かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

倍の概念は,乗法の意味の拡張か?

 https://twitter.com/hitoshi9948/status/1088350708452061184の画像に,気になる記述があります。左に「倍の概念と乗法の意味の拡張」と書かれています。
 本文を書き出します。

第4段階 第3段階までにとらえた「○の□つ分」としての乗法の意味を拡張する。教科書p.10 4では,3cmのテープの2つ分の長さを求める場面を取り上げ,3cmの2つ分のことを3cmの2倍といい,3cmの2倍の長さを求めるときも,3×2という乗法の意味になることをとらえさせる。これは,「基準とする量のいくつ分」という倍概念の基礎となる考え方である。

 倍概念が「基準とする量のいくつ分」と表現できることには,異論ありません。そしてこれは,同じ画像に見える「「1つ分の数」の「いくつ分」のときの「全部の数」」と少し異なるとらえ方であると言うのも,差し支えないでしょう。
 しかしながら2年の指導において(「4つの段階で学習を進める」と書いており,教科書は2年のものと推測できるので),倍概念は「1つ分の数×いくつ分」という乗法の意味の「拡張」であると位置づけるのには,違和感を持ちました。
 個人的な理解は,次のとおりです。「1つ分の数×いくつ分」により乗法を意味づけておけば,倍概念のうち被乗数も乗数も整数の場合や,直積でモデル化できる場面についても,かけ算の式で表すことができ,実際に2年の教科書や授業で取り入れられています。倍概念の学習そのものは,乗法の意味を拡張していないのです。
 「倍概念」と「拡張」に関して,次期の『小学校学習指導要領解説算数編』に,分かりやすい文章が入っていました(p.191)。第4学年です。

(ア)小数を用いた倍
第3学年までに,整数を用いた倍のみを扱い,ある量の二つ分のことをある量の2倍というなどと,「倍」の意味を「幾つ分」として指導してきている。第4学年では,ある量の何倍かを表すのに小数を用いてもよいことを指導し,「基準量を1としたときに幾つに当たるか」という拡張した「倍」の意味について理解できるようにする。

 解説のつかない,次期の小学校学習指導要領の算数では,第4学年A(4)(小数の仕組み)が関連し,その中の「ある量の何倍かを表すのに小数を用いることを知ること。」は,現行の指導要領にはない記述です。
 指導書に記述されているという,冒頭のツイートの画像の内容は,次期解説とは異なるのだ,と読むこともできますが,現行の解説や,これまでの授業実践・出版物で第5学年で「小数の乗法」と関連づけながら検討されてきた「乗法の意味の拡張」を,乗法を学ぶ時点にも取り入れようと,先取りしたと解釈するのがよさそうです.
 「乗法の意味の拡張」に関しては現行と次期の『小学校学習指導要領解説算数編』のPDFファイルをダウンロードして「拡張」の出現箇所をチェックすることをお勧めします。そのほかメインブログの以下の2つの記事で取り上げてきました。前者については先月末に,まとまったアクセスがありました。

 書籍では,中島健三『復刻版 算数・数学教育と数学的な考え方』に目を通しておくといいでしょう。第2章第1節です。
 同書のp.71には,藤沢利喜太郎『数学教授法講義』より「分数における姑息手段」を紹介しています*1国立国会図書館デジタルコレクションでアクセスができて,「...故に分数をも数と云ふと同時に数と云ふと同時に言葉の意味が拡張せらるるのであります.今分数を掛けると云はば...」という形で「拡張」の文字を,p.203(コマ番号111)に見つけることができました。


 「かけ算の順序」にどのくらい関心があるかどうかを知る,シンプルな質問は,「高橋誠さんの『かけ算には順序があるのか』を読まれましたか?」です。
 戦後のかけ算の指導にとどまらず,次期学習指導要領を見据えた算数教育について,同じように質問をするなら「『算数・数学教育と数学的な考え方』という本はお持ちですか?」となります。これについては「いいえ」と「2015年に出た復刻版を持っています」と「金子書房のを持っています」の3通りの答えがあります。

*1:関連:http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2017/04/07/054149。途中に中島健三の論文などを紹介したのですが,『算数・数学教育と数学的な考え方』での言及については,当時気づいていませんでした。