かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

積指向(2021)

(2021年12月追記)上記および同じ趣旨のツイートを,積指向ツイートに並べました。
(2022年追記)本記事および他の情報を合わせて,メインブログ(わさっきhb)にて積に基づく乗法の認識についてを公開しました。

 メインブログで取りまとめた比較的古い情報をもとに,「汎用画像」の特徴を見ていくことにします。まずは,分類のための用語です。

4. 《倍の乗法》と《倍指向》,《積の乗法》と《積指向》は別物ですか?

それぞれペアになりますが,別物です.
定義を示します.

  • 《倍の乗法》:被乗数と乗数が区別され,「b×a」と書くと,「a×b」とは式の意味が異なるとされるかけ算のこと.
  • 《積の乗法》:被乗数と乗数の区別は本質的ではなく,「b×a」と書いても,「a×b」と同じ場面や対象を表していると解釈できるようなかけ算のこと.
  • 《倍指向》:《倍の乗法》に基づいて,乗法を意味づけるべきだという考え方.もしくは,かけ算で表すことのできるどんな場面や対象も,《倍の乗法》に帰着できるという考え方.
  • 《積指向》:《積の乗法》に基づいて,乗法を意味づけるべきだという考え方.もしくは,かけ算で表すことのできるどんな場面や対象も,《積の乗法》に帰着できるという考え方.

そのもとで,《倍の乗法》と《積の乗法》は,解く(かけ算の式で表わす)べき対象と記述される式に重点を置いています.一方,《倍指向》と《積指向》は,かけ算の式で表わす際の認知モデルと言えます.

「倍」と「積」から学んだこと

 このもとで,「汎用画像」を含むツイートは《積指向》となります。
 それに対し,「昔作った画像、もう一つ」においては,「3枚に2個ずつ」という語句と,3行2列のリンゴによるアレイとを「大きい矢印」結び付けることが《積指向》にあたり,「算数教育において認められていない(世界的に見ても,SMSGの主張が衰退した)」のです。
 「SMSG」は米国にかつて存在していた団体(wikipedia:en:School_Mathematics_Study_Group)のことで,その出版物については,例えばhttps://catalog.hathitrust.org/Record/010314100より知ることができます。ただし,文書をざっと読んだ限りでは,数量の関係を,3行2列のアレイに図示したあと,「3×2にも2×3にもなる」という主張は,行っていません。*1
 では誰が「3×2にも2×3にもなる」のように主張しているのかというと,「かけ算の順序強制」などの表記で,いまの日本の算数の教え方・学び方を批判する人々です。例えば:

もしかしたらもっと別の正しい考え方をしている可能性だってあります。
たとえば犬の足を3×4の長方形型に並べて描いた模式図(下図)を思い浮かべて、
長方形型にモノが並んでいる場合の全体の数をかけ算で計算できることを使えば、
どちらが一つ分の数であるかを確定させることなく、
正しい考え方で正しい答を出すことができます。

足足足足
足足足足
足足足足

 それと別に,1970年代の情報発信者として,遠山啓にも言及しておかないといけません。科学朝日1972年5月号に「6×4,4×6論争にひそむ意味」という文章を載せ,現在では『量とはなにか I』で読むことができます。同書のp.116には,次のようにあります。

これが,もし,つぎのような問題だったら,どうだろう.「教室の机は1列に6つずつ4列ならんでいます.机はみんなでいくつありますか」という問題では,4×6でも,6×4でもいいとせざるをえないだろう.

 この机の数の問題について,「1列に6つずつ4列」という表記により,かけられる数(1つ分の数,1あたり)・かける数(いくつ分)が指定されているようにも見えます。後に出版された(「6×4,4×6論争にひそむ意味」に依拠することなく作られた)『学力向上のTOSS算数ワーク小学2年編』には,「こしかけを ならべています。1れつに4こずつ 5れつ ならべると,ぜんぶでなんこになりますか。」という出題が,挿絵とともにあり,正解となる式は「4×5=20」のみです。
 米国Common Core State Standardsにも,見ておく価値のある,かけ算の文章題が載っています。

