かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

立命館pixiv論文問題Q&Aの「かける数とかけられる数」について

 この中に,「分析だから引用じゃない!→あっ、ひょっとしてかける数とかけられる数は違うって信じてる宗派の方ですか?」という項目があります。記事の末尾によると,追記した項目の一つとのこと。
 かける数とかけられる数の違いは,信じるだとか宗派だとかではなく,教科書でも学習指導要領でも,海外文献でも,調べれば容易に見つかります。メインブログで海外文献を整理してきた中から一つ,転載します。

  • Greer, B. (1992). Multiplication and Division as Models of Situations. In Grouws D.A. (Ed.), Handbook of Research on Mathematics Teaching and Learning, National Council of Teachers of Mathematics, pp.276-295. isbn:1593115989

(p.276)
A situation in which there is a number of groups of objects having the same number in each group normally constitutes a child's earliest encounter with an application for multiplication. For example,

3 children have 4 cookies each. How many cookies do they have altogether?

Within this conceptualization, the two numbers play clearly different roles. The number of children is the multiplier that operates on the number of cookies, the multiplicand, to produce the answer. A consequence of this asymmetry is that two types of division may be distinguished.
(いくつかのグループがあって,各グループで同じ個数のモノがあるときというのが,子どもが最初にかけ算を用いる場面になる.例えば

3人の子どもが4つずつクッキーを持っている.全部合わせるとクッキーは何個か?

これをかけ算の式で表そうとするとき,2つの数は明らかに異なる役割を担っている.子どもの数は「乗数」であり,クッキーの数すなわち「被乗数」に作用して,答えとなる総数が得られる.この非対称性から言えるのは,2種類のわり算を考えることができてそれぞれ区別されるということである.)

海外では,「かけ算の順序」「たし算の順序」についてどのような見解を出していますか? - わさっき

 つけ加えると,「かける数とかけられる数の区別がある」ようなかけ算と,「かける数とかけられる数の区別がない」ようなかけ算が知られています*1数学教育の現代化運動などを経て,区別があるほうのかけ算を重視するようになっています。アレイなど,区別がないような事例に対しては,1つ分の数(かけられる数)といくつ分(かける数)を決めることで,複数のかけ算の式が得られることを,授業では重視しています。「あっ,ひょっとしてかける数とかけられる数は違うって信じてる宗派の方ですか?」という書かれ方では,初等教育の乗法に関する,これまでの学術や実践の要素が抜け落ちてしまうことになります。
 ところで,矢印の左の「分析だから引用じゃない!」にも,違和感があります。書いた人の意図と合致するかは,定かではありませんが,分析と引用は両立します。多量の情報を分析したけれど,予稿または論文に取りまとめる際,本文では,その一例(一部)だけを取り上げる,というのが考えられます。
 「分析」の,著作権法上の扱いは,どうなっているのかと思い,著作権法の中を検索したところ,「分析」は見当たらず,代わりに「解析」を第四十七条の七(情報解析のための複製等)に見かけました。「引用」は第三十二条(引用)にのみ出現します。「研究」となると第三十一条(図書館等における複製等;「その調査研究の用に供するために」)と第三十二条です。

*1:Greer (1992)の"a child's earliest encounter"は,他に種類(context)の異なるかけ算があることを示唆しており,本記事で引用した箇所のすぐ後ろで,事例が紹介されています。http://www.corestandards.org/Math/Content/mathematics-glossary/Table-2/の脚注1にある,"The language in the array examples shows the easiest form of array problems. A harder form is to use the terms rows and columns: The apples in the grocery window are in 3 rows and 6 columns. How many apples are in there?"も同様です。