かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

児童が小数の乗法の文章題において正しく演算決定・演算処理できるためには

 かけられる数とかける数の非対称性は,5年の算数においてこそ重要となってきます。例えば「180×2.5」を,「180と2.5をかけ合わせたもの」ではなく,「180の2.5倍」あるいは「『180』『×2.5』」ととらえます。文章題や実際の場面においても,子どもたちは,基準量の何倍といった形で,2つの数量を区別して認識できるようになることが,高学年の算数教育で期待され,実践されてきたと言えます。
 2000に出版され,2011年に知ってメインブログで取り上げた文献を,読み直しました。

 いくつか,関連情報を見ておきます。2000年(平成12年)より前の平成10年に,小学校学習指導要領は改訂されていますが,これは平成14年からの施行です。平成元年告示の小学校学習指導要領に基づいており,参考・引用文献にも「文部省(1989)」として記載されています。算数は,https://www.nier.go.jp/guideline/h01e/chap2-3.htmより見ることができ,小数×整数(乗数や除数が整数の場合の乗法及び除法ができること)は第4学年,整数または小数×小数(乗数や除数が小数である場合も含めて、乗法及び除法の意味をまとめること)は第5学年の学習内容です。
 『数学教育学研究ハンドブック』*1の第3章(教材論)§2(演算の意味・手続き)では,上の文献ではなく,同じ著者による1999年の文献が,引用文献・参考文献に入っています。メインブログでは2011年に(例えば「被乗数と乗数の区別」を調査 - わさっきhb「倍」と「積」から学んだこと - わさっきhb)取り上げています。
 それとp.2には「小数の乗法の意味とは,「基準にする大きさをBとしたとき,このBに対する割合がpであるようなAを求める操作がB×pであるとまとめられたもの」である。」という文が,出典なしで書かれています。ここでAとBを大文字,pを小文字で表記しているのは,中島健三(1980)が背景にあるように思います。2015年に復刻版が出ています(割合を表す文字はPかpか)。
 今回の文献の目的と対象,そして実施内容は,最初のページより読むことができます。

 本稿の目的は,小数の乗法の指導によって,小数の乗法の文章題における演算決定に関する学習状態がどのように移行していくかを明らかにすることとする。以下では,「小数の乗法の文章題における演算決定に関する学習状態」を単に「小数の乗法の学習状態」と略記する。小数の乗法とほ,乗数が小数である乗法のことである。被乗数が小数である乗法は,整数の乗法に含める。本稿では倍(multiple)に関する小数の乗法を考察の対象とし,積(product)に関する小数の乗法は取り上げない。なお小数の乗法の学習内容によって,学習期間が長期間にわたるものと短期間で達成されるものがある。ここでは,小数の乗法の単元において学習されていくもの,すなわち短期間に達成されるものに焦点を当てる。
 研究目的を達成するために,実験授業を行う。小数の乗法の指導による個々の児童の学習状態の移行は事前・事後調査を通して判定される。さらに学習状態が移行した児童と移行しなかった児童との間の違いについて,児童が実験授業中に行ったワークシートやプロトコルに基づいて考察する。

 このうち「倍(multiple)に関する小数の乗法」「積(product)に関する小数の乗法」が具体的に何なのかを知るには,引用している「Greer, 1992」の文献が有用です。サンドイッチの乗法構造で取り上げた,10種類の分類名のうち,「Multiplication problem」「Division (by multiplier)」「Division (by multiplicand)」の問題例が書かれている7種類が,倍(multiple)に関する乗法に該当し,それに対して「Division (by multiplier)」「Division (by multiplicand)」の区分けがない3種類は,積(product)に関する乗法(そして今回の文献の対象外)となります。
 得られた成果は,p.7の「5. おわりに」で整理されています。