 表のうち,「ARRAYS, AREA」の行,「UNKNOWN PRODUCT」の列のマスに書かれた最初の問いは,"There are 3 rows of apples with 6 apples in each row. How many apples are there?"です。ここまで紹介してきた2つの文章題と同様に,1つ分の数(6)といくつ分(3)が区別できるよう,書かれています。
 この表の脚注1に,"The language in the array examples shows the easiest form of array problems. A harder form is to use the terms rows and columns: The apples in the grocery window are in 3 rows and 6 columns. How many apples are in there? Both forms are valuable."とあります。"The apples in the grocery window are in 3 rows and 6 columns."のように,1つ分の数といくつ分を明示せずに与えるのが,"harder form(より難しい,アレイの問題の提示方法)"というのです。
 "3 rows and 6 columns"は,直積(デカルト積)と関連付けることができます。これに基づく教え方・学び方について,日本・フランス・中国で,課題が指摘されています。

いままでの
    「タイル×タイル」
というのは,子どもにはなかなかわからない。
    「外延量×外延量」
という計算は,面積などにたしかにあるわけです。しかし,それは一般性をもっていなくて,非常に特殊な物です。それでやはり,
    総量=内包量×容量
という考えに変えたわけです。

The Cartesian product is so nice that it has very often been used (in France anyway) to introduce multiplication in the second and third grades of elementary school. But many children fail to understand multiplication when it is introduced this way. The arithmetical structure of the Cartesian product, as a product of measures, is indeed very difficult and cannot really be mastered until it is analyzed as a double proportion. Simple proportions should come first.
デカルト積は,(積の考え方として)非常にいいので,フランスではとにかく,小学校の第2~3学年でかけ算を導入する際に非常によく使われてきた.しかしこの方法で導入すると,多くの児童が,かけ算の理解に失敗している.量の積として,デカルト積による算術的(乗法的)な構造というのは実のところ非常に難しく,複比例として理解できるようになるまでは,その修得は困難である.単純な比例(割合)の問題を最初にもってくるべきである.)

乗法の学習は第2学年上半期に九九に伴って始まる。1つ前の教育課程から, 「一部分の学習者が被乗数と乗数の区別に難儀を感じる」,「中学校に入ったら被乗数も乗数も因数として扱う」などの理由で,被乗数と乗数の区別をなくし,最初から因数として扱うこととした(略)。これについて現場の授業等を観察したことがある。この処理は数計算の場合大きな差支えがないかもしれないが,量の扱いではやはり不具合があって,教師たちの丁寧な対応によって乗り越えているところである。

 《積指向》は結局のところ,これらの課題をスマートに解決するに至っていません。理由は大きく分けて2つあります。一つは,《積指向》の背景にあるのは,2つの因数が独立して動くことであり,それよりも「かけられる数」「かける数」の役割の違いに注意して,かけ算というもの(乗法構造)を認識するのがよいというのが,「現代化」衰退と合わせて,受け入れられてきたからです。もう一つは,素朴な《積指向》は,デカルト積に基づいており,a×b=xで表される関係のa,b,xがさまざまな種類の量をとることへの考慮が十分になされていないためです。3つのうちの一つが未知数で,それをかけ算またはわり算で求められること(演算決定)の根拠が,得られにくいのです。
 純粋な数の計算に限っても,中島健*3は1960年代に,米国の論争を紹介しながら,アレイでは\pi\times\sqrt{2}や(-3)×(-4)の説明ができないことを述べています。
 では《倍指向》はどうかというと,《倍の乗法》にも《積の乗法》にも対応(立式)可能となっています。《倍の乗法》および《倍指向》は,「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」といった言葉の式と,密接な関係がありますが,この関係式において,かけられる数と積が,同じ種類の量になります(そしてかける数が「~倍」に対応づけられます)。この特性が,等分除・包含除という2種類のわり算や,かけ算と合わせて3用法として,上の学年での指導に活用されています。負の数や無理数を含むかけ算への拡張の仕方は,例えば『量と数の理論』で読むことができます。
 アレイなどに対しては,「一つ分が明示的でない場合に,自分で一つ分を設定」することで,一つの場面に対して,総数を求める式が複数あることがわかります。冒頭の2番目のツイートの「昔作った画像、もう一つ」も,そうなっています。3行2列のリンゴに対して(この図が提示されたときに),2個ずつ3つのグループと見なすと,「2×3=6」になり,3個ずつ2つのグループととらえると,「3×2=6」になる,ということです。それらは「一つ分」が異なるけれども,どちらもリンゴの総数を求めるための式です。《積の乗法》に対し《倍指向》で立式すると,そのようになります。
 図で表した事例を2つ,紹介します。

