かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

倍・積,変化

 書店で購入しました。本記事を作成するにあたりAmazonにアクセスしたところ,Kindle版があるのを知りました。
 「はじめに」の中に,「「かけ算の順序論争」のように,いまだに研究者の中で結論づいてないものもあり」(p.3)と書かれています。
 ともあれ本文を読み進めていくこと,「倍・積」という項目が,p.28から始まり,4ページ分ありました。見出しの上には小さく「かけ算の意味の2つの捉え」とあります。
 「倍」と「積」の違い,そして「かけ算の順序論争」に対する筆者の見解は,p.29の2つの下線の施された箇所から読み取れます。具体的には以下の2つです。

 つまり○×△という式があったときに,○が「もとの数」や「1つ分」であり,△は「○に対して働きかけるもの」ということになります。ですから,倍は△×○と順序を変えてしまうと,話の意味が変わるということになります。

 これに対して,「積」は○×△=△×○が成り立つ計算と言えます。(略)

 このうち「働きかける」に引っかかりました。同じページには「学習指導要領では,「倍」のように,かけられる数にかける数への働きかけがある,」とも記されていますが,小学校学習指導要領の算数で「働きかけ」は見付からず,小学校学習指導要領解説算数編のPDFで「働きかけ」が出現するのは,第4学年の「長方形を組み合わせた図形」のところのみです。
 乗数が「働きかけるもの」というのは,学習指導要領ではなく,Greer (1992)を参照するのがよいように思います。海外では,「かけ算の順序」「たし算の順序」についてどのような見解を出していますか? - わさっきhbから取り出すと,"3 children have 4 cookies each. How many cookies do they have altogether?"という出題に対し,"The number of children is the multiplier that operates on the number of cookies, the multiplicand, to produce the answer."と述べるうちの"operate(s) on"が,「に対して働きかける」と対応します。
 『算数用語ハンドブック』のp.28に戻りまして,「かけ算は「(1つ分)×(いくつ分)=(全部の数)」という形で表している」は,個人的に賛同できません。「倍」の場面,そして2年生を対象としたかけ算の導入の段階という限定を置いたとき,よりよい形は「(1つ分の数)×(いくつ分)=(全部の数)」です。こうすることにより,「1つ分の数」と「全部の数」が同種の数量となり,「いくつ分」はそれらと異なる数量であることが示唆されます*1。いくつ分を無次元量(そして,「×(いくつ分)」をスカラー*2)と見なしたときの,乗法的な関係が,「倍」と言えます。
 これに対して,「積」は…
 上で引用した「○×△=△×○が成り立つ計算」を,「積」を特徴づけるという主張にも,賛同できません。「○×△=△×○」は計算の性質であって演算の意味に入れるべきでないと考えるからです。ふたたびGreer (1992)に基づくと,「積」に分類されるものとして,以下の3種類を挙げることができます。

  • デカルト積(直積)をもとにした,かけられる数・かける数・かけ算の結果がいずれも同種の数量となるかけ算
  • 長方形の面積のように,かけられる数・かける数が同種の数量で,かけ算の結果がそれらと異なる数量となるかけ算
  • ワット×時間=ワット時*3のように,かけられる数・かける数・かけ算の結果がいずれも異なる数量となるかけ算

 なお,「デカルト積(直積)」に関して,Greer (1992)の分類表(TABLE 13-1)では,3通り×4通り=12通りと表される関係を文章題としています。アレイの「3個×4個=12個」も,該当すると考えられ,その意味で,日本でも小学校2年で学ぶと言えます。
 『算数用語ハンドブック』の「倍・積」の記載内容と,Greer (1992)とで,あともう1箇所,照合しておきたい箇所があります。「②4 cmのゴムを伸ばしたら,12 cmになりました。この話に合う絵をかきましょう。」(p.31),「子どもたちはゴムの伸び具合等の“変化”に関わることは,「倍」という言葉は使えないと考えている」(同),とあるのですが,TABLE 13-1では「Multiplicative change」の行で,ゴム(A piece of elastic)の伸びを取り上げていたのでした。


 かけ算と異なる項目ですが,「ことりが 12わ います。5わ とんで きました。なんわに なりましたか。」(p.27)と「ことりが 12わ います。5わ とんで いきました。なんわに なりましたか。」で,それぞれ,たし算とひき算になるのには,驚きました。大道詰将棋について書かれた本で,歩の位置が違うだけで詰み手順ががらりと変わる事例を読んだとき以来です。

*1:このことを先生が授業で言うことまでは,期待しませんが,教科書で「1つ分の数」「ぜんぶの数」とあるのに「いくつ分の数」ではないのはなぜかを説明するときに,有用となります。

*2:https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2021/10/30/061033

*3:ただし「仕事」の定義からこれは適切でないという見方もできます。算数で学習する,ワット時に取って代わるものとして,「角柱及び円柱の体積」があります。