かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

ファンタジーの法則 × 被乗数と乗数の順序

 『小学校学習指導要領解説算数編』(平成29年6月)のPDFファイル*1を見ますと,p.114に、次のような記述があります。

 ここで述べた被乗数と乗数の順序は,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである。一方,乗法の計算の結果を求める場合には,交換法則を必要に応じて活用し,被乗数と乗数を逆にして計算してもよい。

 このことを,1枚の図にしてみました。
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 「4皿に3個ずつみかんが乗っている」は,同じPDFファイルの次のページで例示されています。これを「実際の場面」の出発点とし,算数教科書で広く採用されている「1つ分の数×いくつ分」*2の形で表すと,「1つ分の数」になるのは「3」,「いくつ分」は「4」なので,「3×4」の式を得ます。
 3×4=12を求めるのは,「さんしじゅうに」の九九でもいいし,「3×4=3+3+3+3=12」の(同数)累加でもかまいません。この問題には適用しにくいですが,かけられる数とかける数の組み合わせによっては,「ひっくり返してかけても答えは同じ」の交換法則を使うことがあっても,かまわないのです。
 さて,「4皿に3個ずつみかんが乗っている。みかんは全部でいくつ?」に対して「12」と答えるのでは,数量の認識がきちんとできているとは言えません。この12は,みかんの総数ですから,「12個」となります。これが,「実際の場面」における解答であり,求めたいことであり,ゴールなのです。
 与えられた問題を,ダイレクトに(例えば暗算で答えのみを)得るのではなく,コの字のように迂回しながら,ゴールに到達しようという試みについては,出典があります。
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プログラマの数学

プログラマの数学

 この図において,「別世界の問題へ変換する」段階と,「別世界で解く」段階とで,利用できるものが異なると考えられます。かけ算の文章題を解く際にも,同じことが言えます。すなわち,実際の場面から算数の式に変換する段階では,3×4=4×3などの交換法則や,「1つ分の数×いくつ分」という言葉の式に交換法則を適用した「いくつ分×1つ分の数」は,知る限り小学校の算数において,認められていません。
 なぜ認められないのかについては,『小学校学習指導要領解説算数編』p.114にある,以下の記述が参考になりそうです。

 式に表す指導に際しては,「1皿に5個ずつ入ったみかん4皿分の個数」というような文章による表現,○やテープなどの図を用いた表現,具体物を用いた表現などと関連付けながら,式の意味の理解を深めるとともに,記号×を用いた式の簡潔さや明瞭さを味わうことができるようにする。
 式を読み取る指導に際しては,例えば,3×5の式から,「プリンが3個ずつ入ったパックが5パックあります。プリンは全部で何個ありますか。」という問題をつくることができる。このとき,上で述べた被乗数と乗数の順序が,この場面の表現において本質的な役割を果たしていることに注意が必要である。「プリンが5個ずつ入ったパックが3パックあります。プリンは全部で幾つありますか。」という場面との対置によって,被乗数と乗数の順序に関する約束が必要であることやそのよさを児童に気付かせたい。

 あとの段落には,「プリンが3個ずつ入ったパックが5パックあります。プリンは全部で何個ありますか。」と「プリンが5個ずつ入ったパックが3パックあります。プリンは全部で幾つありますか。」という,「1つ分の数」と「いくつ分」を交換した2つの文章題が書かれています。これらを出発点としたとき,冒頭の図に基づくなら,前者は「3×5」,後者は「5×3」という式で表せます。そして,かけ算の結果はともに「15」であり,プリンは全部で「15個」です。
 それに対し,交換法則を認めろ,「1つ分の数×いくつ分」という式の立て方だっていいじゃないか,という立場では,どちらの式も「3×5でも5×3でもよい」となります。
 2つの場面を式で区別できないのは,「記号×を用いた式の簡潔さや明瞭さを味わうこと」を損なうことを意味し*3,算数教育において受け入れられていない,というわけです。
 メインブログ(わさっき)では、ファンタジーの法則をいろいろな形で紹介・活用してきました。合わせてご覧ください。

 Twitter上で,「掛算順序固定」だとか「強制」だとか,こんな教え方では「ずつ」の書かれていない文章題では答えが出せないだとかいった主張を,見かけますが,『小学校学習指導要領解説算数編』の他のページも,しっかり読んでおきたいところです。例えばp.126では,串にささった団子の写真が出発点となっています。「同じ数ずつ」は問題文にはなく,それに気付くことが,かけ算で表すための勘所となっています。文章題だと,3年になりますが,「1mのねだんが85円のリボンを25m買うと代金はいくらか。」や「ひもを4等分した一つ分を測ったら9cmあった。はじめのひもの長さは何cmか。」といった,「ずつ」の出現しないものが,p.140に見られます。

*1:http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387014.htm

*2:『小学校学習指導要領解説算数編』では「一つ分の大きさ」「幾つ分」という表記が用いられています。「大きさ」であって「数」なのは,被乗数に当たる数量は,2mや0.1Lといった連続量でも可能であるからと推測できます。幾つ分のほうは分離量に限られ,5年の小数の乗法で,意味の拡張がなされます。

*3:「3個×5パック」でも「5パック×3個」でもいいじゃないか,などといった主張にも,当てはまります。