かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

立命館pixiv論文問題Q&Aの「かける数とかけられる数」について

 この中に,「分析だから引用じゃない!→あっ、ひょっとしてかける数とかけられる数は違うって信じてる宗派の方ですか?」という項目があります。記事の末尾によると,追記した項目の一つとのこと。
 かける数とかけられる数の違いは,信じるだとか宗派だとかではなく,教科書でも学習指導要領でも,海外文献でも,調べれば容易に見つかります。メインブログで海外文献を整理してきた中から一つ,転載します。

  • Greer, B. (1992). Multiplication and Division as Models of Situations. In Grouws D.A. (Ed.), Handbook of Research on Mathematics Teaching and Learning, National Council of Teachers of Mathematics, pp.276-295. isbn:1593115989

(p.276)
A situation in which there is a number of groups of objects having the same number in each group normally constitutes a child's earliest encounter with an application for multiplication. For example,

3 children have 4 cookies each. How many cookies do they have altogether?

Within this conceptualization, the two numbers play clearly different roles. The number of children is the multiplier that operates on the number of cookies, the multiplicand, to produce the answer. A consequence of this asymmetry is that two types of division may be distinguished.
(いくつかのグループがあって,各グループで同じ個数のモノがあるときというのが,子どもが最初にかけ算を用いる場面になる.例えば

3人の子どもが4つずつクッキーを持っている.全部合わせるとクッキーは何個か?

これをかけ算の式で表そうとするとき,2つの数は明らかに異なる役割を担っている.子どもの数は「乗数」であり,クッキーの数すなわち「被乗数」に作用して,答えとなる総数が得られる.この非対称性から言えるのは,2種類のわり算を考えることができてそれぞれ区別されるということである.)

海外では,「かけ算の順序」「たし算の順序」についてどのような見解を出していますか? - わさっき

 つけ加えると,「かける数とかけられる数の区別がある」ようなかけ算と,「かける数とかけられる数の区別がない」ようなかけ算が知られています*1数学教育の現代化運動などを経て,区別があるほうのかけ算を重視するようになっています。アレイなど,区別がないような事例に対しては,1つ分の数(かけられる数)といくつ分(かける数)を決めることで,複数のかけ算の式が得られることを,授業では重視しています。「あっ,ひょっとしてかける数とかけられる数は違うって信じてる宗派の方ですか?」という書かれ方では,初等教育の乗法に関する,これまでの学術や実践の要素が抜け落ちてしまうことになります。
 ところで,矢印の左の「分析だから引用じゃない!」にも,違和感があります。書いた人の意図と合致するかは,定かではありませんが,分析と引用は両立します。多量の情報を分析したけれど,予稿または論文に取りまとめる際,本文では,その一例(一部)だけを取り上げる,というのが考えられます。
 「分析」の,著作権法上の扱いは,どうなっているのかと思い,著作権法の中を検索したところ,「分析」は見当たらず,代わりに「解析」を第四十七条の七(情報解析のための複製等)に見かけました。「引用」は第三十二条(引用)にのみ出現します。「研究」となると第三十一条(図書館等における複製等;「その調査研究の用に供するために」)と第三十二条です。

*1:Greer (1992)の"a child's earliest encounter"は,他に種類(context)の異なるかけ算があることを示唆しており,本記事で引用した箇所のすぐ後ろで,事例が紹介されています。http://www.corestandards.org/Math/Content/mathematics-glossary/Table-2/の脚注1にある,"The language in the array examples shows the easiest form of array problems. A harder form is to use the terms rows and columns: The apples in the grocery window are in 3 rows and 6 columns. How many apples are in there?"も同様です。