(略)短期的な指導効果として,小数の乗法の演算処理と演算決定の両方ができるようになった児童は少なかった。全体的な傾向として本稿で設定した学習状態は,基本的には1段階ずつ移行していくものと言える。
 学習状態が移行した児童と移行しなかった児童を比較したところ,次のような活動が学習状態の移行に有効である可能性が示唆された。
(1) 小数の範囲における比例を理解すること。
(2) 具体的場面と小数の乗法とを関係づけること。
(3) 多様な表現手段によって小数の乗法を表現すること。

 「移行」の対象となる,学習状態は,p.3の表1で図式化されています。

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 「演算決定できる/できない状態」と「演算処理できる/できない状態」の判定をするための問題が,p.2で箱囲みになっています。「演算処理」の問題はいずれも整数×小数の形*2で,2問とも正答のとき「演算処理できる状態」としています。それに対し「演算決定」の問題は,被乗数は整数か小数か,乗数は1より大きいか小さいかで,4通りを用意し,「演算決定が容易にならないように,整数の加法,減法,除法を計4問加え,無作為に配列」するとともに「式だけを求めなさい。答えを出す必要はありません」と指示した上で,4問中3問以上の正答で「演算決定できる状態」と判断しています。
 2つの判定方法そして基準が異なっているのは,演算決定にせよ演算処理にせよ「できる状態」の児童を拾い上げるために採ったものと推測します。計算ミスや判断ミスにより,個別に検査すれば「できる状態」であるような児童も,この文献に書かれた調査問題で「できない状態」と判断される可能性があります。実際,事前調査と事後調査の結果,状態(4)から状態(2),状態(3)から状態(1)に移行となった児童が1人ずつ,p.4で報告されていますが,実験授業により演算決定ができなくなったという結論にはしていません。
 結論の「比例を理解」「具体的場面と小数の乗法とを関連づける」「多様な表現手段」については,その直前,4.4.1-4.4.3項で詳しく書かれています。4節では,「事前調査と事後調査でともに状態(4)であった児童N,改善がみられた児童S,改善がみられなかった児童K」という3人の図や求め方を見ることができます。その中で,こうやって演算決定・演算処理をして答えが求められようになってほしいと,著者が期待するのは,p.5の左カラム,「児童Nのワークシート(1)」と思われます。

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 図に書かれ(したがって児童Nが手書きし),4.1節と4.4.1項の両方に著者の分析として出現する「×2.5」が,小数の乗法のエッセンスであるように見えます。「1mのねだんが180円のリボンを2.5m買いました。代金は何円ですか。」という問題に対して,「180円と2.5mをかける」や「180円/m×2.5m」ではないのです。「1mから2.5mにすると,代金は180円からその2.5倍になる」と考えることで,2.5倍を「×2.5」に,そして代金を求める式を「180×2.5」と表せます。ここまでは演算決定です。
 次に演算処理ですが,180×2.5を,18×25という整数どうしのかけ算に帰着して,450を求めています。採用している根拠は,「かけられる数を10で割って,かける数を10倍しても,かけ算の答えは変わらない」という,計算の性質ではなく---1時間目の授業なのでこれは学級内で共有されていないと思われます---,説明の中に「0.1mは18円だから」と入っていることから,0.1mの25個分として,代金を計算していることが読み取れます。
 富山大学教育実践総合センター紀要*3の最初の巻のトップを飾るのにふさわしい,8ページながら骨太の内容と,読んで思いました.英語タイトルの最初の単語の「Sift」,Key wordsの最後の「choice operation」が,残念ではあります(それぞれ「Shift」「choice of operation」と思われます).

*1:[isbn:9784491026268]

*2:ただし1問目は乗数が1より大きく,2問目は1より小さい数です。乗数が1より小さいときには,積が被乗数より小さくなることを背景とした,意図的な設定と思われます。

*3:http://www.cerp.u-toyama.ac.jp/bulletin/index.htmlによると「富山大学教育実践総合センター紀要」は平成17年度までで,その後は「富山大学人間発達科学研究実践センター紀要」となっています。