かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

なぜ「かける数(乗数)×かけられる数(被乗数)」ではなく「かけられる数(被乗数)×かける数(乗数)」なのか

「乗数×被乗数」と「被乗数×乗数」の比較をするなら,後者が合理的と判断できる理由がいくつか,思い浮かびます.
まずは四則演算です.

  • 「たされる数+たす数」「ひかれる数−ひく数」「かけられる数×かける数」「わられる数÷わる数」

のほうが,

  • 「たされる数+たす数」「ひかれる数−ひく数」「かける数×かけられる数」「わられる数÷わる数」

よりも,一貫性・統一性の面で,まさっています.「数」のところを「量」に置き換えた場合には,演算記号の左側と,答えとが,同種の量にできる*1というメリットもあります.
また別の理由に,式の簡潔さが挙げられます.たとえば「6×5円」という表記では,

  • 1個が6円のものが5個,なので総額は6×5で30円.言い換えると,(6×5)円

なのか,

  • 6個あって,1個は5円,なので総額は6×5で30円.言い換えると,6×(5円)*2

なのかが判断できません.
それらを式で区別するには,「被乗数×乗数」を採用すればいいのです.すなわち,

  • 1個が6円のものが5個,なら6円×5
  • 6個あって,1個は5円,なら5円×6

と書き分けるわけです.字数を増やすことなく,曖昧さを解消できる点も,式の簡潔さや明瞭さに寄与しています.


上の検討について,関連文献を記しておきます.
「小学算術」の研究』では,緑表紙教科書の編纂に携わった高木佐加枝が,乗数先唱から被乗数先唱*3に切り替えた理由の一つとして,「式に表す場合も 5円×8 というように,被乗数を先に書くのを常とするから,被乗数先唱の方が都合がよい。」を挙げています.「5円×8と書こう」ではなく,昭和初期からその書き方があったと見ることができます.
当時の日常生活で,「5円×8」があったかは不明ですが,明治時代の算術の本には,その種の式を見ることができます.阿知波小三郎『国定準拠尋常小学算術書 第3学年 児童用』で,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813755より読むことができます.例えばコマ番号27 (p.50)に,「125時×6」「3圓35銭×3」といったかけ算の式が出てきます*4
あとは戦後です.中島(1968b)では,「4×2は,英語ではfour times twoまたはfour twosなどという関係で,乗数と被乗数がわが国の場合と反対になっている.」と「アメリカでは,乗数を先にかくとのべたが,最近では,わが国の場合のように,乗数をあとにかく方法(乗数をoperatorとしてみる場合に統一的にでき便利である)をかなり取り入れるくふうがされている.この場合,3×4は3 multiplied by 4などと呼んでいる.」が注記されています.また『数の現象学 (ちくま学芸文庫)』p.67では,「4の6倍」に基づく4×6(日本式)と,「6倍の4」に基づく6×4(ヨーロッパ式)の例示したのち,「日本式の方が合理的というのが世界の相場だが,一方ではヨーロッパ式の方がすでに流通してしまっている」と述べられています.
「6×5円」という表記は,黒木2014に入っています.「「6×5円」もまた「普通」であることも言うまでもない。」とあり,それ以上,この式の出自はたどれません.

*1:「必ず同種の量になる」ではありません.面積などの量どうしの積,また6m÷3m=2といった包含除は,演算記号の左右のいずれも,答えと異なる量になります.

*2:これは「乗数×被乗数」の式となっています.

*3:「2×3=6」を「にさんがろく」と読むのが被乗数先唱,「さんにがろく」と読むのが乗数先唱です.

*4:わり算は,コマ番号36(p.69)です.「31円68銭÷9」「365日÷30日」「1225銭=25銭×△」などがあります.コマ番号4 (p.4)の中に,「(6) 第一學期は,大てい,十五週間ありますが,日曜日をのけて,毎日六日づつ,けいこすると,いく日になりますか。」という,基準量が後に示された問題も見つかりました.