4つの野球チーム

 さらに、学校では、
「4つの野球チームがあり、各チームの人数は9人です。選手は全部で何人いますか」
 という問題に対して
 式 4×9=36 答え 36人
 という解答を書くと、式を×にするかもしれません。
 その理由は、小学校の算数では「一つ分の数×いくつ分」という順序で式を立てることになっているからです。この例で言えば、
 9(かけられる数)×4(かける数)
 これが正しい式ということになります。
 でも、「4×9=36」あるいは「4+4+4+4+4+4+4+4+4=36」という式も、本当は間違いではありません。
 野球のチームを想像してみてください。どのチームにも9つのポジションがあり、9人の選手がいます。「4×9」の式は、4つのチームがある事実と、9つのポジションを守る人間が一つずついる事実を示しています。
 つまり、「4×9=4+4+4+4+4+4+4+4+4」は、ピッチャー9人、キャッチャー4人、一塁手4人…が存在する現実を表現しながら、合計の人数を求める式である、とも言えます。
「4×9」と「9×4」の違いは、目のつけどころの違いであり、どちらが間違っているという話ではありません。

 前と後ろにも、興味深い記述はあるのですが、引用としては上記にとどめます。出典は、以下の書籍のpp.48-50です。

算数と国語を同時に伸ばす方法 (教育単行本)

算数と国語を同時に伸ばす方法 (教育単行本)

 これについて、2014年出版の本に、類題があります(『算数科 授業づくりの基礎・基本』p.60)。

チューリップがたくさんありました。
子どもが7人います。
そこで,このチューリップを3本ずつくばったら,ちょうどなくなりました。
チューリップは何本あったのでしょう。

 すると,必ず文章に登場する数の順に式を書く(ア)のような子が現れる。
 (ア)7×3 (イ)3×7
 こんな二つの式が登場して議論になる。こんなときは,図が生きる。チューリップを●で表す。「3本ずつ配る」というところを□で囲んでいくところがポイントだ(図11-7)。

f:id:takehikoMultiply:20170524062119j:plain*1
図11-7

 このような図を介して,式の約束にそって,「3×7」と書くことを思い出させるのがいいだろう。文章に登場する数のままに式を書いていくのではなく,その意味をしっかり受けとめて書くことを確認したい。
 もしも,「7×3」の式に意味をこじつけようとするならば,まずは7人の人に1本ずつチューリップを配り,次のもう1本ずつを配り,さらに3度目として1本ずつを配ると,都合3回で配り終わるので,1回に配る数をひとかたまりと考えて,「7×3」とできる。このように説明できる子がいれば,それはそれでたいしたものである。だが,素直に問題を読めば,「3本ずつ配る」と書いてあるので,さきのように解釈すべきであろう。

 このチューリップの問題では、「3本ずつくばったら」の3を、一つ分の数として、配った人数の「7」を、いくつ分として、数量の関係を認識することが、主眼となっています。
 野球の人数の問題も、同様で、「各チームの人数は9人」の9が、一つ分の数であり、「4つの野球チーム」の4が、いくつ分に当たります。
 チューリップで「7×3」について、「こじつけようとするならば」や「このように説明できる子がいれば、それはそれでたいしたものである。だが、」といった表現により、この著者(坪田耕三氏)は正解とすべきでないという路線をとっています。学校で、□×△と△×□の比較をしているからこそなのでしょう。
 選手の人数を求めるという、最初の引用について、子どもたちがそれまでどのように学習し、一つ分の数・いくつ分・かけられる数・かける数を理解してきた(と、著者の宮本哲也氏が考えている)かは、前後を読んでも、推測ができません。
 「ピッチャー9人、キャッチャー4人、一塁手4人…」と数量をとらえる*2のは,以下の図の「大きい矢印」の変換をしている,と言うこともできます。
f:id:takehikoMultiply:20170524062102j:plain*3

*1:画像は,以下のコマンドにより自作しました:「F1="rectangle 3,5 97,39"; F2="circle 20 22 30 22 circle 50 22 60 22 circle 80 22 90 22"; F3="translate 0 42"; convert -size 100x297 "xc:white" -fill none -stroke gray80 -strokewidth 2 -draw "$F1 $F3 $F1 $F3 $F1 $F3 $F1 $F3 $F1 $F3 $F1 $F3 $F1" -fill gray80 -stroke none -draw "$F2 $F3 $F2 $F3 $F2 $F3 $F2 $F3 $F2 $F3 $F2 $F3 $F2" -quality 92 3x7.jpg; unset F1; unset F2; unset F3」。

