かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

教育評価論から見たかけ算の順序(2021.07)

 今年見かけた情報をもとに,教育評価では古典的とも言える「診断的評価」「形成的評価」「総括的評価」を当てはめて検討していくことにします。先に結論をお知らせしますと,かけ算の順序を批判する中で書かれた,保護者向けの結果重視のアドバイスは,総括的評価から脱却できていない,ということです。

みかんを 3人の 子どもに くばりました。どの 子どもも 12こずつ もらいました。ぜんぶで 何こ くばりましたか。

教科書や指導書は絶対ではありません。1つの参考材料であり、「教科書を教える」のではなく「教科書で教える」のです。そのために、教員には免許制度があるのではないでしょうか?

 ここの批判,そして記事全体を読んでから,「学習指導案」への言及が記事に見当たらない点が,気になりました.
 いくつか例示すると,『算数科問題解決授業スタンダード』や『誰もができる子どもに活用力をつけるワクワク授業づくり―第2回RISE授業実践セミナーの報告』より,「みかんを...」と同種の問題,すなわち文章題で出現する2つの数をひっくり返して式で表すことが,期待される授業と,子どもたちの反応を,読むことができます。以下で他の情報源と関連付けながら,紹介しています。

 そのほか,wikipedia:かけ算の順序で言及されている「伊藤宏の報告」では,「2けたの数をかける計算」の授業に先立って,実態調査(診断的評価)を実施しており,そこに「ここに4まいのふくろがあります。かずや君が,1まいのふくろにりんごを3こずつ入れました。りんごは,ぜんぶでなんこありますか。」の文章題があります。解答の状況をもとに,「文章の意味は分かるのだが,乗法の意味が明確に理解できていない」と分析しています。
 「伊藤宏の報告」が現在読めるページと,メインブログで取りまとめた見解について,リンクしておきます。

 「かけられる数とかける数の順番は不問でいいのではないか」という問題意識を入れつつ,小学2年生のかけ算の意味理解のためにプログラミングを導入したという授業や効果検証も,読むことができます。

 2行の表や九九の表を活用した授業事例を,それぞれ本をもとに,以前に紹介していました。


 Webで公開されている学習指導案や,書籍・雑誌(例えば「算数授業研究」)・論文から読むことのできる授業事例(多くの場合そこには子どもたちの反応が書かれています)を踏まえると,教科書や通説にとらわれない授業というのも見ることはできますが,2~3年のかけ算の授業で,manaviの記事のかけ算の文章題で「3×12」の式や,円グラフ付きで画像になっている件において解答Bを,正解とするような,授業事例は見当たりません.
 見当たらない理由として,2つを挙げることができます。まず,学習指導案に限らず実施する授業を文書化する際には,その授業を行うにあたり,それまで何を学んだか,その授業で得たことをその後(同じ単元のあとの授業や,上の学年で)どのように活用できるかについても,見通しを立てるのですが,「解答A、Bどちらも認める」という方針で授業を組み立てようとすると,それが難しいのです。
 「上の学年で」を,小学校学習指導要領の算数からいくつか取り出すと,第3学年の「乗数又は被乗数が0の場合の計算」,第5学年の「乗数や除数が小数である場合の小数の乗法及び除法の意味」が該当します。
 もう一つの理由は,かけ算の順序を批判して「このようにすればいい」という人々は,10年ほどツイートや出版物を見る限り,提案を実証するコストを払いたくないということです。
 出版物には,『授業に役立つ算数教科書の数学的背景』と,それを再編成したという『深い学びを支える算数教科書の数学的背景』があります。かけ算の順序を批判する内容が含まれており,Vergnaudやトランプ配りへの言及も見られます。当該箇所の執筆者は算数・数学教育に携わる教授で,小学校算数教科書の編集委員にも名前が入っています。しかしそれでも(執筆者本人による,または同書を典拠とした),Vergnaudの乗法構造(関数関係)やトランプ配りを踏まえた,2~3年*1のかけ算の学習指導案や授業事例を,うかがい知ることはできません。
 ここまでmanaviの記事の「意見2」に対する著者の意見について,見てきましたが,「意見1」についても,評価と関連して,考えることができます。
 赤字で「そもそも書かれている式だけを見て、その生徒が正しく理解しているかどうかを判断するのは不可能」となっている箇所について,算数では「式の読み」を行っています(小学校学習指導要領の算数に書かれた中の,「乗法が用いられる場面を式に表したり,式を読み取ったりすること。」が関連します)。期待される式が3×5のところ,「5×3と書いたら」として,場面(文章題・図など)と関連付けて,「かけられる数」「かける数」そして「かけ算の答え」が何を表すかを、授業で確認・共有しています
 授業(形成的評価)では「正しく理解しているかどうか」ではなく,「その式が何を表すか」を考えることになります。「その式が何を表すか」については,画像を作っています。

