かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

『学校に入り込むニセ科学』の「かけ算の意味」の意味

 Kindle版を購入し,「かけ算の順序強制問題」を読みました。この節は,「ニセ科学ではないが、学校にはびこる悪しき慣例に、かけ算の順序強制というのがある。」という文から始まります。
 ところで,「かけ算の順序強制問題」というタイトルの特別寄稿が,RikaTan 2014 秋号に掲載されています.著者は黒木玄氏です。とはいえRikaTanは「編集長 左巻健男」で刊行されたきた季刊誌で,2010年代前半のインターネット上の「かけ算の順序」の状況を踏まえて,左巻氏が黒木氏に執筆を依頼したのは想像にかたくありません。それはさておき,特別寄稿の記載と,2010年代が終わろうとする中で刊行された新書の内容とに,ずいぶんと重なりがあります。
 例えば両者には,1951年改訂の小学校学習指導要領算数編(試案)のIV第1部7(3)「計算などについて,理解をもたせる」という出典と,「一冊5円のノートを,6冊買ったら,いくら支払えばよいでしょう。」から始まる,http://www.nier.go.jp/guideline/s26em/chap4-1.htmから読むことのできる文章が含まれています*1。授業例として花まる先生の件を取り上げ(引用の仕方や箇所は異なりますが),「肯定的に紹介している」と書きながら,著者はともにその授業に否定的であることも,読めば容易にわかります。
 2件の出版の間で,小学校の学習指導要領が改訂され,その算数の解説に,「被乗数と乗数の順序」が入ったこと,また解説のつかない指導要領において従来からも,4年で「小数×整数」,5年で「小数(整数を含む)×小数」と学習が分かれており*2,それぞれで活用するかけ算の場面が異なることには,言及がありません。
 『学校に入り込むニセ科学』の「かけ算の順序強制問題」の節,そして第8章(他にもいろいろニセ科学)は,以下の文章で締めくくっています。黒木特別寄稿に,これに対応する記載は見当たらず,左巻氏の独自見解と読みとっていいでしょう。

 私は、かけ算の導入部分で、「タコが2匹います。それぞれ足は8本。全部で足は何本?」という問題をやるのはよいと思う。そのとき、「タコ1匹に足8本」が2匹で、8本×2匹でも、2匹×8本でもよいという考えだ。そのどちらも「かけ算の意味」はあるのではないか。

 このような「かけ算の導入」を行う,国内外の授業やWebの解説資料を見かけません。「かけ算の意味」,英語だと"meaning of multiplication"について,導入の段階では,かけられる数とかける数に区別を持たせるのが,広く普及しています。
 このことを,"meaning of multiplication"の検索結果を通じて確認できるのは,例えば以下の2件です。

 ただし海外ということもあり,「かける数(いくつ分)×かけられる数(1つぶん*4の数)」の形です。前者の中で,交換法則に関連する式として「6 × 3 cm = 3 × 6 cm」が書かれていますが,タコの件に当てはめると(そして日本式の順序にすると)「8本×2=2本×8」となります。「3cmが6本」と「6cmが3本」,「8本足の生物が2匹」「2本足の生物が8匹」とでそれぞれ,総量・総数は同じでも状況(数量の関係)が異なる,と言うこともできます。
 なお「かけ算の意味」という観点では,「被乗数と乗数」のほかに「因数(どうしのかけ算)」も重要で,古くはhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826836/32の40番*5で知ることができます。「因数」による意味付けが紹介されたあとでも,「名数にある数を掛けて得たる積は被乗数と同名なり」の形で,被乗数(名数)と乗数(ある数)との区別を指摘している内容であり,「間口十間奥行十二間の地面あり其坪数を問ふ」は,因数どうしのかけ算(現在においては「量の積」)を,「被乗数と乗数」のかけ算に帰着しています。現代であればGreer (1992)の分類表を見ておきたいところです。
 左巻氏の頭にある「かけ算の意味」に従った二つの式について,関連しそうな授業は,当ブログとメインブログを検索したところ,2件ありました。

 ただし「2匹×8本」の形の式を認めているわけではありませんし,導入の段階ではなく,かけ算を十分に学習したあとでの出題となっていることを,付記しておかないといけません。

*1:ただしこれは「5×6」が正解,「6×5」が間違いの文章題です。2つの数をひっくり返して,かけ算の式にすることが期待される(1951年改訂の小学校学習指導要領算数編に記載の)文章題は,http://www.nier.go.jp/guideline/s26em/chap5.htmに見られる「3人のこどもに,えんぴつを2本ずつあげようと思います。えんぴつがなん本いるでしょう。どんな九々をつかえばわかりますか。」のほうです。

*2:http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2018/03/10/061409

*3:https://www.nctm.org/store/Products/Putting-Essential-Understanding-of-Multiplication-and-Division-into-Practice-in-Grades-3-5/の本の,無料サンプルと思われます。

*4:『学校に入り込むニセ科学』では,2箇所,「1つぶんの数」と表記されています。算数教科書で見かけるのは「1つ分の数」です。

*5:先にhttps://ameblo.jp/metameta7/entry-12100830585.htmlを読んでおくことをお勧めします。