*2:啓林館の算数教科書,『わくわく算数2下』には,「8チームで やきゅうの しあいを します。1チームは 9人です。みんなで 何人 いますか」という出題があり,右にはチームごとに色分けされた8つの列による絵があります。ポジションは描かれていません。

*3:https://www.slideshare.net/takehikom/2x3-3x2/64

図に表現する力

  • 小谷祐二郎: 図に表現する力は主体的・対話的で深い学びで育つ, 算数授業研究, 東洋館出版社, Vol.109, pp.44-45 (2017).

算数授業研究 Vol. 109 論究 X

算数授業研究 Vol. 109 論究 X

 授業実践の報告です。最初のページの左のカラムに,その背景と,中心となる問題が書かれています。

 5年生「小数のかけ算」では,整数で成立していたかけ算が小数でも成立するのかという意味の拡張を図る。2年生で初めてかけ算に出会って以来,かけ算の問題場面の多くを分離量で考えてきた子どもたちに,数直線や線分図はさほど必要感がなかったかもしれない。しかし,主に連続量を扱う小数のかけ算では問題場面を表す図として必ず身に付けたいツールである。これをどのように身に付けてきたかを実践をもとに振り返ってみたい。

 小数のかけ算で以下の課題を提示した。

1mの鉄の棒の重さは1.7kgです。この鉄の棒2.3mの重さは何kgでしょう。

 算数が苦手な子どもにとってはこの問題がかけ算であること自体が分からない。「これって何算になるの?」というつぶやきを取り上げ,全体に問い返す。かけ算の立式を始めていた子どもは「かけ算に決まっている」と話そうとする。題意がつかめず悩んでいた子どもは「確かに……,何算になるのだろう?」や「かけ算になるの?」と興味を持ち始める。課題提示では受け身だった子どもたちが主体的に取り組み始める瞬間である。

 ペアで取り組ませ,図を見せ合ったり,対話したりすることを促しながら,以下の図に対して,子どもが説明を試みました(p.45)。
f:id:takehikoMultiply:20170521055537j:plain

子ども:もし2mだったらここ(図3ア)が2でしょ。で,2mの時の重さを求めるっていうのは,ここが1mでここも1mだから(図3イ),ここをバーンとすれば(図3ウ),2倍しているってことでしょ。長さが2倍になっているから重さも2倍しないといけないってこと。で,今は長さが2mではなく2.3mだから,2.3倍されているってことだから……。
子ども:(口々に)だからかけ算なんだ!

 問題文の「2.3m」が,鉄の棒の重さは長さに比例するという暗黙の仮定により,「2.3倍」言い換えると「×2.3」になるのを,クラスで共有した瞬間,と言えばいいのでしょうか。
 比例関係を見抜いていれば,今回取り上げた問題は,数直線にする必要性はなく,例えば以下のような表をつくることでも,式を立てられそうです。

長さ 1 2 2.3
重さ 1.7

 この表において,○は,1.7+1.7を経て,1.7×2で求められます。累加を経由することなく,◎は,1.7×2.3とすればよい,というわけです。
 とはいえ,「小数のかけ算において,ある具体的な量(上記では2.3m)がなぜ,かける数になるか」を学んだり,説明したりしようとすると,表では誰もが分かるものとなっておらず,1つまたは2つの数直線を用いることで,倍の概念(「バーン」)が視覚化できるようになっています。


 小数のかけ算から離れ,「こういう図が描けたらOK(数量の関係がきちんと図に入っている)」という事例で,1件,思い出すものがあります。

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 図5の下では,「図4のKartika は、差の12cmが見えやすい位置に棒を整列させ、必要な情報を書き付けている。しかし図5のRamzish は、3倍の関係を描写することはできたが、差の概念が不足し必要な情報の記入も十分ではなかった。」と分析してから,「図には、問題文中の重要な情報が取り入れられていることが重要で、さらに、関係の見えやすい描写が図で問題解決をする際の鍵となることを示している。」と指摘しています。

6メートルのテープは12メートルの何倍か

  • 三田村宏, 技術者にとって必要な技術力とその育成, 電子情報通信学会誌, Vol.100, No. 5, pp.387-393 (2017).

