304/1457038746の前半に,関連する書籍などを報告しています。最初のツイートについては,「このページは存在しません。」と出ます。

*2:洋書を含む図の事例は,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150805/1438722422よりご覧ください。

*3:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140924/1411511070

*4:とはいえ,日本の算数で「セント」を用いた出題事例は思い浮かびません。1個15円のお菓子にすべきでしょうか。

*5:上記の「金額÷分量」も同等です。ただし分量と書いた場合には,「0.3m」など,小数で表される量(連続量)も対象となりますが,「個数」だと,分離量に限られます。

*6:表をもとに「個数×単価」や「時間×速さ」といった式を得ることも可能ですが,算数教育において実用性が乏しいようにも思えます。「時間×速さ」と言う子どもがいても,公式(言葉の式)としてクラス全員で理解し,思い出せるようにするには,「速さ×時間=道のり」とするわけです。ここに交換法則(時間×速さ=速さ×時間」)が暗黙のうちに使われています(関連:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20170124/1485210845)。どこかで教わった乗数先唱を根拠に,2×3=6を「さんにがろく」という子どもがいても,先生は面白いねと対応したのち,九九を唱える際には「にさんがろく」と言いましょう,となるのが予想されます。