 冒頭の「絵を かきましょう」の問題に戻ります。(1)の答えを,次のような図にしたら,どうでしょうか。

 (略)次のようにすることで,3×4と4×3が区別できます。

絵をかきましょう

系統立てた乗法・除法の意味理解(研究) - 大池小学校

 どれが最初に作られたといった話ではなく,図と,かけ算の式との対応付けを明確にしていくと,それらの図ができるというわけです。歴史的な資料や,海外の状況を含め,以下の記事にて整理しています。

 《倍の乗法》と《積の乗法》の違いについては,Greer (1992)で取りまとめられており,TABLE 13-1 (p.280)を通じて,等分除・包含除や3用法にも対応していることが読み取れます。
 「自分で一つ分を設定」に関して,先日,2つツイートしました。

 ツイートに入れた2件の出典は,次のとおりです。

  • 布川和彦: かけ算の導入—数の多面的な見方、定義、英語との相違—, 日本数学教育学会誌, No.92, Vol.11, pp.50-51 (2010). https://doi.org/10.32296/jjsme.92.11_50
  • Greer, B.: Multiplication and Division as Models of Situations. In Grouws D.A. (Ed.), Handbook of Research on Mathematics Teaching and Learning, National Council of Teachers of Mathematics, pp.276-295 (1992). [isbn:1593115989]

 以前に作成したスライドから1枚を取り出して,《積指向》の支持者・推進者が,その支持を(Twitterに限定することなく)広めるために,何をするとよいかを,確認しておきましょう。

https://www.slideshare.net/takehikom/23-32-123835241/57

 ここまで,指導する側を中心に述べてきました。子どもたちがどのように認知し,また答えを求めるのかについて,例えば以下の文献で,かけ算・わり算を学習する児童の方略(strategies)を読むことができますが,「アレイ」は出現しません。

 その後,およそ10年ほど,国内外の学術文献や学習指導案,授業事例を読んできていますが,アレイに基づくかけ算の指導法や,アレイで考える子どもに着目するといったものも見かけません。
 より新しい2つの海外文献と,特徴的な箇所を,当ブログの過去記事より抜粋しておきます。

(略)
 [Boonlerts 2013]は,また別の情報源と照合することもできます。本文で「Greer (1992)」と書き,引用している文献です。かけ算の学習におけるtypes of multiplication(乗法が用いられる場合)として,日本の教科書は「equal group(同等のグループ)」「rectangular array(2次元アレイ)」「multiplicative comparison(乗法的な比較)」の3つが使用されているのに対し,シンガポールは「同等のグループ」「2次元アレイ」の2つ,そしてタイは「同等のグループ」のみだというのです。

順序の強制か,意味の理解か
  • Lannin, J., Chval, K., and Jones, D.: Putting Essential Understanding of Multiplication and Division into Practice in Grades 3-5, National Council of Teachers of Mathematics (2013). [isbn:0873537157]

 図はこうです。原文では,総数を求める対象となる12個の丸が薄いオレンジ,「Groups of equal size」から差す矢印が濃いオレンジ,他は黒です。

 矢印は色以外にも違いがあります。上向きの濃いオレンジの3本の矢印について,その先は,四角形(まとまり,group)の中に入っており,どのまとまりにも同じ数(4つ)ずつ,丸があることを表しています。それに対し「Number of groups」から下に伸びる3本については,矢先は,四角形のそば(外側)で止まっていて,まとまりが3グループあることを示したものです。

絵をかきましょう

*1:アレイ図で,縦と横を区別するというテスト事例もあります。https://imgur.com/gallery/KtKNmXGより見ることのできる画像は,4×6をアレイで図示しなさいという問題に対し,「1」または縦棒を,6行4列に並べるのは不正解,4行6列に並べるのが正解と,見ることができます。

*2:1979年,遠山が死去する半年前の講演からの抜粋です。

*3:https://ci.nii.ac.jp/naid/110003849391