 学会誌の中の「オピニオン」です。著者の下の名前は「ひろし」ではなく「こう」と読み,プロフィールには「昭24金沢高専卒(略)昭39三田村技術士事務所」とあります。
 プロフィールと同じページ(p.393)に,算数への批判が入っていました。

5. 情報伝達を正しくするために必要な技術力

 技術者がせっかく技術力を高めても,受け取った情報を誤解したり作成した情報が相手に正しく伝わらないと問題である.情報は両者が間違いなく理解できる用語で作成されていることが重要である.ところが現実では,同一の用語を違った意味で使用しているのを見掛ける.
 例えば,前記したリスクや継続教育,サービスという用語も,両者の解釈の仕方で伝達の結果が異なり,下手をすると情報が誤解される危険性もある.
 入力情報は権威者が作成したにしても,真偽を確認する必要がある.連絡用の書類や指令書,説明書などでも,自分はふだん使っているからと,油断して用語や表現を使用すると,相手の主観で誤解されるおそれがある.
 文章で作られた情報を正しく理解し,また誤解を招かないように,必要な場合は説明を付けてでんたつするのも技術者にとって必要な技術力の一つと言えるかもしれない.権威者が陥った例を記しておく.
 何年か前の全国学力・学習状況調査における小学生に出された算数の問題に「6メートルのテープは12メートルの何倍か」という趣旨の設問があった.
これは,出題者をはじめ,全ての?先生方が,“×”を“倍”と読んでいる習慣から,疑問に感じていないのかもしれないが,日本語の定義を一方的に変えてしまっていて気づかない現状が危険である.

 次の段落では「サービス」という言葉の注意点を挙げ,その次には「日本語は“倫理”,“倍”のように漢字はそれぞれ本来の意味を持っているから,使用する漢字にも注意が必要である。」としていますが,「日本語の定義」「本来の意味」が何なのかは明記されていません。考えられる可能性は,wikipedia:倍に書かれている,「倍」や「一倍」を,算数その他でいう「2倍」に対応づけるものです。とはいえwikipedia:倍では,「近代以後に西洋数字が用いられるようになるとその意味合いも変化して、今日のように乗法を指すようになった」とも記されています。
 「6メートルのテープは12メートルの何倍か」を探してみると,平成20年(2008年)の全国学力テストでした.http://www.nier.go.jp/08tyousa/08tyousa.htmより問題や解説を入手できます.算数Aの大問4は,以下のとおりです.
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 そのほか,「面積は,0.5倍になる。」「面積は,1.5倍になる。」などの選択肢から1つを選ぶ問題が2010年の算数A大問8に,「赤いテープの長さは120cmです。赤いテープの長さは,白いテープの長さの0.6倍です。」をもとに2つのテープの長さの関係を,4つの図から選ぶ問題が,2012年の算数A大問3に,それぞれ出現しました。「リボンを0.4m買います」の2行下に「買う長さの0.4」と,「倍」をつけていない表記は,2017年の算数A大問1にありました。
 以前の書き物を見てみようと思いまして,「青空文庫」で「倍」を検索すると,上位には「二千倍」「一・五倍」を目にします。中でも寺田寅彦「学位について」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/42696_18077.html)では,「研究者の総数がN倍になれば博士の数もN倍になる」や「しかし比率を半分に切り下げても,研究の数が四倍になれば,博士及第者の数は二倍になるのは明白な勘定であろう」といった,量としての「○倍」のほか,終盤には「これより幾層倍悪い事があるまじき処に行われている世の中である」と,量で表すものとは異なる「倍」の使われ方も,載っていました。

