かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

「何このいくつ分」について

はじめに

 画像の大問1の内容を,文章にしておきます。「ケーキの はこが 2はこ あります。1つの はこには、ケーキが 3こずつ はいって います。ケーキは ぜんぶで 何こありますか。」という問題に対し,「① 何この いくつ分ですか。」「② しきに かいて 答えを 求めましょう。」という2つの小問があります。手書きの答案を見ると,①は「2この 3つ分」,②の式は「2×3=6」と書いてあり,いずれにも,不正解を意味するチェックが赤でついています。
 このポストの引用*1では,「何この いくつ分」を問うことへの疑義や批判が見られます。例えばhttps://x.com/miyukoyanYT/status/1851575103311786029https://x.com/esumii/status/1851287652223648238が顕著です。
 「何個の幾つ分」を問うことについて,広く普及しているわけではないにしても,「いくつ分」の表記はどの教科書にも載っていますし(令和6年度算数教科書読み比べ(4)~かけられる数とかける数),かけられる数・かける数をセットにして数量の関係を認識し,問題に解答するのは,2年に限った話ではありません。そこで,情報収集をしました。

「いくつ分」の事例

 情報収集にあたり,「いくつ分」で検索すると,算数のトピックで,件数が多くなるのは想定できたので,かわりに,「(具体的な数)つ分」の事例を探してみました。以下の3件が見つかりました。

 「かけられる数・かける数をセットにして数量の関係を認識し,問題に解答する」のは,以下の件です。「何個のいくつ分」という問い方では,ありませんが,全国学力テストは小学校6年生の児童が解答しますので,表記も問い方も異なってくるわけです*2

 「何このいくつ分」について,志水廣が児童に対して調査していたのを思い出し,検索すると,文献が見つかりました*3

 当該調査では,「何(こ)のいくつ分」ではなく「4この2つ分」を問い,「~の…ぶん」を語彙として表に記載していました。
 ここまでについて簡単にまとめますと,冒頭のポストの画像のように,「何この いくつ分」を出題し,「_この_つ分」の2つの空欄(下線箇所)を児童に解答させるような出題は,見つかりませんでした。その一方で,「~の2つ分」「~の3つ分」の形で,「いくつ分」を具体的な数に置き換えた事例をいくつか発見できました。

いくつ分か,幾つ分か,それとも

 『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編』では,「いくつ分」ではなく「幾つ分」と表記されます。その中でも,今回の事例と最も関連するのは,p.115の「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」です。これを小学2年生向けに表記したのが,「何この いくつ分」と考えられます。
 一つ前(平成20年告示)の解説のPDFファイルで「幾つ分」を検索してみたところ,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」は見つかりませんでしたが,3年のところに「一つは,ある数量がもう一方の数量の幾つ分であるかを求める場合で,包含除と呼ばれるものである。」という文があり、現行の解説にも入っていました。
 「その幾つ分」という表記は、新旧の解説で出現します。以下にて,書き出していました。

 「何(こ)のいくつ分」ではなく「何がいくつ」のように書くことで,より日本語らしくなるという指摘を,Xで見かけました(当該ポストを失念しました)。助詞を「の」から「が」に変更し,最後の「分」を取り除くのです。
 「いくつ」や「いくつ分」は,分離量(整数値)に対応します.整数でも有理数(小数・分数)でも表現可能にするには,代わりに「何倍」を使います.「何がいくつ」「何の何倍」を,かけ算の式に表すかどうかは別にして,さまざまな事例を通じて学習しているのが,日本の算数(+言語活動)の特色となっています.
 「何の何倍」について,検索してみました。