 タコが2本足の授業は,https://www.asahi.com/edu/student/teacher/TKY201101160133.htmlより読めますが,表示がおかしくなっています*2。ブラジル人の子の話は,小学校学習指導要領解説算数編と合わせて読みたい,2010年・2011年の文献で紹介しています。
 授業やドリル,また個別指導*3を通じて,「かけ算の意味の理解」を身につけさせているわけです。
 ここまでについて,関連するのは「形成的評価」ですが,他の言葉で表すなら「プロセス(過程)重視」です。これはmanaviの記事の結語で赤字になっている「点数ではなく、正しく考えていることを評価してあげてください」と対比するものと言えます---正しく考えていることを,答案を通じて(教師であれ「保護者の皆様方」であれ)評定することが「総括的評価」「結果重視」です。


 本記事のうち「授業事例が見当たらない理由」と「式の読み」に関しては,以下にてtakehikomの名前でコメントした内容がもとになっています。

 manaviの記事内の画像で,「解答Aのみ認める」「解答A、Bどちらも認める」と書かれていますが,これは曖昧な表現です。例えば,テストで不正解となる式を,児童らから,または授業によっては教師が提示し,児童らになぜ場面に適していないかを説明させる状況においては,「解答Bを認める」と言えます。テスト(総括的評価)では,「認める」と「正解」とを同一して差し支えなさそうですが,診断的評価や形成的評価では,教師の期待する正解と異なる答えを「認める」ことが,指導に含まれています。


(2021年12月追記)「診断的評価」に関して,教育評価論から見たかけ算の順序―若柳小学校事例の別考察 - わさっきhbより引用します。

 かずや君の問題は,診断的評価に関するものとなる.というのも,主題は「2位数×2位数」の授業であり,それを実施するにあたり,「計算の意味」とりわけ「乗法の意味」に関する学級の状況を把握するするための出題だからである.これと同様の形態で,文章題を通じて乗法の意味を調査している事例もある(引用は省略).いずれも,第3学年の授業実施にあたって,第2学年の学習内容の理解を確認している.
 このように,単元における学習としては,診断的評価,形成的評価,総括的評価,そして間を置いて外在的評価という時間的な流れがあるのに対し,「乗法の意味」など個別の学習事項に着目すると,そのための評価は,形成的評価,総括的評価,そして間を置いて診断的評価・外在的評価となっている点に注意をしたい.個人よりも集団の理解度を測るのに主眼が置かれる点と合わせて,この性質は,レディネステストと外在的テストの正答・誤答の状況が類似しやすいことを意味する.

 診断的評価においては,レディネスすなわち新たな学習の受け入れとなる学力を調査する.かずや君の問題では,「乗法の意味」である.その際,低い正解率となれば---筆者の期待としては一人でも正解できなかった者がいれば---学級全体に対し回復学習を行うこととなる.回復学習の時期には,テスト直後の答え合わせや,単元の開始時,授業の開始時,新たな事項を学習する直前などがある.いずれにせよ,外在的評価と明らかに異なる,素早くタイムリーな対応が求められる.

 この記事で[Link 12]としてリンクした,昭和26年(1951年)の学習指導要領(試案)の出題と指導は,現在,https://erid.nier.go.jp/files/COFS/s26em/chap5.htmより読むことができます。

*1:4年では,「1つ分の数×いくつ分」にとらわれない立式の事例を読むことができます:https://takehikom.hateblo.jp/entry/20130425/1366840221 https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2021/06/25/054452

*2:https化によりCSSが適用されなくなったのが原因で,適切に表示させる手順をhttps://takehikom.hateblo.jp/entry/2022/07/22/004650で紹介しています。本記事では当初「クロスドメイン制約の影響」と書いていましたがこれは誤りでした。

*3:例えば,https://www2.sed.tohoku.ac.jp/~edunet/annual_report/2011/11-06_miyata.pdf