6×6

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 問題文は「6はこあります。チーズは ぜんぶで なんこになるでしょうか。」です。
 丸1つは「1はこ」で,その中の1つ分(「チーズ」と書かれた個包装)が,「1こ」です。「1つの箱に,チーズが6個あること」は絵から知る*1のに対し,総数を求めるにあたり「6箱」あるという情報は,絵ではなく問題文から獲得することになります。
 以下の本のpp.84-85に書かれた授業(実践事例)です。

こうすればできる!算数科はじめての問題解決の授業―100の授業プランとアイディア

こうすればできる!算数科はじめての問題解決の授業―100の授業プランとアイディア

  • 作者: 早勢裕明,算数科「問題解決の授業」の日常化を考える会
  • 出版社/メーカー: 教育出版
  • 発売日: 2017/04
  • メディア: 単行本
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 巻末の引用・参考文献には,東洋館出版社や明治図書の本が多く,算数指導の実践としては比較的ページ数の多い本を,教育出版から出すのはどういうことかなと思いながら,教科書の著作者に当たると,教育出版「小学算数」の著作者に,早勢氏の名前がありました。
 冒頭の問題を,詳しく見ていきます。「かけ算九九づくり」と題する,2年の授業です。2から5までの段は学習済みで,「6の段の九九をつくりましょう」という学習になっています。
 式としては,6個ずつ6箱あるので,6×6とすればいいでしょう。2つの6を反対にしても,6×6であり,言ってみれば,かけられる「数」とかける「数」の区別のしようがありません。
 なのですが,p.58の解説文には,「本時の答えを求める式「6×6」のかけられる数とかける数の意味にも注目させ,同じ6でも意味が違うことを確認します。」と書かれています。
 その解釈では,「6×6」の左側の6が,かけられる数です。「1つの箱に,チーズが6個あること」に対応し,今回の授業では値が固定されます。一方,右側の6は,かける数であり,チーズの箱の数です。6の段の九九をつくるにあたり,1から9まで変わっていくほう,と言うこともできます。
 もとの問題文を「5はこ」に替えて最初に提示し,「式は5×6かな? 6×5かな?」と先生が問いかけながら,子どもたちの意見を得て,6×5であることをクラス全体で同意するという流れも,考えられます。ですが「6はこ」にすることで,(かけ算の)式は1つだけとし,そこで迷わせることはしないかわりに,「6×6」の2つの「6」の意味の違いを通じて,「1つ分の数×いくつ分」は,6の段の九九の構成においても基礎になることを,復習できるという意義があるわけなのですね。
 計算して(6の段の九九を学んでいない段階で)6×6=36を求めるにあたり,①アレイ図,②同数累加,③乗数と積の関係,を挙げていますが,③は,この段階で子どもたちの答え方に出てくるのは不自然で,先取り学習の可能性を危惧します。

分数のわり算のミスコンセプション

2\frac35mのリボンがあります。\frac35mずつ切った場合と,\frac45mずつ切った場合とで,あまりが短いのはどちらでしょうか。

新しい算数研究 2017年 05 月号 [雑誌]

新しい算数研究 2017年 05 月号 [雑誌]

 「新学習指導要領の徹底研究!」と題する,座談会形式の文章の中で,6年生の担任をしている盛山隆雄氏が授業で出したという問題です。問題文は座談会中のp.29にあり(上記は,求め方と答えが変わらない範囲で改変しています),写真入りの授業の状況が,pp.30-33の下部に記されています。
 本文から離れて検討してみます。まずは整数に置き換えます。問題文に出てくる長さを,すべて5倍にすると,次のようになります。

13mのリボンがあります。3mずつ切った場合と,4mずつ切った場合とで,あまりが短いのはどちらでしょうか。

 3年生でも求められる,あまりのあるわり算です。

  • 3mずつ切った場合には,13÷3=4あまり1で,3mのリボンが4本できて,あまりは1mです。
  • 4mずつ切った場合には,13÷4=3あまり1で,4mのリボンが3本できて,あまりは1mです。
  • あまりの長さは「どちらも同じ」です。

