かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

3×2×6の,分数のかけ算の授業計画

 事前も事後も不正解が48%の授業実践報告で取り上げた文献の引用文献に,本書が入っており,Amazonの中古品で廉価になっていたので,購入しました。
 算数・数学教育に特化した本ではなく,算数の内容は,pp.43-51, 122-126, 291-293, 295-296, 300-301と分散して,言及されていました。
 「分数のかけ算の導入」に関する他の先生の授業記録を,著者が分析する中に,興味深いかけ算の考え方を見つけました(pp.292-293)。

 さらりと書かれているが,ここには計画上重要ないくつかの観点が取り上げられている。まず,はじめは,いくつかある「かけ算の意味」の中から「1あたり量×いくつ分=全体の量」という意味づけを選択したことが示されている。次には,計算の規則を与えて,それを使って答えを求めさせるという「計算規則の与え方」をするのではなく,まず図を利用して先に答えを出し,はじめの式と答から途中の計算規則を考えさせようという決定をしたことが,そして,いくつかの分数の型の中から「導入の問題の型」として帯分数とうしのかけ算を選択したことが,それぞれ示されている。
 三つの観点について,ありうる選択・決定を組み合わせてみると,多くの授業計画が成り立つ。はじめの「かけ算の意味」という観点では,選択されたものの他に,例えば「長さ×長さ」や「○倍」という意味のかけ算がありうる。二つめの「計算規則の与え方」という観点では,上に対比的に述べた二つの選択がありうる。さらに,三つめの観点では,仮に整数を除くと,真分数,仮分数,帯分数の3種類の分数から6通りのかけ算ができる。これらのすべての組み合わせで,3×2×6=36通りの授業計画が存在しうることになる。そして,どれも非現実的な計画とは必ずしもいえないものである。はじめに答えを求めるという方法から切り離して考えることはできないが,タイル図の利用の有無という観点を増せば,さらに多くの計画が出来上がることとなる。渡辺先生は,この多数の選択肢の中から自覚的に一つの組み合わせを選択していることとなる。
 このように,教師が自己の着目した観点やそれにもとづいて行った選択・決定について自覚的であれば,授業経過を検討する際に自己の選択・決定の適否を検討しやすくなると同時に,授業計画の他の選択肢の中から次なる選択・決定を行うこともより容易になると考えられる。

 「3×2×6=36通りの授業計画」の直前に「組み合わせ」と書かれていますが,「順列」と対比され高校数学で(または簡単な場合については小学校算数・中学校数学でも)学習する「組み合わせ」とは別物です。では何かというと,直積です。実際,

  • かけ算の意味 = {1あたり量×いくつ分=全体の量, 長さ×長さ, ○倍}
  • 計算規則の与え方 = {図から, 規則から}
  • 使用する分数 = {(真分数, 仮分数), (真分数, 帯分数), (仮分数, 真分数), (仮分数, 帯分数), (帯分数, 真分数), (帯分数, 仮分数)}

と,3つの有限集合(かけ算の意味, 計算規則の与え方, 使用する分数)を定めれば,「かけ算の意味×計算規則の与え方×使用する分数」という直積を得ることができます。「|A|」で集合Aの要素数を表すものとすると,

  • |かけ算の意味×計算規則の与え方×使用する分数|=|かけ算の意味|×|計算規則の与え方|×|使用する分数|=3×2×6=36

になるわけです。
 なお,「使用する分数」は文脈から読み取れる6通りにしました。各要素は順序対であり,例えば\displaystyle \frac{1}{2}\times 3\frac{4}{5}\displaystyle 3\frac{4}{5}\times\frac{1}{2}とでは,答えは同じでも,分数のかけ算の導入時にはどちらがより良いか,比較検討できるのです。
 なのですが,「真分数,仮分数,帯分数の3種類の分数から」構成できるかけ算の式は,「順列」ではなく「重複順列」であるべきです。実際,上で定めた集合「使用する分数」には,(帯分数, 帯分数)が入っていませんが,p.292の上部には「帯分数×帯分数の型から導入しようと考えた」と書かれており,p.295の「授業記録の続き」で読める内容には,\displaystyle 3\frac{1}{4}\times 4\frac{1}{3}という,帯分数×帯分数の式が見られます。
 ということで(A^2=A\times Aも使用して),

  • 使用する分数_修正 = {(真分数, 真分数), (真分数, 仮分数), (真分数, 帯分数), (仮分数, 真分数), (仮分数, 仮分数), (仮分数, 帯分数), (帯分数, 真分数), (帯分数, 仮分数), (帯分数, 帯分数)} = {真分数, 仮分数, 帯分数}{}^2

と表すと,|かけ算の意味×計算規則の与え方×使用する分数_修正|=3×2×9=54になります。
 さらに言うと,除外した整数も含めて,分数のかけ算(の導入)を考えることもできます。整数×整数は,除外しないといけないので,

  • 被乗数と乗数 = {整数, 真分数, 仮分数, 帯分数}{}^2 - {(整数, 整数)}

と定めて,この要素数は15ですので,|かけ算の意味×計算規則の与え方×被乗数と乗数|=3×2×15=90まで上がります。
 なお,教師による「授業計画」「授業経過」と別に,現在の算数教科書ではどのようになっているかというと,(1あたり量×いくつ分=全体の量, 図から*1, (真分数, 整数))が基本と思われます。ただし,教科書では「1あたり量」という表記はされていないので,読み替える必要もあります*2

*1:「計算規則」は,今回見た本で具体的に書かれていませんが,「帯分数は仮分数に直してからかけ算を行う」「(被乗数・乗数が)整数の場合は,分子をその整数,分母を1とする」「分子どうし,分母どうしでかける」が想定できます。

*2:https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2021/05/25/062411