かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

19世紀の被乗数と乗数と因数,そして順序を含む問題

 以下では,上記文献からの書き出しを行っています。原文のカタカナはひらがなにし,合略仮名も,「こと」「とき」のように現代の表記に替えています。漢字は基本的に現代のものにしています。
 「掛け算或は乗法」は,p.34(コマ番号22)から始まります。

 31. 7に5を掛けるといふことは7を五つだけ探りて加へ合はせるといふことなり,即7に5を掛けたるものは 7+7+7+7+7=35 なり。
 掛ける,掛け合はせる,乗ずる は何れも同じ意味の辞なり。
 第一の数に第二の数を掛けるといふことは第一の数を第二の数が示す度数だけ探りて加へ合はすといふ意にして,第一の数を被乗数,第二の数を乗数,被乗数に乗数を掛けて得る結果を積と称す。
 掛け算或は乗法は被乗数と乗数とを知りて其積を索むる計算なり。

 倍概念,交換法則,そして因数については,次のページ(p.35, コマ番号22)です。

 掛け算の符号は × にして掛けると読む,例へば 7×5 を 7 掛ける 5 と読む。
 7に5を掛けたるものを7の5倍と称す,又7に5を掛けるといふ代りに7を5倍するともいふ。
(略)
 32. 被乗数と乗数とを交換するも其積は変はることなし,例へば
    6×4=6+6+6+6=24,
又   4×6=4+4+4+4+4+4=24,
故に  6×4=4×6.
 被乗数と乗数とを交換するも其積は変はらざるが故に其積にのみ着目する場合には特に被乗数乗数といふ名を附し彼れ此れ区別するにも及ばぬことなり,依て斯くの如き場合に於いては被乗数乗数雙方を因数と称す。

 「順序はどうでもよい」は,その次のページ(p.36, コマ番号23)です。「因数の順序」また「数を如何なる順序に」であり,「かけ算の順序」や「被乗数と乗数の順序」ではありません。それと式を見る限り,一つの式に複数の「×」があるとき,左の「×」から計算しています(2×3×5=2×(3×5)=2×15=30という計算の仕方は出現しません)。

 若干の数を掛け合はせて得る積の値は因数の順序に係はらず,換言すれば,輿へられたる幾つかの数を次第に掛け合はせて得る積は,其れ等の数を如何なる順序に掛け合はせるも変はることなし,例へば
 2×3×5=6×5=30,3×2×5=6×5=30,5×2×3=10×3=30,
 2×5×3=10×3=30,3×5×2=15×2=30,5×3×2=15×2=30,

 整数や小数のかけ算の求め方などを経て,被乗数と乗数に関する注意書きが,p.54(コマ番号32)にあります*1

 40. 掛け算の総ての場合に於て乗数は必ずや尋常の数即不名数ならざるべからず,例へば5を三円倍する或は7円を3里だけ探るといふが如きは全く意味なき言なり,これに反し被乗数は尋常の数にても又名数にても可なり。
 名数に或る数を掛けて得たる積は被乗数と同名なり。
 名数に或る数を掛けるときに,運算の途中に於て便宜上被乗数と乗数とを交換するは妨げなし。

 問題集の中に,かけ算の順序を含む問題がありました(pp.58-59, コマ番号34)。

16. 東京より京都までの鉄道哩数は329哩にして,一哩は.40978里なりとするときは,東京より京都までの鉄道里程如何。
17. 電光を見たるより十七秒を経て雷鳴を聞きたる人あり,今音の速さを一秒時に3.031町とするときは此の人の居りし所より雷までの距離幾何なるか。
21. 或る書物の頁数二百九十七,一頁十三行,一行の字数三十五字なるときは此の書物の総字数幾何。
22. 康熙字典に載せたる漢字の数は47216なりといふ,今一字を書くに平均0.00137時を要するとするときは此れだけの漢字を一通り写し取るに幾時間を要するか。

 これらの各問題について,数値を算用数字に置き換え,「被乗数は名数」「乗数は不名数」そして「名数に或る数を掛けて得たる積は被乗数と同名なり」を確認しながら,計算してみました。
 16. 0.40978里×329=134.81762里
 17. 3.031町×17=51.527町
 21. 35字×13×297=135135字*2
 22. 0.00137時間×47216=64.68592時間
 巻末には,答えとなる値(名数)のみが載っており,pp.268-269(コマ番号142)の記載は,「16. 134.82里弱」「17. 53.53町弱」「21. 十三万五千百三十五字」「22. 64.68字余」でした。
 かけ算以外に関して,除法は包含除先行であり,(甲)と(乙)そして(第一)と(第二)により,包含除と等分除の説明がなされている(ただし「包含除」「等分除」の用語は見当たらない)こと,1は素数であることは,当時の算術の指導を知る上で興味深いところかもしれません。

*1:『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編』に取り入れられた「ここで述べた被乗数と乗数の順序は,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである。一方,乗法の計算の結果を求める場合には,交換法則を必要に応じて活用し,被乗数と乗数を逆にして計算してもよい。」と,内容面で大きく重なります。なお「名数に或る数を掛けて得たる積は被乗数と同名なり」の現代の状況については,昨年,海外文献などを取り入れながら,整理を試みています:http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2019/09/10/211914

*2:積の数の並びが面白いなと思い,電卓アプリと別の方法で計算してみると,35×13×297=5×7×13×11×27=(7×11×13)×(27×5)=1001×135=135135となりました。