 「2\frac35mのリボン…」も同じです。

  • \frac35mずつ切った場合には,\frac{13}{5}÷\frac35=4あまり\frac15で,\frac35mのリボンが4本できて,あまりは\frac15mです。
  • \frac45mずつ切った場合には,\frac{13}{5}÷\frac45=3あまり\frac15で,\frac45mのリボンが3本できて,あまりは\frac15mです。
  • あまりの長さは「どちらも同じ」です。

 ここで「\frac{13}{5}÷\frac35=4あまり\frac15」という式は,自明ではありませんし,小学校の教科書に載っていることも,期待できません。
 4年で学習する,被乗数,除数,商,余りの間の関係式,具体的には「(被除数)=(除数)×(商)+(余り)」*1にもとに,導出を試みます。はじめに整数からです。3mずつ切った場合の「13÷3=4あまり1」は,「13=3×4+1」と表せます。
 両辺を5で割ると,「\frac{13}{5}\frac35×4+\frac15」となります*2
 そしてこの式を,「あまりのあるわり算」で解釈するなら,「\frac{13}{5}÷\frac35=4あまり\frac15」となる,という次第です。
 座談会に記載の授業では,以下の2つが板書されています.

  • \frac{13}{5}÷\frac35\frac{13}{5}×\frac53\frac{13}{3}4\frac13 4本とれて\frac13mあまる。
  • \frac{13}{5}÷\frac45\frac{13}{5}×\frac54\frac{13}{4}3\frac14 3本とれて\frac14mあまる。

 板書写真では,これらの式の上で,「\frac45mずつ切った方があまりが短い!」が,大きな四角で囲まれています。座談会の中で盛山氏は,39人中22人がこのようにしたと話しています.
 これに対して「同じじゃないの?」という子どもの発言を発端として,意見交換がなされます。
 さまざまなとらえ方を通じて,前者の式の商の非整数部分である\frac13は,長さそのものではなく,\frac35mずつ切った場合にその長さを1としたときの\frac13倍の長さ,すなわち\frac35×\frac13\frac15mであり,これがあまりとなること,後者も同様に\frac45×\frac14\frac15mがあまりであることを,学級で共有していました。
 ミスコンセプション(誤概念, p.31)は,4\frac13を「4本とれて\frac13mあまる」と解釈すること,より具体的には,非整数部分をあまりの長さとみなしてしまうところにありました。
 子どもたちに誤解をさせよう,そしてその間違いに気づいてもらおう,というスタンスから離れるなら,今回の出題は,「あまりのあるわり算」は,分数どうしでも発生し得るのだと,読んで感じました。

*1:『小学校学習指導要領解説算数編』,PDF版ではp.138。

*2:右辺は\frac35×\frac45\frac15ではありません。そうならないことや,両辺を同じ数で割っても等式が成立することなどは,中学1年の学習事項です。

なぜこの程度の話に加群とか環とかを出す必要があるのか

 https://mechaag.tumblr.com/archiveの「今日の須賀原洋行」を含む各エントリでは,「かけ算の順序」批判を見ることができます。ところどころ,連想するものがあったので,簡単に記しておきます。

1) なぜこの程度の話に加群とか環とかを出す必要があるのか

 今日の須賀原洋行(2017-05-09) | MechaAGより:

まず前回も言ったがなぜこの程度の話に加群とか環とかを出す必要があるのか。実際以降を読んでも何も内容のあることは出てこないし。それこそ難しい言葉を出せば「~と憲法に書いてあります」というと「ほ~そうなのか」と分からない人がひれ伏すのと同じように、権威を借りてるだけなんじゃないですかね。

 「加群」や「環」は,wikipedia:かけ算の順序に出現します。引用されている文献は,以下のものです。

 はてなブックマークを見ると,2016年11月に盛り上がったことが分かります。また上記文献については,メインブログの算数を教えるのに必要な数学的素養・読み直し - わさっきにて所感を書いています。
 やりとりのなかで加群や環を出したのは,小学校の教師ではなく,数学を専門とする著者の一人となっています。なお個人的には,この文献の主張は,本日見ているtumblr主さんの考えに沿っているようにも思っています。