 「何の何倍」を「何倍の何」と表記してよいか,検討しておきます。上記のうち「6cmの2ばい」をもとに,「2ばいの6cm」と書くのは,自分の語感としては,差し支えありません。「6cm×2」と「2×6cm」と,式を書き分けることもできます。「何倍」「×2」「2×」が,かける数に関連付けられます。
 「12個の\frac13」と,「\frac13の12個」との間では,数量の関係が異なるように見えます。前者について,その結果は「4個」となるのに対し,後者は「4」という数を表すことになります。
 「200cmの50%の長さ」を,「50%の長さの200cm」や「50%の200cmの長さ」に置き換えるのでは,意味がとれなくなります。「50%で200cm」だったら,「200cmは全体の50%」と解釈でき,全体は400cmです。そして「200cmの50%の長さ」である100cmとは異なってきます。

啓林館の教科書は

 「何のいくつ分」は,啓林館の教科書の傾向かな,と思ってから,冒頭のポストの画像を見ると,白抜きの「啓」の字が,画像に入っていました.左上,「➌かけ算の 九九③」そして「10. かけ算(1)」よりさらに上です。
 「➌かけ算の 九九③」の上,「10. かけ算(1)」の右に,青線による小さな絵と「21」が書かれています.教科書の21ページと当たりを付け,教科書は手元にありませんが,前に控えていたのと照合してみました。

 『啓林館 わくわく 算数2下』に「p.21: おかしの はこが 3はこ あります.1つの はこには,おかしが 5こずつ はいって います。おかしは ぜんぶで 何こありますか.」を書き出していました.「おかし」「3」「5」をそれぞれ「ケーキ」「2」「3」に置き換えると,画像の問題になります。
 また,令和6年度算数教科書読み比べ(4)~かけられる数とかける数(再掲)に記したとおり,『啓林館 わくわく 算数2下』でかけ算の最初の式が出現するのはp.6です。
 九九を用いることなく,さまざまな場面をかけ算の式に表し答えを求めることを学習してから,九九の5のだん,2のだん,3のだん,4のだんの学習を行い,ここまでの単元まとめとして「➌かけ算の 九九③」の問題を解いている,と推測できます。画像の大問1・2とも,ここまで学習した九九を用いて,計算できます。
 かけ算の文章題で,「2はこ…3こずつ」の順に数を提示し,式は「2×3=6」ではなく「3×2=6」が正解というのは,「基準量が後に示された問題」と呼ばれます.以下にて出題事例などを取り上げています。

おわりに~結局,「何このいくつ分」は妥当なのか?

 啓林館の算数教科書では,志水廣の影響もあって,「~の…ぶん」の定着を意図し,「何このいくつ分」を出題に含めている,というのが,ここまでの,ネットの情報の収集結果となります。本記事作成にあたって実際に教科書を参照できていませんし,他社の教科書やドリル,学習指導案や板書本など,調査できていません。
 「何このいくつ分」に取って代わる表記があるのか,という観点で,「何がいくつ」「何の何倍」を検討し,これらについても事例収集を試みました。
 将来に向けて1点,要望を挙げるとするならば,小学校学習指導要領解説編で「数の乗法的な構成」が,「一つの数をほかの数の積としてみること」の事項で取り上げられていることへの変更です。この用語や概念を,乗法のところで取り上げるようにし,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」や,「乗法が用いられる場面を式に表したり,式を読み取ったりすること」と連携しながら,活用を促すよう,次期学習指導要領の改訂時に,解説を書き換え,小学校各学年を通じた「かけ算の意味の理解」の定着を,期待したいところです。

*1:https://x.com/a151122/status/1850485287329427914/quotesにアクセスするか,ポストの下部の「リポスト」アイコンを押して「引用を表示」を押すと,表示されます。どちらの方法でも,Xのアカウントが必要になります。

*2:「5×4は,側面の横の長さ5cmが4つ分あることを表しています。」は解説資料からの抜粋であるのに対し,「5cm(底面の1辺の長さ)の4つ分」は解説資料にない,正解になると考えた答案である点には,注意が必要です。

*3:科研費の助成を受けていました。基盤研究(C)で2013-2016年度です。研究協力者5名が書かれていますが,研究成果報告書を見ると,研究分担者・連携研究者はなく,研究代表者1名の実施でした。https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-25381183/