かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

「1つ分の数×いくつ分」は公式か?

 算数の2年の教科書に載っている「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」は,算数では,公式とみなされていません。『算数教育指導用語辞典 第五版』の公式の項目を読みながら,検討しました。

算数教育指導用語辞典

算数教育指導用語辞典

 この本のp.153の最初は「224 言葉の式・公式」で,この項目はp.155までの3ページを占めます。英語は「verbal formula, formula」です。また見出しの右には,1が白の箱囲みなのに対し,2から6まで網掛けされており,下には「A」の文字がありますので,第2学年から第6学年までのA(数と計算)の領域と関連する事項とされています。文章としては,言葉の式に関する8行の前文のあとは「3年」「4年」「5年」「6年」に分かれています。2年までの指導については「3年」の中に,また1年の状況についてはp.153脚注に,短く記されています。
 この3ページから,言葉の式を取り出してみます。

  • p.153: (鉛筆1本の値段)×(鉛筆の本数)=(代金)
  • p.153: (持っているお金)-(使ったお金)=(残りのお金)
  • p.153: (一つの値段)×(買った数)=(代金)
  • p.154: (長方形の面積)=(縦)×(横)
  • p.154: (正方形の面積)=(1辺)×(1辺)

 またp.155には2回,「(長方形の面積)=(縦)×(横)」が出現するほか,関数関係を式で表す例として,カッコ書きの中に「y=決まった数×x」というのも見られます。
 言葉の式はないものの,「公式にまとめていく能力」というのがp.154に示されています。具体的には,4年では「わり算のたしかめの式,四則の相互関係,交換・結合・分配の法則,正方形,長方形の求積公式,数量を□,△などの記号を用いて表すこと」,5年では「三角形・平行四辺形・台形などの求積公式,円周の長さ,百分率・歩合の求め方を□,△などの記号を用いて表すこと」です。さらにp.155の5年の中には「割合に関する公式,計算の法則に関する公式」というのがあり,同じページの6年では「分数の乗法・除法の仕方」「立体の体積を求める公式」「円の面積の公式」「関数関係を式で表すこと」も,「公式」という言葉の有無にかかわらず,「公式にまとめる」ことが期待されています。
 それぞれの公式は,言葉や記号を用いた等式で表現できると思いきや,「四則の相互関係」は少し異なります。思い浮かぶのは,□×△=○ならば,○÷△=□や○÷□=△が成り立つという,乗法と除法の相互関係*1です(×を+に,÷を-に置き換えれば,加法と減法の相互関係となります)。
 注意するのは,このような相互関係を考える際には,「□×△=○」「○÷△=□」「○÷□=△」が公式となるわけではない点です。「□×△=○ならば○÷△=□」と「□×△=○ならば○÷□=△」のように,2つの式を用いた命題を,構成することになります。
 『算数教育指導用語辞典 第五版』では,p.121に「四則の相互関係」という小見出しがあり,「□×7=△」と「△÷7=□」,同じかけ算の式と「△÷7=7」が,↔で結ばれているほか,「□×6=30 □=30÷6=5」と書いて,文章題を求める指導例を示しています。


 ここまでにおいて,「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」という,2年の算数の教科書に見られるかけ算の式が,出現しませんでした。『算数教育指導用語辞典 第五版』と『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編』を合わせて読む限りでは,この言葉の式*2は「公式」ではないと言ってよさそうです。
 公式にまとめる活動は,3年・4年あたりから想定されています。解説のつかない小学校学習指導要領の算数の第2学年,数学的活動には,「具体物,図,数,式などを用いて」解決・表現し,伝え合うという活動が書かれていますが,それぞれの場面・問題を解くための手段であり,言葉の式にすることはあっても,公式にするという意図ではない(作った言葉の式が,上の学年の学習事項の土台になるものではない),と解釈できます。
 公式でなければ何なのかというと,「×」を使用したルールを表したものとなります。これについて「定義」は適切な語ではなく,代わりによさそうなのは「意味付け」です。戦前戦後そして国内外の算数(算術・数学も)を見据えた上で,今の日本の算数で最も支持されている,かけ算の意味付け*3は「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」というわけです。
 「1つ分の数」「いくつ分」「ぜんぶの数」のそれぞれに,異なる語を割り当てることで,「(鉛筆1本の値段)×(鉛筆の本数)=(代金)」や「(一つの値段)×(買った数)=(代金)」といった言葉の式,そして公式が得られます。ただし算数においては単純な各語の割り当てではなく,一つまたは複数の具体的な事例に対し,「8×5=40」といった式*4を立てて求め,帰納的な考えを通じて「公式にまとめる」ことになります。

*1:解説のつかない小学校学習指導要領の算数では第2学年で「加法と減法との相互関係について理解すること。」が入っています。乗法と除法,また四則の相互関係というのは,記載されていませんが,『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編』のp.156に「加法と減法,乗法と除法の相互関係についても,式と図を関連付けて説明し,捉えられるようにする」というのがあるほか,「除法は,乗法の逆算」「等分除は,□×3=12の□を求める場合」「包含除は3×□=12の□を求める場合」というのがp.148に書かれており,第3学年の内容です。

*2:『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編』に書かれている,かけ算の言葉の式は,「(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)」(p.115)です。

*3:「乗法・除法の意味づけ」が[isbn:9784491026268]のp.74で述べられており,https://takehikom.hateblo.jp/entry/20111016/1318714233で紹介しています。

*4:「一つの値段×買った数=代金」を公式として(授業などで)認めていない段階では,「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」に基づいて立式します。このことは,言葉の式に乗法の交換法則を適用して得られる「いくつ分×1つ分の数=ぜんぶの数」「買った数×一つの値段=代金」がなぜ,算数において認められていないかを,説明するのに使えそうです。