2) 4元数・8元数とかけ算の順序

 今日の須賀原洋行(2017-05-09) | MechaAGより:

ちなみに交換法則が成り立たない数に4元数というのがある。複素数をさらに拡張したもの。複素数は実数部と虚数部という2つのパラメータを持っている。4元数は4つのパラメータを持っている。ちなみに8元数は8つのパラメータをもっていて結合法則も成り立たない。だんだん不自由になっていくわけですな。つまり人間が最初に使い始めた自然数や実数は非常に便利な数だったというわけ。失ってはじめてわかる幸福(笑)。まあだから須賀原洋行のいい方は逆で、抽象数学になると掛け算に順序がでてくる。

 4元数・8元数とかけ算の順序というと,以下の本です。

算数教育指導用語辞典

算数教育指導用語辞典

 次の記述はいずれもp.19に見られます。

  • H.ハンケル(1839~1873)は,ピーコックの不完全さを見直したうえで,さらにこの原理が拡張された実数系や複素数系にまで及んで成立することを示した。さらに,原理に示された三つの計算法則は,高々複素数の範囲までに止まることを示し,さらにその拡張が多元数に及ぶときは,これらの三つの法則のどれかが不成立になることを示唆している。例えば,多元数のなかでW.ハミルトンの四元数については交換の法則は成り立たない。また,A.ケーリーが示した八元数の場合では,交換法則のほかに結合法則も不成立となるのである。
  • (略)同数累加や倍概念で操作する1次元的な乗法では,安易な交換は許されない。例えば,三つの皿にみかんが2個ずつあるとき,みかん全部の個数は2×3で求められる。しかし,皿の数三つにみかんの数2個をかけて3×2というのは意味がなく,このような具体的な場面で2×3が3×2に等しくなることを理解させるのは,かなり無理があると考えられる。

 算数教育に携わっている人は,この辞典を持っていると想像でき,書籍だけでなく普段の子どもたちや同僚とのやりとりを通じて,「どういうときに何が必要か?」を見極めているのではないかと思います。2年の授業例についてはhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130219/1361220251#2http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140215/1392414761,そして海外の交換法則の授業についてはhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150822/1440184614に,リンクしておきます。

3) 3x4の碁盤目状に並んでいる物体

 今日の須賀原洋行(2017-05-07) | MechaAGより:

もうひとつ。皿に乗った饅頭なんて複雑怪奇なものではなく、シンプルに3x4の碁盤目状に並んでいる物体があるとする。それを3個の組が4組あるととらえるか、4個の組が3組あるととらえるかは、人間の「主観」の問題。その人の過去の経験や何のために掛け算をしようとしているかという目的によって変わる。現実の世界をどう見るか?どうモデルかするか?それは一意には決まらない。

 「饅頭3個入り4箱の饅頭の総数」と「3x4の碁盤目状に並んでいる物体」とを同等視してよいのか,また後者のとらえ方が本当にシンプルなのかについて,根拠が不鮮明です。
 以前に作ったのは,以下のスライドです(https://www.slideshare.net/takehikom/2x3-3x2/64)。
f:id:takehikoMultiply:20170510031744j:plain
 他のスライドと合わせて述べると,「3x4の碁盤目状に並んでいる物体」は,かけ算で求める対象として活用され,かけ算のモデル(シェマ)としては淘汰されてきました。
 算数教育においては「饅頭」と「碁盤」に違いがあります。中島(1968)に書かれた「アレイの場合」を適用すると,「3x4の碁盤目状に並んでいる物体」も累加(3+3+3+3=12あるいは4+4+4=12)で求めることになります。「饅頭3個入り4箱の饅頭の総数」も累加で3+3+3+3=12と表せますが,子どもたちにとって4+4+4=12が敬遠されるのは,Vegnaud (1988)(かけ算と構造 - わさっき)で指摘されたとおりです。
 ただし今の算数では,累加は重要視されません。以下の画像のように,「○こずつ◎つ分」で表し,いろいろな数え方を見つけさせる授業が提案されています。