かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

逆順式解釈

コニーは4個のおもちゃの車を買いたい.1個は5ドルする.いくら払わないといけないか?

 上記の文章題について,(現在の日本の)算数の知見をもとに,4×5を正解とし5×4が不正解となる状況を検討します。
 「しき 5×4=20 こたえ 20ドル」が正解であることに,異論を唱える人はいないと思われます。算数の教科書で見かける「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」に適合した式です。
 そして5×4と式を立てたとき,九九に習熟していない子どもでも,5+5+5+5=20(累加または同数累加と呼ばれます)として答えを求めることができます。おもちゃの車1つ1つに,「5ドル」のおもちゃの紙幣を添えてから,4台の車はコニーのもの,5ドル4枚は売り手のもの,とすれば具体化・可視化ができます。出現するどの数も「ドル」であることを明確にするため,「5ドル+5ドル+5ドル+5ドル=20ドル」と書きたいところですが,これは算数の教科書で採用されていません。
 「しき 4×5=20 こたえ 20ドル」は,どうでしょうか。順序の強制か,意味の理解かの末尾に示した内容をもとにすると,2種類の理由で,式は間違いだと言うことができます。一つは「それは,4ドルのおもちゃの車を5個買うときの式だよ」で,もう一つは「それだと答えは車の数になるよ」です。
 後者は,累加を4×5=20の式に適用することで得られます。左辺の4×5について,累加で考えると,「4個+4個+4個+4個+4個」で20個です。しかし求めるべき数量は「個」ではなく「ドル」で,合っていません。
 ここで,コニーの文章題の出典を挙げておきます。

  • Vergnaud, G. (1988). Multiplicative Structures. In Hiebert, J. and Behr, M. (Eds.), Number Concepts and Operations in the Middle Grades, Vol.2, pp.141-161. [isbn:0873532651]

 対応する原文はp.146の,"Twenty dollars cannot be 5 cars + 5 cars + 5 cars + 5 cars."のところです*1。この文には"Young students apparently are aware of this"と続きます。「それだと答えは車の数になるよ」は,先生が間違いの理由として指導するのではなく,子どもたちの気づきとして,記されています。
 コニーの文章題の,メインブログでの初出は以下の記事です。他書をもとに,「それは,4ドルのおもちゃの車を5個買うときの式だよ」と同様の話を含む授業例も取り上げています。

 ここまでの内容と関連する,メインブログの古い記事と,当ブログで今年リリースした記事には,以下の4つがあります。Vergnaud (1988)は国内外で引用されており,順序論争から離れて「小学校で学ぶべきかけ算は何か」の答えを探るのに適した文献の一つと言えます。

 ところで「しき 4×5=20 こたえ 20ドル」を正解とする理由も知られています。「4個×5ドル/個=20ドル」と解釈すればいいのです。Vergnaud (1988)に,この式は見当たりませんが,以下のような「またぐ」関係により,単価をかけるというかけ算を認める記述が含まれています。

 この考え方については,当ブログ設置の年にも記事を書いているほか,メインブログでも整理を試みています。

 単価を含め「1あたりをかけること」が,認められていないのは,先ほどの"Young students ..."の件とも関係しますが,かけ算を学習する段階ではその種のかけ算が重要視されていないことの反映であると考えられます。上の学年はというと,来年度から使用されるある4年の算数教科書で,あるキャラクターのセリフの「表をたて*2に見て○が□の何倍になっているかに注目することもあるんだね。」が,「またぐ」関係と同等になっています。
 「かけ算の順序は,どの時点でこだわらなくてもよいことにするか?」という問いを立ててみると,その答えの一つとして,4年の「変わり方」を学習したとき,と言うことができます。

*1:前後の文に"procedure d"が入っており,これはp.144の"d) 4 + 4 + 4 + 4 + 4 = 20"のことですので,"Twenty dollars cannot be 4 cars + 4 cars + 4 cars + 4 cars + 4 cars."のほうが文脈に合っています。

*2:Vergnaudの図式は,M1およびM2と書いた列ごとに,同種の量になっているのに対し,(日本の)算数の教科書で見かけるのは2行・任意列の表で,同じ行の数値が同種の量(異なる行の数値は一般に異なる量)となります。関連:http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2018/02/24/050737