かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

よく話題になるかけ算の順序問題の数学的背景

深い学びを支える算数教科書の数学的背景

深い学びを支える算数教科書の数学的背景

 あとがき(p.187)によると「本書は2013年に上梓された『授業に役立つ算数教科書の数学的背景』を加筆修正し新たに再構成したものです」とあります。2013年はトランプ配り,1988年はアレイ - わさっきhbの前半に取り上げた内容は,今回の本では字数を増やしてpp.11-12に収録されていました*1
 真新しく思えたのは,筆頭編著者による以下の文章です(p.8)。

 よく話題になるかけ算の順序問題を考えてみましょう。例えば「鶴が3羽います。鶴の足は全体で何本でしょう」というような問題です。「羽」「本」を任意単位,3羽,2本を量(数値×単位)とみなせば,2〔本/羽*2〕×3〔羽〕=6〔本〕になります。交換法則が成り立ちますので,3〔羽〕×2〔本/羽〕=6〔本〕になります。また,全体の本数をx本として,数値関係式を求めるだけであれば,x=2×3またはx=3×2になります。しかし,単に2×3=6〔本〕という表記は物理的な意味(数値の2や3)が曖昧です。2×3=6〔本〕(計算した後で括弧で単位をつける)というような記法は,物理量的な扱いと数値関係式の扱いが混在しており,世界的には余り見られない日本の初等中等教育独自の記法です。それゆえ,無用の混乱を招き,物理量の概念の正確な理解を妨げる原因にもなっています。単位(任意単位を含む)を伴った演算の初期段階においては,物理的な量(数値×単位)とみなして説明する方法が誤解を生じないで,発展性があるように思います。

 例示された数量に,戸惑いを覚えました。具体的には「2〔本/羽〕」や「3〔羽〕」や「6〔本〕」なのですが,まず,これらを物理的な量とみなしてよいのかを検討しておかないといけません。物理量といったときに連想するのは,長さ(そして面積や体積)や時間であり,連続量です。それに対して「3〔羽〕」も「6〔本〕」も,「2〔本/羽〕」も,分離量と見なされます(例えば「鶴が3.6羽います。鶴の足は全体で何本でしょう」という出題は意味をなしません)。パー書きの量を含む組立単位を,算数に適用することの妥当性を,この段落を含むセクション(第1章第1節)全体から読み取れることができませんでした。
 それから,「2〔本/羽〕」や「3〔羽〕」や「6〔本〕」を数値×単位に対応させているのも不可解です。「羽」,「本」,そして「本/羽」を単位とするのであれば,「2本/羽」「3羽」「6本」,そして「2本/羽×3羽=6本」や「3羽×2本/羽=6本」と表すのがより適切に見えます*3。ここに関しては,「2×3=6〔本〕」という書き方がおかしいねという主張のための例示という解釈もできますが,それは「かけ算の順序問題」と関係のない事項ですし,例えば全国学力テストでは出題にあたり,この種の書き方は回避されています。一例を挙げると,平成31年度(2019年度)の数学では「(総費用)=(本体価格)+(1年間あたりの電気代)×(使用年数)」といった言葉の式が箱で囲まれ,数値を割り当てた具体的な式は「(略)総費用は,80000+15000×3=125000となり,125000円です。」で,式と,単位付きの数量とが,書き分けられています。
 結局のところ,鶴の足の問題を通して,「物理量の概念の正確な理解」を提唱するのに無理がある(発展性がない)ように思います。物理量は物理量として適切に学び,その後,「2本/羽×3羽=6本」という式と照らし合わせる*4のであれば,実用上の意義はあるのかもしれません。

*1:読み比べると,田中さんと鈴木さんの立てる式が入れ替わっています。今回,「「式が何を表しているか」を当人が自覚し,式と具体(みかんや友達の数)の対応を言葉や図を用いて説明できれば本来何も問題ありません。」という文が付け加わっていますが,https://www.slideshare.net/takehikom/23-32-123835241/61でQ&Aの回答に記した「2×8では「タコが2本足だと考えている」ではなく,「タコが2本足になってしまう」です」が関連するように思いました。

*2:原文では「本」が分子で「羽」が分母の分数表記。以下同じ

*3:「3羽×2本/羽=6本」と表すことを算数の授業やテストにおいて是とする(バツにしない)かどうかはまた別です。関連:https://www.slideshare.net/takehikom/23-32-123835241/59

*4:授業例:https://takehikom.hateblo.jp/entry/20160527/1464296955